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異世界でキャバレーを  作者: ニトベ
7/7

7.昼営業のピークは、客側からも店側からもどこか殺伐とした雰囲気が漂いはじめる

現在編4

 昼営業のピークは、客側からも店側からもどこか殺伐とした雰囲気が漂いはじめる。


「日替わり2つ、5番テーブル!」

「悪いけど水は自分で運んでくれるっ?」

「ごめんね、相席お願い!」


 次から次に流れ込んでくる客に従業員たちが叫び声にも似た声を上げる。

 冗談抜きに、やってくる客たちの喧騒が騒がしすぎて、そうでもしないと店内での意思疎通ができないのだ。


「カプリース!つけ合せのキャベツが切れそうだ、セノラに頼んできてくれるかい?」

「……ふ、すでに頼んでいる」


 どやぁ、という音が聞こえてくるほどの表情でカプリースは言った。

 それと同時に、厨房に直結した裏口が開いてボールを抱えたセノラが顔を出す。


「やるな」

「やる」


 ニヤリと笑いあう俺たち2人の間を半目のリトゥーノが小走りで走り抜けていった。

 空耳かもしれないが、通り過ぎる時、「ちっ」と舌打ちの音が聞こえたたような気がする。


「……んんっ、助かったよセノラ」


 ごまかすように咳払いをしてセノラからボウルを受け取る。


「いいんですよ、坊ちゃん、でもリョウネンのこともお忘れなくね、いい子ですよあの子は、あほですけど」

「知ってる、今日は夜のほうも出るよ、リョウネンも疲れてるみたいだしね」

「優しいねぇ、坊ちゃんは、リョウネンは男を見る目だけはあったね」

「だろう?」

「ええ、ええ」


 そんな会話を交わしながら、セノラともニヤリと笑いあう。

 リトゥーノは、そこにも再びやってきて、せわしなく2人の間を通り抜けて行った。


 ……でかい舌打ちだったな、というか、いま明らかに「うぜーな」って言ってたよな。


「これでピークは乗り切れると思うから、しばらく休んどいてくれ、また夜の仕込みも頼むよ」

「はいよ、じゃあお疲れ様ね、またあとで」


 空になったボウルなんかを引き上げて、セノラは機嫌よく帰って行く。


「はーあ、もてる男は大変だねぇ」

「ほんとに、まいったよ」

「……うぜえわ」


 日替わりの皿の準備をしながら、リトゥーノが顔も上げずに話かけてくきた。

 手際よく、キャベツを皿の半分に盛り付けられ、その脇にポテトサラダとトマト1切れをが乗せられる。

 日替わりのメインによって少しは変わるが、付け合せはだいたいがこのパターンだ。

 ここに塩気のきいた生姜焼きや唐揚げを乗せ、付け合せの白パンとスープを合わせれば日替わり定食が出来上がる。


「と、ちょうどいい感じだな」


 ほとんど赤身のロース肉の表面にほんの少し焦げ目がついたのを見て、たれの入った壺からレードル一杯分を掬いあげ、フライパンに投入する。

 フライパン、レードルはガスコンロと同じく、前の世界から輸入したものだ。

 メインの料理はできる限り俺が作るが、さすがに全部は作りきれないので、こういう瞬時に適量が計れる調理器具は、一定のクオリティの商品を提供していくうえで重宝する。

 じゅうと音を立て、少し濃いめのたれが焦げる香ばしい匂いが立ち上ってくる。

 フライパンを回し、たれが肉全体にからまればすぐに火を止め、フライパンをコンロからあげる。

 ポイントは火を入れすぎて、たれの水分を飛ばしすぎないことだ。したたるたれがキャベツやパンに絡まれば、それだけで一つの完成された料理になる。


「日替わり2丁、あがったよ!」


 リトゥーノが用意してくれた2皿にそれぞれ肉を4枚ずつ盛りつけてから、厨房を出て、料理を2皿カウンターに置き、ホールのスタッフにも聞こえるように大声を出す。


「はーい、私が行く~!」


 店内の従業員たちが何人か顔を上げたが、その中で一番カウンターから離れた位置で配膳を終えたところのマリーがどたどたと駆けてきた。


「よし、頼んだよローズ」

「……はい」


 ちょうどカウンターの近くに戻ってきたローズに声をかけると、やや戸惑の表情を浮かべたローズがその皿を受け取り自分が持つ盆に載せる。

 

「ええ、なんでさー!」

「いや、ローズのほうが近いしさ」

「ふぐぐ」


 マリーが妙なうめき声をあげてエプロンドレスの裾を掴み、下を向いてうつむいてしまう。マリーはまだ店で働き始めて間もないこともあってか、功を焦るようなところがあった。


「マリー、マリーが頑張ってくれてるのは知ってるよ、でも、いくらマリーががんばっても一人で店を回すことはできない」

「そりゃそうだけどさ・・・・・・私たちはもっとできるんだ!それを兄ちゃんにも見せてやりたいんだよ!」


 マリーはこの店に来るまで、家のない孤児たちのリーダーのようなことをやっていた。

 だからこそ、自分が率先して役に立つところを見せることで、自分たちの身分を確かなものにしたいという思いがあるのだろう。


「マリーたちができるやつらだってるのは、俺もカプリースも知ってるよ、でもマリーたちが頼れるからって、マリーたちだけに頼ってたら、他にできる人がいなくなって、店は上手く回らなくなるんだ」

「うん・・・・・・」

「俺もカプリースも、みんなまだ半人前だよ、だから、マリーには俺たちが全員で一人前になっていく手伝いをして欲しいんだ」

「・・・・・・うん、ごめん」

「はは、謝る必要なんてないぜ、マリーも半人前の俺に頼るがいいさ」


 マリーのピンと立った耳が垂れ下がり、尻尾も不安げに揺れるのを見ていると、頭をわしゃわしゃとなでてやりたくなってくる。


「兄ちゃん、ごめんようっ」


 ぼすっという音がしてマリーが胸元に飛び込んできた。

 ちょうどあごの下の位置に頭頂部が来てフルフルと震える耳が目前に現れる。


「泣くなよマリー、看板娘のお前が泣いてちゃ店が暗くなる」

「ふぐっ、ふうぅー」


 マリーがぐりぐりと顔を胸に擦り付けてくる。


 仕方ないなとため息をつきながら顔を上げると、心底冷め切った目をしたリトゥーノと視線が合った。


「・・・・・・こいつまじ」


 吐き捨てるような言葉については努めて無視をし、リトゥーノから視線をそらす。

 気づけば客も含めて、店内の大部分の人間がこの感動の場面をしらっとした表情で眺めている。


「お料理、お出ししてきました」


 なぜか、責めるような表情を浮かべたローズが配膳トレイを持って戻ってきた。

 この店で、パンとスープはセルフサービスなので、定食はメインの皿を持っていくだけで済む。


「なんで私がだしにされないといけないんですか、というか計算じゃないんですか、犬の人たちはなんかそういうところがある気がします、だいたい……」


 ローズが待機エリアで休みながらぶつぶつとつぶやいている。

 ……はっはっは、やりすぎたな。

 おそらくローズの言葉が聞こえているだろうマリーの尻尾が「計算」というセリフのところでぴくんと動いたが、深い意味はないと信じたい。


「マリー、スープがなくなりそうだ、次のはもうできてるから補充を頼む」

「ま、まかせて兄ちゃん、すぐ行ってくるよ」


 抱きついたまま耳だけをきょろきょろ動かしてタイミングをうかがっていたマリーが、はじかれたように顔を上げ、厨房の大鍋へと向かった。

 高さ50センチははる寸胴型の大鍋をひょいと持ち上げるのはさすが獣人といったところか。すべての種族がそうとは言えないが、獣人族はおおよそのところ、ヒト族と比べて力が強く体力がある。


「お前さぁ、いつか刺されるぞ……刺されろ」

「はっはっはっ……気をつけます」


 リトゥーノのとげとげしい言葉を受けて冷や汗をぬぐった。

 実際のところ、用心棒の黒服を除いて、すべてが女性である従業員のモチベーションを維持することは、この店を続けていくうえでの大きな悩みの一つだった。

 寡婦や孤児といった社会的弱者が、まだまだ安定的な収入を得ることが難しいこの世界で、表だって仕事をサボる人間はいないが、それでも不満や怒りは、多かれ少なかれ仕事の質に影響する。


「刺される?」


 カプリースのようなイロモノ枠を除いて、個別のケアは必ず必要になる。


「刺されないでね」


 頭の中でどんなストーリーが繰り広げられたのか、しょんぼりとしたカプリースに癒されながら俺はひそかにため息をついた。

 

 

***



 店はいつも通りやかましく、男も女も叫ぶような声で会話している。

 夜と昼でまったく違う表情を見せるのが、この店の面白さの一つだろう。


 腹減ったな。

 朝一で扉番を交代してから、もう結構な時間が経っている。

 俺たち黒服は昼営業とよる営業の担当に分かれて、交代でこの店を護っている。

 昼営業の担当は厄介な客も少なく、ひっきりなしにある人の出入りをさばく以外は、これといってすることのない楽な仕事だが、その分、夜営業の担当に比べて人手が少なく、グレンの旦那もいないから気は抜けない。


 とはいえ、もうそろそろだと思うんだが……

 そんなことを考えていると、俺と同じ白地の綿シャツと青染めのズボンを着込んだ男が、店の中からゆっくりと歩いてきた。


 ……なんちゅうか、絶望的に似合わねえな、たぶん俺もだが。

 男は、ジャケットの裾を引っ張り、慣れない手つきでシャツの襟の位置を正しながら、こっちに向かって歩いてくる。着るというよりは着せられているといった風で、どうにも落ち着が感じられない。


 従業員のねえちゃんたちは「きまってる!前より断然いい!」なんて言ってたが、そりゃどう考えても言い過ぎだろう。

 あの店主のにいちゃんに言わせれば、食いもんの店をやるには、清潔感とやらが一番重要らしい。俺たちが黒服と呼ばれるのも、夜営業の担当連中が、毎日、店から支給される真っ白いシャツに黒染めのジャケットとズボンを着込んで警備の仕事に就くからだ。


 毎日洗われているらしいシャツに、しわのないジャケットにズボン。

 俺たち自身も、ここに立つときは俺たち用に用意された宿舎に作られた風呂に入り、髭を剃ってから出てくることを決められている。

 こいつも長髪の髪を後ろで縛り、顔にも手にも汚れはなく、いくつか傷のあるいかつい顔と剣だこだらけの手をを見なければ、城勤めの衛兵か貴族のぼんぼんと言われても違和感はないだろう。


 まぁ、さすがに俺も、以前の俺たちみたいな格好の奴らに飯を出されたら嫌だろうけどな……

この店で、俺たちが客に飯を持っていくことはないが、にいちゃんに言わせれば、店の入る時点から、接客ってやつ始まっているらしい。


「おう、お疲れさん」


 ややのけぞってくちくなったらしい腹をさすりながら、交代要員ことミカルが声をかけてくる。


「あー腹減った、生姜焼きだろ?今日は」

「ああ、今日はあたりだぜ」

「外れたことあんのかよ」


 昼担当の黒服たちは、仕事の後か、前のどちらかに店で食事ができるようになっている。

 にいちゃんの指示で食事代は無料、メニューも定食から好きなものが選べることになっている。


 別にこの特典がなくなったところで文句なんて言えないほどの待遇で、にいちゃんは俺たちを雇っているが、それでもこれが俺たちのモチベーションになっているのは間違いない。


 ミカルの貧しい舌の感想なんか気にしてもしかたないが、今日のメニューが当たりだというのは、個人的に同意できる。生姜焼きは定番メニューだが、なぜ定番になるかといえば、それは、安くて作るのが簡単なところもあるだろうが、客からの人気も高いからだ。

 少し部厚めに切ったロース肉を少し大きめに口に放り込めば、程よい脂の甘味とたれの塩気が口の中で混ざり合う。そこにさらにパンを放り込めば、それぞれが見事に調和し、「俺は今、うまいものを食べている」という満足感が体全体に染み渡る。

 俺たちはこの店で贅沢がしたいわけでもなけりゃ、美食とやらを追求したいわけでもない。俺たちはただ、口の中にに山ほど料理を放り込んで、思わずニンマリとしてしまうような、時にはがははと笑ってしまうような、そんな食事がしたいのだ。


 勿論、夜の店の静かでゆっくりと酒を楽しむという楽しみ方も悪くはないとは思うのだが、俺は昼の店のこの雰囲気のほうが気に入っている。


「ドーズ、お疲れ!」


 店に入ると、トレイを持ってカウンターに戻るところのヨルダが話しかけてきた。

 ヨルダは俺と同じく猫の獣人で、ヨルダの兄も含めて、俺たちは3人兄妹のように育ってきた。


 俺がこの場所で仕事をもらってから、すぐにヨルダに声をかけ、にいちゃんにヨルダを雇ってもらった。最初は慣れない環境に顔をこわばらせていたヨルダだが、今では、3人で暮らしていた頃によく浮かべていた自然な笑顔で接客にあたっている。


「だいぶ慣れてきたんじゃねえか?」

「そうでしょ?必死で覚えたからね」


 笑って言うヨルダだが、その裏には本当に血のにじむような努力があったことを俺は知っている。ヨルダは、ここに来てからしばらくの間、慣れない環境とともに、この場所を追い出されないかという恐怖とも闘っていた。

 衣食住すべてが、しかも完璧な状態で揃うこの場所から、俺たちが昔いた場所に戻りたがるやつらがいるとすれば、それは頭の先まで薬が回っておかしくなっているやつか、自殺願望のあるやつかのどちらかだ。

 俺もヨルダも幸い、そんな馬鹿ではなかったし、特にヨルダはそういう連中を人一倍憎んでいた。


 ヨルダが働いて間もない頃、店で何かミスをするたびに「体を売って店に置いてもらう」と叫んでにいちゃんの寝室に突貫しようとしたことを覚えている。

 にいちゃんはそんな小さなことでお前を見捨てるような人間でもないし、そんなもんで喜ぶような人間でもないと何度も伝えたが、まったく信じようとしないので、にいちゃんを信じ、ある時、止めずにそのまま行かせたが、翌朝、店の中を覗けば、憑き物が落ちたような妙にすっきりした顔をしたこいつがいた。


 後からそれとなく聞いてみたところ、最後まで手は出されなかったようだが、それ以来、ヨルダがにいちゃんを見る目が、妙に熱のこもったものになっていた。

 

 兄としては複雑だが、応援はしてやろうと思う。

 競争相手は多いうえに、相手にしたら最悪の手合いだが……


「兄さんもここに来られればよかったのに……」


 いつものカウンターに座って待っていると、ヨルダが俺の日替わりを持ってくる。

 ヨルダがここに来て、もう何度この言葉をつぶやいたかわからないが、その表情は以前のように悲壮なものではなく、どこか昔を懐かしむようなものになっていた。


 にいちゃんのおかげだな、そう思いながら、俺はカウンターから厨房のほうに視線を投げる。


 ……そこには何故か犬娘にきつく抱きつかれているにいちゃんがいた。


 俺の前に立ち、同時ににいちゃんに視線を向けたらしいヨルダがそのまま停止している。

 みしり、というおそらくは盆がきしむ音が聞こえたような気がした。


「ああ?」


 どこか昔を思い起こさせる、どすの利いた声が前方から聞こえてきた。

 もう一度、にいちゃんのほうに顔を向け、その微妙にだらしなくゆるんだ顔を見て、思わず小さくつぶやいてしまう。


「あいつまじ……」


 この後のヨルダのフォローを考えて、俺は小さくため息をついた。


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