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☆5☆

 枝を伝って助走をつけ、桃猫は『イグドラシル(世界樹)』の外に飛び出した。

 第三階層までは幹に沿って跳んでいたけど、ここから上は枝振りが密集していたり茂った葉が邪魔だったりするから外周を跳んだ方が早いのだそうだ。

 ついさっきまでインディーブルーだった空は、ラベンダー色に変わっている。眼下に広がる雲の色は、ピンクのフリルに縁取られた白いシルクドレスみたい。

 西に傾いた太陽光は『イグドラシル(世界樹)』の枝影を紡ぎあわせ、黒く暗い姿に作り替えてしまった。圧倒されるような存在感に、恐怖さえ覚える。黄昏時の『イグドラシル(世界樹)』は、魔物の巣窟とおぼしき様相だった。

「これからもっと暗くなれば、この木には魔物しか寄りつかないわね」

 身震いしたあたしに、桃猫が笑う。

「だからクリスマススターで照らすのさ。聖なる輝きが、魔を祓うわけだニャ。それに暗いばかりじゃニャいんだぜ、よく見てみニャ」

 言われてあたしは目をこらす。すると『イグドラシル(世界樹)』の枝々に明滅する青白い光が見えてきた。

「綺麗……いったい誰が『イグドラシル(世界樹)』にイルミネーションを飾るの? あ、でも電気はどこから?」

「ニャあっはっはっ!」

 桃猫は肩を震わせながら、大声で笑う。

「あれは『イグドラシル(世界樹)』に寄生する、ヤドリギの実が光っているんだ。サイちゃんは、ヤドリギ伝説を聞いたことがあるのかニャぁ?」

「ヤドリギが? 不思議なヤドリギねぇ、ヤドリギ伝説のことならあたしだって……っととっ」

 突然あたしは、ママ・グレンダから聞いた話を思い出した。

『ヤドリギの下でキスした恋人達は、幸せになれる』

 そんなこと、シロンの前でなんか言えるわけがない。いや、そのっ、別に言っても構わないんだけど。どうしよう、胸がドキドキしてきた。

「俺も聞いたことがあるけど、本当なのかロセウム」

 ええっ、まさかシロンも知っていたの?

「クリスマスの夜に咲くヤドリギの花に願いをかけると、死者の魂に会えるそうだな」

「は?」

 意想外の言葉を聞いて、あたしは気抜けた声をもらす。初めて聞く話だ。

「本当だよ、『イグドラシル(世界樹)』に寄生するヤドリギは、不滅の魂の象徴ニャんだ。クリスマスの夜にだけ、願いを叶えて過去の亡霊を呼び出してくれる。シロンは会いたい人がいるのかニャ」

「……」

 きっと、シロンはお母さんに会いたいんだ。願いが叶うなら、会わせてあげたいな。

「ねえ桃猫、ヤドリギにはどうやって願いをかければいいの?」

「簡単だニャ、クリスマス・スターを手に入れたら頂きに飾る前にそれを持って、なるべく大きなヤドリギの実に願いを唱えるんだ。ヤドリギの花は、クリスマス当日の午前0時数分前に開き、0時になった途端に枯れてしまうんだニャ。クリスマス・スターは0時丁度に飾らないといけないから、会えたとしても数秒でしかニャいけどね」

「数秒だっていいわ、シロン、お母さんに会いに行こうよ!」

「俺は、会いたくなんかない!」

 シロンは急に、怒ったように大きな声で叫んだ。ビックリしたあたしは桃猫から転げ落ちそうになり、急いで近くになった髭を掴む。桃猫は「ぷぎゃっ」と、奇妙な声を出したけど気にしてなんかいられない。

「だって、どうして?」

 唇を噛んで目を伏せたシロンは、辛そうな声を絞り出した。

「会えるわけない、俺には会う資格がないんだ。この世界に来てから俺は、時々だけど今の自分が幸せだと感じる事がある……だけど、それは許されないことだ。俺を助けて母さんは死んだ。俺は、俺だけが幸せになることを許すわけにはいかない」

「馬鹿あっ! ばかばかばかっ! ナンでそんなこと言うのよ!」

 無性に腹が立って、あたしは叫んでいた。もう、目の前のシロンの顔を張り飛ばしてやりたい。

「身を挺して守ってくれたお母さんは、あなたが生きて幸せになることを望んでいるに決まってる。あたしは本当のお母さんの顔なんか知らないけど、あたしを教会に預けたのはきっと、よほどの理由があったんだって信じてる。そしてどこかできっと、あたしの幸せを願っていると信じてる。だからシロン、そんな悲しいこと言っちゃ嫌だよ。シロンはお母さんのために幸せにならなくちゃいけないんだよ! だから、会えるなら会おうよ、あって、それで……」

 知らない間にあたしは、涙をぽろぽろ流していた。馬鹿はあたしだ。声が詰まって、言いたいことが全部いえない。

「本当にお前って、無意味に前向きで、何でも一生懸命で、オッチョコチョイで、お人好しで、鬱陶しいヤツだな」

 シロンの手が、あたしの頭をくしゃっと撫でた。

「まあ、そこがお前らしくて良いんだけどさ。解ったよ、とにかくクリスマス・スターを取りに行こう。ヤドリギの方はそれからだ。でさ、いい加減手を放して貰いたいんだけど、苦しいよ」

「え? あっ!」

 言われてようやく、あたしの手がシロンの襟首を掴んでスカーフを締め上げていた事に気がつく。

「ゴ、ゴメン……」

「いいさ……ありがとう、気持ちは嬉しかったよ」

 そう言って優しくシロンが微笑んだから、もの凄い勢いであたしの頭に血が上った。恥ずかしくて、でも嬉しくて、そしてドキドキが止まらない。

「もっ、桃猫っ! 急ぎましょっ、星が降る時間に間に合わなくなっちゃう!」

 取り繕うためにあたしは、意味深な顔でニヤニヤしている桃猫にわざと明るく命令する。

「了解したんだニャ」

 桃猫はすました顔になると、勢いよく跳躍した。

 頂上目指して疾走する桃猫の背中で、あたしはドキドキを収めるためフワフワの毛に顔を埋めた。


 出過ぎたマネだったかな? あたしにはシロンがどんな気持ちで生きてきたかなんて解らないし、あんなこと言う権利なんて無いんだし。

 嬉しいと言ってくれたけど、本当は厭な女だと思われたかもしれない。

 嫌われた?

 嫌われたらどうしよう。嫌われたくない。

 胸が苦しいよ……。


「頂上に着いたぜ、お嬢さん」

 桃猫の声であたしは顔を上げた。そしてその雄大な眺めに言葉を失う。

 まさに神様に一番近い場所だった。天上に広がる宇宙空間。大気に邪魔をされない星々は、瞬きもせずに澄んだ光を放ち、手が届くほど近くに感じることが出来た。神聖なる静寂の中、煌めきが綺麗な音となって頭の中にしみ込んでくるみたい。

 冷涼な大気とあふれる光。甘美な陶酔感に魂が吸い込まれていきそう。

 眼下に広がる雲の波濤は、ラベンダー色のオーロラのようだ。宇宙が藍色に染め上げ、星々が蒼白く照らし映した艶やかな輝き。その中に黒々と裾野を広げる巨木、『イグドラシル(世界樹)』。

「すごい眺めだな、神様にでもなったような気分だ」

「うん、本当にそうだね」

 シロンと二人で、この景色の中にいることが嬉しい。あたしはそんなふうに思っていた。

「そろそろ時間だニャ」

 桃猫に言われて、あたしは天上を見上げる。

「きたっ!」

 一つ、二つ、三つ、星が降り始めた! クリスマス・スターを捕まえること、それは天上から落ちる星を捕まえるということなのだ。もちろん、宇宙空間にある惑星や太陽や隕石が降ってくるわけじゃない。そんなものが降ってきたら、あたし達が受け止めることなんか出来ないもの。

 天上から降り注いでくるのは、願いと希望のエネルギー。すべての生き物が必要とする魂の活力。これが降り注いでいる限り、人間界の生き物すべてが生きる希望を持っていられるんだって。だから『イグドラシル(世界樹)』の上に星を飾るのはとても大事な仕事だ、飾られた星は『イグドラシル(世界樹)』を元気にして、人間界も元気にしてくれるのだ。

「追いかけるよ、桃猫!」

「まだだ」

 逸るあたしを、シロンが止めた。

「どうせなら、一番でかいヤツをとろう」

「うんっ」

 瞬く間に、星がシャワーのように降り始めた。とても綺麗! その中でひときわ輝く星を見つけたあたしは、シロンを見た。頷いてシロンは桃猫に命令する。

「ロセウム! あいつを捕るぞ!」

「ニャあ!」

 宙を掛ける桃猫の上に、あたしとシロンは立ち上がった。桃猫は、その柔らかで暖かい光を発する大きな球体の下に急行する。シロンの物理魔法が球体を捕らえ、あたしが両手を広げて星を受け止めた。

「あったかーい……」

 腕の中で輝いている星は、光で出来たタンポポの綿毛のようだった。重さもはないけど、しっかりした存在感は感じられる。

「二人の力で固めるんだニャ」

 あたしの抱える星に、シロンが手を添える。すると星は、だんだん質感のある固まりになっていった。クリスマスツリーに飾ってある星とはちょっと違う、輝く球体から無数の光の屋が飛び出したような形。大きさは丁度……。

「大きさからして、金のカボチャって所だな」

「こんなにまん丸で、綺麗に輝くカボチャなんかありませんから」

 思ったことを言われてムッとしたあたしは、上目使いでシロンを睨んだ。でもシロンが楽しそうに笑っているから、ついつられてあたしも笑顔になる。

「それじゃあ、せっかくサイの許可が出たことだし、今度は大きなヤドリギを探しに行こうか」

 仕方ないといった顔をしたけど、シロンはちょっぴり嬉しそうだった。




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