第38話
正悟と舞依が帰ってくると俺たちは昼食を用意して食べた。
この日の昼食はパスタにしたのでそこまで準備に時間はかからなかった。
昼食を終えて少しすると彼らは一度、各自の寮に戻り、明日の学園で必要になるものや今日必要になるものを取りに戻った。
今回の騒動がどのような事態を引き起こすかわからないので、明日の登校時も一緒に行動をすることにしたのだ。
また、1泊するだけならば着替えも貸すこともできるし、制服の予備があるとはいえ事前にどうするかを決めているならば自前のものを使う方がいいと考えたのだ。
今回正悟に至っては遊びに行った帰りにそのまま外泊ということになり、手元に必要となりそうなものは何もないのでどちらにせよ取りに行かなくてはならない。
「じゃあ、一度取りに戻ってくるよ。」
「…行ってくる。」
「ああ、気を付けろよ。いくら俺が対象になっているとはいえ俺の周囲にいることが多い正悟と舞依が標的にされないとは限らないからな。」
「そうよ、十分に警戒はしてちょうだい。舞依は何かあればその男を盾にしてでも逃げるのよ?」
「…わかった。」
「おい!まぁ、さすがに今回みたいな状況なら仕方ねえけど、俺だけしかいないから限界はあるから逃げてくれた方がいいかもしれねえけど…。」
正悟は盾になれと言われて何か言い返そうとしたが、1人ではどうすることもできないため盾になってもどうしようもないのではないかと、反論はだんだんと尻すぼみになって言った。
「どうなるにしても巻き込まれないのが一番だ。」
「そうだな、行ってくる!時間はかからねえと思うけど、着くころに一度連絡を入れる。」
「わかった。」
そう言って彼らは寮へと向かっていった。
俺たちは家に残っているわけだが、特に今は緊急にやらなくてはならないことがあるわけではなかった。
(さて、何をするかな…。)
俺はこれといった趣味と言っても読書しかないため、読む本がなくなれば同じ本を読むしかない。
確かに繰り返して読むことで新しい発見があるかもしれないが、読むならば新しい本の方が断然いい。
しばらくは満足に買い物に行けないならば、まだ手を付けていない本は取っておきたいと思った。
「…この後の予定は何かあるのかしら?」
「何をしようかと考えていたところだ。」
「そう…。」
「どうかしたのか?」
千春は俺に対して何かを言いたげな様子でいた。
しかし、彼女は口にするのを躊躇っているのか、その先をすぐには告げなかった。
彼女は決心がつくと、俺の目を見たが、直ぐにそらしてしまった。
しかし、
「その…、少しだけ私に時間をもらえないかしら…?」
「かまわないが?」
俺がそう言うと彼女は俺に近づくと抱き着いてきた。
「少しの間このままでいさせてちょうだい。」
彼女は不安そうな眼差しで俺を見上げるとそう言ってきた。
俺もその行為を拒否するつもりはなかったので、そのまま抱き返した。
どのくらいそうしていたのかわからないが、俺たちは抱き合ったままでいた。
途中からは千春の頭を撫でていたが、千春は俺の胸に顔を埋めたままだった。
「…ありがとう、突然ごめんなさい。」
「大丈夫だ。それよりもどうしたんだ?」
千春はソファに移動してから、俺に対して隣に座るように言ってその先を話した。
「少し不安になってしまったの。」
「不安に?」
「ええ。」
千春はそう言うと俺の目を見てきた。
千春の目は不安に揺れて、涙が出そうになっていた。
俺は彼女がそこまで精神的に追い詰められているとは思っていなかった。
「今のうわさにどんなものがあるかはわかっているかしら?」
「いや、一部は知っているが全てを知っているわけではない。」
「そう。私がこうなったのはその噂の1つのせいと言っても過言ではないわね。」
「なに?」
噂を真に受けるとは思っていなかったので、俺は驚いてしまった。
「私もうわさに踊らされるようなことは普段ならないわ。けれど、今回はその内容が的確過ぎて気になってしまって、つい考えていたら次第に…。」
「そういうことか。内容はどういったものだったんだ?」
「内容は、“私が迫って無理矢理相棒の立場にある”といったものよ。」
「無理矢理ではないだろう?」
「ええ、私としてもそのつもりではあるわ。けれど、私から迫ったことに変わりはないわ。それに告白にかこつけて相棒になるように言った。これがあなたの逃げ道を奪うことになったのでは?これを無理矢理と解釈されたら誰かにあの場面を観られていたのでは?
余計な思考に囚われていたらあなたを他の女に取られてしまうのではないかって…。他の女があなたの相棒になりたいと耳にしたわ。私よりもあなたの好みの女がいたら?私よりも魅力的な…っ」
俺はそこまで聞いてから彼女を再び抱きしめた。
彼女の声は次第に涙声になり、彼女の瞳からは涙があふれていたのだ。
俺が聞いた限りの千春が今の彼女を形成するより以前は、人に甘える傾向にあり、精神的にそこまで強くない普通の女の子だ。
そんな彼女がいくら強くなったとは言っても1人になって気を張った状態から解放されれば、表面上は取り繕えていたとしても本質的なところでは何も変わらないのだ。
おそらく昨夜からこの状態だったのかもしれないが、正悟や舞依がいた手前この感情を無理矢理抑え込んでいたのかもしれない。
そして、2人がいなくなったことで抑え込むことができずに彼女の感情が暴れているようだ。
「大丈夫だ。俺は千春と相棒を解消するつもりもなければ他の女と相棒を組む予定はないよ。」
俺がそう言うと、千春は俺の顔を見上げてきた。
「泣くほど思い詰めていたんだな。気づけなくてごめん。だが、安心していい。少なくとも下心があるような人とは組むつもりがない。もしも、千春と負けず劣らず俺のことを想ってくれるような人がいるならばその時は考えるかもしれないが、俺はそこまで器用ではないんでな。2人以上の人間を大事にできるかもわからないしな。」
俺は極力優しい声で言い、最後は苦笑交じりにそう言った。
少しでも彼女の不安を取り払うために俺は伝えられることを伝えたつもりだ。
彼女は俺への不安が完全に取り払われたわけではないが先程よりはマシになったとは言えるだろう。
俺はそこで一度彼女を放してキッチンに向かう旨を告げた。
俺はキッチンで2人分の飲み物を用意して彼女に渡すことにした。
あのまま彼女を甘やかすのでもいいが、おそらくだがあのままにすると彼女は俺に依存していく可能性が高かった。
さすがにこの学園にいる間であればいいのかもしれないがそのままでは彼女のためにならないと俺は思った。
だから一度彼女が1人で落ち着く時間を作った。
俺は依存されてもできることはほとんどないうえに、そこまで寄りかかられても支えられる人間ではないと思っている。
湯を沸かして2人分の飲み物を用意し終えると、彼女にカップを渡した。
「ありがとう。」
彼女は俺から紅茶のカップを受け取るとそのまま口を付けた。
俺も自分のコーヒーを少し飲むとテーブルにカップを置いた。
「少し落ち着けたわ。」
「それならよかったよ。俺は千春の相棒だ。他の人を、ということは考えていないからうわさなど気にしないでいてくれ。」
「わかったわ。」
「それにしても正悟と舞依は遅くないか?」
俺がそう言うと千春も時間を確認していた。
彼らがこの家から出てもう時間が2時間程は経過している。
往復したとしても待ち合わせの時間を含めてもそろそろ帰ってきてもいいとは思う。
しかし、連絡は入れると言っていた正悟からの連絡もない。
彼らが戻ってくるまでいったいどれだけの時間がかかるのだろうか。
俺はそんなことを考えていた。
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