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V&H2015  作者: 都神
3/3

チョコプリン

 学校から帰宅後、自宅のドアを乱暴に閉めたくるが最初に見たのは、珍しく(というか初めて)自分を玄関まで出迎えにきていた兄の姿だった。

 

「た、ただいま……くず兄」


「おかえりなさい、くる」


 しどろもどろで挨拶すると、淡々とした言葉が返ってくる。くずはは左右違う色の目でくるを見つめ、首を傾げた。

 

「折り入って頼みがあります、くる」


「なんだよ」


 兄の頼みなら、なんでも聞くのが葛城くるの姿勢だ。これからチョコレートケーキを作る予定があるからあまり時間のかかることは明日になってしまうかもしれないが、夕食にプリンが食べたいなどというふざけた願い事以外なら実現させてやりたい。

 

「チョコレートプリンの作り方を教えて下さい」


「え」


「今日はバレンタインですから」


 なんだか兄弟で似たような思考回路なのが照れくさく、くるは一瞬目線を泳がせた。

 しかしすぐに片眉を跳ね上げ、兄に尋ねる。

 

「……誰に渡すんだよ」


「くるです」


 兄に言われた瞬間、色々な感情がない交ぜになって思わず壁に頭を叩きつけたくなった。寸前のところで踏みとどまり兄を見つめるも、彼はいつもとまったく同じ表情のまま、大きな爆弾を投下した。

 

「それと、灰花に」


 くるに渡すと宣言した時はまっすぐ目を見て恥ずかしげもなく言ったくせに、灰花に渡すと言った瞬間なぜか目を伏せ少し微笑むものだから、先程とは別のベクトルの感情がない交ぜになって、くるは思わず壁に頭を叩きつけたくなったのだった。

 

 ◇

 

 夕食の準備もチョコレートケーキ作りもあるので、プリンは15分程度で作ることのできる簡単なものを作ることにした。

 用意するのは卵黄、砂糖、薄力粉、ココアパウダー、ビターチョコ、牛乳だ。

 

「じゃあくず兄、鍋に卵黄と薄力粉と砂糖とココアパウダー入れて、ホイッパーで混ぜてくれ」


 くずはが言われた通り鍋に材料をいれてよく混ぜ合わせる。ペースト状になればこの行程は完了だ。

 その間にくるは耐熱容器にチョコレートと牛乳を入れ、ラップをかけて電子レンジに入れる。溶けたチョコはくずはが材料を混ぜている鍋に入れ、ダマにならないように混ぜ合わせる。

 

「鍋、コンロにかけてくれ。中火でいいよ」


「わかりました」


 用意した牛乳の残りをすべて投入し、火にかけたまままた混ぜ合わせる。軽くあとがつくくらいの固さになるまで混ぜた後、器に注いで冷蔵庫に入れる。

 

「あとは冷めたら完成だな」


「そうですか」


 心なしか嬉しそうな顔をしたくずはがくるに向き直った。口元にゆるやかな笑みを浮かべ、あろうことかペコリと頭を下げる。

 

「な、なにしてんだよくず兄!」


 くるが声をあげても、彼は深々と頭を下げたまま、少しだけ嬉しそうな声で告げた。

 

「いつもお世話になってます。ありがとう、くる」


 少し前まで、こんなことは、夢のまた夢だと思っていた。

 兄が自分を見て、感情のこもった言葉で感謝の言葉を述べるなんて想像もできない時期が確かにあった。

 だというのに今、くずははくるのためにプリンを作ってくれて(一緒に作ったともいうが)自分に感謝しているという。

 

 奇跡だな、とふんわり思ったくるは、目尻に浮かんでいた涙を乱暴に擦って自分も頭を下げる。

 

「こちらこそ、お世話になってます。ありがとう、くず兄」


 これからもよろしくお願いします。

 

 どちらともなく最期にそう口にして笑い合った兄弟は、珍しく2人一緒に夕食の準備に取りかかったのだった。

 

 ◇

 

「灰花。1日ズレてしまいましたが、バレンタインの贈り物です」


 2月15日の朝。灰花が使う教室の机に可愛らしくラッピングされたハート型のチョコレートプリンが置かれた。

 かわいらしいプレゼントの主は葛城くずは。

 灰花が目を見開き硬直する横で、彼はめったにみられないやわらかい笑みを浮かべて歌うように言う。

 

「昨日校長が、日頃の感謝をこめてと言っていたので、せっかくですからくると作ったんです。美味しくできましたよ」


 一部の生徒が目を見開いて事の成り行きを見守っている。たまに小さな声でホモォ……と聞こえる気がするけれどおそらく気のせいだろう。と、灰花は思う事にした。

 それよりもこの状況を把握しなければ。

 しかし、健気にもショートしそうな思考回路を必死に動かす灰花の目の前でくずはが満面の笑みを浮かべ、彼にトドメの一撃を放ってきた。

 

「いつもありがとうございます。これからもよろしくお願いします、灰花」


 くずはが、大好物のプリンを、わざわざ自分で作って、しかも美味しくできたものを他人にあげる。

 

 それがどれだけ希少な奇跡かわかってしまった灰花は、腹の底から湧き上がってくる熱い感情のまま大きな声をあげた。

 

「だっ、大事に食べます! これからも一生、くずはさんについていくッス!」


「はい、約束ですよ」


 一部の女子生徒が黄色い悲鳴をあげた。

 灰花の友人である隆弘は一部始終を見つめたまま真剣な顔で

 

「薄い本が……厚くなるな」


 と呟いたのだが、それは幸い灰花にもくずはにも、聞こえていなかった。

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