第1話「アカウントが消されて涙目になった件」
ヨーチューブとは動画投稿サイトである。
僕は日夜日銭を稼ぐために動画投稿をしているヨーチューバーだ。
昨日投稿した動画の反応(再生数)を確認しようと思いウキウキしながらマイページを開く。
『このアカウントは利用規約違反により停止しました』
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…………?
――――何が起こったのか瞬時に思考がまったく追いつかない。
いや理解したくない。何かの勘違いだと思いF5キーを連打する。
『このアカウントは利用規約違反により停止しました』
……やっぱり消えてる……ど、どどど、どうして?
昨日投稿した動画はトンスキホーテで購入した商品レビューでしかない。
僕は普段から動画の内容には細心の注意を払ってきた。
規約に触れるような動画は一切投稿しないことを心がけてきたつもりだ。
あまりのことに動揺した僕の全身はわなわなと震えだす。
「グ、グープルだ。グープルに異議申し立てのメールをするんだ!」
ところが、予想通りのテンプレ対応……。
『ヨーチューブのポリシーに違反したためこのアカウントを停止しました』
――――オワコンだ。
この瞬間、僕の人生そのものが終わったコンテンツになった。
就職浪人中でバイトもしてない僕は、このヨーチューバーの収入だけを頼りに生きてきた。
チャンネル登録者数は20万人を超え、それなりに生活が安定してきた矢先だった。
このままヨーチューバとして生きていく。
僕の思いは日増しにそう強くなっていった。
それなのに――――
もうダメだ……目眩がして頭がクラクラする。
冷静になるとぶわっと涙が溢れ鼻水が止まらない。
顔面が液体でぐちゃぐちゃになり、無駄にティッシュを消費してるとメールの着信音が聞こえた。
……ひょ、ひょっとして運営から更なる返信がきたのか?
ちゃんと調べ直してくれたのかもしれない。
僕は期待を込めてメールBOXを開いた。
『異世界でその才能を活かしてみませんか? YES/NO』
まったく意味がわからん。
送信元に【神様】なんて書いてある。
バ、バカにするなー!
どうにでもなれと投げやり気味に僕は『YES』をクリックした。
◆◆◆
ショックで寝入ってしまったのだろうか。
目を覚ましたら見知らぬ森の中にいた。
またしても、ど、どどど、どうなってるの?
慌ててポケットの中をまさぐる。
右ポケットにデスソース。左ポケットにはアイポン。後ろポケットには財布があった。
すかさずアイポンの電波を確認する。
アンテナは無事だ。ほっと安堵の溜息をついた。
けれどもなーんか違和感を感じる。
少し軽くなった気もするし、デザインが少し変わった気がする。
裏面のリンゴのマークが無くなってるけど、元々なかったっけ?
しかもタッチパネルを操作してもいつもの画面がでてこない。
訳がわからないまま色々といじってみる。
すると突然動画が再生された。
「ちょ……なんだこれ? マジっすか?」
魔女っ子コスプレした少女が魔法を放ち、ゴブリンの軍団を軽々と殲滅していた。
動画の最後にカメラ目線で『チャンネル登録よろしくね♪』と、にっこり微笑むと動画が終了した。
「こ、これは……まさに異世界ヨーチューバーだ!」
ゴブリンなんて架空の生き物だし、コスプレ少女がが放った魔法は火の魔法だった。
ひょっとしてあのメールは異世界からきたメールだったのか?
嬉しさと不安で複雑な心境だけど気持ちが高ぶってくる。
「ほ、他の動画も見てみよう……って、これは……」
髭を蓄えた小太りなおっさんが、自作の武器を自慢していた。
彼はドワーフの鍛冶師で、グリーバスって名のようだ。
魔女っ子にゴブリンにドワーフって紛れもなく日本じゃない。
頬をつねってみる。痛い……。夢じゃない。
どの動画を見ても、日本の痕跡など皆無だった。
雰囲気はヨーロッパにどことなく似ているが、紛れもなく剣と魔法の世界のそれだった。
だがこんな非文明的なところでは生きられない。
コーラ飲みたいゲームもしたいし漫画も読みたい。
電気もガスも水道もなさそうなこんな世界で、果たして無事でいられるのだろうか。
とは言っても、この世界にもヨーチューブがある。
ならばやることは一つだ。
まずはアカウントの作成だ。
チャンネル名は『ゆうなまTV』だ。
僕が愛用してきたアカウント名で、本名が小鳥遊悠生なので、名前の読みを変えて『ゆうなまTV』として今までは活動していた。
無論この世界でも同じチャンネル名でリベンジだ。
=異世界ヨーチューバー=
チャンネル名:ゆうなまTV
アカウントLv:1
チャンネル登録者数:0
投稿動画数:0
獲得ポイント:1000P
使用可能ポイント:1000P
新規アカウントを登録したら1000P特典で貰えた。
更に『アナザーリスト』ってのが表示される。
何だろうと思い画面をタッチする。
「おおっと! これは!!!」
ポイント交換できるアイテムリストが表示されたけど、馴染みあるアイテムで溢れ返っていた。
そこには菓子やカップ麺もあるし、ゲームから最新号の少年チャンプまである。
中には物騒な自動小銃まであるんだが、これっていいのだろうか?
菓子やカップ麺は100Pのモノが多く、プレステ4の本体とか45000Pも必要だ。
見知らぬ世界に放り出されて早速ゲームがほしいとは思わないけど、動画の人気がでて再生数が稼げればゲームだって手に入れることができる。
――――そして更に驚くべきモノがあった。
「交換ポイント7億ポイントって……」
思わず声にでてしまう。
途方もないポイントが必要だけど、10式戦車なんてモノまである。
「せ、戦車か……ほんとに何でもアリなんだな……」
実際に操縦技術があるなしは別としても、このような日本の軍事兵器まであるとはマジで驚きだ。
腰が抜けそうになったけど、僕がほしいのは日本と同レベルの生活水準だ。
マンションや一戸建ての家もあるから、とりあえずのんびりとくつろげる家がほしいと思う。
だが手持ちのポイントは1000Pしかない。
家を買うには最低でも3千万ポイントは必要だ。
今あるポイントじゃとても手が届かない。
最初の1000Pを有効活用できるかどうかで、今後の命運が左右されると言っても過言じゃない。
何故ならこの世界で通用しそうな魔法の能力や、鍛冶師の技能なんて僕には無いのだから。
まずは情報収集だ。
情報収集と言っても他人の動画を見るだけなんだけど。
「ふふふ、やっぱりそうだ……」
ある意味、非文明に救われたかな?
どうやら火種の管理だけでも大変みたいだ。
うっかり種火を消えてしまうと種火を貰いにお隣さんまで足を運ぶか、頑張って火を起こさないといけない。起こすにはそれなりの手間と技術がいるようだ。
この世界の住人全てが魔法使いって訳じゃないみたいだしね。
とりあえず100P消費して100円ライターを『アナザーリスト』で交換する。
アイポンの画面にアイテムボックスからアイテムを取出してくださいと表示された。
僕の意思で異空間から自由にアイテムの出し入れができた。
100円ライターをゲットする。
樹木の枝の間にアイポンを固定し、動画を撮る準備をする。
財布の中にコンビニのレシートがある。
レシートをライターで燃やすだけの動画だ。
このライターを便利な道具として紹介してみるのだ。
しゅぽっと右手でライターの火を灯し、左手にレシートを握っている。
「こんにちは、皆さん初めまして、ゆうなまTVのゆうなまです。今回の動画は誰でも気軽に火が灯せる簡単便利な道具の紹介です!」なんて言ってみる。
動画を撮り終え、編集するところもないので、そのまま動画を投稿してみる。
誰かの目に運よく止まり再生回数が少しでも伸びてくれると嬉しいけど……どうだろうか。
投稿した動画を自分でも確認してみる。
およ? 早くも再生回数が10回になっていた。
投稿した直後に10回も再生されたことになる。
そのうち1回は僕が再生したものだが、チャンネル登録者数0のチャンネルがそんなに目立つものだろうか?
その要因を探ると答えは直ぐに見つかった。
ありがたい事にこの世界のヨーチューブでは、新着動画がTOPページで紹介されるようだ。
再生回数が10回を超えた時点で、獲得ポイントが1ポイント増えた。
どうやら1再生で0.1ポイントの計算ぽい。
100再生稼げれば10ポイント獲得できる計算のようだ。
「……っと、反応はえー! 早くもコメントまで付いてるぞ!」
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1.マリシア@魔女っ子ちゃんねる
新人のヨーチューバーさんですね。初めまして私は魔女っ子チャンネルのマリシアと申します。素敵な道具ですね。応援してます。頑張ってくださいね♪
チャンネル開設おめでとうございます。
2.エミリノア@主婦
誰でも気軽に火が灯せるなんて便利な道具ですね。
3.ロドリゲス@エルドール王国名誉市民
ライター? 聞いたことない。ドワーフが作成した魔道具なのか?
4.ジェラルド@名もなき冒険者
旅の必需品になりそうだ。どこで手に入れた?
5.ヴェネリー@ルドラ市民
>>2
ほんとにそうですわ。魔道具屋にいけば売ってるのかしら?
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こりゃいける! いけるかもしれないぞ!
再生回数がグングン伸びていく。
新着動画がTOPで紹介されるのは新人にとってプラスでしかない。
またコスプレ少女はマリシアさんって言うのか。
僕の動画見てくれたんだな。
チャンネル登録者数500万人超えで、ランキング1位の人だった。
この世界でのレジェンド級のヨーチューバーさんだ。
あれよこれよと考えてると茂みが揺れる音がした。
魔物とかに遭遇したら、たまったもんじゃないぞ!
ドキドキしながら音のする方向へと振り向く。
アイポンを握る手が発汗する。
ところが茂みから姿を現したのは、とんでもない美少女だった。
少女はヘナヘナで僕を見ると、そのまま前のめりに倒れ込んだ。
そして――――少女は「お腹空いた」と、呟きつつ気を失うのであった。