10.大きくなった
「どういうつもりで戻ってきたのか、聞かせてください」
その魔法使いは、自分をじろりと睨みつけた。自分の上に留まった視線の厳しさにたじろぎつつも、どうにか答えようと口を開きかけ――何も考えていなかったことに気がついて愕然とする。
「あの子は、まだ、親の庇護が必要な年なんです。あなたに親の責任を果たすつもりがないなら、このままどこかへ消えて二度と出て来ないでください。
あの子には、父親は来なかった、おそらく死んだんだろうと伝えます」
彼女の強い言葉は、いい加減な返答は許さないと言外に告げていた。
* * *
応接室では、主にヴァリとシーロンの間で情勢についての情報交換がされていた。ヴァリとターシスがここへ来るまでに集めた話と、主に王城からエーメを通じて伝えられた情報を擦り合わせ、南の状況について詳細な見通しを立てるのだ。
少し退屈そうにしていたカイヤが、急にデルトの上衣の裾を引っ張った。
「デルト、また誰か来たみたい」
カイヤはこの中で誰よりも鋭い耳を持っている。だから真っ先に気づいたのだろう。玄関の方へと耳を向けながらこそっとデルトに耳打ちする。
「わかった」
デルトはそっと立ち上がり、玄関へと向かった。
「魔法使いシーロンの屋敷だよな、ここ」
扉を開けると、デルトの言葉も待たずにずいぶんと勢い込んだようすの獣人が、ぐいと頭を突っ込んだ。匂いを探るように、鼻をあちこちに向けながらひくひくと蠢かす。
「俺はエイナル。ここに、獣人の仔が預けられてるって聞いたんだ」
「たしかに、ここにひとり預かってますけど」
「名前は? 名前はなんて?」
パッとデルトを向いて、まるで縋るように肩を掴んだ。その必死な表情に、デルトはさすがに胡乱な表情を浮かべる。
けれど、エイナルは狼系の獣人で、カイヤも狼系で……訝しみながらもそこまで考えて、デルトはハッと顔をあげた。
「カイヤだよ。歳はたしか十三になったところだ」
「じゃあ、やっぱり、やられて全滅したってのは……」
大きく目を見開いて、愕然とデルトを見つめるエイナルは、掴んでいた肩を離してかくんと座り込んでしまった。
「カイヤを呼んでくるよ」
デルトは身を翻し、小走りに奥へと急ぐ。
すぐに軽い足音と共に、カイヤが現れた。
「え、エイナル! エイナル、エイナル!」
「カイヤか!」
どん、と飛び込むように抱き着いて、カイヤもエイナルも、匂いを確かめるようにすんすんと鼻を鳴らす。
「あのね、皆、さらわれちゃったの。私だけ、母さんが隠してくれて、それで、デルトが、たすけてくれて」
「ああ、ああ」
エイナルはカイヤを抱き上げた。頭を抱え込んでじっと耳を寄せる。
「だから、私だけなの。私だけ」
「お前だけでも無事で良かった」
「私だけになっちゃったと思ってた。エイナルが帰ってきて良かった」
お互いしっかり匂いを確かめ合いながら、「無事でよかった」と言い合った。
あらためてエイナルを招き入れたデルトは、少し狭いけれどと控え室にふたりを案内した。応接用の部屋はシーロンが使っている。カイヤはよほど嬉しいのか、エイナルに纏わりつきっぱなしだ。
「そういや、あんたがターシスの息子か?」
「そうだけど」
「やっぱ似てるな」
「え?」
いきなり言葉に、デルトは思わず振り向いた。
顔立ちで言えばデルトは母似だと言われていたし、ターシスに似ていると言われたこともない。角の形も違う。
驚くデルトに、エイナルが笑う。
「親子って匂いが似るんだよ。あんたの匂いもターシスに似てる」
「匂い……」
「顔形は魔法だなんだで変えられても、匂いはなかなか変えられないからな」
「そっか」
匂いか、と思う。確かに、獣人たちは鼻が利くから、見た目よりも匂いを重視するという話は聞いたことがあった。
「――そっか。ぼくと父さん、似てるんだ」
「ああ、似てるぞ。すぐ親子だなと思うくらいにはな」
呆然としながらもどことなく表情が緩むデルトに、エイナルは軽く頷いた。
「よお、カイヤの身内か?」
バタンと扉を開けて、今度はレヒターが入ってくる。いつものように女の子に化けて、茶器の乗ったトレーを持ってだ。
「俺はレヒターってんだ。デルトの使い魔をやってやってる。よろしくな」
少し雑にカップを置きながら、レヒターはにいっと笑った。その言い草にデルトは眉を上げたが、ふん、と鼻を鳴らして流すだけにする。
「エイナルさんは、これからどうするんですか?」
「うん……まずは里のあった場所を確認に行くつもりだ。うまく逃げた奴が、他にいるかもしれないからな」
眉を寄せて、エイナルは小さく吐息を漏らす。
獣人狩りには魔法使いも同行する。見つけた獣人たちは魔法も使って根こそぎに連れ去られてしまうものだと、デルトもシーロンから聞いていた。
だから、これはエイナルの単なる希望的観測でしかないんだろう。
「カイヤをここで預かっていてもらえるなら、俺が確認に行っても安心だ。それに、出稼ぎに出たのは他にも何人かいるはずなんだ。もしかしたら、俺みたいに里に戻ってるかもしれない。だから行ってみるさ」
「でも、エイナルさんだけじゃさすがに危ないんじゃないですか? せめて、ヴァリか父さんが同行したほうがいいと思うんですけど」
「だがなあ……」
「ふたりが付いていけば何かあった時にすぐ連絡が取れるし……それに、師匠の許可があればだけど、僕がついていくのもありだと思います」
「あんたが?」
「このあたりなら秋にだいぶ歩いたので、父さんよりは土地勘もありますよ」
「そういや、カイヤを拾ってくれたんだったな」
は、と短く吐息を漏らして、エイナルは肩を竦めた。
「まあ、行くにしても今日明日中にとはいかないだろう。町でもう少しこの辺りのことを聞いてから決めるよ。
カイヤとも久しぶりなんだ。ゆっくり話をしなきゃな」
こくこくとカイヤが何度も頷く。ひとりになってしまったと、ずっと思っていたのだ。同族が見つかったことにはデルトも少し安堵した。
その日からしばらく、エイナルもターシスもヴァリも、シーロンの館に滞在することになった。
* * *
翌日、話を聞いたシーロンはすぐにちらりとデルトを見やった。
「デルト、お前一緒に行ってこい。探知と感知は忘れるなよ。隠れてる奴の見分け方もわかってるな」
「わかってるよ、師匠」
たぶん、シーロンならそう言うだろうと思っていた。デルトは頭の中でどう準備をしようかと考え始める。
「デルト、僕も行こう」
「でも」
「ヴァリに斥候のやり方を教えてもらってる。大丈夫だよ」
「あら、私も行くわよ。当然じゃない」
ターシスとヴァリも当然のように声を上げた。冬はもうそこまで来ている。この季節の山歩きに慣れたターシスと斥候としての経験が長いヴァリが一緒なら、これ以上心強いことはない。
一も二もなく首肯して、デルトは笑った。
それから数日かけて情報を集める傍ら、山へ行く準備を整えた。できれば雪が降る前に行っておきたい。
南の戦争は、東方諸国の参戦もあって混沌へと沈み込む一方だ。けれど、クラインリッシュには、まだ王族だけが使える大掛かりな魔法装置がいくつもある。その中には移動可能な攻城兵器だって含まれている。
どう考えたって泥舟なのにクラインリッシュが降伏を考えないのは、前帝国時代から伝わるそういう魔法設備があるからだ。
ターシスが来てから、また、以前のように剣を合わせるようにもなった。利き腕の右ではなく左に剣を持つことにすぐに気付いて、ターシスは顔を曇らせる。
「デルト。お前の右手、完治はしてないのか」
「うん。これで精いっぱいなんだ。でも、生活する分には問題ないよ。半年くらい寝込んでたことも考えれば、これだけ治ったのは運が良かったって師匠に言われた」
ターシスの低い声に、デルトは案外あっさりと肩を竦めてみせた。
「それに、ぼくは魔族だし。時間ならあるからゆっくり鍛えればいいんじゃないかって、最近思うんだ」
「そうか」
けれど、その声音はどことなく自分に言い聞かせているようでもあり……ターシスはくしゃりとデルトの頭をかき混ぜる。
「ずいぶん伸びたな」
「どっち? 背? 髪?」
顔を顰めるデルトの頭をなおもぐしゃぐしゃかき混ぜながら、ターシスは「どっちもだよ」と笑った。
「デルトは僕よりも背が高くなりそうだな」
「そうかな」
「この歳でこれだけ伸びてるんだ、大きくなるさ」
「まあ……フォル義兄さんよりは大きくなるかなって思ってるけどさ」
手を払い、もつれた髪を直しながら顔を顰めるデルトに、ターシスはつい笑い出してしまう。
「うん。お前は大きくなった」
「ちょっと父さん、なんだよ」
急に頭を抱え込んで、さらに頭をかき混ぜるターシスから逃れようと、デルトはバタバタと身体を捩らせた。





