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☆6☆

 頂上から一階層分を戻って、あたし達は枝振りの良い場所に着地した。

 さすがに頂上近いから、枝の太さは細くなってきている。それでも着地した枝の付け根は十メートル以上ありそうで、行動に不自由はなかった。

 ようやく身近に『イグドラシル(世界樹)』の葉を見れば、もみの木と同じような形をしている。ただし大きさは、一枚があたしの腕くらいあるけど。

 うす暗い森のような茂みを進むと、蒼白く明滅する無数の光がある。その中から、一番強い光を目指して、あたし達は歩いていった。

 付け根から枝先に向かって数十メートル。細かく分かれた枝が作り出した窪みの部分に灌木が密生している。中央部分には恐竜の卵くらい大きな球体がいくつもあって、蒼白い輝きを放っていた。

 まるで心臓の鼓動のように、光は強くなったり弱くなったりしている。

 「これがヤドリギの実なの?」

 クリスマス・リースの飾りしか知らないあたしは、想像していたものとかなり違う様相に驚いた。あまりロマンチックな形じゃないな。

 実の付け根部分には、白っぽいゴツゴツとして堅そうながくに何層もつつまれた大きなつぼみ。ヤドリギの花だと思うけど、まだ当分、開きそうな雰囲気じゃない。

 枝の隙間から天上を見上げれば、神秘的な美しさで真珠の光彩を放つ夜の女王が姿を表していた。あの月が『イグドラシル(世界樹)』の真上に来たときが、星を飾る合図となる。

 この実に願いを掛けることに決め近くに腰下ろしたあたしは、ぼんやりヤドリギの光を見つめながら時間が来るのを待っていた。シロンは幹に寄りかかり、腕組みをして眠っているように見える。

 お母さんに会えたら、なんて言うつもりなのかな? 

 あたしが側にいたら言いにくいこともあるだろうし、桃猫と一緒に少し離れたところにいたほうがいいよね。でも、シロンのお母さんてどんなひとなんだろう? 

 きっと綺麗で、優しい人に違いない。なんだかちょっと、悔しいな……。

「そろそろ咲くかニャ?」

 桃猫の声でヤドリギの花を見ると、花の中心が薄ぼんやり光って外側のがくが一枚、また一枚とはがれていく。シロンは幹に寄りかかったまま、その様子を黙って見つめていた。

「あ、あのね、あたしちょっと桃猫と外の景色を眺めてくるよ。こんな景色、もう二度と見られないかもしれないから、頭に焼き付けておかなきゃ。枝先の方で待ってるね」

 桃猫の尻尾を掴んで引きずると、あたしは急いでその場を離れた。ゆっくり会うことは出来ないかもしれないけど、せめて二人きりにしてあげなくちゃね。

 枝先についたあたしは、ニヤニヤしている桃猫の髭を引っ張った。 

「ぷぎゃっ! 髭は掴まないで欲しいニャあ、俺の魔法力の源ニャんだから」

「ふぅん、そうなんだ。だって、あんたが嫌らしい笑い方するから悪いんじゃない」

「そうかニャあ、お二人さん良い雰囲気じゃニャいかぁ? せっかくだから、ヤドリギの下でチュ……ぷぎゃあああぁあっ!」

 あたしはもう一度、今度は力一杯、桃猫の髭を引っ張る。コイツ、例の伝説知ってたんだ。

 シロンとヤドリギの下で……だめよ、想像できない。だいたい、あたしの王子様はプラチナブロンドのオーギュ様のはず。でも……。

 あれ? そう言えばオーギュ様はどこに行ったんだろう? 競技には参加してるはずなのに、お姿が見えない。

 あたしは立ち上がって天上を見渡した。

「変ねぇ……星を捕った時点であたし達が優勝だけど、一度も会わないなんて。シロンと違って、あたしにはこれだけ広い空間をサーチして気配を探ること事は出来な……」

 そのとき突然、誰かの手があたしの口を塞いだ。

「むーっ、シロンなの? ちょっと、悪ふざけしないでくれる?」

 おかしいな、シロンがこんな事するはずないんだけど。それにまだ花が開くには……。

「僕から奪ったエンブレムを、返して貰おうか」

 その声は、ライハルト! 驚いて言葉もなく、目を見開いたあたしの前にクラリッサが立つ。そしてあたしの『がま口型ビーズ・ポーチ』から、『黒色狼』のエンブレムを取り出した。

「その星もこちらに頂くよ、優勝は僕たちのものだ。そして君たち『桃色猫組』とロウの『灰色イタチ組』は、不幸な事故で命を落とすことになるのさ」

「……!」

 なんてこと、ライハルトはまだ諦めていなかったんだ。助けを求めて桃猫を見れば、黒色狼に遮られて動きを封じられている。さっきは競技場のルールに従っておとなしく引き下がったけど、ルール無用なら黒色狼の方が桃猫よりも強そうだ。

 ライハルトはあたしの口を塞いだまま、右手でサーベルを引き抜いた。そして喉に冷たい刃先を押しつける。嫌だ、こんなところで死にたくない!

 あたしは思いきり、ライハルトの指に噛みついた。

「うわっ!」

 指の皮を噛みちぎられ、ライハルトはあたしを突き飛ばした。枝の上に突っ伏しながら、あたしはしっかり星を抱えて放さない。逃げなくちゃ、でもどうやって? シロンを呼ばなくちゃ、でももうすぐヤドリギの花が咲く。

「この女、『ひろいっ子』の分際でよくもっ……! いくらあがこうと王子様は、今頃ママの胸でオネンネさ。お前を始末したら、ヤツも冥府に届けてやるから安心するがいい。死ねっ!」

 ライハルトはサーベルを頭上に掲げ、あたしの胸をめがけて突き下ろした。

「シロン……!」

 心の中で叫んで、あたしはギュッと目を閉じる。ごめんねシロン、星を守れそうにないよ。だけど、あたしが死んでもシロンはライハルトに負けないでね……。

「?」

 覚悟した痛みも、衝撃も、いくら待っても訪れない。もしかして、この世界では死ぬときに痛くないのかしら? ご親切にライハルトが、痛くないような魔法を掛けてくれたとか?

 あたしは恐る恐る、目を開けてみた。

 見るとサーベルの刃先は、あたしの胸先三十センチのところで止まっている。真正面からライハルトの腕を左手で掴み、右手に構えたサーベルで喉を狙っているのは……。

「誰が、ママの胸でオネンネだって?」

「シロン!」

 シロンが腕を捻りあげると、ライハルトが手放したサーベルがあたしの鼻先十センチの所に突き刺さった。

「血筋の良いお方にしては、やることが姑息で卑怯だな。下賤な生まれの俺には、とうていマネが出来ない」

 シロンの嫌みに顔を歪め、ライハルトは憎々しそうに腕を振り払った。シロンはサーベルを突きつけたまま、あたしに手を差し伸べる。

「大丈夫か? 怪我は?」

「うん、何ともない……」

「その血は?」

「あっ、これは……」

 あたしは大急ぎで口をぬぐった。ライハルトの指を、噛み切ったときについたんだ。ライハルトの手を見たシロンも解ったらしく、安心したように表情がゆるんだ。

「あの……シロン、ヤドリギは……」

 こんな時に言うことじゃないと思ったけど、あたしは聞かずにいられない。なぜシロンは、あたしが危ないときに駆けつけてこられたんだろう。

「ヤドリギの側にくる前から、近くに暗くて陰湿な気配があると気付いていたが、ここまで手段を選ばないヤツとはね。ヤドリギの花は、もういいよ。それよりそろそろ頂上へ……」

 あたしが差し伸べられたシロンの手を取ろうとしたとき、急にシロンは膝をついた。

「シロン! どうしたの?」

 自力で起きあがったあたしは、慌ててシロンの顔をのぞき込む。眉間にしわを寄せて苦しそうに唇を結び、シロンは制服の胸元をかきむしっている。こめかみには汗が流れ落ちていた。

「ようやく役に立ったか、クラリッサ。さっきのような無能ぶりで、がっかりさせられずにすんだようだね」

「クラリッサ!」

 広げた手のひらをシロンに向け、クラリッサが魔法を念じている。クラリッサは生態に影響を与える魔法が得意だ。良い方に使えば癒しに、悪い方に使えば病を引き起こす。ライハルトと同じく、『厄疫の賢者』血縁の者が得手とする魔法だ。

 あたしは『シグルスの銀杯』で、シロンの動きが急におかしくなったと言うイータの言葉を思い出した。ロウを助けた戦いのあとで、ライハルトがクラリッサを殴った理由も加勢が間に合わなかったから? どこまで卑怯なヤツなんだろう。

 ライハルトは取り落としたサーベルを樹皮から引き抜き、両手で構えると大きく振りかぶった。

「十六世紀、お前のいた時代に魔女と呼ばれ火あぶりになった女はみんな、賤しい商売をしていたに決まっているんだよ。母親と一緒に、冥府で暮らすがいい!」

 シロンの首めがけて、ライハルトのサーベルが振り下ろされる。その瞬間、一筋の閃光が煌めいた。

「きゃあっ!」

 閃光に打ち据えられたのはクラリッサだ。一瞬ライハルトの注意がそれ、気を逃さず自由になったシロンは身を翻してライハルトの脇についた。

「形勢逆転だ、いつも詰めが甘いな」

 ライハルトの喉に、シロンのサーベルが食い込み血が滴りおちる。殺すつもり? シロン……だめだよ、それは。

「後はこちらに引き渡して貰おう」

 あたしが止めに入ろうとしたとき、涼風のように耳に心地よい声が頭上から響いた。見上げると、『青色一角獣』に乗った、オーギュ様が冷ややかな目でライハルトを見据えている。

「見苦しいですね、ライハルト。あなたが闇の部分にどれだけ犯されているか、見定めさせて貰いましたよ。私と一緒に来なさい、賢者法廷にかけます」

「くっ……お見逃しください、オーギュ様! 賢者一族として、私はやるべき事を行ったに過ぎません。誰かが行動しなくては、いずれこのような者どもに一族の権威を失墜させられましょう。なにとぞ……」

 再び稲妻が閃き、ライハルトを打った。もんどり打って転がったライハルトは、口から泡を吹いて目をむいている。まさか、死んじゃったんじゃ……。

 嫌なヤツとはいえ心配になって駆け寄ると、『青色一角獣』から白いローブの女性が舞い降りた。オーギュ様のパートナー、ユリウス様だ。

 ユリウス様は美しい白髪とルビー色の瞳を持つ女性で、魔族の血を引いているため一族から絶縁されてるという。でもいつも影のようにオーギュ様に寄り添い、絶対的な信頼を得ているのだ。クラリッサとライハルトを打った閃光は、絶縁されているとはいえ大気と気候を操る『天雲の賢者』の血筋であるユリウス様が呼んだものに違いない。

「死んではいないわ、気を失ってるだけ。心配してくれたのかしら、優しい子ね」

 天使のように美しい、ユリウス様。微笑みかけられると、頭のシンがぼうっとなる。

 ユリウス様は軽々とライハルトを抱えあげ、『青色一角獣』に飛び乗った。

「クラリッサは『黒色狼』で学園まで帰りなさい。後日、賢者法廷から沙汰があると思うが、あまり心配しなくて良いからね」

 それだけ告げると、オーギュ様は『青色一角獣』を取り回し方向を変えた。

「あ、あのっ、オーギュ様っ! オーギュ様は競技に参加なさらないんですか?」

 このまま立ち去ろうとするオーギュ様を、あたしは思わず呼び止める。オーギュ様は振り返ると、極上の笑みをあたしに返した。

「私は賢者法廷の依頼で、ここ数年来に起きた不振な事故を調べるために来たんだ。クリスマス・スターは君たちに譲るよ、私にはもう、必要ないからね。ああそれから、君の優しさのためにユリウスが教えたいことがあるそうだ」

『青色一角獣』が宙を駆け、あたしの前に着地した。馬上から手招きされユリウス様の元に行くと、身体をかがめてそっと耳打ちしてくれのは……。

「星を飾ったら、三階層まで降りて一番大きな枝の付け根にある洞に行ってご覧なさい。そこに住む老人が、あなたの願いを一つ叶えてくれるでしょう」

「あたしの、願い……?」

 ユリウス様は頷いて、馬上に姿勢を正した。オーギュ様が掛け声で、『青色一角獣』は流星のようにその場から駆け去る。うっとりとそれを見送るあたしの頭を、シロンが小突いた。

「天頂に月がくるぞ」

「いっけないっ!」

 あたしは大急ぎで桃猫にまたがった。ふと気になって振り返ると、そこにクラリッサの姿はもうなかった。




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