☆2☆
「はあぁ……男の子の考えてる事って、わけわかんないっ!」
暖炉の薪がはぜる音を聞きながら、あたしはぼんやりと窓の外を見た。暖かなカントリー調のリビング。手作りのキルトカバーが掛かったこのソファーが、あたしの一番のお気に入り。とっても気分が落ち着くのよね。
「そりゃぁサイちゃんは、まだまだ男性経験が足らないもの」
ティーセットのトレーを手に、ママ・グレンダがリビングに入ってきた。
「なっ……男性経験って何よっ」
「それにしても、言い訳は見苦しいとはシロン君らしい言葉ねぇ」
ママ・グレンダは、ふくよかで可愛らしい手を口元に当てコロコロと笑う。
全寮制の男子学生と違い、女子学生は個人の家庭に下宿することになっている。もともと賢者候補生は男子のみに与えられる権利で、女子はせいぜい魔法使い止まりだったらしい。だから寮も男子寮しかなく、絶対数の少ない女子は下宿先をあてがわれるのだ。
二十歳になるまでに『十三賢者』誰かの弟子になれなかった候補生は、この世界で他の仕事に就くことになる。それは商人や農民、芸人やら細工師だったりと、人間界となんら変わらない。あたしが下宿している家の奥さん『ママ・グレンダ』は、植民地時代のアメリカから拾われて候補生になったと聞いている。だけど二十歳になる前に恋人と結婚し、下宿屋をすることに決めたそうだ。悲しいことにご主人は、人間界で大きな戦争があったときに手伝いに招集され戻らなかったそうだけど……。
ママ・グレンダが入れてくれたハーブティを飲み、一緒に出してくれたケーキを頬張る。
「うん、これ美味しい!」
ドライフルーツがたっぷり入った、少し堅めのパウンドケーキ。一センチくらいにカットしてあるそれは、周りが砂糖でコーティングされていた。
「ウィーンのクリスマスケーキ、『シュトーレン』よ。私の母は、ヨーロッパからアメリカに移民してきたの。だからクリスマス時期になると、よくこのお菓子を焼いてくれたわ。十二月になってから毎日一切れずつ食べてクリスマスに食べきると幸運がくると言われているけど、子供の頃は我慢できなくて、こっそり食べては叱られたわねぇ」
鈴を転がすような声をたて、ママ・グレンダはまた笑った。
「ねぇ、ママ・グレンダ。いくらあたしが役に立たないパートナーだからって、シロンは冷たすぎると思わない? もうちょっと砕けて話してくれるとか、相談してくれるとかあっても良いんじゃないかなぁ」
残り半分になってしまったケーキを名残惜しくかじりながら、あたしは小さくため息をつく。成績優秀で、運動神経の良いシロン。漆黒の髪と鳶色の瞳。オーギュ様の優雅さとは違う、少し野性的で危険な雰囲気が女の子に人気らしい。あたしは別に、何とも思ってないけどね。
「じゃあ、シロン君が弱音を吐いたり泣き言をクドクド愚痴ったら、サイちゃんはどう思うの?」
「えっ、ええっと……」
「心配するでしょう? シロン君は、あなたを心配させたくないのよ」
あたしは思わず、ティーカップを取り落としそうになった。
授業の中で、定期的に行われる適性試験。試験は必ず二人一組で与えられた課題をクリアしなくてはならず、結果如何によって賢者の弟子になれるかどうかが決まる。パートナーを決めるのは賢者様で変更は許されない。十五歳で入学して二十歳まで弟子になれない場合は五年間、同じ相手と行動することになるのだ。
シロンは、競争率の高い『時の賢者』の弟子を狙っている。
『十三賢者』の頂点に立ち、すべての時間の流れと歴史の運命を決定する『時の賢者』。他の十二賢者は『時の賢者』に従い、あらゆる出来事を調整しているにすぎない。そして『時の賢者』だけが時間と空間を超え、人間界の者をこの世界に連れてくることが出来る。
十七世紀のフランスで、魔女の疑いを掛けられたシロンのお母さんは魔女狩りを唱える群衆に追われ、家に火をつけられた。その火事でお母さんは犠牲になり、シロンは危ういところを賢者様に救われたそうだ。
『時の賢者』になれば、お母さんを助けられる。そのためだけにシロンは、誰よりも頑張っていた。事情を知ってから、あたしも力になりたいと思った。だけど実際は、足を引っ張ってばかりいる。
あたしがパートナーであることを、きっと苦々しく思ってるだろうな。たぶん、嫌われている。でもパートナーの変更は許されないんだもの、あたしに出来ることを頑張るしかない。そう思っていたから、シロンがあたしを心配させないように気遣っているなんて言われても、信じられないんですけど……。
ママ・グレンダは、にこにこしながらお茶のお代わりを注いでくれた。
「シロン君は将来有望よ、案外すぐに弟子入り先が決まるかもしれないわ。サイちゃんも今のうちにしっかりつかまえておかなくちゃね」
「なによそれっ! あたしの王子様は、プラチナブロンドのオーギュ様だけよ。だいたい恋は打算でするものじゃないわ、叶わなくても一筋でなくちゃ。シロンなんか……」
嫌だ、何をムキになってるんだろう。顔のほてりを抑えるため、あたしはお茶を一口飲んだ。
「シロンはあたしの赤毛をカボチャ頭って言うし、嫌みな言い方でしか話さないし、暗くて陰湿で、オーギュ様とは正反対……」
「だけど真面目で努力家だし、口下手なだけで優しいところもあるのよね?」
「……」
正直自分でも、よくわからない。あまりにも身近すぎて、男の子として意識できないのかな? それとも、パートナーとして意識的に距離をとっているのかな? もしかしたらシロンの中に立ち入る事を、あたしの方が恐れているのかもしれない。
「そういえばサイちゃんもシロン君も、クリスマス試験は今年が初めてだったわね」
「うん、この街『クラッシュ・ケイブ』の外にある『イグドラシル(世界樹)』という樹の頂上に、クリスマス・スターを取り付けに行くのが課題なんだ。まだ教科書でしか見たことないけど、『イグドラシル(世界樹)』ってすごく大きな樹なんだって」
「そうよ、何しろ世界を支えている大樹ですもの」
北欧神話に語られる『イグドラシル(世界樹)』のことを、あたしはこの学校に入るまで知らなかった。
アメリカ、ロサンジェルス郊外にある小さな教会前に、赤ちゃんだったあたしは捨てられていた。その教会の施設で十四歳まで暮らしていたけど、奉仕活動や寄付金集めに忙しくて勉強どころじゃなかったから知らなくても仕方ない。
それにしても関係のない二つの信仰が、どうして一緒になるのだろう? 不思議に思って先生に質問すると、「信仰の元となる絶対真理というものは一つしかないが、国や人種それぞれの環境で具現化されたから色々な形があるだけだ」と教えてくれた。つまりは、どの神様も一緒って事? じゃあイベントが混ぜこぜになっても、信仰される本体が一つだから問題ないんだ。色々な呼び方をされているけど、神様って実は十三賢者様のことかもしれない。
「前回の試験で最下位だったから、今回は挽回したいなぁ」
あたしは大きくため息をつくと、肩を落とす。すると奥の部屋に姿を消していたママ・グレンダが、大きな紙袋を手に現れるとあたしの膝にその紙袋を置いた。
「少し早いけど、クリスマスプレゼントよ。これを着て、試験もシロン君もつかみ取ってちょうだい」
紙袋を開けたあたしは、嬉しさのあまり声をあげる。
「素敵、こんなの欲しかったんだ!」
白くて柔らかいファー(毛皮)に縁取られた、ピンクのティペット(幅広の付け襟)。前を結ぶリボンは、真珠のように柔らかい光沢のサテン。男子学生はローブの下に白い詰め襟の制服を着なくちゃいけないけど、女子学生の服装は自由。古くて辛気くさい灰色のローブの下、好きにおしゃれを楽しんでいる。学校で人前にだせないのが難点だけどね。
「ありがとう、ママ・グレンダ。シロンはともかく、試験の方は頑張るわ!」
ティペットの気持ち良いファーに頬ずりしながらあたしは、コーディネイトを考える。白のミニワンピと、スパッツにしようかな? スワロのビーズがついた黒いセーターにショートパンツもいいな。シロンが思いっきり嫌な顔をするだろうけど、かまうもんですか。さっきの態度に、仕返ししてやるんだから。
「ところでサイは、『ヤドリギ伝説』を知っているかしら?」
「『ヤドリギ伝説』って?」
ヤドリギの実はクリスマスの飾りものによく使われるけど、何か意味があるのかな? ママ・グレンダは意味深な笑みを浮かべると、あたしの顔をのぞき込んだ。
「大地に根を持たず、木に繁殖するヤドリギは古くから『再生のシンボル』『永遠の命のシンボル』として尊重されてきたのよ。冬になっても枯れず、枯れた荒谷で緑色に輝くヤドリギ。神秘の力が宿ると信じられても、不思議じゃないわね。だからヤドリギの下でキスをすると、幸せになれると言われているの」
「ヤドリギの下で……キス?」
えっ、えっ、誰が誰とキスするの?
「『イグドラシル(世界樹)』には、たくさんのヤドリギが寄生しているんだけど……サイちゃんはシロン君のこと嫌い?」
意地悪なママ・グレンダ。シロンの話題を回避したあたしを、追求するつもりなんだ。
「知らないわよ、もう!」
口を尖らせ怒ったふりをすると、ママ・グレンダはまたコロコロと笑った。
その晩、ティペットを枕元において眠ったあたしは不思議な夢を見た。霜に覆われて真っ白な木の枝に、たくさんのヤドリギの実が青白く明滅していた。あまりの美しさに興奮して喜んでいると、誰かの温かい腕が後ろからあたしを抱きしめる。振り向く顎に手が添えられ、少し上を向いたあたしの唇に……。
「きゃあぁぁぁっ!」
自分の声に驚いて、あたしはベッドから跳ね起きた。ああ、ビックリした……頭は真っ白、心臓は早いビートを打っている。ママ・グレンダから、あんな話を聞いたせいだ。
「ないっ、絶対にありえないっ!」
毛布をかぶり直して丸くなると、そうっと自分の指で唇をなぞってみた。
「あり得ない……よね?」
妙にリアルに、夢の光景が脳裏をよぎってまた頭に血が上ってくる。抱え込んだ膝で、あたしは飛び出しそうになる心臓を押さえた。




