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ぼくを取り巻く世界のできごと  作者: 銀月
4.ぼくと東の魔法使い

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6.狩りの依頼/後篇

 山に戻りながら、今度はぼくも狼の群れの痕跡に注意してみたけれど、とりあえずのところは見当たらなかった。もう少し奥のほうでの話なんだろうか。

 野営地に定めたところに落ち着く頃にはすっかり夜も更けていた。途中、歩きながら町で買ったもので夕食は済ませていたので、すぐに場所を整えて寝てしまうことにする。

「火はどうすんだ?」

「薪を集める時間がなかったからね……今日は無しで済ませてしまおう。代わりに結界を張るよ」

「おう。そんだけで大丈夫なのか?」

「雪が降ってるわけでもないから、大丈夫だと思うよ」

 翌朝も早い。だから、必要な魔法を唱え終わるとぼくたちはさっさと寝てしまった。


 翌日もよく晴れていた。明け方の冷え込みがきつかったのはこのせいかと思うくらい、きれいに晴れ渡っていた。

 身体を十分に伸ばして解した後、朝食を取りながらレヒターと今日の予定について話をする。

「今日は南よりのほうへ行くつもりだよ」

「そっちに巣穴があるのか?」

「そう。確か、日当たりのいい斜面に作るはずだから」

「お前、よく覚えてるなあ」

「まあね」

 野営の後始末をした後、また最低限の荷物だけを持って、今度は山の南側へと歩き出した。昨日のように探知魔法をかけ直しながら歩くぼくの後を、レヒターがちょこちょこと付いてくる。

 念のため、昨日バーンズさんに聞いた狼の群れの痕跡にも注意しながら山の中を進む。

「レヒター、狼の気配はある?」

「特にねえな。やっぱ、たまたまだったんじゃねえか?」

「もしくは、もっと奥のほうの話だったのかもね」

 ここ数日は雪も降ってないし、群れが移動したなら痕跡もはっきり残っているだろう。さっぱり見つからないということは、このあたりでの話じゃなかったようだ。


 それからも、巣穴を探してかなり歩き回り……。

「あ」

「おう、あったか?」

「たぶん、巣穴だと思う、けど」

 昼を過ぎた頃、ようやく探知魔法に土の奥にいる熊の気配が引っかかった。そのほかにももうひとつの気配もある……獣でも魔物でもないようで、あまりはっきりしないが気になって言葉を濁す。

「ほかになんかあるのか?」

「もう少し近いところにも何かあるんだ、先に確認してみるよ」

「おう」

 巣穴には念のため魔法で印をつけたことだし、後回しにしても見失うことはないだろうと考えつつ、もうひとつのほうへ足早に向かう。気配はすぐ近い場所で、何か……いや、誰かが倒れているのが見えた。

「レヒター!」

「お?」

 走り寄ると、雪の中に埋もれるように倒れていたのは獣人だった。そこまで点々と残った足跡は、つい最近ここまで歩いてきて行き倒れたことを示している。歳は……よくわからないけど、もしかしたらまだ子供なんじゃないかと思うくらい小さい。

 急いで抱き起こすと、身体は冷え切ってるけどまだ固まってはいなかった。だらりと落ちた腕がかすかに震えてもいる。急いで息を確認し、心臓に耳を当てる。息は弱いけど、鼓動はしっかりしているようだ。すぐに寒さ避けの魔法をかけて雪で濡れた衣服も乾かした。

「生きてるのか?」

「うん、身体も震えてるから、温めればまだ十分間に合うと思う。いったん野営の場所に戻ろう」

「わかった」


 急いで野営地に戻り、天幕を張って野営の準備を整えた。お湯を沸かして身体を温める茶を作り、レヒターにゆっくり飲ませるように指示を出す。

「さすがに火が必要だから、薪を集めてくる。レヒターはその子を見ててくれ。手先とか爪先を擦って温めるのも忘れないで頼むよ」

「おう、任せろ」

 近場で集められるだけの枯れ枝を集めて魔法で湿り気を飛ばし、戻ってすぐに火をつけた。火の中に大きめの石を入れ、温まったところで布に包んで天幕に入れる。石が冷めたらまた温めてを繰り返し、ようやく天幕の中がじんわりと温まってきた。熱が逃げないように、もう一度結界を張り直す。

「ようすはどう?」

「脈はしっかりしてるみたいだな」

「なら、あとは意識さえ戻れば大丈夫かな……レヒター、ぼくはさっきの熊を仕留めてくるよ。そしたらすぐにでも町へ帰れるし。だから、ぼくが戻ってくるまでその子を見ててもらえるかな」

「構わねえけど、ひとりで大丈夫か?」

「冬眠に入ってる熊は幻覚にかかりやすいんだ。だから、大丈夫だよ。

 その子の意識が戻ったら暖かいお茶を飲ませて、食べられるようなら何か食べさせてあげて」

「わかった。気をつけて行ってこいよ」

「ああ」


 レヒターならあれで結構マメになんでもやるから、たぶんあの子をきちんといいように面倒見てくれるはずだ。そうは言っても、なるべく早く戻らないといけないなと考えながら、さっき見つけた巣穴の場所へと戻る。

 もう一度手早く探知魔法を唱えて中を探ると、狙い通り、熊の巣穴だった。中に寝ているのは雄1頭だ。これなら気兼ねなく狩れる。

 巣穴の中でとどめを刺すと、引っ張り出すのに苦労する。だから、幻覚の魔法で巣穴の外までおびき出して狩らなければならない。今は冬眠に入ったところで幻覚魔法にかかりやすいといっても、熊は危険な猛獣であることに変わりはない。慎重に魔法を掛けて、ふらふらと巣穴から出てきたところで、今度は幻惑の魔法を掛けた。

 しっかりと、念入りに束縛の魔法でがんじがらめにしてから、ようやく首の血管と心臓と延髄と……痛みと怒りで暴れる熊の前足や牙を避けながら、外側から狙える急所を次々狙い、どうにかとどめを刺した。急所目掛けて剣を振り、束縛を破りそうになったらもう一度魔法をかけ直し……それを3度繰り返し、ようやく熊は倒れてくれた。

 まともに相手をしたら、この倍は時間がかかるし、なにより自分だけで仕留め切れるかも怪しい。やっぱり熊を狩るのは大変だと考えながら手早く処理をして、荷運びの魔法で野営地に向かって歩き始めた。冬眠中の熊が相手で良かったのかもしれない。少なくとも、寝ている間に幻覚魔法をかけてしまえば幻惑の魔法も束縛の魔法もずっと掛けやすくなるし……そういえば、父さんは、よくアロイス父さんの体力は梟熊並だといってたけど、この熊よりもすごいってことか。さすがだな。

 つらつらとそんなことを考えながら野営地まで戻ると、獣人の子は目を覚ましていた。


「カイヤ」

 最初は警戒していた獣人の子は、ぼくが魔族でレヒターの主だとわかると、そう名乗った。

 どうやら、カイヤの集落は人間に襲われたらしい。

「急にたくさんの人間が襲ってきたんだ。皆捕まって、私だけ母さんが隠してくれたお陰で逃げられた……」

 ぽつぽつと話しながら、カイヤは俯いた。ぼくが東へ来たとき、師匠は南で戦争が起こると物騒になるから、ぼくみたいなのはすぐに魔族狩りに遭うぞと言っていたっけ。獣人も力が強くて戦い向きの種族だから、同じように狩られることがあるんだろう。

「でも、ヴァルツフートは奴隷狩りは厳罰の対象だって聞いたけど……」

「クラインリッシュのやつらだと思う。あいつらのせいで私たちここまで北上したのに、追いかけて来たんだ。戦争が始まるから」

 クラインリッシュ……ヴァルツフートの南にある、西行きの船が出るシェアーネス王国との間にある国だ。師匠の話では、確か今も奴隷がいる国だったはずだ。

 もともとヴァルツフートは、南から山を越えて逃げてきた奴隷が集まって興した国だという話でもあるし、クラインリッシュとはとにかく仲が悪い。おまけに、クラインリッシュの人間はヴァルツフートの民を未だに自分たちの奴隷だと考えてる風潮も強いと言う。

「ここらは国境ぎりぎりだからな。山を挟んでて見張りも甘いし、ヴァルツフートの目を盗んで獣人狩りのやつらが入り込んでるんだろ。

 デルト、お前も気をつけたほうがいいぜ」

 鼻を鳴らすレヒターに頷く。確かに、こんなことがあるなら狩りは少し自重したほうがいいのかもしれない。

「……いったんオスロスに戻ろう。歩けるなら、今から出れば日暮れの少し後には着くから。ここじゃ、また冷えてしまうしね」

 こくりと頷くカイヤを促して天幕を出ると、野営の跡をきれいに片付けた。回復したばかりじゃ歩き通しも大変だろうと、荷運びの魔法の円盤に熊や荷物と一緒に乗ってもらう。

「……この熊、お前が狩ったのか?」

「すげえだろ。デルトはいっぱしの狩人なんだぜ」

 カイヤが熊に目を瞠ると、ぼくが答えるよりも早く、やっぱりなぜかレヒターが得意げに胸を反らした。

「魔族にこんな熊が狩れるなんて知らなかった。魔族も狩りができるんだな」

「……たぶん、ひとによると思うよ」

 母さんやディア姉さんは狩りなんてできないだろうし、ユールさんはできても絶対やらないだろうし、魔族が皆狩りができると誤解されるのは少し困る気がする。


 オスロスに着いたのは、もう日が暮れるころだった。少し考えて、ぼくは先にバーンズさんの店へ行くことにした。

「こんにちは、熊を持ってきました」

「おお! こりゃ思ったより早くて、本当に助かったよ」

 バーンズさんは少し大げさなくらいに手を上げて喜んでくれた。後の処理は全部任せて、約束の報酬を受け取る。

「……こんなに?」

「商人には無茶を聞く代わりに少しふっかけたからな。デルトにも無理いってもらったから、その分色をつけてあるよ」

「ありがとうございます」

「じゃ、俺はさっそくこいつをバラすことにするよ。また何かあったら頼む」

「はい。それじゃ」


「師匠、ただいま帰りました」

「早かったな……で、そいつはなんだ?」

 いつものように暖炉の前の長椅子でだらだらしていたらしい師匠は、ぼくの後ろに隠れるように立っていたカイヤに気づいて座り直すと、さっそくあれこれ問い質し始めた。ぼくとカイヤが山であったことを説明すると、師匠はたちまち不機嫌な顔になる。

「クラインリッシュの馬鹿どもが……明日になったら、デルト、お前、領主にそいつを報告してこい。カイヤ、お前は身の振り方が決まるまで、俺預かりにしといてやる」

「わかりました」

 師匠の言葉にほっとする。カイヤも追い出されるのではないとわかって、少し安心したようだった。なら、カイヤが寝る部屋も用意しなきゃならない。狩りの荷物を片付けるのは明日に回すとしても、今日明日はだいぶ忙しいな。

「ああ、デルト、お前もしばらく狩りは中止にしとけよ」

 ぼくが神妙な顔で頷くと、師匠は「よし」とひとつ息を吐いて、「じゃ、晩飯の用意はよろしくな」と、また長椅子に脚を投げ出した。これはもう絶対家事をやる気はないというポーズだ。

 ……お腹が空いて師匠が不機嫌になる前に、食事の用意もしなくちゃいけない。ぼくは慌てて今日の分の食べ物を取りに、食料庫へ走った。


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