1.蒼月城からの使者
改めてエイナルさんとカーヤの郷を訪れたのは、父さんたちが来た数日後だった。
最初はぼくの案内でエイナルさん父さんたちとの三人を連れて行くはずが、エーメやアドルファスさんも加わることになった。
もっとも、エーメとアドルファスさんは、別な目的があってのことだけど。
「南西の山中に、何者かが入り込んだらしいのよ。それも結構な大所帯で」
だから、その連中がどこの所属でどういう集団なのかを調べるのが、エーメとアドルファスさんの役目らしい。
まずは師匠を訪ねてみたらぼくらの目的地も近かったので、ちょうどよかったというわけだ。
クラインリッシュがあの険しい山をものともせずにヴァルツフートに宣戦布告して襲撃――なんていうのは非現実的ではあるけれど、こちらを付属物扱いしている国なら何をしてもおかしくない。
少なくとも、国王はそう考えているらしい。
「どうだ?」
集中を解いたエーメに、アドルファスさんが尋ねる。
わかってはいたけれど、カーヤとエイナルさんの里はすっかり荒れ果てて、たいしたものは何も残っていなかった。倒されて傷んだ天幕と獣に荒らされた倉庫と……確認できたのはそれだけだ。
もしかしたらと考えていた住人も、誰ひとり戻っていなかった。
ただ、カーヤやエイナルのかつて住んでた天幕から、ほんの少しだけ物品を持ち出せたくらいだ。
ぼくたちは気持ちを切り替えて、すぐに入り込んだ者たちの調査にかかった。
あそこがクラインリッシュから来た者たちの拠点なら、捕まった獣人や魔族がいるかもしれない。
「ようすがおかしい……わね?」
「おかしい?」
あまりはっきりしないエーメの言葉に、アドルファスさんが怪訝な顔をする。
侵入者が集まっているというのは、かなり昔に打ち捨てられたという廃城だ。
昔は南方からの街道の関所も兼ねていたけれど、国境を閉ざしているうちに道は廃れ、城も用無しになって、嵐で一部が崩れたのを機に捨ててしまったのだとか。
廃城なんかにこそこそ集まってるというなら、どう考えてもならず者の集団じゃないのか。そう考えていたのに、どうも違うらしい。
ヴァリも、目を眇めてじっと見ていたけれど、「魔法でごまかしてはいるけど、人間はいないんじゃない?」と首を捻った。
「じゃあ、里のやつらはもしかしてあそこに?」
「なんとも言えないわ。エイナルの里の人のこと知らないし。でも、うまく逃げてあそこに集まってる可能性はあるかもね」
「なら、すぐに――」
「いや、それは危ない。確認するにしても、もうすこし調べてからじゃないと――」
逃げ延びた里の住人がいるかもしれない。そう言っていきりたつエイナルさんを、父さんがまあまあと押し留めた。
狼系の獣人は、里の住人全員を家族のように考えるというから、仕方ない。
エイナルさんは今すぐにでも飛んでいって確かめたいようだけど、さすがにそれは迂闊すぎるだろう。
――と、そこに、師匠から魔法でメッセージが入った。
「え、使者が来るから?」
思わずぼくが漏らした言葉に、全員が振り向いた。
何かと問おうとするアドルファスさんに、手で待ってくれと合図して、ぼくはメッセージに集中する。
「エーメさん、アドルファスさん、すぐ戻りましょう。師匠のところに、あの廃城から使者が来るそうです」
「使者? てことは、もちろん、あそこにいるのはうちの王国の連中じゃないってことね。おまけに、クラインリッシュでもない?」
「詳細は戻ってからだそうですけど、少なくとも、あっちはヴァルツフートと手を組みたがってると師匠は言ってます」
エーメさんはじっと考える。
アドルファスさんも、難しい顔で黙り込んでしまった。
「――今は、あそこへ行かないってことか?」
「少なくとも、使者と面会した後でないとまずいだろうね」
やや不機嫌に低くなったエイナルさんの声に、父さんが答える。ヴァリは、「今すぐは無理でも、すぐ行けるわよ」とエイナルさんを宥めた。
結局、遠目に見るだけ見て蜻蛉返りすると、その翌日、つまり明日、使者がやって来ると、師匠はぼくたちに告げた。
あまりに急で、ぼくたちは唖然とする。
「領主には伝えてある。陛下には……エーメが教えりゃ問題ないさ」
「ちょっと、それじゃ陛下にはまだ伝えてないってこと!?」
使者を迎えるにしても何をするにしても、国王の知らないところで勝手にやるわけにはいかない。
エーメは「シーロン様いい加減にしてよ!」とわかる限りの現状確認をすると、ぷりぷり怒りながらすぐに王城へ向かってしまった。
長距離だから、領主館の転移門を使うんだろう。
アドルファスさんも、慌てて領主館へ戻ってしまった。
「師匠……メッセージも送ってないんですか?」
「どうせあいつらがすぐ戻るんだから、直接聞いたほうがいいだろ?」
「――面倒だったんですね」
はあ、とこれ見よがしに溜息を吐くぼくに、師匠はふんと鼻を鳴らす。
「伝言寄越してきたのが、旧知の魔法使いだったんだ。
もうずいぶん昔にクラインリッシュに捕まったって噂を聞いていたが――あいつが今自由になって廃城にいると言うなら、“解放者”の噂は本当なんだろう。
いっちょ前に、あのボロ城を“蒼月城”なんて呼んでたぞ」
「その魔法使いは信用できるんですか?」
「捻くれてはいるが、まあ、信用できないこともない」
ヴァリはやれやれと肩を竦めて、父さんはちょっと不安げに眉を顰めていた。師匠のことだから、完全に無防備に迎え入れるわけじゃないんだろうけど――
「ここは俺のテリトリーだって、あっちもわかってるはずだ。そうそう無茶なことはやらんだろ」
いつものようにごろりと長椅子に横になった師匠は、「解散だ」と手を振った。
とにかく、明日に備えて準備をしなきゃいけない。
流れによっては、客人を数日泊めることになる。客室も用意しておかなきゃいけないとバタバタしていたら、そっちはヴァリが請負ってくれた。
父さんは、「食料を調達する」と言って狩りに出た。
町の近隣で済ますと言い残してはいったけれど、父さんは家事が好きじゃないからたぶん逃げたんだと思う。
“蒼月城”とヴァルツフートが組むことになれば、必然的にこの国も戦火に見舞われることになるだろう。
ヴァルツフートは獣人と魔族が多数を占める国だといっても、そもそもが数で負けている。いくら個々の戦力は高いと言っても、圧倒的には程遠いどころか、地の利があって五分五分がいいところだろう。
地の利を捨てて出て行けば、どうなるかは運任せだ。
大陸のほとんどをひとつの王国が統べている西は、つくづく平和だった。
少なくとも、魔物や盗賊さえ気をつけてさえいればよかったのだから。
* * *
翌日、カーヤをエイナルの宿に送って、支度を整える。
師匠はいつもの長椅子に、今日は座っている。
さすがに寝転がって客を迎えるようなことはしないらしい。
父さんとヴァリ、それからアドルファスさんは、万が一を考えて、屋敷の二階に詰めてもらっている。レヒターもそっちだ。
もっとも、レヒターは同席したいとかなりごねたけれど。
約束の時間きっかりに、扉のノッカーを打ち鳴らす音が響いた。その前に転移魔法の気配を感じたから、城からここまでいっきに飛んだのだろう。
大きく深呼吸して、ぼくは扉を開けた。
「蒼月城の主イーラと、魔法使いレナーです。本日は、魔法使いシーロンに面会の約束をしております」
レナーと名乗った魔族の魔法使いが、儀礼どおりに会釈をした。それに遅れて、主人だと紹介された人間の少年が、慌てて頭を下げる。
正直、ぼくとほとんど歳の変わらない、しかも人間が“主人”だなんて驚いた。
「――お待ちしていました。魔法使いシーロンは奥です。どうぞこちらへ」
ぼくは正装のローブを翻した。それから、ふたりが続くのをちらりと確認して、ゆっくり歩き出す。
「あなたは、まさかシーロンの弟子ですか?」
「はい」
師匠の旧知というのは、本当なんだろう。
以前の師匠は、弟子なんか死んでも取りたくないと公言してたようだし、どんな紆余曲折でぼくが弟子入りしたのか気になったのかもしれない。





