2回避 今後、楽するために鍛錬する
「俺の身内に手を出すなよ」
エバイドは二匹のゴブリンの腕を片手ずつで掴んでその行為の意識を途切れさせる。ゴブリンは急に触れたエバイド腕に意識が行き、その動きが止まる。
「バイバイ」
その隙をエバイドは逃さない。瞬時に掴んでいた腕を離し、両の手のひらを二匹のゴブリンの頭へと向かわせる。そして頭を掴まれたことに一瞬、思考が停止してしまうゴブリン。これは頭を掴まれたこと自体よりも頭を掴まれたことにより、手のひらに視界を奪われてしまったことによる一瞬の停止だ。
そして、それが最後。ゴブリンはエバイドの<魔力操作>によって頭を破裂させて絶命させた。
「ふぅ。まさか日常に一気に非日常が襲い掛かって来るなんて思いもしなかったよ」
顔に付着したゴブリンの血を拭いながらエバイドはうんざりとしている様子を隠そうともせずに呟いた。
「エ、エバイド?」
「・・・あっ!母さん!無事だった⁉」
まるで子供とは思えない表情をするエバイドに戸惑いを見せながらも呼びかけるメリス。それにエバイドは瞬時にそのうんざりとした表情を消し、笑顔でメリスに抱き着いた。
「え、ええ。あなたのおかげで助かったわ。ありがとう」
「無事でよかったよ。さぁ、立てる?」
「ええ。大丈夫よ。それよりも、ユーリちゃんの方を見てあげて」
そうメリスに促されたエバイドはメリスの隣にいたユーリへと視線を向ける。
「・・・」
その目線には驚きとそして少しの熱を持った何かがあった。エバイドはその視線には気付かずに話しかける。
「ユーリちゃん。大丈夫?」
「・・・」
「ユーリちゃん?」
「え?あ、うん。大丈夫・・・」
エバイドを茫然と見つめるその瞳には少量だった熱がさらに追加されていくように熱くなっている。それは明らかに一つの感情を示していた。しかし、それをエバイドは気付かない。
(なんかいつもより大人しいな。まあ、いつも通りに意地悪とか突っかかって来られるよりは全然いいけど)
「それよりも、エバイド」
「何?母さん」
「さっきのは何なの?ゴブリンを倒しちゃうなんて」
「あー。あれは・・・」
困った表情で口ごもるエバイド。しかし、口ごもるのも当然。何故ならエバイドがやったことは自身の危険を全く考慮しない行動。ゴブリンだけ殲滅させ、魔猪は倒さずに逃げたゴブリンを追いかけてこちらにやって来たのだ。しかも、この巣の中にもしかするとまだ多くのゴブリンがいたかもしれないのだ。そんな中にたった5年しか生きていない子どもが一人で突入する。それは自殺行為に他ならない。
戦い方も危険なものだ。エバイドには<魔力操作>による破裂しか攻撃手段がない。それはつまり全てが完全な白兵戦に他ならない。5歳児が集団の魔物相手に白兵戦をする。危険以外の何ものでもない。
そして極めつけはメリスにも問われたように、その<魔力操作>による破裂そのものだ。この破裂は確かに有効な攻撃手段ではある。しかし、前提条件として2つのものが存在している。一つは相手に直接触ること。これはこれからも鍛錬をしていけば何とか改善が見られるかもしれない。「剣や槍、その他の武器で触れたものを破裂させることが出来るようになるまではいきたいところだ」とはこの後、エバイドが一人呟いた発言である。
「ううっ」
「母さん⁉」
どう言い訳すればいいのかと悩んでいるとメリスがよろめいた。エバイドはメリスを何とか支える。まあ、支えるとは言っても体が小さいエバイドは支えるだけでも大変なので倒れないようにゆっくりと地面に寝かせるぐらいが精一杯だが。
「メリスさん。私のことずっと励ましてくれてたの。それにずっと私を助けようと庇ってくれて・・・」
「そっか。それじゃ多分疲れと緊張の糸が切れたんだね」
「・・・うん」
「分かった。それじゃ、ここで助けが来るのを待ってよう」
「え?村には帰らないの?」
「ああ。今ここを離れるわけにはいかないからね」
「どうして?」
「いいかい。まずは僕たちだけじゃ、母さんを村まで運べないからだ」
「うん。それは分かる」
「それがダメなら僕がここで母さんを守っている間にユーナちゃんが村に行く?」
「え⁉」
「驚かないで。これは例え話だから。それで話は戻すけど、ここでユーナちゃん一人で戻るのはまだ危険だ。僕はゴブリンは倒したけど魔猪は倒してないからね。となると残った手段は2つ。一つは母さんとユーナちゃんの二人をここに残して僕が助けを呼びに行く。でも、ここで二人を守る人がいない。となると残った手段は一つだ」
そう。それがエバイドが最初に言った助けが来るまでここでじっとしていることである。これならエバイドが二人を守れる上、気絶から起きたメリスと一緒に村へと帰れるかもしれない。そうなった時の問題はエバイドの戦闘能力とその手段だが、命には代えられない。
「エバイドの説明はよく分からなかったけど、ここで待つのが一番いいのは分かった!」
「そうか。それなら良かった」
しかし、エバイドにはそれらを凌駕するもっとも重要な理由があった。それは―――
(流石に疲れたからもう動きたくないなんて言えないよな~。っていうか、このまま村まで帰るのダルいし。助けを待てば助けに来た人に運んでもらえるかもだし)
と、なんとも情けない考えをしていた。
「まあ最悪の場合は俺が村に助けを呼びに行くけど、それは最悪の場合で最後の手段だ。一日ぐらいならここでも待てるだろうし」
「い、一日もここで待つの⁉」
動揺するユーナ。
「大丈夫だよ。ここから村までそんなに離れているわけじゃないし、隣街に助けを呼びに行っているからそんなに被害も出ないはずだ。助けはすぐにでも来るよ」
「ほんと?」
不安そうにユーナはエバイドに本当かどうかを確かめる。
「ああ。それより一時間ぐらい休んでもいいかな?ちょっとここまでで疲れちゃって」
「う、うん。私が起きてるから寝ててもいいよ」
「ありがとう。何かあったらすぐに起こしてね」
「分かった」
そしてエバイドは横になって眠りについた。エバイドは疲れたということもあるにはあるが、ここで寝たことには理由がある。それは魔力の回復だ。そうでなくても集団のゴブリンに魔力を注ぎ続けたのだ。枯渇してもおかしくない。そうならなかったのはエバイドが毎日止めることなく<魔力操作>の鍛錬を続けて来たからである。しかし、それももう限界が近い。だからこそ、まだ警戒が必要なこの現状で休める時に休んで魔力を回復しておこうと考えたのだ。堅実なのはそういう理由なのだが、それでもエバイドにとって一番の理由は単に――疲れたから――という答え一択である。
それから一時間。エバイドはユーナに揺さぶられて目を覚ました。
「起きて、エバイド」
「・・・ん。起こしてくれてありがと」
「ううん。大丈夫だよ」
「そうか。それよりユーナちゃんも寝なよ。疲れてるだろ?」
エバイドは警戒を解けないこの状況だったからこそ眠って魔力の回復に努めたが、そうでなければいくら疲れていて眠たくてもゴブリンに捕まっていた6歳の女の子を見張りにして一人だけ寝ようとは思わない。それがいくら面倒臭がり屋で楽をしたいと思っているエバイドよりも。
「そうね。私も眠い」
「じゃあ、今度は僕が見張りをしているから寝て。何かあれば起こすから」
「でも、こんな所で寝れるかな?」
「大丈夫」
「?」
「君は僕が守るから」
「!」
顔を真っ赤にしながら何度もコクコクと頷くユーナ。どうやら意図しない決め台詞が決まってしまったらしい。これでユーナの初恋は決定的である。
それから。ユーナが眠りに入って数時間が経過した。
「う、ううん」
メリスが気絶から目を覚ました。
「母さん!」
「エバイド・・・。ここは・・・?」
「ゴブリンの巣の中だよ」
「ゴブリンの巣?どうしてそんなところに私たち、いるの?」
「・・・覚えてないの?」
「え、ええ」
どうやら記憶が混濁しているらしく、メリスは目を覚ますとゴブリンに襲われてからの記憶を思い出せなくなっているようだ。記憶の混濁については心配だが、それと同時に少なからずエバイドは安堵した。
その理由は明白。エバイドがしたゴブリン退治のことを詳しく聞かれないからだ。勿論、一緒に捕まっていたユーナが話してしまえばそれでおしまいなのだが、ユーナには後で口止めをしておこう・・・そう考えるエバイドだった。
「しかし、助けが来ない」
これは俺たちのことは諦めたのかもしれない。そう考えたエバイドは動くしかないと判断する。
「母さんも起きたし、村に戻ろう」
「ええ。ちょっと危ないけど、このままここにいてもダメだしね」
「じゃあ、ユーナちゃんを起こすよ」
「ううん。私が背負うわ。だから起こさないであげて」
「母さんがそう言うなら」
母さんも疲れているのに・・・。そう思わずにはいられなかったが、エバイドはグッと我慢してメリスの言葉に従った。そうしなければいつここを出発できるか分からなかったからだ。
それからメリスはユーナを背負い、洞窟から出た。外はすでに薄暗くなっていた。森ということもあって薄気味悪さは倍増しである。そしてそれに呼応するかのように草むらからはガサガサと物音が。どうやら何かが近づいて来ているようだ。何かがいるのかとメリスは不安になっていく。それはエバイドも同じだ。エバイドはゴブリンを倒すことが出来てはいるが、それはゴブリンが世間一般で言う雑魚モンスターであるからだ。そして魔力の許容量も他の魔物よりも格段に低い。だからこそ戦えていたが、ゴブリンよりも強い魔物だとエバイドでも勝てるかどうかは分からない。
「母さん。ユーナちゃんを背負ったまま僕の後ろに下がって」
「エバイド・・・。いいえ、エバイドが私の後ろに下がりなさい。ユーナちゃんと一緒に」
記憶が混濁しているせいか、エバイドがゴブリンを倒したことを忘れているメリスにとってはエバイドは戦えない子どもでしかない。それにエバイドはメリスの子どもだ。そのこともあってメリスはエバイドを守ろうと必死なのである。
「母さん・・・。ううん。僕は自分で自分くらいなら守れるから大丈夫。だからユーナちゃんを守ってあげて」
「エバイド・・・」
気付かないうちに成長しているエバイドに感動するメリス。だが、成長したことをその場で喜ぶことは出来ない。状況がそれを許してはくれない。それにエバイドは実際には成長などしてはいない。精神年齢がすでに大人なエバイドには大きな出来事でもない限りは成長、というか変わることなどない。
「・・・ふぅ」
エバイドはメリスのそんな感動をよそに構える。そしていつでも<魔力操作>を発動出来るようにしている。<回避>と<制御>も発動させていつでも戦えるように準備した。
「こい!」
心の準備を整えたエバイドが叫ぶ。
そこでガサガサと茂みから出て来たのは魔物ではなかった。
「・・・エバイド?」
「父さん!」
そう。茂みから現れたのはエバイドの父であるアドルだ。
「そこにいるのはメリスなのか?」
「ええ!そうよ!」
「メリス!」
騎士甲冑を付けていることも忘れてメリスに抱き着こうと駆け出すアドル。
「父さん!ちょっと待って!」
「なんだ、エバイド!」
感動の抱擁を邪魔されていいところで水を差されたかのように気分が下がるアドル。
「そのまま抱き着いちゃったら母さんが潰れちゃうよ」
「あ、ああ。そうだな。感極まっちゃってついな。止めてくれてありがとう」
「ううん。気にしないで」
「しかし、エバイド。どうしてお前がここにいるんだ?攫われたのはメリスとユーナちゃんだと聞いていたんだが」
「・・・ごめんなさい。母さんが攫われちゃったって聞いて居ても立ってもいらわれなくなっちゃって。それで・・・」
「探しに村を出て行ってしまったのか」
「あなた。そう怒らないであげて。エバイドが私たちを見つけてくれてここまで連れて来てくれたのよ」
「そうなのか?」
「ええ」
「分かった。だが、俺も心配したんだ。その分ぐらいは叱らせてくれよ」
「・・・そうね。私もそのお叱りは受けます。エバイドと一緒にね」
ここでの問答はおしまいとばかりにメリスはユーナを背負ったままアドルに寄り添い、戻ることを促す。
「・・・ああ。分かったよ。それじゃ戻ろうか。村も今頃は魔猪を全部討伐し終えて剥ぎ取りも終えているだろうから」
それから村へと戻ったエバイドたちは笑顔で迎えられたのだった。
・・・
それは夜のこと。
エバイドは疲れて眠ったメリスを確認してからまだ起きて食卓で酒を飲んでいたアドルに声を掛けた。
「ねぇ、父さん」
「ん?なんだ、エバイド。まだ起きていたのか?」
「うん。ちょっと聞きたいことがあって」
「どうした?こんな時間に聞きたいことなんて」
「今日のことなんだけど」
「・・・ああ」
それはエバイドが洞窟で考えたことだった。
「僕達を助けに来たのって父さんだけだったよね」
「・・・ああ」
「それに村の人たちの僕達が帰って来た時の喜び方。それで思ったんだけど・・・僕達ってもしかして騎士の人達に見捨てられたか、それか諦められてた?」
「・・・」
「・・・そう。やっぱり・・・」
やはりエバイド達は見捨てられて、諦められていた。アドルはそれでも諦められなかったからこそ、探しに来てくれたのだ。もし、攫われたのがメリスではなかったら。ユーナだけだったら。誰も探しになど行かなかっただろう。エバイドも騎士が助けに行くと考えて、助けには行かなかっただろう。
「エバイド。このことは・・・」
「分かってる。母さんには言わないよ。勿論、ユーナにも」
「すまんな。助かる」
「でも、代わりにお願い事があるんだけど」
「なんだ?出来ることなら聞いてやろう」
「父さんが家に帰っている時、僕を鍛えて欲しいんだ」
5歳の子どもであるエバイドが武器など持てるはずがない。となるとエバイドの攻撃手段は当分の間、素手での<魔力操作>を主体とした戦い方になる。その戦い方を助けるために体捌きを覚えておきたいのだ。
ここまでで鍛えることに余念がないエバイド。これで本当に面倒くさがり屋だろうかと疑問を覚えるが、エバイドはただ、死なないように必死になっているだけである。そして、前世のように理不尽に殺されないように強くなろうとしているだけだ。
「どうして鍛えて欲しいと思ったんだ?」
問うようにエバイドに聞くアドル。
「今回みたいな時に母さんや僕自身、そして僕の大切な人を守れるようになりたいんだ。それに強くなったら父さんも心配しなくてもよくなるでしょ?」
「なるほどな。分かった」
「じゃ、じゃあ!」
「だが、一つだけ言っておく。父さん、そして母さんはお前がいくら強くなろうとも心配する。そのことだけは覚えておきなさい」
「はい!」
「まあ、お前が強くなって、母さんを守ってくれていると父さんも安心して隣街に仕事に行けるからな。明日から数日間は休みを貰ったから早速始めるぞ。ビシバシいくから覚悟しろ」
「はい!」
その日、エバイドは明日から始まる鍛錬のことを考えて、早々に寝た。その日の疲れもあってすぐに睡眠に入ることが出来たのはその日唯一の幸いなことだろう。
・・・
それからの毎日は怒濤の日々だった。
エバイドは今まで続けてきた<魔力操作>の鍛錬に加えて、アドルから体捌きを基本とした体術を教わった。
そして、今までから最も変わったのはユーナの態度だ。
今までは意地悪をして鍛錬の邪魔をしてきたのに、今ではエバイドと一緒にアドルの鍛錬を受けたり、家に遊びに来たりとほぼ毎日エバイドと一緒に居ようとする。そして、エバイドと一緒に居るときにはとにかく嬉しそうに笑顔になっている。(そして、その姿を見て微笑ましそうにしているメリス)
エバイドは急に変わったそのユーナの態度に戸惑いはしたが、途中からはそれを気にしなくなった。中身が大人なエバイドには子どものユーナが理由は分からないが懐いたぐらいにしか思わなかったのだ。ユーナの態度にどんな意味があるのか、前世では殆ど人と接してこなかったがために思い至らなかったのだ。
たまにベタベタとスキンシップを取ってきたりもしたのだが、それでもエバイドはユーナの気持ちに気づきはしなかった。だが、エバイドのフォローをここで少しだけしておこう。大人の精神で今まで嫌われて、意地悪をされていた人物に何もしていないのに急に好かれる。これで自分のことを好きになっていると考えづらいのではないだろうか。
そんな毎日を過ごしていると気付けば数年が経過していた。
エバイド Lv.8 男 年齢8歳
力:HHH
防:H
魔:GG
耐:H
速:GGG
運:DD
能力
回避 Lv.Max
制御 Lv.Max
技能
料理 Lv.3
作製 Lv.3
自動回避 Lv.Max
魔力操作 Lv.3
体術 Lv.1
魔法
初級魔法・風 Lv.1
加護
主神の加護
体捌きを学ぶ理由はあるのだろうか。そんな疑問がこの<ウィンドウ>を見ていてエバイドは思ったが、すぐに考えを改めた。何故なら学ぶ理由に思い至ったからだ。
ちなみに魔法についてはユーナに教えて貰い、何とか初級魔法を覚えることが出来た。魔法の属性は火・風・水・土・光・闇・無の7つ。そしてそれぞれ7つの魔法には上位魔法が存在している。その中でエバイドは風魔法を教えて貰った。
理由は単純で、すでにMaxの<回避>と<自動回避>の幅を広げるためである。魔法無しだと完全に身体能力を頼りに回避してしまうので、余力を残したかったのだ。
「体術を覚えることで回避の時の体力の消費を抑えることが出来るんだな」
そのことに気がつき、つい独り言を呟いてしまった。
「え?急にどうしたの?」
独り言を聞いたユーナがエバイドに聞いてくる。
「ごめん。何でもない。独り言だから」
「そう?」
現在、エバイドはユーナと共に村から離れた森の中へと来ていた。村から離れた森、つまりはメリスとユーナが捕まっていたゴブリンの巣のあった森である。まあ、ゴブリンの巣はすでにエバイド達が森から帰還した後に騎士が森の探索をして潰してしまっているのだが。
潰した理由は簡単で、巣である洞窟が他の魔物の巣になりかねないからだ。そしてその巣を基点にまた近隣の村を襲う。それを防ぐために洞窟を潰したのだ。まあ、潰すと言っても延々と土で埋めたりはせず、魔法の使える騎士が洞窟の上から魔法で叩き潰したのである。土魔法で埋めても通常よりは洞窟を掘りやすくなってしまうからだ。
「さて、村長からの依頼だとこの辺りにアレが生えているはずなんだけど」
「あ、あったよ!」
森の中、川が近くにあり、少し拓けた場所にそれはあった。
「エルー草か」
エバイドとユーナは3年の鍛錬でアドルの許可を得て、村限定なら依頼を受けてもいいとお墨付きを貰ったのだ。依頼は採集依頼から討伐依頼まで様々なものだ。村の周りに出てくる魔物も低レベルのものしか出てこないのでそれらを倒せるくらいには強くなったエバイド達は許可を貰った辺りまでは出歩いてもいいことになっている。
今回の依頼はユーナの祖父である村長からの依頼で、病気になった村人のためにエルー草という薬草が必要となったのだ。
「まさか殴魔熱に掛かってしまうなんてね」
殴魔熱とは魔物の魔力が体内に入り、体を殴られ続けるような痛みを感じ、またそれと同時に高熱を出すという病気だ。
「あれは最悪、死に至る病気だからな。早めにあるだけ採集して帰らないと」
そんなわけでエバイドはその場にあるエルー草を片っ端から摘んでいく。持って来た袋の中いっぱいにエルー草を入れていく。
「これくらいあれば大丈夫かな?」
「ええ。保存出来る量だわ。大丈夫」
「それじゃ帰ろうか」
その場から立ち上がり、二人で走って村まで走る。
「っと。ユーナ。ちょっとストップ」
森の出口付近。そこでエバイドが何かに気付き、ユーナを止める。
「え?何?」
「魔物だ」
エバイドは<初級魔法・風>で周辺を索敵しているので近くに生き物がいるかどうかが分かる。といってもレベル1では距離は精々30メートルが限界だが。しかし、その索敵に引っ掛かるということはそれだけ近くにいるということ。すぐさまエバイドとユーナは警戒を強めた。
「ブギィッ」
茂みから出て来たのは魔猪。3年前に村を襲った2種類の内の一つだ。その時には素手で触ることが出来ずに騎士に任せてゴブリンだけを倒していったが、今回はそのようなことしなくてもいい。
「ユーナ。今回は僕に任せてもらってもいい?あれからこいつとは久しぶりの戦闘だし」
「ええ、任せるわ。頑張って、エバイド!」
ユーナの声援を受けながら魔猪に突っ込む。
エバイドの両手には<魔力操作>でコントロールした魔力を纏っている。しかし、これでは硬い毛で覆われた魔猪に触れた瞬間、手に怪我を負ってしまう。
「前回とは違うって所を見せてやるよ!」
そう言った瞬間、エバイドが纏っている魔力が変質し出す。魔力は形を変えていき、そして長い二本の棒へと変わった。
これこそ、エバイドの新技、<魔力操作>による<魔力武装>である。本来は武器に魔力を纏わせることで攻撃力を強化するのだが、エバイドの<魔力武装>は違う。その武器に触れた相手に魔力を注ぎ込み、暴走させるという恐ろしくも厄介極まりないものなのだ。勿論、こんなことが出来るのは<制御>あっての技ではあるが。
「ヤアッ!」
エバイドが突撃して来ていることに気が付いた魔猪が負けるものかと同じくエバイドの方へと突進してくる。そしてそれを見たエバイドは後10メートルで接触ってところで一本目の魔力棒をつっかえ棒にして使い、宙へと跳んだ。
「プギッ⁉」
急に視界からエバイドが消え、驚く魔猪。
「これで終わりだ!」
上から落下しながら魔力棒を魔猪のいる場所へと突き出す。
そしてそのまま魔猪は魔力棒に貫かれた。
しかし、貫かれても血などは噴き出したりはしない。エバイドは着地し、そのままその場から急いで離れた。
「ここまで来れば安心かな」
「そうね」
エバイドの隣には同じく逃げて来たユーナの姿が。
と、次の瞬間。魔力棒によって貫かれた魔猪は貫かれた部分を中心に破裂した。
「うわぁ。相変わらずエグいわね。私、最初に体全部が破裂したところを見て吐きそうになっちゃったもん」
「あれ?でもゴブリンの時には大丈夫だったよね。あの時にもゴブリンの頭は破裂したのに」
大凡、8歳児と9歳児のする会話ではない。
ちなみにエバイドはユーナにゴブリンからエバイドがメリスとユーナを助けたことを内緒にするように頼んでいた。メリスにはエバイドのしたことを忘れてもらっていた方がエバイドにとっては都合がいいからだ。ユーナは二人だけの秘密と言ったら顔を真っ赤にしてコクコクと何度も頷いたので大丈夫だと判断している。
「まあ、これは得意な戦い方ってだけで、他の戦い方を模索しないとなぁ。これじゃあ対人戦も出来ないよ」
心の中で「殺し合い以外では」と付け加えたエバイドだった。
「まあ、いいや。脅威は去ったことだし、早く村に戻ろう。今も苦しんでいるだろうし」
「去ったって言うか、排除したって言う方がいい気がするけど・・・まあいいや。そうね。戻ろう」
エバイドとユーナは再び走って村へと戻るのであった。
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