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誕生日

 3月のとある日曜日。

 ホワイトデーも間近な日に、ぽつんと女子生徒が立っていた。

 制服姿の彼女の名前は、大船美咲。

 この学校の2年生だ。

 今、ここにいるのは補習を受けていたからでも、部活にいそしんでいたからでもない。

 人を待っているのだった。

 二人の家の中間地点で、もっとも目印になりやすい建物が『学校』であっただけだ。

 それにしても、と、美咲は思う。

 流れる雲なんかを眺めながら、しみじみと。

 ここは田舎だなぁ~。

 学校の周囲は田畑が広がり、実に牧歌的な風景なのだ。

 のろのろとオレンジ色をしたバスがやってきた。

 日曜の学校だというのに利用者がいるらしい。

 それは、美咲のすぐ側のバス停に停車した。

 美咲はジャケットの裏ポケットから、携帯を取り出す。

 サイドのボタンを押し、サブディスプレイを点灯させる。

 時刻は13時02分。

 約束の時間には、まだ余裕がある。

 早く着きすぎたなぁ。これだから、土地勘がないところは困る。

 それに、平日とバスの所要時間が違うし。

 美咲がそんなことを考えていると、日が陰った。

 誰かが、美咲とお日様の間に立っているのだ。

 美咲はその方向を見た。

 ……。

 そこには、同じクラスの男子生徒がいた。

 美咲とは違い、私服姿だ。

 チャコールグレイのシャツの上に、アイボリーブラックのコートを引っ掛けて、インディゴのGパンにかっちりとした黒の革靴。

 背伸びしてないんだけど、クールに決まっていると言えば良いんだろうか。

 街歩いていたら、目立つこと請け合い。

 しかも、似合っている。

 同級生だけど。

 その上、……。

「燈子の代理で来た」

 短く彼は言った。

 代理で、彼氏をよこすのは間違ってないんだろうけど、メールしてよ。

 美咲は心の中で、親友にグチった。

「燈子ちゃん、どうしたの?」

 タメ口をきくのも、どうかと思った。

 が、親友の彼氏に敬語を使うのも……変だ。

 美咲は思い切って尋ねた。

「怒られている」

 簡潔に村上君は言った。

 あまりのあっさりとした言い方に、美咲は困る。

 そんなに一緒に話したことはないけど、このぶつ切りの話し方は……ないだろうに。

「どうして、怒られているの?」

 美咲はさらに尋ねた。

「寝坊したからだ」

 理由が返ってきた。

 ……詳細つけてください。

 美咲は半泣きになる。

 会話の糸がぶつ切りにされて、妙な間が開く。

「大船が気にすることではない。

 燈子が怒られたのは、燈子の責任だ」

 村上君は、正論を言った。

 本当に、彼氏なんだろうか。

 もう少し、彼女のことをかばっても良い気がする。

 幼なじみだから、こんなものなんだろうか……。

「燈子が寝坊したのは、前夜なかなか寝つけなかったからだ。

 友人を家に呼ぶのが初めてだから、興奮したのだろう。

 その結果、寝坊をして、反省文を書かされている。

 燈子は悪いと反省していると、反省文を埋められない。

 反省文は原稿用紙一枚分程度の長さを書く。

 どうしても、書けない場合は漢字の書き取りをさせられることになる」

 美咲が困っていることがわかったのだろう。

 村上君は、とうとうと説明してくれた。

 論文でも聞かされているみたいに、感情のこもらない話し方だったが。

「それで、村上君が代理できてくれたんだ」

 美咲は納得できない語句を無視して言った。

「そうだ」

 村上君は無表情に言った。

「待たされるよりも助かる。

 ありがとう」

 美咲はとりあえず礼を言った。

「外に出ていたから、ついでだ。

 かまわない。

 そろそろ、バスが来る」

 村上君は腕時計で時刻を確認する。

 さりげ、高そうな腕時計だ。

 ベルトが焦茶色で皮みたいだし、文字盤はつや消しのシルバーだし。

 村上君は、向かい側のバス停を示す。

 あちらのバス停は『山上』に向うバスが来る。

 程なくして、オレンジ色のバスが来て二人は乗り込んだ。



 バスの中はガラガラだったので、一番後ろの席に座った。

 座るのを固辞した村上君を無理やり隣に座らせる。

 律儀に人間一人分ぐらい空けて、村上君は座った。

 女子の中でも背が高い美咲から見ても、背が高い。

 定規でも入っているんじゃないかと思うほど、ぴんと背筋を伸ばしている。

 猫背な美咲には羨ましいぐらいだ。

 無言なのも気まずいので

「村上君でも、そんなカッコするんだね。

 古風なイメージがあるから、着物とか着てそうだと思ってたんだ」

 美咲は明るく言った。

「街に出るときは、それに合わせて服を選ぶ。

 家の中と同じ格好だと目立つ。

 着物は、用があるときしか着ない」

 とうとうと村上君は答えた。

 これでは他愛のない世間話ではなく、尋問だ。

「へー、そうなんだ。

 おしゃれなんだね。

 誰だか、一瞬わからなかったよ」

 めげずに美咲は笑う。

「それが、目的だ」

 村上君は言った。

 ……目的? って、どんな意味でしょうか~?

 誰かから狙われているんですか? 高校生なのに。

「村上君も、燈子ちゃんの家に行くんでしょう?」

 根気強く美咲は、再質問した。

 何と言っても村上君は、燈子の彼氏なのだ。

 誕生日祝いに行くに決まっている。

 これなら、話題を広げられそうだった。

「行くといえば行く」

 訳のわからない回答に、美咲は神様に救いの手を求めてしまった。

 が、しかし。

 山上までの30分近くを無言で過ごすつもりはない!

「何かプレゼントあげるんでしょう?」

 これなら、どうだ。

 美咲は訊いた。

 すると、整った横顔が困ったような表情になった。

 彼でも、こんな顔をするんだ。

 美咲は感心した。

 しかも、彼女に彼氏が誕生日プレゼントを贈るなんて、ありふれたイベントだろうに。

「誕生石のついたペンダントにした」

 村上君は中身を暴露した。

 ええっと、そこまで正直に話さなくても……。

「燈子は話すだろうから、隠しても意味がない」

 見透かしたように村上君は言った。

 少々、怒っている……じゃなくて、照れてるんだな。

 ふむふむ、と美咲は納得した。

「もしかして、それを買いに駅の方まで?」

 他人の恋は面白いので、美咲は探りを入れる。

「そうだ」

「二人ともラブラブなんだね♪」

 美咲が茶化すと、村上君は不思議そうな顔をこちらに向けた。

「ラブラブって、もう死語かなぁ?」

 美咲は困ったように笑う。

「いや。

 聞き慣れない言葉だから、すまない」

 村上君は律儀に言った。

 ……本当に良いところの坊ちゃんなんだぁ。

 絶滅危惧種みたいだなぁ、と美咲は思った。

「えーと。

 熱烈とか、熱々とか、そんな意味だったかなぁ。

 仲が良いって、意味」

 注釈の方が恥ずかしい、と美咲は思った。

「他人からそう思われるのは、光栄だ。

 どうも、俺は冷たい人間らしいから、燈子のことをきちんとわかってやれない」

 村上君は真っ直ぐと電光掲示板の料金表を見ながら、つぶやいた。

 自分の言動に後悔するようなことがあったのだろうか。

 どちらにしろ、とっても真面目だなぁ。

 浮ついたクラスメイトとは違う。

 いかんせん、美咲の好みとは外れてはいるが、好青年とはこのことだろう。

「燈子ちゃん、楽しそうだよ」

「……。

 燈子はいつも、楽しそうにしている。

 だから、わからなくなる」

 流石、幼なじみ。

 良くわかっている。

 燈子ちゃんは、いつでも楽しそうだ。

 美咲は何て慰めれば良いかわからなくなる。

「ほら、男と女はお互いにわかりあえない宿命があるらしいし。

 それで、破局になったりするわけじゃなくて。

 上手くいくカップルも多いし。

 人の心が全部わかったら、気持ち悪いし。

 理解しあおうとする、努力が長続きの秘訣じゃない?

 大丈夫だよ」

 美咲は畳み掛けるように言う。

 親友の誕生日に、親友の彼氏を落ち込ませるのは最悪なプレゼントだ。

「大船は優しいのだな」

 実にあっさりと村上君は断言してくれた。

 ……恥ずかしい!

 こんなんで、燈子ちゃん大丈夫かなぁ?

 トロいから誰かに取られちゃいそう、美咲は親友を心配した。

「村上君は冷たくないよ。

 燈子ちゃんがあんなに幸せそうなんだもん」

 美咲は笑う。

「そうだと良いと思う。

 燈子の幸せを願っている」

 村上君はどこか遠い人を思うように、自分の彼女を言う。

 あんまり、恋しているようには思えない。

 片思いとか、プラトニックラブみたいな感じ。

 きれいなんだ、感情が。

 生々しくない、まるで信仰みたいだ。



 それから、取り留めないことを美咲が問い、村上君が口数少なく答えると言うのを繰り返して、バスは終点に着いた。

 料金を払いながらバスの前から出ると、話題の主が立っていた。

 ……着物で。

 マリーゴールドの花のような落ち着いた黄色の着物に、ロイヤルブルーの帯を締めていた。

 髪型はいつものようにポニーテールだったけど。

「美咲ちゃん、来てくれてありがとう!」

 嬉しそうに燈子ちゃんは言った。

「書き取りさせられたのか」

 後に降りた村上君は、彼女の姿を見て言った。

 それから、その頭を優しくなでる。

 燈子ちゃんは、本当に嬉しそうな顔をする。

 見ているこっちが野暮みたいな、感じ。

 二人は本当に、仲が良い。

「宗ちゃん。

 お出かけしてたんだね」

「ああ」

「お稽古に行ったのかと思っていた」

「光治先輩に会いたくなかったから、今日の午前中は逃げ回っていた」

「ふーん」

 燈子ちゃんはそれで納得したらしい。

 美咲には意味不明な言葉のやり取りだった。

「燈子、誕生日プレゼントだ」

 村上君はコートのポケットから、ジュエリーショップの名前が書かれている小さな紙袋を出して、燈子ちゃんに渡した。

「?」

「恋人同士だから、特別だ」

「良いの?」

「母だけには内緒にしてくれ。

 知られると、大騒ぎになる。

 あと、お礼は考えなくて良い。

 慶事小父さんに念押しして欲しい」

「うん、わかった」

 燈子ちゃんはニコッと笑った。

「今日の本家には近寄るな。

 これから、母と話をつけないといけない。

 結論が出たら知らせる」

 手短に村上君は言うと、さっさと坂を上り始めた。

 山上は、坂の上にあるのだ。

「今日、何かあるの?」

 美咲はヤバいタイミングで来たのかなぁ? と感じた。

「さあ?

 とーこはまだ『小さい』から教えてもらえないの」

 燈子ちゃんは無邪気に言った。

「そうなんだぁ。

 燈子ちゃん、誕生日おめでとう」

 忘れかかっていたことを美咲は言った。

 燈子ちゃんは全開の笑顔。

「えへへ♪

 とーこ、嬉しい。

 お父さんとお母さん以外の人に、誕生日のお祝いしてもらったことないの。

 宗ちゃんも、今年初めてなの!」

「?」

「村上のおうちは、みんなそう。

 お誕生日はお祝いしないの。

 お正月に、歳を数えるから」

 燈子ちゃんは坂を歩き出す。

 美咲もその隣を歩く。

「だから、しないの」

 燈子ちゃんはごくフツーに言った。

「ふーん。

 燈子ちゃんって、普段からこんなカッコしているの?」

「お召し?

 お稽古以外は、あまり着ないよ。

 お正月とかは、着るけど。

 いつもは洋服。

 あ、でも浴衣は良く着るかも」

 燈子ちゃんは明るく言った。

「村上君も?」

「宗ちゃんは、洋服の方が多いよ。

 お稽古も、どうしても着なきゃいけないときだけしか着ないし」

「へー、意外」

「そう?

 お召し嫌いなんだって。

 とーこは、好きだけど」

 燈子ちゃんは言った。

 着物を着慣れているのは、見ればわかる。

 自然体なのだ。

「村上君のカッコ見たとき、驚いちゃった。

 ああいうカッコするタイプだと思ってなかったから」

「街に行くときは、あんな感じだよ。

 ああいう服は自分で買ってきちゃうんだって。

 中の人が、この前悲しんでた。

 跡取りに相応しくない、って。

 とーこは、どんな格好の宗ちゃんも大好きなんだけど、他の人は違うみたい。

 どうしてなんだろう?」

 燈子ちゃんは小首をかしげる。

 ふと、悪戯心を起こして、

「二人はラブラブだね♪」

 と、美咲は言ってみた。

「えへへ♪

 そうなんだよ」

 燈子ちゃんはこれ以上ないと言うぐらい幸せそうな笑顔を浮かべた。

 それを見た美咲は『早く、私もカッコいい彼氏が欲しいなぁ』と思った。

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