2話 箱根補完計画と幼なじみの覚醒
「ゴールデンウイーク、みんなで箱根に行くから」
夕飯を食べていると、いきなり母さんが言った。
無邪気に喜ぶ亮太に対して俺は微妙な感じだった。うまいメシや温泉は魅力的だったけど、それ以外は楽しそうな感じがしない。なんか中学にあがってから家族旅行に行くくらいだったら、友だちと遊んだり、家でゲームしてたほうが楽しいと思うようになっていた。
かといって家族がいない間、一人暮らしするのも面倒くさい。
というわけで結局行くんだけど、母さんの次の言葉に俺は口に入っていたものを吹いてしまった。
「それと久しぶりにお隣と一緒だから•••って、汚いわねぇ。洸太、何やってんのよ」
「なに、美月も来るってこと?」
「そうだけど。なぁに、あんた美月ちゃんと一緒なのが嬉しいの?」
否定してもこの人には無意味だということは知っているので、俺としてはジト目で見るだけだった。
「ただ、麻由は仕事で後から合流になっちゃうのよね•••」
「ミーのお母さん、1人で来るの?」
「そうなの。まぁ、お母さん的にはお酒の席に間にあえばOKなんだけどね」
亮太に何言ってんだ、母さんは。
それにしても•••。
美月のオタ話につきあうのはウザかったが、亮太を毒牙から守らなければ!
妙な理由だったが旅の目的はできた。
+++
ゴールデンウイークに入った。
宿題がでたが週2の勉強の成果か、旅行までには楽勝で終わりそうだった。
「洸太、ちょっと美月ちゃん、呼んできてよ。お昼一緒に食べようって」
時計を見ると11時を過ぎたところだった。
美月の家は母子家庭ってやつで、お父さんは交通事故で亡くなったそうだ。美月のお母さんは看護士で、お父さんの保険金で暮らせていけるらしかったが、何もしないとダメになるからと言って働いている、と前に母さんから聞いたことがある。
亮太に行かせるわけには行かなかったので、いやいやながら隣の中井家へと久しぶりに訪れた。うちと中井家は8階建てのマンションの3階にあって、俺の部屋と美月の部屋はベランダづたいにいけなくもない。
もう、やらないけどね•••。
チャイムを鳴らす。
反応なし。
自らフラグを立てたことを後悔しつつ、俺は自分の部屋に戻った。
一度ため息をついてから、ベランダに出てヘリに足をかける。間仕切りを越えて中井家のベランダへと着地した。
カーテンの閉まった窓をノックする。
反応なし。
カーテンの隙間から何のためらいもなくのぞく。
いやがった•••。
ヘッドホンしてパソコンにへばりついている。
俺は強めに窓を叩いた。
気づいたみたいで、美月はあわただしくキーボードを打ってから窓を開けた。
「洸太? なに? のぞき?」
「安心しろ。たとえ警察が来ても、わざわざ罪を犯すほどの対象ではないと信じてくれるから」
俺は親指を立ててニッコリと微笑む。
美月は部屋の鏡で自分の姿を確認すると顔を赤くして悔しそうに俺を見上げた。
「•••世の中にはマニアックな犯罪者がいるかもしれないじゃないか!」
「はいはい、わかったから。母さんが昼飯食べに来いって。そのままじゃまずいだろ?」
よほど悔しかったのか、俺に背を向けると子供っぽいパジャマを脱ぎだした。
今度は俺が慌ててベランダから自分の部屋に戻る。
しばらくするとチャイムが鳴った。
ノシノシと足音が近づくとドアがノックされる。
「さっきはどうも!」
「いえいえ、日頃から美月さんにはお世話になっていますので」
ああ、なんか美月をいじめていると楽しいな。
そこに亮太が入ってきた。
「ミー、いらっしゃい」
「亮太きゅん、こんにちは~! 亮太くんは誰かさんと違ってカワイイねぇ」
「ミー、俺、男だよ! カワイイとか言わないでよ!」
「ごめんごめん。そうだよねぇ」
せっかく削ったHPを回復させないように追い打ち攻撃をかける。
「いやいや、亮太。目にクマつくって、頭ボンバらせているJKよりお前の方がカワイイぞ」
美月から変なオーラが漂い始めていた。
その横で亮太は首を傾げている。
そんな2人を見ていたら、昼飯ができたらしく、母さんが俺たちを呼んだ。
「めしだ、めしだ」
わざとらしく立ち上がってキッチンに行くと、焼きそばが並んでいた。ソースのいい香りがする。全員座ると、いただきますと同時に俺たち兄弟はがっつき始めた。よく噛めと母さんに怒られながらあっという間に食べ終わる。まだ食べている女性陣に亮太が聞いた。
「ねぇ、ミーは目にクマがいるの?」
咳き込む美月。
母さんがあらためて美月を見てから。
「あら、本当だ。どうしたの、美月ちゃん?」
「実はゴールデンウイークの課題、無理矢理終わらせちゃって」
「すごいわねぇ、どこかの大飯食らいにも見習って欲しいわ~」
美月を見ると勝ち誇った顔をして俺を見ていた。
俺が呼びに行かなきゃ、ずっとオンラインゲームの住人だったくせに••••••。
「••••••ネトゲ廃人」
美月にしか聞こえない声で言ったらスネに蹴り入れてきやがった•••。
ごちそうさま、と食器を片付けて俺と美月は部屋に戻った。
「ねぇ、聞きたかったんだけど」
食休みなのか、なんなのか知らんが自分の部屋のように美月はくつろいでいた。亮太は母さんと箱根の打ち合わせみたいなことをしている。俺も横になって、パンパンになった腹に手をやり、全血液が消化作業で胃に集中してるのを感じていた。
「ちょっと、寝るな。人が質問しているんだから」
パチパチと人の頬を叩いてくる。
「イテ、何すんだ?」
「殴ってなぜ悪いか。貴様はいい、そうやって喚いていれば気分も晴れるんだからな」
やれやれとなる•••。
「僕がそんなに安っぽい人間ですか?」
ペチッ!
「2度もぶった。親父にもぶたれたことないのに」
「それが甘ったれなんだ。殴られもせずに1人前になった奴がどこにいるものか※1」
「あの•••、いつまで続ける気なんだ?」
「洸太が聞いてくれるまで」
のってしまう俺も悪いが、俺と美月じゃ永遠に終わらない。
「なに?」
「なんでいきなりマンガを売るなんて言いだしたの?」
ドフォ!
俺の胸に美月の心ない言葉が突き刺さった。
ビクビクと瀕死の俺を、ツンツンと美月がつついている。
「なに、フラれでもしたの?」
俺の肩がビクッとなる。
「え? マジ? なに、生意気な!」
いやな予感がした。
「この、リア充•••」
「もう爆発したから」
最後まで言えなくて、むむむ、となる美月。
ふっと肩の力を抜くと
「なるほどね。オタクだからってフラれたわけだ」
「••••••。」
「彼女なんか作っても人間強度が下がるだけだよ」
「主人公、結局ハーレム維持しつつ、ガハラさんと付き合っているじゃねーか!」
「じゃあ、吸血鬼にでもなれば、鬼いちゃん※2」
あぁ、頭が痛い•••。
最近また話すようになったけど、こいつは何も変わっていないよ•••。
+++
旅行1日目。
宿題を終わらせ後顧の憂いなく、今は父さんの車で一路箱根へとむかっている。
俺はミニバンの3列目に美月を押し込もうとしたが、亮太が美月の隣がいいと言って聞かなかった。亮太め、騙されているとも知らず、飛んで火にいるなんとやら•••。
結局3人並んで座っている。まん中に亮太が座ってくれているのが救いだった。2人ともミニサイズなので3人並んでも余裕だ。
母さんからもらったお菓子を食べながら、俺たちはしりとりに興じている。美月の俺への執拗な「り」攻めをしのいでいると、亮太はいつの間にか寝てしまった。俺によりかかっているのを、いいなぁと見る美月。
お前、マジ変質者か!
しっし、と手をふってハァハァしている美月を虫のように追い払う。睨む美月を無視すると
「洸太、あれ、インストールした?」
「••••••した」
「よっしゃ、ペダル、回すっしょ!※3」
箱根IHか•••。
拳を突き上げる美月を横目に旅行前のやりとりを思い出していた。
美月は母さんとゴールデンウイークで混雑が予想される中、どのように観光すればいいのかを話してたのだが•••。
俺は知っている。
これが美月の欲望をかなえるための計画の一端だということを。
「すべては我々のシナリオ通りだ※4」
ゲンドウポーズで美月が俺に言った。
賑わってはいたが、おかげでスムーズと言っていい感じで箱根を回ることができたよ。
ただ、両親と弟が観光を楽しむ中、俺と美月はスマホで写真を撮りまくっていたけどね。
「洸太、見て見て!」
青空を初号機がジャンプしていた。
「マジか、俺も撮りたい!」
思わず興奮してしまった•••。そう、俺たちは観光そっちのけで箱根補完計画ARスタンプラリー※5というものをやっている。さっき美月が言っていたインストールというのは、これをやるアプリのことだ。
GPSで位置情報を取得し、ARという拡張現実データがカメラに写る、というものだった。
何気なくスマホをかざしているとアスカが写る。アスカ派の美月に対して俺は綾波派だった。俺はちょっとしたイタズラを思いつく。
「亮太、ちょっと」
弟を召還すると、ポーズを指示してシャッターを切る。こちらの動きに感づいた美月がよってきた。
「なになに?」
「ほれ」
俺のスマホには、アスカの胸にタッチしようとする亮太が写っていた。
「こ、これは•••」
あれ? てっきり呆れるか怒ると思っていた。
あっ、と気づく。
美月の特殊な嗜好を一瞬忘れていた。亮太に自分も撮らせてくれと頼み込む美月の頭を後ろから叩く。
「いた~い!」
「やめろ、変態!」
恨めしそうに俺を見上げる美月。やれやれだぜ•••。
その後も芦ノ湖の海賊船に乗ってテンションが上がる亮太とそれを眺める両親たち••••••とは別に第5使徒ラミエルの巨大さにビビりながら、美月とヤシマ作戦ごっこをしたり、覚醒した初号機で加持やリツコさんになったりしていた。※6
•••って、何してんだ? オタク度合いが増してないか!
「どうしたの、洸太?」
「いや、ちょっと自己嫌悪」
「なに、まだ失恋から立ち直れないの?」
「ち、違う! オタクをやめられていないからだ!」
「ふっふっふっ、貴様は私が生み出したオタクの最高傑作! 無駄なあがきはよせ」
ブチっ。
俺は美月の側頭部をゲンコツでグリグリする。
「い、痛い、それ本当にいた~い!」
+++
こうして1日目の観光を終えて宿に入った。ロビーには美月のお母さんが待っていて、合流できた。
部屋割りは男と女で別れた。たぶん母さん同士で夜中まで飲むのだろう。
とりあえず温泉を堪能し、夕食まで部屋でゴロゴロしていると、隣の部屋から美月の悲鳴みたいのが聞こえたが無視する。
夕食の時間になったので食堂フロアに行くのに女部屋をノックすると、浴衣姿の女の人が3人出てきた。
「いやぁ、美月ちゃん、一回いじってみたかったんだよね。うち男ばっかだから」
「いつも言ってるのよ、もっと身だしなみに気を使えって。ほら、また目つき悪くなっている!」
「そんなこと言ったって、メガネなきゃ見えないよ」
「どう? 美月ちゃん、カワイイでしょ」
得意気に話す母さんと美月のお母さんの間に、背は低かったが美人が立っていた。
「ミー? カワイイ!」
亮太は遠慮なしに美人の足にしがみつく。
「わ、ちょっと。亮太くん? 危ないから」
「洸太? どうした、おーい?」
母さんの声は聞こえていたが、何にも話すことも動くこともできなかった。
美月••••••なのか?
長い髪が結い上げられ、浴衣姿だから?
それともメガネ?
いや、それだけだったら、こんなに混乱しない!
•••そうか。
前髪を左右に流して、めったに見ないおでこが出ていた。
小学生でもいけるロリパワーの源は、前髪メガネだったのか。
それがないと•••。
「いいわねぇ、わかりやすいリアクション。洸太ったら美月ちゃんの浴衣姿にデレデレだよ!」
「な、な、な•••」
「本当に~」
ヤクザみたいなガンを飛ばして俺を見る美月。
ち、近いよ!
「兄ちゃん、顔真っ赤!」
なんなんだーっ、この状況はーっ!
俺は心の中で叫んでいた。
※1 ファーストガンダム9話より
※2 猫物語(黒)、憑物語より
※3 弱虫ペダル巻島のセリフより
※4 エヴァンゲリオン2話より
※5 箱根町観光協会によるイベント
※6 一連のエヴァンゲリオンネタ
「ゴールデンウイーク、みんなで箱根に行くから」
夕飯を食べていると、いきなり母さんが言った。
無邪気に喜ぶ亮太に対して俺は微妙な感じだった。うまいメシや温泉は魅力的だったけど、それ以外は楽しそうな感じがしない。なんか中学にあがってから家族旅行に行くくらいだったら、友だちと遊んだり、家でゲームしてたほうが楽しいと思うようになっていた。
かといって家族がいない間、一人暮らしするのも面倒くさい。
というわけで結局行くんだけど、母さんの次の言葉に俺は口に入っていたものを吹いてしまった。
「それと久しぶりにお隣と一緒だから•••って、汚いわねぇ。洸太、何やってんのよ」
「なに、美月も来るってこと?」
「そうだけど。なぁに、あんた美月ちゃんと一緒なのが嬉しいの?」
否定してもこの人には無意味だということは知っているので、俺としてはジト目で見るだけだった。
「ただ、麻由は仕事で後から合流になっちゃうのよね•••」
「ミーのお母さん、1人で来るの?」
「そうなの。まぁ、お母さん的にはお酒の席に間にあえばOKなんだけどね」
亮太に何言ってんだ、母さんは。
それにしても•••。
美月のオタ話につきあうのはウザかったが、亮太を毒牙から守らなければ!
妙な理由だったが旅の目的はできた。
+++
ゴールデンウイークに入った。
宿題がでたが週2の勉強の成果か、旅行までには楽勝で終わりそうだった。
「洸太、ちょっと美月ちゃん、呼んできてよ。お昼一緒に食べようって」
時計を見ると11時を過ぎたところだった。
美月の家は母子家庭ってやつで、お父さんは交通事故で亡くなったそうだ。美月のお母さんは看護士で、お父さんの保険金で暮らせていけるらしかったが、何もしないとダメになるからと言って働いている、と前に母さんから聞いたことがある。
亮太に行かせるわけには行かなかったので、いやいやながら隣の中井家へと久しぶりに訪れた。うちと中井家は8階建てのマンションの3階にあって、俺の部屋と美月の部屋はベランダづたいにいけなくもない。
もう、やらないけどね•••。
チャイムを鳴らす。
反応なし。
自らフラグを立てたことを後悔しつつ、俺は自分の部屋に戻った。
一度ため息をついてから、ベランダに出てヘリに足をかける。間仕切りを越えて中井家のベランダへと着地した。
カーテンの閉まった窓をノックする。
反応なし。
カーテンの隙間から何のためらいもなくのぞく。
いやがった•••。
ヘッドホンしてパソコンにへばりついている。
俺は強めに窓を叩いた。
気づいたみたいで、美月はあわただしくキーボードを打ってから窓を開けた。
「洸太? なに? のぞき?」
「安心しろ。たとえ警察が来ても、わざわざ罪を犯すほどの対象ではないと信じてくれるから」
俺は親指を立ててニッコリと微笑む。
美月は部屋の鏡で自分の姿を確認すると顔を赤くして悔しそうに俺を見上げた。
「•••世の中にはマニアックな犯罪者がいるかもしれないじゃないか!」
「はいはい、わかったから。母さんが昼飯食べに来いって。そのままじゃまずいだろ?」
よほど悔しかったのか、俺に背を向けると子供っぽいパジャマを脱ぎだした。
今度は俺が慌ててベランダから自分の部屋に戻る。
しばらくするとチャイムが鳴った。
ノシノシと足音が近づくとドアがノックされる。
「さっきはどうも!」
「いえいえ、日頃から美月さんにはお世話になっていますので」
ああ、なんか美月をいじめていると楽しいな。
そこに亮太が入ってきた。
「ミー、いらっしゃい」
「亮太きゅん、こんにちは~! 亮太くんは誰かさんと違ってカワイイねぇ」
「ミー、俺、男だよ! カワイイとか言わないでよ!」
「ごめんごめん。そうだよねぇ」
せっかく削ったHPを回復させないように追い打ち攻撃をかける。
「いやいや、亮太。目にクマつくって、頭ボンバらせているJKよりお前の方がカワイイぞ」
美月から変なオーラが漂い始めていた。
その横で亮太は首を傾げている。
そんな2人を見ていたら、昼飯ができたらしく、母さんが俺たちを呼んだ。
「めしだ、めしだ」
わざとらしく立ち上がってキッチンに行くと、焼きそばが並んでいた。ソースのいい香りがする。全員座ると、いただきますと同時に俺たち兄弟はがっつき始めた。よく噛めと母さんに怒られながらあっという間に食べ終わる。まだ食べている女性陣に亮太が聞いた。
「ねぇ、ミーは目にクマがいるの?」
咳き込む美月。
母さんがあらためて美月を見てから。
「あら、本当だ。どうしたの、美月ちゃん?」
「実はゴールデンウイークの課題、無理矢理終わらせちゃって」
「すごいわねぇ、どこかの大飯食らいにも見習って欲しいわ~」
美月を見ると勝ち誇った顔をして俺を見ていた。
俺が呼びに行かなきゃ、ずっとオンラインゲームの住人だったくせに••••••。
「••••••ネトゲ廃人」
美月にしか聞こえない声で言ったらスネに蹴り入れてきやがった•••。
ごちそうさま、と食器を片付けて俺と美月は部屋に戻った。
「ねぇ、聞きたかったんだけど」
食休みなのか、なんなのか知らんが自分の部屋のように美月はくつろいでいた。亮太は母さんと箱根の打ち合わせみたいなことをしている。俺も横になって、パンパンになった腹に手をやり、全血液が消化作業で胃に集中してるのを感じていた。
「ちょっと、寝るな。人が質問しているんだから」
パチパチと人の頬を叩いてくる。
「イテ、何すんだ?」
「殴ってなぜ悪いか。貴様はいい、そうやって喚いていれば気分も晴れるんだからな」
やれやれとなる•••。
「僕がそんなに安っぽい人間ですか?」
ペチッ!
「2度もぶった。親父にもぶたれたことないのに」
「それが甘ったれなんだ。殴られもせずに1人前になった奴がどこにいるものか※1」
「あの•••、いつまで続ける気なんだ?」
「洸太が聞いてくれるまで」
のってしまう俺も悪いが、俺と美月じゃ永遠に終わらない。
「なに?」
「なんでいきなりマンガを売るなんて言いだしたの?」
ドフォ!
俺の胸に美月の心ない言葉が突き刺さった。
ビクビクと瀕死の俺を、ツンツンと美月がつついている。
「なに、フラれでもしたの?」
俺の肩がビクッとなる。
「え? マジ? なに、生意気な!」
いやな予感がした。
「この、リア充•••」
「もう爆発したから」
最後まで言えなくて、むむむ、となる美月。
ふっと肩の力を抜くと
「なるほどね。オタクだからってフラれたわけだ」
「••••••。」
「彼女なんか作っても人間強度が下がるだけだよ」
「主人公、結局ハーレム維持しつつ、ガハラさんと付き合っているじゃねーか!」
「じゃあ、吸血鬼にでもなれば、鬼いちゃん※2」
あぁ、頭が痛い•••。
最近また話すようになったけど、こいつは何も変わっていないよ•••。
+++
旅行1日目。
宿題を終わらせ後顧の憂いなく、今は父さんの車で一路箱根へとむかっている。
俺はミニバンの3列目に美月を押し込もうとしたが、亮太が美月の隣がいいと言って聞かなかった。亮太め、騙されているとも知らず、飛んで火にいるなんとやら•••。
結局3人並んで座っている。まん中に亮太が座ってくれているのが救いだった。2人ともミニサイズなので3人並んでも余裕だ。
母さんからもらったお菓子を食べながら、俺たちはしりとりに興じている。美月の俺への執拗な「り」攻めをしのいでいると、亮太はいつの間にか寝てしまった。俺によりかかっているのを、いいなぁと見る美月。
お前、マジ変質者か!
しっし、と手をふってハァハァしている美月を虫のように追い払う。睨む美月を無視すると
「洸太、あれ、インストールした?」
「••••••した」
「よっしゃ、ペダル、回すっしょ!※3」
箱根IHか•••。
拳を突き上げる美月を横目に旅行前のやりとりを思い出していた。
美月は母さんとゴールデンウイークで混雑が予想される中、どのように観光すればいいのかを話してたのだが•••。
俺は知っている。
これが美月の欲望をかなえるための計画の一端だということを。
「すべては我々のシナリオ通りだ※4」
ゲンドウポーズで美月が俺に言った。
賑わってはいたが、おかげでスムーズと言っていい感じで箱根を回ることができたよ。
ただ、両親と弟が観光を楽しむ中、俺と美月はスマホで写真を撮りまくっていたけどね。
「洸太、見て見て!」
青空を初号機がジャンプしていた。
「マジか、俺も撮りたい!」
思わず興奮してしまった•••。そう、俺たちは観光そっちのけで箱根補完計画ARスタンプラリー※5というものをやっている。さっき美月が言っていたインストールというのは、これをやるアプリのことだ。
GPSで位置情報を取得し、ARという拡張現実データがカメラに写る、というものだった。
何気なくスマホをかざしているとアスカが写る。アスカ派の美月に対して俺は綾波派だった。俺はちょっとしたイタズラを思いつく。
「亮太、ちょっと」
弟を召還すると、ポーズを指示してシャッターを切る。こちらの動きに感づいた美月がよってきた。
「なになに?」
「ほれ」
俺のスマホには、アスカの胸にタッチしようとする亮太が写っていた。
「こ、これは•••」
あれ? てっきり呆れるか怒ると思っていた。
あっ、と気づく。
美月の特殊な嗜好を一瞬忘れていた。亮太に自分も撮らせてくれと頼み込む美月の頭を後ろから叩く。
「いた~い!」
「やめろ、変態!」
恨めしそうに俺を見上げる美月。やれやれだぜ•••。
その後も芦ノ湖の海賊船に乗ってテンションが上がる亮太とそれを眺める両親たち••••••とは別に第5使徒ラミエルの巨大さにビビりながら、美月とヤシマ作戦ごっこをしたり、覚醒した初号機で加持やリツコさんになったりしていた。※6
•••って、何してんだ? オタク度合いが増してないか!
「どうしたの、洸太?」
「いや、ちょっと自己嫌悪」
「なに、まだ失恋から立ち直れないの?」
「ち、違う! オタクをやめられていないからだ!」
「ふっふっふっ、貴様は私が生み出したオタクの最高傑作! 無駄なあがきはよせ」
ブチっ。
俺は美月の側頭部をゲンコツでグリグリする。
「い、痛い、それ本当にいた~い!」
+++
こうして1日目の観光を終えて宿に入った。ロビーには美月のお母さんが待っていて、合流できた。
部屋割りは男と女で別れた。たぶん母さん同士で夜中まで飲むのだろう。
とりあえず温泉を堪能し、夕食まで部屋でゴロゴロしていると、隣の部屋から美月の悲鳴みたいのが聞こえたが無視する。
夕食の時間になったので食堂フロアに行くのに女部屋をノックすると、浴衣姿の女の人が3人出てきた。
「いやぁ、美月ちゃん、一回いじってみたかったんだよね。うち男ばっかだから」
「いつも言ってるのよ、もっと身だしなみに気を使えって。ほら、また目つき悪くなっている!」
「そんなこと言ったって、メガネなきゃ見えないよ」
「どう? 美月ちゃん、カワイイでしょ」
得意気に話す母さんと美月のお母さんの間に、背は低かったが美人が立っていた。
「ミー? カワイイ!」
亮太は遠慮なしに美人の足にしがみつく。
「わ、ちょっと。亮太くん? 危ないから」
「洸太? どうした、おーい?」
母さんの声は聞こえていたが、何にも話すことも動くこともできなかった。
美月••••••なのか?
長い髪が結い上げられ、浴衣姿だから?
それともメガネ?
いや、それだけだったら、こんなに混乱しない!
•••そうか。
前髪を左右に流して、めったに見ないおでこが出ていた。
小学生でもいけるロリパワーの源は、前髪メガネだったのか。
それがないと•••。
「いいわねぇ、わかりやすいリアクション。洸太ったら美月ちゃんの浴衣姿にデレデレだよ!」
「な、な、な•••」
「本当に~」
ヤクザみたいなガンを飛ばして俺を見る美月。
ち、近いよ!
「兄ちゃん、顔真っ赤!」
なんなんだーっ、この状況はーっ!
俺は心の中で叫んでいた。
※1 ファーストガンダム9話より
※2 猫物語(黒)、憑物語より
※3 弱虫ペダル巻島のセリフより
※4 エヴァンゲリオン2話より
※5 箱根町観光協会によるイベント
※6 一連のエヴァンゲリオンネタ