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1章1話/明日なき世代のウォークライ

挿絵(By みてみん)


 

 今日は高学歴を殺せる特別な日だ。五月のお日様に晒されて萌える芝の上、私は興奮を隠せなかった。震える手で握りしめたマスケットの銃剣が的礫(ピカピカ)と輝いた。


「頼む!」地に膝を突いた彼は命乞いを始めた。周囲、この広いだけが取り柄の平野では私の兵が殺戮を(ほしいまま)にしている。自然と私は『雨に唄えば』をくちずさんだ。血と汗と泥とに塗れた彼の顔が歪んだ。彼の上半身を私の小さな影が覆っていた。


「頼む。頼む。俺はまだ推薦が出ておらんのだ。実績が必要なんだよ。ここで死んだら進学が危うくなる。――あ、あ、そうだ、そうだ、それならどうだ、俺の知り合いの友達の親父の兄貴がある大学の有力者なんだ。本当だよ。教授なんだ。発言力がある。影響力もだ。彼に頼んでやる。お前があの大学へ行けるようにって。いいか、お前みたいな低学歴のクズは絶対に入れてくれないような大学なんだぞ。だから見逃してくれ。悪くない取引だろ? 如何(どう)? 如何(いかん)?」


「規範主義ってご存知ですか」


 私は尋ねた。虚を突かれたらしい彼は目を丸くした。私はその彼を緑の上へ蹴倒した。彼の体の下敷きになった若い花が何本か潰れた。「なんというか、まあ、なにをやるにもルールを守れという主義主張なんです。私はコレとコレを信じている人たちが嫌いでしてね。彼らの大半は自分の設けたルールを規範と言い張って他人を従わせようとするか、それか、伝統墨守にしか興味がないんですよ。下らない。実に下らない」


「そんなものは知らない!」彼は泣き叫んだ。失禁している。


「そんなことよりも助けてくれ。夢のキャンパス・ライフが待ってるんだ。楽単を選んで、コンパに行って、馬鹿やって、彼女作って、それとは別に将来をともにする本命の恋人まで用意して、それが彼女にバレて、それで修羅場になって、でもそれも経験だろ? サークルは体育会系、就職にも有利な、そう、後輩時代は怒鳴られまくって、先輩になったら神様で、つまり俺は青春の酸いも甘いも噛みしめるつもりなんだよ。ここで死ぬわけには――」


 私は這って逃げようとする彼の背を踏みつけた。ズレるメガネの位置を直しながら宣告する。「でも、たったいま彼らの気持ちがわかりました。あなた、命乞いをしてるんですよね? あなたのその命乞いは()()()()()()()。助けて欲しいなら靴を舐めなきゃ。もっと遜らないと。命乞いをするならそれ相応のマナーを守って、どうぞ」


 彼は愕然とした。我が軍楽隊が奏でるマーチは未だ演奏中であった。私は彼の背から軍靴を退けてやった。自由になった彼は――なにもそこまでしろとは言ってないのだけれども――犬のマネをしながら私の靴先を舐めた。無論、清潔であるはずもない靴先である。すべてを終えた彼は哀れっぽく述べた。


「助けてください。助けてください。嫌です。ガイジンと肉体労働は嫌だ。嫌なんです。助けてください。お願いします」


「嫌です」私は淡々と彼の腹に銃剣をぶちこんだ。話が違うと喚く彼に言い付ける。「安心してください。大学へ行けずとも、貴方、芝居で食っていけますよ。保証します」


「保証だと!?」


 内臓を刳られている割に彼は元気だった。「何故だ、何でこんなことをする? こんなことをして楽しいか? お前の人生の楽しみはこんなことか!?」


 人生の楽しみか。私は急にムカついてきた。


 わかるはずもない。この、愚かなことに満ちた世の中で何をすれば明るく楽しく生きていかれるのか。


 ああ、洵に、まったく洵にこの野郎は規範に反している。死ねばいい。もっと音楽理論的に正しい悲鳴をあげながら死ねばいい。畜生め。小学校のとき、音楽の授業で習わなかったのだろうか? 断末魔の叫びは四オクターブ以上であげやがれ。


「右京!」動かなくなった彼の腹を執拗に嬲っていると(いただき)に嗜められた。「楽しみ過ぎです。それに彼はプレイヤーですよ。カメラが回っていないからいいようなものの、もし、回っているときならどうするのですか。少しは大隊長としての自覚を持ちなさい」


「ああ、あの」私はタジタジになった。「失礼しました。失礼したのでもう堪忍してください」


 彼の腹から引き抜いた銃剣の先にはお弁当(ホルモン)が付着していた。黒くねっとりとしている。畝ってもいる。ぷるぷるとしてまでいた。美味しそうではあるが、私、これでも法令遵守の精神で生きてましてね。レバーの生食は禁止です。というわけで、私はそれらを足元に捨てた。


 それで気が付いた。銃剣を引き抜いた衝撃で動いた彼の体、コレが押し潰した先程の花はタンポポだった。生命力の強いこの花はまだ生きていて、僅かばかりの風にそっと身を委ねて死者の影から飛び出したのは紅白に染まった綿毛の群だった。


 数カ月後に。私は楽しみだと思った。アレらはどこかで花を咲かせるのだろうか? 


 気を取り直す。辺りを観察した。敵大隊は完全に潰走している。四方には死体が散乱していた。頂の報告によれば『我が損害は兵が五名だけです』とのことだった。


 満足した私は大隊に集合を掛けた。総勢六〇〇人にもなる男女の群れは円陣を組んで全周を警戒し始める。私は銃を、つい、無意識に左肩に担ぎそうになった。慌てて右に担ぎ直した。銃も軍服も返り血で濡れそぼってグジョグジョだった。周囲には鉄錆に似たニオイが充満していた。


 さて、連隊主力はどうしているだろうか。銃砲と軍楽隊の音が止んだからアチラの戦闘も終了しているはずだ。誰か手隙の先輩に頼んで伝令を――


 遠く、林の陰から馬陰が現れた。私はベルトに差し込んである伸縮式望遠鏡で、その、騎兵の人相を検めようとしてハッとした。馬陰はひとつではなかった。一個中隊(一五〇騎)はいる。しかも横列で襲歩前進中と来た。コチラへ敵意があるのは疑いない。


 この距離に至るまでなぜ連中の接近に気がつけなかった? そも、あちらには連隊本部と主力とが配置されているはずだ。敗れたのか。まさか。部長に勝ち得る戦術家などそう多くない。(いや)、いまはそんなことを考えている場合ではなかった。私は私の責任をなるたけ果たさねばならなかった。


「方陣を」私は命じようとして止めた。「組む時間はないか。もう其の場で構いません。各中隊射撃準備!」


 間に合うはずもない。NPC共のなんてトロいことだろう。騎馬はもう目前だ。これだけ無防備な歩兵で騎兵に勝つなど不可能だった。


 こんな下らない開戦工作で使い捨てられることになるとは。やはり私には何も出来ないのか。まあ、祖母のあの言葉を兄へ伝えられないぐらいだからわかりきってはいた。だが、それにしたところで、こんな無能に指揮される仲間や先輩たちが可哀想でならない。たまらなくウィスキーが飲みたくなってきた。


 何気なく空を見上げた。いつの間にやら日が陰っていた。私は雲へ向かって手を伸ばした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ツイッターから来ました。 ツイッターの呟きのセンスに負けて つい一話読みました。 つい読んだのですが、やはり文章が素晴らしいです。 今、酔っているので頭がまともにインプットされないのに、…
2019/12/26 23:45 退会済み
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