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ぼくを取り巻く世界のできごと  作者: 銀月
5.西大陸からの旅

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4.義理の叔父

「おかあさん、おなかすいたよ」

「うるさいわね。これでも食べてなさい」

「はあい」

 煩わし気に差し出された木の実を受け取り、子供はおとなしく殻をむき始める。

「……お前がいれば、シスは行かないと思ってたのに」

 深く溜息を吐き、当てが外れたと呟いて子供を見つめた。


* * *


「嫁じゃないのは残念だな」

「でも、ターシスは誰かと結婚しようなんて気はないみたいですよ」

 心底残念そうに呟くシャスに、ヴァリは困ったように返した。

「そうなんだ。あれは相当拗らせてる面倒な男であるうえに、何かあるとすぐ逃げようとする」

 はあ、と溜息を吐くシャスに、ヴァリは苦笑を浮かべた。

「逃げないのは、デルトのことくらいだな」

「ちゃんと、お父さんをやろうとしてるみたいですしね」

 シャスはふと手を止めて、じっとヴァリを見た。

「……ひとには、ひとりでもしっかり立っていられる強いやつと、ひとりじゃふらふらしてちゃんと立てないやつがいる。たいていは、ひとりじゃ立てないものなんだ」

「はあ……」

 急になんの話だろう、とヴァリは首を傾げた。ターシスの話だろうか。

「あなたは、ひとりでもきちんと立てる強いやつだと思うんだ。足下もしっかり定まってる。

 たぶん、いいご両親に育てられたんだな。自分がひとりではないことをちゃんと知っているだろう?」

 にっこり微笑まれて、ヴァリはちょっと狼狽えつつ頷いた。

「でもな、ターシスとかデルトは、どうも違うんだ。しかも、普通よりもふらふらしてて定まらない。だから、ターシスにあなたのようなひとが付くなら心配ないと思ったんだが……残念だった。だが、嫁は無理でも、友人になってやってくれると嬉しい」

「それは、もう、デルトもターシスも、私の友人です。私こそ」

「ありがとう。母として、図体ばかりでかくなった息子たちにあなたのような友人ができたことが、とても嬉しい。あいつらをよろしく頼む」

「息子」

 やれやれという言いっぷりに驚いて、ヴァリは目を丸くする。

「手のかかりようはデルトもターシスもいい勝負だぞ。ターシスが来てすぐ、こりゃまたでっかい息子が増えてしまったと頭を抱えたものだ」

 くつくつ笑い出すシャスに思わず釣られてヴァリも笑い、そういえば確かに、と頷いた。

「だろう? あの父子(おやこ)はふたりとも手がかかるんだ。まあ、デルトのほうが幾分かしっかりしてるんだけどな。

 ……さて、こんなものか。どうせ今日はアロイスもターシスも酒を呑むんだろうから、あとは適当でいいぞ」

「ターシスとアロイスさんは、仲がいいんですね」

 居間で話し込んでいるふたりのほうをちらりと見る。こんな風にターシスが誰かに気を許している姿を見るのは、一緒に旅をしていて初めてかもしれない。

「仲がいいというか、どっちかというと、ターシスがアロイスに懐いてるって言うんじゃないかな」

「懐く……」

「そうだ。……うん、さっきの話で言うと、アロイスもひとりでしっかり立ってるやつだからな、ターシスには頼りがいのあるお兄ちゃんというところなんだろう」

「……なるほど」

 お兄ちゃんかと、言われてみればふたりが兄弟のようにも見えて、つい吹き出してしまった。

「歳で言ったらターシスのほうがはるかに上なのに、なんだかおもしろいですね」

「そうだろう?」

 くすくすとふたりでひとしきり笑ってから、食卓に皿を並べていく。その間にもヴァリはもう一度話し込むふたりを見て、なんとなく危うく見えていたターシスも、大丈夫なんだなと考えた。


「ヴァリ、アロイスの伝手で、東行きの船が見つけられるかもしれない」

「本当に?」

「ああ、マンスフェルダーの町に、東と取引がある商人がいるんだそうだ」

 ターシスの向かいで料理をつつきながら、アロイスが頷いた。

「ハラルトも、その商人のお得意様のはずだからな。船があるかどうかまでは行ってみなきゃわからんが、口利きくらいは頼めるだろう」

「……すごい。アロイスさん、何者なの」

 ヴァリは感心したように目を瞠る。

「こいつは領主の跡取りだったくせに、弟に面倒を全部押し付けて家出してきた、呆れた奴なんだ」

 シャスが笑いながらさらりと言ってのけた言葉を聞いて、ヴァリはますます目を見開いた。

「シャス、酷いな」

「家出したあげく、何年も実家に連絡のひとつも入れなかったくせに、何を言ってるんだ」

「いや、そうしないともっと面倒なことになったからな」

 はは、と笑って言ってのけるアロイスに、ヴァリは「……フォルさんと似てるのは、顔だけなのね」と思わず呟いた。

「フォルの中身は、俺よりもシャスに似てるな。あいつはどうでもいいことをいちいち気にして、ちまちま悩むんだ」

 アロイスがやれやれと手をあげると、シャスも顰めっ面を作って腕を組む。

「私に似たかどうかはともかく、あいつのあの性格で、よくぞあんなしっかりした嫁を捕まえたものだと思ったぞ。あの息子にしてはよくやった。騎士になって一番の戦果だな」

 もっともらしく頷くシャスにヴァリが苦笑すると、ターシスもくっくっと笑った。

「あんなにしっかりした王都の騎士団の小隊長も、ご両親にかかると形無しなのね」

「まったくだ」


 それから、しばらくすると、すっかり飲んで話すほうに集中し始めたふたりを見て、シャスが肩を竦めた。

「いつものことだが、あれはまた長くなるぞ」

「ほんとに、仲が良いんですね」

「久しぶりだからな、いろいろ話したいことが溜まってるんだろう。ほっとけば酔っ払ってそこらに勝手に転がって寝るだろうから、あとは気にしなくていい」

 呆れたように笑うシャスに、ヴァリも頷いた。


 それから3日、ヴァリとターシスはアロイスの家に滞在し、シャスに魔法の隠し方について伝授した。

「こんなやり方があるとは知らなかった。東の魔法もおもしろいな」

「落ち着いたら、ぜひ東にも来てください。案内します」

「いつか行ってみたいな。な、アロイス」

「そうだな」

 ふんわりと笑ってシャスが言うと、アロイスも笑って頷いた。

「ターシス、ハラルトへの手紙はもう送ってある。これは紹介状だ、渡しておくぞ」

「ああ、すまない。恩にきる」

「いいんだ、無事東へ渡れそうなら、手紙をくれ」

 アロイスは封蝋で閉じた手紙を渡すと、ターシスの肩をぽんと叩いた。

「デルトに会えたら、よろしくな」

 ターシスは頷く。

「ちゃんと連れて帰ってくるよ。エディトさんの子供も見たがってたからな」


 マンスフェルダーまではのんびり徒歩で行けば10日近く掛かるが、転移魔法を使えばその限りではない。

 ヴァリを伴って3回ほど転移を繰り返すと、瞬く間にマンスフェルダーへと到着した。

「これじゃ、手紙のほうがあとから届くんじゃないの?」

「あー……確かに、そうかもしれない。急ぎの便で送ったとは言ってたけど、どうだろう」

 あまりのターシスの急ぎように呆れて言うと、今気がついたとばかりにターシスは宙を見上げた。

「……とりあえず、今日のところは休んで、明日身支度を整えて屋敷に行ってみましょう」

「その前に、屋敷の門兵にでも言伝だけは頼んでおこう。いくらなんでもいきなり約束もなく訪問は、ちょっとまずいだろうね」

 とにかく、アロイスからの紹介状を差し出しつつ、明日改めて伺うと領主への伝言を門兵に頼み、町中の宿に落ち着いた。


 マンスフェルダーはこの辺りではそこそこ大きい町で、領主のマンスフェルダー家はもともとこの町を中心にこの辺りを広く治めていた豪族が、男爵位を得て貴族となった家柄のはずだ。

「アロイスさん、たしか弟さんに全部押し付けて家出したとか言ってたけど、立派に貴族だったのね」

「本人は否定しそうだけどね」

 宿の食堂から見える、行き交うひとびとのようすと町の活気からすると、ハラルトは良い領主と言えるのだろう。ひとびとの顔は明るく、あまり鬱屈のようなものは感じられない。

「あ、ターシス様、こちらでしたか」

 声を掛けられてそちらを見ると、屋敷で伝言を頼んだ門兵だった。

「ハラルト様からの言伝をお持ちしました。明朝、お会いになるそうなので、お屋敷までいらしてください」

「わざわざありがとうございます」

 慌てて立ち上がったターシスにそれだけを伝え、ぺこぺことお辞儀をしながら去っていく門兵の姿を見て、幸先が良さそうだと考える。

「心配するのは、船があるかどうかだけで良さそうね」

 ヴァリのほっとしたような言葉に、ターシスも頷いた。


 翌日、さっそく屋敷を訪ねるとすぐに中へと通され、ハラルトが現れた。

「兄上はどうやら相当急いで手紙を届けさせたようで、昨日、あなた方が言伝を置いて行く直前には届いていたのだ。あの距離を数日で届かせるとは、早馬でも使ったらしい」

 ハラルトはアロイスに比べてやや線の細い、大人しそうな印象の人間だった。年齢は、アロイスよりは10ほど下だという話だったから、およそ40くらいだろう。

 穏やかな声で話すハラルトを前に、ターシスはそんなことを考えた。

「そういうわけで、おおよその事情はわかっている。昨日のうちに商人にも確認したが、10日後に今年最後の船を出すようだ」

「10日後」

「馬ではぎりぎりだが、あなた方なら魔法が使えると兄上の手紙にもあったことだし、10日あればファーレルまで難なく間に合えるだろう。そこで、私からあなた方にひとつ依頼をしたい」

「依頼、ですか?」

 急に申し付けられて戸惑うターシスに、ハラルトが笑みを浮かべる。

「兄上の手紙によれば、私の義理の甥が魔法の事故で東大陸に飛ばされてしまったようなのだ。たぶん、いろいろと困っているのではないかと思うので、せめて私から彼が当面必要だと思える金子を送りたい。

 その遣いを、あなた方にお願いする」

「義理の甥……え、しかし」

 瞠目し、ますます戸惑うターシスに、ハラルトはくすりと笑う。

「兄上からの手紙には、東に送られてしまったのは義理の息子とはっきり書いてあったからね。私から見れば義理の甥だろう?」

「ですが、そこまで……」

「兄上も、こういうときでなければ手紙のひとつも寄越さない、こちらを頼らないというのは、とても水くさい。

 兄上が家を出てから、まだたったの2回目なのだよ。前回はフォルが騎士学校に入るときで……兄上はいったいあれから何年経つと考えているのか」

 肩を竦めて不満げに述べるハラルトに、ターシスもヴァリもぽかんと口を開ける。

「できればあなたからも、兄上にもっと手紙のひとつでも寄越すようにと伝えていただきたい。……いや、義姉上に伝えてもらったほうがよいのかもしれない。兄上のことだ、面倒だとでも考えているのだろう」

 その言いように思わずぷっと吹き出して、ターシスは頷いた。

「わかりました、ご厚意に感謝いたします、ハラルト殿。アロイスとシャスにも、そう伝えます。

 ……そうそう、年明けごろに、アロイスの孫が生まれるんですよ」

「ほう、それは。フォルの子供か?」

 ターシスがいたずらっぽく言うと、ハラルトは眉を上げてにやりと笑った。

「はい。エディトはアロイスの家で産むと言ってましたから、冬になる頃にはあの家に移っているのではないかと」

「それはいいことを聞いた。よし、兄上を驚かしてやるとしよう」

 ハラルトはくつくつと笑いながら、どんな祝いを送りつけてやろうかと呟いた。


 その後も少しだけアロイスの近況について話した後、ハラルトから依頼の金子と紹介状、それから商人の紹介状も受け取り、ターシスとヴァリはすぐに港町ファーレルへと移動したのだった。


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