人外の多い料理店 -サンプルメニュー-
ここは異界と繋がり、人間との人外が入り混じる、坩堝と呼ばれる世界。
そんな世界の人外のみが住まう隣界人保護指定特区内、住宅街の外れに、絵に描いた様な赤い三角屋根の料理店があった。
小料理屋「よろず」、そこが今のボクの職場であり家だ。
時は平日の午後9時過ぎ、いつも通りピークの時間も過ぎ、一人もお客さんのいない店内は静寂が訪れていた。
今日はもうお客さんも来ないだろう、そう思い店じまいの準備をしていると、静寂を破るように店のドアが勢いよく開け放たれ女の子が飛び込んできた。
「ごめーん! まだお店やってるーっ!?」
飛び込んだ勢いで羽毛を巻き上げながら床に転がった彼女がそう聞いてくる。
うわ、後で舞った羽を片付けないとなぁ……
表にOPENのプレートを掛けてあるんだから、そんなに勢いよく飛び込んでこないでほしい。
もし他にお客さんがいたら、下手をすれば大惨事になりかねない。
フロアに出て注意しようとしたが、初めて見るお客さんだと気が付きカウンターから顔だけ出す。
飛び込んだ勢いで床に転がったままの彼女は、両腕両脚を白と茶の斑模様をしたフワフワの大きな羽に包まれ、足先には鋭く大きな鉤爪が鈍く光っている。
模様から察するに、多分彼女は猛禽類の鳥獣族なんだろう。
彼女がこちらに気が付き、幼さを感じさせる顔を上げる。
クリッとした大きな黒い瞳でこちらを見つめて首をかしげると、羽と同じ模様のフワッと立ったショートの髪が揺れた。
つい見つめ返すように観察してしまっていたことを誤魔化すように注意を口にする。
「まだ開いてるからそんなに勢いよく入ってこないでよ、ドアが壊れちゃうから」
「あはは、ごめーん☆」
彼女は床にペタンと座ったまま、舌を出してテヘぺろ☆と擬音の聴こえそうな顔と仕草をしている。
……これ絶対反省してないよね。
「はぁ、ネィさん、お客さんお願いします」
奥で片付けをしていた、栗色の長髪をした後ろ姿に声をかける。
「わかったー、いま行くねー!」
フロアに向かって声をかけ、スルスルと音を立てて、ネイさんがフロアへ向かう。
「ぴゃあぁぁっ!!」
ネィさんがフロアに出ると同時に、小鳥が鳴くような可愛らしい叫び声が上がる。
フロアの方を見るとネィさんから逃げる様に壁にすがる彼女の姿が写る。
……やっぱり蛇と鳥だと相性悪かったのかな?
ネィさんは下半身が大きな蛇、腰から上は人間と同じ姿をしている蛇獣族と呼ばれる種族だ。
種族柄身体の大きいネィさんに、身体の小さい鳥獣族の女の子が怯えている様は、ぱっと見捕食者と獲物に見えなくもない。
「もう! そんなに驚かなくてもいいじゃない。失礼しちゃうわね、別に食べたりなんてしないわよ? あとドアはゆっくり開けてね、もし人がいたら怪我しちゃうでしょ?」
「は、はぃ! ごめんなさい!」
ちょっと悪いことをしたかな? とは思うけど、ちゃんと注意を聞いてもらうためだったと考えることにしよう。
「ほら、大丈夫? 立てる?」
そう言って彼女を優しく抱き起こすネィさんは実に母性的だ。
ネィさんはそのまま彼女を近くのテーブル席に案内し、お冷をテーブルに置く。
「私はネィ、この店の店主よ。それであっちの厨房にいるのがイッくんね。あなたは?うちの店に来るのは初めてよね?」
完全に怯えていた彼女に、子供をあやすように優しく対応するネィさん。
固まっていた彼女も、少し落ち着きを取り戻したように見える。
「う、うん、アタシはミズキって言うの」
「そう、ミズキ……ちゃん? ……さん?」
ネィさんがどちらで呼ぶか悩むのも無理はない。
飛ぶために小柄で華奢な鳥獣族、しかも彼女……ミズキは人懐っこうそうな童顔だ。人間なら小学生高学年くらいにしか見えない見た目をしている。
「むぅ、これでも一応成人してるんだよ? あと名前は呼び捨てでいいよ」
「あら、ごめんなさい。でもミズキったら本当に可愛らしいんだもの、若く見えるって羨ましいわ」
「……ネィさん、おばさんみたいな言い方をするなぁ」
まだ20代前半だし、そう年も離れてないのに、と思いながらつぶやく。
「イッくん、後でお仕置きするから覚悟しててねー?」
うわ! 聴こえてたのか!
ネィさんが半眼でこちらを睨んでいた。お仕置きはされたくない、後で隙を見て逃げよう。
そして何事もなかったようにネィさんは会話に戻る。
「そうだ、ミズキは初めてだから説明しないとね?うちはメニュー無いから、どんなものが食べたいものをリクエストしてね。優秀なコック君がリクエストに合わせて作ってくれるわ」
その優秀なコック君とはボクのことを言ってるのか。
種族に合わせて料理を作っていると、正直ブリーダーにでもなった気分なんだけど。
「じゃあアタシお肉が食べたいな。でも疲れてるからあっさりしたやつがいいな」
見た目からミズキは猛禽類の獣人だとは思ってたから、多分ネズミとかヒヨコみたいな物を食べるんだろうと考えてたが、間違いではなかったようだ。
でも今は、ネズミの在庫はないし、今回は雛鳥肉かな?
「肉は火を通してもいい? それとも生で食べる?」
獣人はその動物と人間の食性が混ざってるからか、種族や人によって食べ方がまちまちなので聞いておく。
「んー、どっちでもいいよー。でも固いのよりはやわらかいほうがいいかなー」
「分かった、じゃあ今から作るから、少し待っててね」
鳥獣人だし、味付けはあまりしない方がいいだろうな。
そんなことを考えながらフロアから聞こえるネィさんたちの会話をBGMに、調理に取り掛かる。
料理内容は蒸した野菜を肉に詰めて軽く蒸してから炙ったものでいいかな。
「ねぇミズキ、疲れてるって言ってたけど運動でもしてたの?」
「んーん。最近この辺に引っ越してきてね、今日から速達の仕事を始めたの。距離は遠くないんだけど数が多くてねー」
「そっか、この辺は変なところに住んでる人も多いから慣れるまで大変だね」
トウモロコシ、豆類、穀類、切った野菜を蒸している間に、雛鳥の下ごしらえをする。
「そうなの、すごいおっきい家なのに上からしか入れない家とかもあったんだよ!? 前住んでたところはもっと普通だったよ」
「あぁ、竜人のおじいちゃんの家ね。あの人頑固だからねー、息子さんが説得しても頑なに横に入り口を作らないんだってさ。もう飛ぶのも大変な年だと思うんだけどねー」
蒸した野菜が柔らかくなたことを確認して、肉に詰めて蒸す。
「そういえば、ミズキは何でうちの店に来たの?わざわざここじゃなくても良かったんじゃない?」
ネィさんは身もふたもないことを聞くなぁ。
「職場の人からねー、どんな種族でも食べれる店があるって聞いたの。ほら、私って鳥獣族でしょ? でも鳥獣族向けのお店って、草食メインの店が多いんだよね」
確かに、ボクも猛禽類の鳥獣族は初めて見た。
多分彼女は珍しい種なんだろうな。
肉の表面の色が変わったあたりで蒸し器から取り出し、水気をとって表面を炙ったら完成だ。
よし、そんなに火も通ってないし十分柔らかいはず。
ミズキがどうやって食べるのか分からないので、大きめの深皿に移してフォークとナイフを添える。
「ネィさん、できたよ」
「はぁーい」
そう声をかけると、会話を中断してネィさんが返事をする。
料理をネィさんに運んでもらい、ボクは厨房を片付け始めた。
片付けが終わり、そろそろ姿を見せてもいい頃だろうと思い他にお客さんのいないフロアに出る。
「こえおいふぃねぇ」
ミズキは口いっぱいに料理を詰めて満足そうにつぶやく。
用意した食器は合わなかったらしく、ナイフとスプーンで料理を食べていた。
「口にあったみたいでよかったよ。でも飲み込んでからしゃべろうね?」
行儀が悪いし、そんなにパンパンに口に詰め込んで喋ったらこぼれる。
「ふぁあい」
言いながら、ミズキはこっちに向かって振り返って、「ブフォッ!」と食べかけの料理を吹き出した。
「うわ!」
ミズキの吹き出した料理が僕にかかった。
驚くだろうとは思ったけどまさか吹き出すとは、もう少し距離をとって話しかければよかった。
ミズキは咽ながら目を丸くして叫ぶ。
「に、人間!? イッくんって人間だったの!?」
「ミズキちゃん? ちゃんと行儀よく食べましょうね?」
「いや、ネィさん流石に今のリアクションは無視しちゃダメでしょ。まぁ吹き出すのはやめてほしかったけど、今のは急に出てきたボクも悪いし」
まぁでも当然の反応だよね。
本来、特区に人間は住めないようにされている。
「自己紹介がまだだったね、ボクは万 育。ちょっとワケありでね、人間だけどここに住まわせてもらってるんだ」
ワケというのは、異界出身だということだけど、今はまだ話さなくてもいいだろう。
「えー、でもバレたら大変なことになるんじゃないの?」
小首をかしげるミズキに、ネィさんが答える。
「大丈夫よ、だってミズキもバラさないでしょ? この料理が食べられなくなるわよ? 私料理できないし」
ネィさんのいつもの脅し(?)文句だ。
そこまで料理が上手い訳じゃないはずだけど、ボクの料理は人外の方々には大好評らしい。
「えー、それは嫌だなー。分かった、誰にも言わない!」
どうやらボクの料理は、ミズキのお気にも召したらしい。
「あら、別に外の人以外なら話しても大丈夫よ? この辺りに住んでる人、皆知ってるもの」
「なにそれー? テキトーだなぁ」
そう言ってミズキはコロコロと笑う。
そんなことを話していると、ミズキが料理を食べ終わった。
「ごちそう様!すごい美味しかったよ、いっくんありがとう!」
「はい、お粗末様です」
褒めてくれるのはうれしいけど、ミズキもボクのことをその呼び方で固定するのか……
勘定を終えたミズキは「また来るね!」と言って飛び立っていった。
鳥獣人だけどフクロウっぽかったし鳥目というわけではないらしい、危なげなく飛び去っていく。
「やっぱりミズキちゃんにも、ここにいるワケは話さなかったね」
「そりゃ初対面で信じる様な話じゃないからね、初対面で信じたネィさんがすごいよ」
ネィさんは少し不服そうに頬を膨らませた。
「あ、そんなこと言うんだー? 一応私は拾ってあげた恩人なんでしょ?」
「ごめんごめん、そのことに関しては感謝してるって」
そう答えるとネィさんはそっぽを向きながら言う。
「まぁ後からさっきの分もまとめてお仕置きするからいいんですけどねー」
あ、お仕置きの話は残ってたのか……
店に戻り、ミズキの使った食器を洗ったところで、フロアから
「イッくーん、残り片付けとくから先戻ってていいよー」
とネィさんの声が聞こえてくる。
お言葉に甘えて先に部屋に戻らせてもらうことにしよう。
店の二階にある自分の部屋に戻って着替えていると、ネィさんが二階に上がって自分の部屋に戻る音が聴こえた。
さて、この後ネィさんはボクを部屋に引きずり込んで、お仕置きと称して抱き枕にするつもりだ。
一緒に寝ること自体はいいんだけど、寝てる間に尻尾に巻かれて潰されかけるのは御免だ。
ネィさんはそれが分かっているから、お仕置きと呼んでいるんだろうけど。
ボクはネィさんにバレないよう、音を立てないように窓に足をかけて、飛んだ。
窓から飛んだ瞬間横から太い何かによって身体が絡め捕られる。
しまった! そう思った瞬間には横に引っ張られ、隣の部屋に引きずり込まれていた。
引きずり込まれた勢いで床に転がったまま顔を上げる。
当然ながらそこにはこちらを見下ろしているネィさんがいる。
ネィさんは嬉しそうな獲物を狩る眼をしていた。
こうなったら逃がしてはもらえないだろうけど、一応対話を試みる。
「ネ、ネィさん?あn「何か?」
被せるように発言を遮られてしまう。
「イエ、ナニモゴザイマセンスイマセンデシタ」
ネィさんの圧力に負けて、つい謝ってしまった。
ジリ、ジリ、とネィさんは尻尾を巻きつけたまま、こちらににじり寄ってくる。
「イッくーん、覚悟は出来たかしらー?」
ネィさんが飛びついてきて、そのままベッドに押し倒される。
「んふふー♪」
ハァ、ネィさんの嬉しそうな顔を見るとまぁいいかと思えてしまう。
いや、よくはないけどね? 朝起きたら骨が折れてないことを祈ろう……
「おやすみなさい、ネィさん」
ネィさんに1日の終わりを告げ、ボクは目を瞑った。
住宅街の外れに、絵に描いた様な赤い三角屋根の料理店があった。
翌朝、店からは悲痛な叫び声と共に、鈍い音が響いた。
初めての投稿、初めてお話というものを書きました。
設定もちゃんと説明できなかったので、またちゃんと話を書いてみたいと思います。
ここはこうした方が良い、等のご指摘があれば教えていただけると嬉しいです。