第33話
「ところで蒼はまだ曲を入れていないのか?」
詩音が歌い終わってから次の歌が選ばれていないことに正悟が気付いて俺に問いかけてきた。
「あ、ああ。まだ決めかねているんだ。」
俺は内心の動揺を悟られないようにいつも通りに応えた。
「そうなのか?まぁゆっくり選べよ。」
「いや、先に曲を入れていいかまわない。俺はあとで入れる。」
俺はそう言って正悟にデンモクを渡そうとしたが彼は受け取らなかった。
「時間もあるし気にしないでゆっくり選んでいいぜ?」
「そうそう。僕も蒼がどんな歌選ぶか楽しみだし。」
詩音にも期待の眼差しを向けられてしまい俺はどうするかと悩んだ。
俺は歌うこと自体は構わないのだが、周りが聴いて反応に困ると考えていたからだ。
俺自身は指摘されるまで気づくことができなかったのだが、どうやら俺の歌は聞いていて何も感じないと言われたのだ。
ロボットが譜面通り音を出している、そんな印象を受けるらしい。
音痴ではないので、音も外さず採点も悪くないのだが、抑揚が解くあるわけでもないので盛り上がるわけでもなく淡々としてしまうのだ。
彼らに何かを期待されてしまい、何を選ぶのがいいのか悩んでいると、
「もしかして、歌詞は分かっても曲がわからないとか?」
一がそう聞いてきた。
彼らは一通り歌い終わったのでそのことについて話していたが、一は話が一区切りしたところで話し合い手がいなくなり俺に声をかけてきたようだ。
「それもあるが、俺が知っている曲がほとんどないんだ。知っている曲を歌おうにも途中までしか歌詞もわからなくてどうしたものか悩んでいるんだ。」
「それなら途中まででもいいんじゃない?」
「ふむ…、わかった。」
俺は歌うことは避けられないと思い、取りあえず歌ってみて彼らの反応を見ることでどうするか決めることにした。
そして、秀人が選んだのとほぼ同年代の少し古めの曲を入れた。
ある程度有名だった歌で養父が聴いていたので俺でも知っていたのだ。
選曲を終えると、メロディーが流れ始め懐かしい気持ちになり、俺はそのまま歌い始めた。
初めには途中までしかわからないと言ったが、取りあえず最後まで歌い切った。
そして、最後まで歌いきると
「お疲れ〜、その、蒼の歌も独特だったけど、良かったよ?」
詩音が最初に声をかけてくれた。
「そうそう、ただ強弱がなくて少し怖かったけどな。」
「あ、ああ。もう少し感情をこめたらいいんじゃないか?」
正悟と響真もフォローをするかのように俺に声をかけてくれたが、
「自覚しているから遠慮しなくていいぞ?以前言われたことがある。だからそれ以来は授業以外では歌わないようにしていたが、どうにも歌に感情を込めることができなくて結局そのままなんだ。」
俺がそう言うと、さすがに無理にフォローするのも悪いと思ったのかそこで黙り込んでいた。
そして、
「俺は先ほど正悟から機械的と言われたが、俺よりも機械的とは思っていなかった。感情を込めることができないというのは曲がイメージできないからか?」
「いや、そういうわけではないはずだ。」
「そうか…。」
「まぁまぁ、蒼にも苦手なことがあるってことだ!次は俺でいいか?」
正悟はわざと少し大きめな声で言うことで、この空気を振り払って2周目に入ろうとしていた。
「うん、いいよ。」
「かまわないぜ。」
詩音と響真がそう言うと、正悟は曲を選び始めた。
「ふふふ、まさか蒼にも不得意なことがあるなんてね。」
「前に言ったかもしれないが、俺にもできないことはある。芸術関係は俺にはうまくやれない。真似ることができても外側だけだ。」
「そっか。やっぱりいつも淡々とこなしているから感情を表に出すのが難しいのかな?」
「そうかもしれないな。」
詩音たちにはまだ俺の過去にまつわることは何も言っていないので事情を知らない。
ここで言ってもいいかもしれないが、こう言ったところで話しては他の人の耳がある可能性が捨てきれない。
(話すとしても今晩だな…。)
俺はそう思って他のメンバーの歌を聞いていた。
2周目以降は詩音や正悟に歌わされたりデュエットを頼まれない限りはマイクをまわしてうたわないようにしていた。
そして、時間がある程度経過するごとにドリンクバーで飲み物を取りに行くついでに俺以外のメンバーが現在の状況を探っていた。
1時間経過するまでは俺がどこにいるのか、まだこの辺りにいるんじゃないのか、と言った声があったようだが、それ以降は俺についての目撃証言がなくなったことと、一緒にいた正悟たちが質問される度に「すでにどこかに逃がした」と言うことで少なくともここにはいないだろうと彼らは諦めているようだった
もうすぐ3時間が経ちそうになると、俺たちはこの後どうするか話し合った。
現在時刻は約17時で、帰ってもいいが、まだ遊ぶこともできるという時間でやはり二手に分かれてしまった。
正悟、詩音、一はまだ時間もあることと、さすがにもう探している人たちはいなくなっているということで遊んでもいいんではないかと言い張っている。
それに対して、秀人と響真は慎重策を取り、今日はお開きにして寮で大人しく遊んでいた方が余計な騒ぎにはならないだろうと言っていた。
俺はどっちでもいいのではないかと思い、中立でいた。
この場で話し合うのはいいが、ここを出ることになればどちらにせよ人目に触れることになり、どちらに人が動くかわからなかったからだ。
「せっかくだからもう少し遊んでもいいと思うんだけど。」
「だから、何度も言うが、今は探してなくても見つければ群がってくる可能性もあるだろ?」
「でも可能性に過ぎないし、今はもう違う場所に行っているかもしれないじゃないか。」
「どちらも可能性の域を出ない推測だ。だからこそここは安全策をとることがいいと俺は考える。」
「けど、ここにはそう何度も…。」
「悪いが、そろそろ時間だ。」
正悟が口を開いたところで俺はそれを遮るように発言をした。
あと3分程ということでこのままでは埒が明かないと考え、
「今日のところは寮に戻るぞ。俺のせいでこうなったことは悪いが、このままここにいてはまた騒ぎを起こしてしまえばまたこの施設に迷惑をかける。安全策を取った方がいいだろう。」
俺がそう言うと、自分たちのことではなく、この場所に迷惑をかけないようにという論点にすり替えることで彼らを納得させた。
そして、俺たちは受付に戻りここをでることにした。
「蒼、悪いがついてきてくれ。」
部屋を出る直前に秀人に呼び止められた。
そして、秀人がトイレに向かうので俺はそれについて行った。
「先に出てるからあとで来いよ〜。」
「待ってるから。」
一と詩音は俺たちに声をかけると、先に受付のところまで行った。
秀人はトイレに入ると、俺を個室に連れ込んだ。
「おい、どういうことだ?」
俺は質問をしたが秀人は答えるのではなくいきなり上の服を脱ぎだした。そして、
「蒼、悪いがお前も脱いでくれ。」
俺はこの発言に驚いたが、何か意味があることだと思い、取りあえず上の服を俺も脱いだ。
「よし、俺たちの服を交換するぞ。あの時撮られていた可能性が高い以上今日の服装では見つかるの時間の問題だ。だから俺たちの服を交換して誤魔化すぞ。」
秀人の説明で状況がようやく理解できた。
確かに秀人の提案は合理的だったが、いきなり目の前で服を脱ぎだし、俺に服を脱げと言ってくるのでは変質者にしか思えなかった。
俺たちは上の服だけ交換すると、トイレを出て合流した。
「よう、戻った…か?」
俺と秀人の服が入れ替わっていることで印象が違ったのか、正悟は声をかけてきたがその声はだんだんと疑問形になり自信なさげにしぼんでいった。
「そういうことか、似たようなタイプの人間だが思ったよりも服が違うだけで印象が変わったな。」
「2人とも交換したみたいだけど似合ってるよ。」
響真と詩音も俺たちが交換していることに気が付いたようだ。
一も正悟と同じような反応をしたが、俺たちが交換した理由を伝えると納得したようだった。
俺の服は白を基調とした服装だったのに対し、秀人は灰色を基調とした服装で入れ替わることで印象が変わって見えるらしい。
私服を知らない人は多いが、この日の出回っている可能性がある写真の俺は白であるから、気づかれにくくなったはずだろう。
俺たちはカラオケを後にすると、そのまま出口に行き、退館を済ませてバス停に向かった。
バス停にはつい先程バスが出てしまったのか人はいなかった。
そのおかげで、人には見つかり難そうだった。
待つ時間は多くなってしまったが、15分ほどすれば次のバスも来るので俺たちはそれを待つことにした。
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