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13.蛍

「まるで夢を閉じ込めているみたいよね」

 少女のような瞳をして、恵子はそれを眺めていた。

 手の平に乗るガラスケースの中に、小さな石はベルベットの布の上にちょこんと行儀良く乗っていた。

 透明な蛍石には、青紫の内包物が帯状に見えた。

 声をかけられた娘の興味は、石よりもおやつの桜餅の方に向けられていた。

 燈子の口はあまり大きくないから、アンコをはみ出さずにまんじゅう類を食べるのは大変なのだ。

 甘いものは大好きなので、おやつが出されるのは嬉しい。

「この石はフローライトって言うのよ。

 その中でも、これはブルーデスティニーと呼ばれるの」

 恵子は歌うように言う。

 燈子はきょとんと母を見上げる。

「青い運命というのよ。

 この水底には、どんな運命が沈んでいるのかしら?」

 うっとりと恵子はささやいた。

 燈子にとってそれはただの石だった。

 全く興味がないもの。

 それを素直に告げれば、母が傷つくことも知っていたので、燈子は口を閉じる。

「これは燈子にあげるわね」

 小さなガラスケースを燈子の目の前に置く。

 少女はしばしその石を見つめたあと、ためらいがちに尋ねた。

「宗ちゃんにあげちゃ、ダメ?」

 娘の言葉に、母は優しく微笑む。

「燈子は、本当に宗一郎さんのことが好きなのね」

 そう言って、娘の頭をなでた。

「かまわないわ」

 母から承諾が得られ、燈子はニッコリと笑った。



「宗ちゃん!」

 燈子は勢い良く縁側に駆け込む。

 いつもならいるはずの少年はいなかった。

 庭だろうか?

 それはない、と少女の直感は告げる。

 燈子は靴を脱ぎ、縁側に上がる。

 その際、きちんと靴をそろえる。

 身についた行儀というのは、どんな状況でも抜けないものだ。

 廊下には、生き物の気配はしない。

 ホッと一安心して、燈子は奥に進む。

 燈子は、ガラス戸を静かに開ける。

 少年が書斎代わりにしている部屋を通り抜け、その奥のふすまを開けた。

 気の流れを感じる。

 色にしたら、青色。

 味にしたら、苦味。

 音にしたら、無音。

 それは、宗一郎しか持たない気配だった。

 燈子は喜色を浮かべ、薄暗い部屋を見渡す。

 程なくして、少年を見つける。

 膝に大きな写真集を乗せたまま、座ったまま居眠りをしていた。

 よほど疲れているのだろう。

 燈子が近づいても、起きない。

 少女はひょこひょことその隣に、座った。

 そして、開かれたままの写真集を見る。

 水平線に沈む夕日がパノラマで広がっていた。

 少女は写真集と少年を見比べる。

 ため息を禁じるように、ぎゅっと口を閉じた。

 少年の肩にもたれかかった。

「とーこ、置いてかれちゃうの?」

 燈子はつぶやいた。

 答えてくれるはずもない。

 いや、少年が起きていたら、少女は問いを発しなかったはずだ。

 燈子は時計の長針が五つ動くまで、そうしていた。

 やがて、諦めたように少年の傍らに石の入ったガラスケースを置いた。

 自分の座っていた場所にその石を置いて、静かに立ち去った。

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