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1回避 5歳でのエンカウント



 エバイドが生まれてから一年が経過した。その間、エバイドは毎日をある鍛錬につぎ込んでいた。


「まだうまくいかないな~」


 木で出来た家がまちまちな距離で建ち並ぶ村の一軒。その家の裏でこっそりとしているのは木の棒を持ってビュンビュンと振り回しているだけである。しかし、当然それだけのために精神年齢が大人なエバイドは木を振り回しているわけではない。意味は他にある。


 それは魔力の鍛錬だ。


 1歳のエバイドがどんなに頑張っても〈ウィンドウ〉のステータス項目はほとんど上がりはしない。まだ首も座ってから一年すら経過していない子どもなのだ。下手のことをして怪我でもしたら大変なことになってしまう。それに鍛えようとすると周りの大人たちによってすぐに止められてしまう上に危険なことをしないようにと監視まで着く可能性すらある。


 他に体を鍛える以外でステータスを上昇させることの出来る項目は「魔」と「運」のみ。レベルアップ以外だと、「力」は言わずもがな鍛錬が必要だし、「防」も攻撃を受けたり鍛えたりしなければどうにもならない。「耐」は「防」と同じように攻撃を受けたり状態異常にならなければ鍛えることは出来ないし、「速」も鍛えるしかない。「運」は鍛えるとかそういう次元の問題ではないので放置するしかない。


 そういうわけで結局目立たず、しかし自重無しで鍛えることが出来るのは「魔」のみとなるのだ。「魔」を鍛える方法は単純で何かに自分の魔力を流し込んでいけばいい。本来なら何かしらの方法で自分の魔力を放出してその日ある魔力を出し切ればその分だけ魔力は鍛えられていくのだが、魔法をまだ覚えられない年齢のエバイドにはこの〈付与〉という方法しか出来なかった。


「こんどはうまくいくようにしなくちゃ」


 エバイドの周りには粉々になった木の棒がいくつも転がっている。これはエバイドが魔力を流し込んで破裂してしまったのだ。


 現在、エバイドは破裂しないように気を付けながら木の棒に魔力を流し込み、自分の魔力を鍛えるという鍛錬をしている。しかし、いくら何でもいい加減破裂した木の棒がおかしい量になって来ていることに気が付いたエバイドはその日の鍛錬を止めて家に戻ることにした。


 勿論のこと、破裂させた木の棒はバレないように家の裏の近くにある川に捨てている。捨てているというと環境汚染などが心配されるが、流しているのはただの木の棒なのでそのような心配は一切しないでいい。意外と考えられている鍛錬方法と隠蔽方法であった。


 裏手から家の中にトコトコと駆けながら入ると母親であるメリスがエバイドを迎えてくれた。


「あら。おかえりなさい。何してたの?」


 優しい口調で聞いてくるメリス。勿論、メリスは家の裏でエバイドが遊んでいると分かっているからこそ笑顔で優しい口調なのである。


「えっとね。たたかうけーこをしてたの!」


「そう」


「うん!つよくなってままをまもってあげるね!」


 精神年齢21歳の自我はしっかりと持っているエバイドだが肉体につられているのか、それとも転生前に両親と死別しているためか、親の前ではこのように子どもらしい一面を見せる。と言っても1歳としては内面は多少・・・というかかなり早熟なのだが。


「それは頼もしいわ!将来は勇者様ね」


 その言葉に少し嫌な顔を見せたエバイドだが、それを気取らせないように笑顔で誤魔化す。


 エバイドはその勇者のために転生前に地球ごと消滅させられたのだ。将来は勇者などと言われたらいやな気分にも当然なる。


「まかせて!いっぱいけーこしてつよくなるから!」


「パパが帰ってきたらパパにも言ってあげてね」


「うん!」


 現在、エバイドの父親であり、メリスの夫であるアドルはこの家にいない。それはアドルの職業が騎士だからだ。アドルは下級騎士で、この村の隣にある大きな街で働いている。なので短い時は一週間から長い時は一ヶ月ほど家には戻ってこない。所謂出稼ぎや出張みたいなものだ。


 基本的に面倒くさがりな性分のエバイドが幼少からこのような鍛錬をしている理由。それは将来、楽をするために今は面倒なのを我慢して頑張って強くなることである。


 この世界・・・というか、エバイドがいるジャーバスという国では基本的にどんな身分の出身でも国籍が与えられる。簡単にいえば身分証明書みたいなものである。これがなければ無国籍だと判断され、奴隷に近い扱いをされても文句は言えなくなってしまうのである。


 エバイドはとりあえず、夕食までは休んでいようと寝床につく。メリスはそれをおかしいとは思わない。なんせエバイドはまだ1歳の子どもなのだ。赤ん坊という段階からようやく脱したばかりなのだからすぐに眠たくなるのは必然。そういうわけでメリスは何の疑問も湧かなかった。


 二時間後。


 エバイドはメリスの「ごはんよ」という言葉により睡眠から目が覚めた。


「・・・ごはん?」


「そうよ。いらっしゃい」


「はーい」


 将来、楽をしようと画策しているエバイドが今、このような睡眠や食事などをゆっくりとしているのにも理由がある。勿論、楽しみであり、至福の時でもある。それに息抜きも必要であるという理由もあるのだが、真の理由は魔力の回復のためである。


 この世界では、HPやMPなどの数値化がない。つまり、どれくらいで死んでしまい、どれぐらい魔力を保有しているかがハッキリとは分からないのである。


 しかし、エバイドは偶然、魔力が枯渇寸前で食事を取った。その結果、魔力が回復していくような感覚があり、食事の後に<付与>を使ってみると数度だけ使えたのだ。食事から微量ではあるが魔力が回復することが分かったので、エバイドはそれからきちんと食事を取るようになった。


 そして睡眠も食事と同じである。しかし、エバイドはこれに関しては元々予想が出来ていたので最初から実践している。食事との違いがあるとするならば、その回復量である。食事と違い、睡眠から来る魔力の回復は数倍から数十倍の違いがある。


 以上のことから、エバイドは食事と睡眠は必ずきちんと取っているのである。勿論、それだけでなく、普通にその両方ともきちんと取っておかないと後々成長の妨げになるからということもあるが。


 エバイドは夕食を取った後、そのまま寝床へと潜り込んだ。


(木の棒以外にも<付与>をする方法はあるからな)


 そう思いながらエバイドが魔力を<付与>したもの。それは布団の中にこっそりと入れた埃であった。しかし、これには難点があり、魔力を<付与>したことで破裂した埃が布団の中に充満してしまうのである。それはどんなに小さな埃でも同じである。


 一度試してから大変なことになったので、それ以降自重しているのだが、どうしても鍛錬をしておきたいと思った時にだけ埃の攻撃を我慢しながら魔力の鍛錬をするのである。今回もそのどうしても鍛錬をしたいと思った日である。


「ゴホッゴホゴホッ!」


 案の定、埃が破裂して埃の爆発がエバイドを襲うが被害は布団の中だけなのでメリスが心配して見に来ることはない。まあ、咳が酷かったらその限りではないが。


 その日は埃だらけになりながらも就寝するエバイドであった。


 そして毎日をそんな風に過ごしていたエバイド。村にはエバイドの他にも何人も同世代の子どもは何人もいたが、その子ども達とは一切交流を持たなかった。何年かすると村で天才と持て囃され出した少女が出現したが、それにも一切気を止めなかった。


 すると4歳になったある日、その少女がエバイドにちょっかいを掛け出したのだ。そんなことをされる覚えがないエバイドはムッとは来ていても無視を決め込んだ。流石に度を越した行為には怪我をしない程度にこっそりイタズラをして仕返していたが。


 そんな無茶をたまにしながらスクスクと育っていったエバイド。気付けばすでに5歳になっていた。



エバイド Lv.3 男 年齢5歳


力:HH

防:H

魔:HHH

耐:H

速:HH

運:D


能力

回避 Lv.Max

制御 Lv.Max


技能

料理 Lv.3

作製 Lv.3

自動回避 Lv.Max

魔力操作 Lv.2


魔法

なし


加護

主神の加護



 ちなみにステータスはHが一番低い値で、そこからHH→HHH→G→GGと増えていく。


 「魔」は鍛えていたので成長しているのは分かるし、「力」も鍛錬し始めたから伸びているのも分かる。しかし、「速」が上がっていることはエバイドにとって身に覚えがなかった。


 ステータスの上昇は鍛錬によって伸びるが、重要なのは才能である。才能がなければいくら鍛えていてもステータスの上限とされているSSSには到達しない。


 つまり、この段階で鍛えてなく、レベルも上げていない状態で時が経つだけでステータス値が上昇するということは、それはエバイドの才能が「速」にあるということに他ならない。エバイドはその「速」の部分を見て思った。


(これって、明らかに回避系統の能力とかの影響をモロに受けているよな)


 本来ならレベルは10が上限であるとされているのがこのフィリアスでの常識である。それを通り越して何故かMax表示が出ている回避系統と制御という能力。


 と、家の中で自分の<ウィンドウ>を確認していたエバイドはあることに気が付いた。


「あれ?そういえば、生まれてから今日まで転生前にあった、まるで周りから避けられるような感じが一向にないな」


 そう。転生前には<回避>の能力を制御し切れず、完全に能力に振り回されていたエバイドが転生後はそのようなことが一切ない。


 しかし、答えはすぐにわかった。


「この気付いたらあった能力か・・・」


 <制御>。それが制御し切れなかった<回避>がエバイドを襲ってこない理由である。


「っていうか、待てよ?もしかして、この能力を自覚して使っていればもっと効率よく魔力も鍛えられたんじゃないのか?」


 気付いたエバイドだが、もう遅い。すでに生まれてからの5年間は戻ってこない。


「いや、でも落ち込む必要もないぞ?この<制御>を使わなかったから新しく<魔力操作>を覚えることが出来たんだし」


 と、ポジティブに考える。しかし、これはエバイドの単なる誤魔化しとも言い切れない。確かに<制御>を使っていたら<魔力操作>は覚えることが出来なかったのだ。


 <制御>は覚えるまでならともかく、レベルアップには極端に向かない能力である。なんせ、大した苦労もせずに能力や技能を使用することが出来るのだ。苦労もなく成長するはずがない。それこそ、世に言うチート能力でもない限りは。


「さて、恒例の<ウィンドウ>確認もしたことだし、母さんの手伝いにでもいこうかな」


 この<ウィンドウ>確認。5歳になったエバイドの朝の恒例作業となっていた。こまめに見ることで毎日の成長が実感出来るし、毎日見ることによって自分自身のことを知ることが出来るからだ。


 そしてメリスの手伝いだが、5歳になったことで労働力として駆り出されるようになったことで農作業の手伝いをし始めたのだ。とは言っても勿論のこと、5歳児のやれることなど高が知れている。そんなエバイドに期待されるのは細々した雑用である。農作業で出た野菜などの切れ端でエバイドが運べる程度の重さのものを捨てに行ったり、簡単な農作業のさわり部分だけを教えて貰いながら手伝っている。


 村の外れにある共同の畑。そこにエバイドは走って向かう。すると、何やら畑の方角から叫び声が聞こえて来た。それも一人ではなく、複数人の叫び声である。


「何かあったのか⁉」


 エバイドはメリスのことを心配し、自分の出せる最速で共同畑へと駆けていく。


「これは―――っ」


 畑には逃げ回る村の大人たちと畑仕事をエバイドのように手伝いに来た子ども達の姿が。何から逃げているのかを確かめようとメリスを探しながら辺りを見渡していく。


 すると、メリスの発見よりも先に村人が逃げ回っている原因が分かった。


「魔猪とゴブリンの集団か!」


 魔猪とは文字の通り、猪の魔物である。毛が通常の猪よりも硬く、そして先は鋭利に出来ているので触っただけでも簡単に怪我をしてしまう魔物だ。そしてゴブリンもエバイドの転生前の地球で想像出来るような容姿、そのままである。二種類とも魔物のランク的には下層にいる、所謂雑魚モンスターである。しかし、それは戦う人間にとっての基準であって、一般人の基準ではない。


 だからこそ、村人は子どもも大人も関係なく逃げ回っているのだ。


 そして、ゴブリンにはこれまた地球で想像出来るゴブリンと同じ習性を持っている。―――そう。生殖行為である。これを思い出した時、エバイドは物凄い嫌な予感に囚われた。


 何故ならいくら探してもメリスの姿が見えないからだ。


「母さん!母さん、どこ⁉どこにいるの⁉」


 エバイドの叫びにメリスではなく、逃げて来た村人が反応する。


「エバイド!逃げるんだ!俺達では魔物には勝てない!」


「でも!母さんがどこにもいないんだ!」


「・・・」


「おじさん?」


「メリスはゴブリンに攫われちまった。ゴブリンに捕まっちまったユーナを助けようとして自分も捕まっちまったんだ!」


「―――っ」


 ユーナとはエバイド住んでいるの村の村長の娘で村きっての天才と言われた少女だ。6歳にしてすでに簡単な初級魔法を使えると村で持て囃されていた。そしていつも一人で先のために鍛錬するエバイドにいつも上から目線でものを言ってくる女の子である。


 そう。エバイドにちょっかいを掛けて来た女の子である。


 容姿は栗色の肩まで伸ばした髪が良く似合うくりっとしたパッチリ目の可愛らしい女の子だ。


 ゴブリンは見目のいい女から生殖行為を行いたいと考えるのがこの世界では常識だ。ゴブリンのどこにそのような欲求があるのかは不思議だが、人間もゴブリンも容姿の優れた者に気を引かれるのは世の常のようだ。


(ユーナを助けるためか・・・)


 ここでエバイドに迷いが生じた。


 確かにメリスを助けたいと思い、そして実際に助けるために行動するということはすでにエバイドの中では決定事項だ。しかし、会う毎に上から目線で偉そうにエバイドを卑下してくる、それどころかたまに邪魔すらしてくるユーナに良い感情は持っていなかった。


 エバイドは精神年齢は確かに大人ではあるが、いくら大人だろうが子供相手でも嫌な気持ちにはなるし子供相手に嫌いにもなる。むしろ、精神的に大人だったからこそ今まで我慢してきた面は十分にある。我慢していなければとっくに喧嘩などして相手に怪我などをさせていることだろう。まあ、魔法も使える相手に<回避>無しでは勝てないだろうが。


「とにかく!今、騎士様を隣街に呼びに行ってる!ここは危険だからお前は俺と一緒にこっちに来るんだ!」


 そう言って村人はエバイドの手を掴むがエバイドはその場を動こうとしない。


「エバイド?」


「ごめん、おじさん。僕、母さんを助けに行かなくちゃ」


「何言ってんだ!子どもがどうにか出来る相手じゃねぇんだ!大人ですらあの有り様なのに」


 村人の視線の先には逃げ遅れた人達が未だに逃げ回っていた。この光景を情けないとは思わない。誰だって殺される、犯されると思ったらこんなことになる。ならないのはある程度の気力の持ち主か、力のある騎士や冒険者達などだけである。


「それでもだよ!父さんと約束したんだ!父さんのいない間は僕が母さんを守るんだ!」


 そして村人の手を振り切ってエバイドは駆け出した。


「おい!エバイド!」


 村人の制止はすでにエバイドの耳には届いていない。


 ユーナは確かにエバイドの嫌いな子どもである。それは変わりようのない事実だ。しかし、メリスのついでに助けてやるぐらいはしてやるつもりでいた。いくら嫌いな相手でも知り合いが危険な目に遭っているのにそれを助けないという選択肢はエバイドにはない。


「俺は()みたいに逃げられたくもないし、逃げた連中のようになりたくない!」


 まずはゴブリンへと攻撃を仕掛ける。武器は何も持っていないエバイドだが、そんなエバイドにも攻撃の手段はあった。それは―――


「くらえっ!」


 ゴブリンの顔を思いっきり掴む。勿論、子どもの握力ではゴブリンにダメージなど与えられはしない。しかし、エバイドの攻撃はここからであった。


 突然、ゴブリンが苦しみ出したかと思った瞬間、ゴブリンの頭部が破裂した。


「よし!思った通りだ!」


 エバイドが行ったのは魔力を注ぎ込んだだけである。しかし、それだけでゴブリンを絶命させることに成功した。


 魔力を操作するために毎日と言っていいほどゴミや木の棒などに魔力を流し続けたのだ。そして失敗したときの結果も勿論知っている。そう。破裂である。エバイドはゴブリンの頭に自身の魔力を流し込んだのだ。そして許容量を超えたゴブリンの頭はあっけなく四散したということである。


「よっしゃ!次だ!」


 その声と共にエバイドは次々に村人を襲っているゴブリンへと襲い掛かった。そしてその結果、ほとんどのゴブリンを殲滅してしまう。ゴブリンは棍棒などの武器を持っており、たまにエバイドの手を避けて反撃してきた個体もいたのだが、エバイドは<回避>という生まれ持った才能・・・いや、チート能力がある。ゴブリンのような雑魚相手に攻撃が当たる訳もなかった。


「ギ、ギギギ・・・」


 そして最後に残ったのはたったの一匹のみ。それもそれなりにボロボロになっている。ボロボロなのはエバイドが落ちていたゴブリンの武器を拾って軽く痛めつけたからである。


「さあ、案内してもらおうか」


 一匹だけ残して、しかもその一匹もボロボロにしてさせようとしているのは巣に帰すことだ。これは連れ去られたメリスとユーナの救出を行うために必要なことであった。


「ギギギッ!」


 エバイドが攻撃してこないことに気が付き、急いでその場から逃げ出す。逃げる場所は勿論、巣だ。


 と、ここまで来てエバイドの異様な戦闘光景が全く騒ぎになっていない。それは残った魔猪の所為である。エバイドはゴブリンは殲滅していったが、魔猪には一切手を付けていなかった。


 理由は多少あるが、大きく分けて二つ。一つはエバイドの戦闘を見る余裕をなくすため。そしてもう一つは単にエバイドの攻撃手段である<魔力操作>が魔猪には届かないからである。その硬い毛に守られては素手のエバイドではどうしようがなかった。また、エバイドが手からでしか<魔力操作>による魔力の譲渡が出来ないことも素手で触れる相手にしか効かない一因である。


「急がなくちゃ!」


 逃げるゴブリンを後ろから適度に追い立てながらエバイドはゴブリンの巣へと急いだ。




             ・・・




 エバイドがメリスとユーナの捜索をするためにゴブリンを痛めつけてから少しが経った頃。


 村から2、3km離れたゴブリンの巣。森の中にあるゴブリンによって掘られた洞窟。その入り口。


 そこにはメリスとユーナの姿があった。しかし、ゴブリンによって多少の暴行を受けたのか所々に傷や汚れが目立つ。


「ギギギ?」


「ギギ」


「ギギギギッ!」


 ゴブリンは恐らく、村からさらに何人か攫ってから行為に及ぼうとしているようだ。そのことが分からないが、何となくまだ少し時間があると感じ取ったメリスは何かしらの会話をするゴブリンを視界に収めながらユーナへと声を掛けた。


「ユーナちゃん。大丈夫?」


「う、うん。メリスさんは?」


「私も大丈夫よ」


 メリスは空元気だが、それでもユーナを少しでも安心させようと明るく振る舞う。


「ご、ごめんなさい。捕まった私を助けるためにメリスさんまで・・・」


「いいのよ。気にしなくて」


「でも・・・」


「いいの」


 メリスは優しく、落ち着かせるようにしながらユーナに語り掛ける。ユーナは先程まで泣きそうだった表情が少しだけ朗らかになった。


 事の起こりは村の畑にゴブリンと魔猪が襲撃してきたことから始まった。メリスは危険だと判断し、急いでその場から逃げ出そうとしたのだが、そこにちょうど畑仕事を手伝いに来ていたユーナがゴブリンと魔猪に戦いを挑んだのだ。結果は御覧の通り。負けて囚われの身になってしまった。


 最初にユーナは自慢の<火魔法>でゴブリンと魔猪を倒していった。しかし、いくら天才で魔法が使えるといっても6歳の女の子。魔力はすぐに枯渇した。しかし、性別が女だったことと、見目麗しかったことが幸いしてその場で殺されず、ゴブリンによって連れ去られたのだ。


 そこにメリスが助けに入り、何とか助け出そうとユーリを担ぐゴブリンに戦いを挑んだのだが、村人のメリスには勝つことは叶わず、そのままユーナと同じく攫われてしまった。


「きっと助けは来るわ。だから安心しなさい」


 メリスはアドルを想う。きっとアドルが助けに来てくれると。


「でも、私が戦おうとしなかったら捕まったりしなかったのに。それにメリスさんも・・・」


「だから気にしないの」


「私、いつもエバイドに意地悪してたのに、なんでメリスさんは私を助けようとしてくれたの?」


 泣きそうになりながらエバイドに意地悪していたことをエバイドの母親であるメリスに告白しながら問うた。


「だって、ユーナちゃんの意地悪はエバイドに振り向いて欲しくてしたことでしょ?あの子、周りの子には見向きもしないから」


「・・・うん。みんな私のこと、すごいすごいって褒めてくれるのにエバイドだけは何も言ってくれなかったの。私のことなんか気にしないでいつもいつも鍛錬ばっかり。だからエバイドにも褒めて欲しくて・・・。それでつい意地悪を」


「ふふ。ユーナちゃん。違うでしょ?エバイドにも(・・)褒めてもらいたいんじゃなくて、エバイド()褒めてもらいたいんでしょ?」


 メリスの指摘に顔を真っ赤にするユーナ。その顔によってメリスの問いに対する答えを言っているようなものである。そして、メリスの見事な話題変換によってユーナは一瞬だけでも自分がゴブリンに攫われていることを忘れることに成功した。


「なら、想像しなさい」


「想像?」


「ええ。自分にとって一番頼りになる、大好きな人が助けてくれることを」


 メリスはユーナに微笑みながら語り掛ける。


「その想像はきっとあなたを助けてくれるわ。想いは力になるのよ?」


「―――うん!」


 そしてユーナは想像する。自身を助けてくれる人のことを。大好きな人を想う。


「ギギギ!」


 しかし、そこで無慈悲にも二匹のゴブリンがメリスとユーナの元へと近寄って来る。


「ギギギ」


 村に残ったゴブリンが一向に帰ってこないことにしびれを切らしたのだ。そしてメリスとユーリはゴブリンに担がれ、さらに洞窟の奥へと連れて行かれる。


「いやぁ」


 恐怖に駆られながらも必死に拒否の言葉を紡ぐユーリ。メリスも何とか抵抗しようと抗っている。


「たすけて」


 それでも力で子どもやただの村人である女がゴブリンに敵うはずがない。そして来ている服を破かれてしまう。


「いやぁ!助けてよ!エバイドぉ――!」


 ユーナは必死に想い描く。エバイドの姿を。あのどこか自分達とは雰囲気の違う大人びた男の子の名前を叫び、そして呼ぶ。


「ギギギ!」


 そしてゴブリンの毒牙にユーリとメリスが掛かろうとしたその時、洞窟の入り口から中に駆けこんでくる人影が。仲間が帰って来たのかと気にも留めずに行為に及ぼうとする二匹のゴブリンの腕を洞窟に入って来た誰かが握る。


「いやいや。勝手に俺の身内に手を出すなよ」


 ユーナとメリスを助けに来たのはメリスの息子にしてユーナが思い描いた人物。エバイドであった。




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