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09.さすらい

 燈子は空さえあれば、一日中飽きない。

 天気の良い日は、ずっと外にいる。

 宗一朗の方は、そんな境地にはなれないので、いつもでも快適な場所を探して、動き回っている。

 天気の良い日は、縁側にいることが多い。

 陽だまりでぼんやりしていることもあれば、本を読んでいることもある。

 高校に入ってから、専ら洋書を読んでいる。

 趣味と言うよりは、押しつけられるように貸され、強引に感想を求められるので、渋々と読んでいる。

 だから、空をついつい見上げたりしてしまう。



「宗ちゃん」

 玄関に続く廊下からではなく、庭からひょっこりと幼なじみが現れる。

 今日はシンプルに、白いブラウスにデニムの膝丈のスカート。

 どうやら、まだ母に捕まっていないらしい。

「遊びに来ちゃった」

 燈子は満面の笑みを浮かべると、宗一朗の隣に腰をかける。

 サラリと長い髪が揺れて、ほんのりとシャンプーの良い香りがした。

「宿題は終わったのか?」

 宗一郎は、手にしていた洋書にしおり代わりのリボンを挟む。

「それ、寺島先輩に借りた本?

 何て読むの?」

 薄っぺらい文庫本に燈子の視線は集中する。

「詩集だ。

 これはゲーテ」

 眉間にしわを寄せて、宗一郎は答えた。

「面白い?」

「……。

 日本語なら、楽しいかもしれない」

 宗一郎はためいき混じりに答えた。

「ふーん。

 あ、とーこの宿題、終わったよ☆

 昨日、ドラマを我慢して、がんばったの。

 とーこ、エライ?」

 燈子は期待に目を輝かせて言う。

 宗一郎は期待通りに燈子の頭を撫でた。

 幼子のように、燈子は笑う。

 燈子は小さい。

 その体にあつらえたように、壊れやすい小さな魂が入っている。と宗一郎は思う。

 中世ヨーロッパの騎士は、たった一人の貴婦人に名誉を捧げる。

 そんな崇高な想いにも似た感情が宗一朗の心に宿ったのはいつのことだったか。

「今日も空はにぎやかだね」

 燈子は唐突に言う。

 見上げれば、空にはたくさんの雲。

「とーこは、雲になりたい」

 銀の鈴。

 燈子の声は、星の光で造った透明で、闇夜で銀に光る鈴。

 きっと、そんなもののようなものでできている。

「でも、宗ちゃんは雲になっちゃダメだよ」

 吸い込まれそうな黒い瞳が宗一郎を見つめる。

「だって、雲はさすらうでしょう?

 こんなにたくさんいたら、とーこ困っちゃう。

 宗ちゃんが見つけられなくなるから」

 少女は真剣に言う。

 燈子はいつでも真剣だ。

 だから、こちらも真剣にならなければいけない。

「雲になった燈子を見つけられないと困るから、燈子も雲になったら駄目だ」

 宗一郎は言った。

 じーっと燈子は、幼なじみを見る。

 それから、



「じゃあ、延期する。

 宗ちゃんが死んだら、とーこは雲になるよ」



 楽しそうに燈子は言った。

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