A Boy meets A Girl-竹の花-
短編です。似たようなタイトルのを何作か出す予定ですが、特に関係はないので気楽にどうぞ。
昔、人里離れた森の中に少年が一人、住んでいた。
少年は物心ついた時にはもう森で暮らしていた。父や母の顔は知らない。生まれた時から一人だったのではないかと思うほどだ。
少年は生活には全く困っていなかった。森には食べられる木の実や植物は沢山あったし、元々誰かが建てていた木の小屋があった。少年は何も不思議に思うことなく暮らしていた。
ある日のこと。森の中の湖に散歩すると、湖の側に壊れたランプが落ちていた。最初、少年にはそれが何か分からなかった。ただ焦げた紙片があったので、もしかしたら明かりを灯すものかもしれないと思って使ってみることにした。火の付け方は知っていた。
少年の家にはライターなどはないから、全て手作業だ。
ようやくランプに火が灯る。少年は一緒に落ちていた硝子を繋ぎ合わせ、火が消えないように周りを囲った。我ながら上手くできたと思いつつ、少年は早速そのランプを使ってみることにした。なんのことはない、普段はできない夜の散歩をすることにしたのだ。
夜の森は神秘的だった。少年は会ったことはないが、もしかしたら精霊が住んでいるのかもしれない。そんな気がした。
湖の側に来た。するとどうだろう、昼間からは想像もできないほどの美しい景色が広がっていた。光る虫が飛び交い、湖の中央に集っていた。その光景に思わず声をあげると、虫が少年の側に集まってきた。
そして少年の手の上にふわりと何かを乗せる。みるとそれは手編みのマフラーだった。しかしそれは少しほつれていた。
何故虫たちがこんなものを持っているのか不思議だったが、少年はとりあえずそのマフラーを持ち帰って直してみることにした。
直すといっても、少年の家には糸も道具もない。少年は考えて考えて、自分の着る服の糸をほどいて木や森の中で見つけた落としものを使ってマフラーのほつれた部分を直した。
マフラーは淡い灰色だった。でも少年の家にはちょうどいい色の服はなかったので、少年は工夫して違う色の糸で模様をつけた。花の模様だ。
ふと少年は不思議に思った。何故こうも不思議な落としものが続くのだろう? 少年はその疑問を抱えてマフラーとランプを見つめた。
もし、これが本当に誰かの落としものだとしたら、落とした人はきっと困っている筈だ。……これは本当に自分が持っていていいものなのだろうか。
そう思ってから少年はランプもマフラーも使わなくなった。落とした人がいつ取りにくるかと思いながら毎日森の中を歩き回った。
それを続けて何日か経った夜、少年は家の中がやけに明るいことで目が覚めた。
湖の近くで見た虫たちが部屋の中に入ってきていたのだ。虫たちはランプとマフラーの側に集まっていた。どうしたのだろうと思ってランプとマフラーを手に取って避けようとすると、虫たちは少年の視界を覆う。激しく明滅する光の中で少年は思わず目を閉じた。
ふと気がつくと少年は知らない場所にいた。青々とした真っ直ぐな木とも何とも言い難い植物が何本も生えているところだ。花、だろうか、葉とも茎とも言い難いものもある。
「それは竹の花ですよ」
少女の声に驚いて少年は振り向く。するとそこには緑色の着物を着た少女が立っていた。
あ、このランプとマフラーはこの子のものなのだと少年は何となくわかった。何となく、灰色のマフラーと少女の着物が似合いそうだと思ったし、小さな灯火の入ったランプに照らされる少女はさぞや綺麗なのだろうと思ったのだ。少年は訊ねた。
「これは君の?」
少女は少年が差し出したランプとマフラーを見て、目を見開く。それから花の咲いたように笑った。
「ああ、それは貴方が拾っていてくれたのですね。ありがとうございます。確かに私のものです。……けれど」
受け取って少女の顔が少し曇る。
「壊れていた筈なのにどちらも直っています。何故でしょう?」
「実はね、……」
自分が直したのだと言いかけてやめた。そう言うのも自慢しているようで何か違和感がある。
ではこうしようと少年は別の言葉を紡いだ。
「実は光る虫たちが直していたんだ。そこで虫たちが僕にこれを届けて欲しいって持ってきたんだ」
「そうだったのですか。ありがとうございます。ところでどうして貴方だったのでしょう?」
「僕にも分からないよ。でもあの虫たちは僕の住んでいる森の湖にいる虫みたいだから、近くに僕しかいなかったから僕に頼みにきたんじゃないかな」
そうかもしれないですね、と言いながら、少女はランプでマフラーを見てはっとした。
「どうして、嘘を吐いたのですか?」
「え、どういうこと?」
「光る虫は蛍と言って、とても短命な虫たちです。その蛍が60年、もしくは120年に一度しか咲かない竹の花を知っているのですか?」
「変なことを訊くね。人だって100年も生きないよ。それを僕は知ってたみたいに」
「だって、そうとしか思えないです。人間は例え死んでも語り伝えることができます。こんな風に」
少女が示したのは少年が直したほつれの模様だ。確かに、そこに咲く竹の花に似ている。
「でも僕は本当に竹の花なんて知らなかったんだ。……確かに直したのは本当は僕だけど、変な嘘を吐いたのも悪いけど、君は何を怒っているの?」
「ごめんなさい。今のはただ、嘘を吐かれたのが悲しかっただけで、つい……私はもうすぐ、この世界と共に、滅んでしまうから……」
「それってどういうこと!?」
きくと少女は竹の花を示した。
「あれは不吉の前兆だと元の世界にいた時聞いたのです。竹の花は滅多に咲かないものだから、滅びの予兆だと。私は昔、この竹藪に迷い込んで、元の世界に戻れなくなってしまいました。だから、ひとりぼっちで寂しいまま、死んでいくのだと思っていました……私はまだ私を育ててくれた誰にもありがとうと言っていません。誰にもありがとうと言えないまま、死んでいくのなんて嫌だと思っていたのです。そこへ貴方が来てくれました。でも嘘を吐かれて……ありがとうと言おうと思ったのに、ショックだったのです」
「そっか、そうだったんだ……ごめんね。そんなことも知らないで嘘を吐いて」
「いいえ。こちらこそごめんなさい。そしてありがとうございますわざわざ2つとも直していただいて」
2人の間を風が抜けていく。少年が言った。
「そのマフラー、着けてみてよ」
少女は嬉しそうにはいと答えてマフラーを首に巻いた。思ったとおり、緑色の着物に灰色のマフラーはよく似合っていた。
「あ」
少年が気づいた。2人の元に光る虫が1匹飛んできた。
「綺麗ですね」
「そうだね」
光る虫は少女のランプに集い始めた。少年はあることに気づき、微笑んだ。
「ランプに蛍が集まって来ましたね」
「きっと、君を迎えに来てくれたんだよ」
「え?」
少年はランプを見つめて微笑んだ。
「どうしてこの虫たちが僕をここに導いたのか、わかった。君を連れ出す為だったんだ。君の代わりに僕にここにいて欲しいってことだったんだよ」
「でも、それでは……」
「僕は帰れなくても大丈夫。僕はずっとひとりぼっちだったから。誰も悲しむ人はいない」
「嫌です!私は嫌です!どうして私の落としものを届けてくれた貴方が滅びゆく世界に私の代わりに残らなくてはならないのですか?そんなの、おかしいです!」
「おかしくなんかないよ。それに世界がこのまま滅んでしまうとも限らないんじゃないかな。だってさ」
少年は悪戯っぽく笑って続けた。
「君にとって僕が身代わりになるのが不幸なことなら、それでもう竹の花の暗示は終わりでしょ?」
少女は目を丸くした。しばらくにこにこて笑う少年を見つめて、それから笑った。
「それもそうですね」
「そうだよ。だから大丈夫。またきっと会えるよ。さあ、君を待っている人のところへ」
「はい。……また、またいつか、きっと会いましょうね」
そう言って涙ぐむ少女がだんだんと蛍に包まれて見えなくなっていく。
ああ、なんて綺麗なんだろう。
少年は笑顔で答えた。
「うん、きっと」
ほどなくして、蛍の光と共に少女は消えた。竹藪の中には少年だけが残された。
少年は知っていた。
この世界は本当に滅んでしまう。それはもうどう足掻いても逆らえないところまできてしまっていたのだ。だから少女を帰した。ひとりぼっちは寂しいと言っていた少女を。
いいんだ、僕は。最後に本当に美しいものを見られたから。
それは仕合わせな物語――
THE END