6.狩りの依頼/前篇
食糧不足が判明してから、週に1度は狩りに出るようになった。町にはとても大きな食肉店があって、いつもそこで肉を引き取ってもらうようになった。店主はバーンズさんというとても恰幅のいい人間のおじさんだ。
「熊と猪ですか」
「隣町の商人から注文を受けたんだけど、懇意にしてる狩人の爺さんが腰をやっちまって猟に出られないって言うんだよ。それで今代わりに狩ってこれそうな狩人に聞いて回ってるんだが、デルトなら下処理もばっちりでいつもいい状態のを持ってきてくれるし、どうにか狩ってこれないかと思ってな」
そのバーンズさんから熊肉と猪肉をどうにか調達できないかと、今、ぼくは相談されていた。おじさんはすっかり困ったという様子で腕組をして、眉間にくっきり皺を寄せている。
「猪は大丈夫だと思うんですけど、熊はもう冬眠に入ったかどうかってところなので、確実にとは……」
「デルトはシーロンさんの弟子で魔法も使えるんだろう? なんとか見つけてこれないかなあ」
「ちなみに、期限はいつまでなんですか?」
「それが、4日後なんだ」
獲物がいる山の中まで往復するのに1日弱かかる。獲物を探して仕留めて、持ち帰るための処理をして……とかかる時間を計算すると──。
「今から出てもギリギリの期間ですね。魔法があっても厳しいかもしれません」
「そうなんだよ。どうにかならないかね」
注文した商人は、何かのお祝いごとの料理のためにその2つを注文したらしい。バーンズさんの大口のお得意さんなので、どうにか応えたいのだという。
「バーンズさんにはいつも獲物を良い値で引き取ってもらってますし、なんとかしたいんですけど……ぼくもまだ見習いなので、そうそう狩りばかりしてるわけにもいかないんです。シーロン師匠に聞いてから決めるのでもいいですか?」
「ああ、ぜひ頼む。俺からもシーロンさんに言っとくから」
少しほっとしたのか、バーンズさんに笑顔が戻った。
しかし、そうは言ってもすでに今年最初の雪が降った後だ。正直なところ熊は厳しいと思う。もう冬眠に入ってしまっているだろう。巣穴を探して狩るにしても時間がかかるんじゃないだろうか。猪だけなら楽なんだけどな。
それに、ぼくも本業が狩人というわけではないし、猪だけじゃなく熊もというなら期間中ずっと山に籠ってどうにか、というところだろうか。
「なあ、デルト。お前、ほとんど行く気になってるだろ」
「うん。バーンズさんにはいろいろとお世話になっているし、できれば引き受けたいんだ」
「お前、軽く言ってるけどもう雪だって降ってるんだぞ。大丈夫なのか?」
「吹雪いてるわけじゃないし、準備さえしっかりしておけば大丈夫だよ」
「……お前も、親父に負けず劣らず変わってるって言われないか?」
目を丸くしたレヒターにそんなことを言われて、少し不本意だなと感じた。
「シーロン師匠、バーンズさんに肉の調達を頼まれたんです。できれば引き受けたいんですけど、4日ほど留守にしてもいいですか?」
「何?」
師匠が怪訝そうにこちらに目を向ける。
「バーンズさんの懇意にしている狩人が腰を痛めたらしくて、必要な肉が調達できなくて困ってるんだそうです。いつも獲物を引き取ってもらっているので、できれば力になりたいんですよ」
ふむ、と師匠は少し考えるそぶりをしてから、「構わねえよ」と言った。
「で、何獲ってくるんだ?」
「猪と熊です」
「……猪はともかく、熊はもう巣籠してるんじゃないのか?」
「そうですね、もう雪が降ってしまったし。まあ、なんとか巣穴を見つけるしかないかなと思ってます」
「この辺の熊は結構でかいぞ。大丈夫なのか?」
「……梟熊とどっちが大きいですか?」
「さすがに梟熊ほどはないな」
「なら、なんとかなると思います」
ぼくの言葉に、師匠が呆れたような顔で片眉を上げる。
「──お前、狩りは父親仕込みだったっけか。今まで何狩ってたんだ?」
「ええと、めぼしい獲物なら一通り全部です。小動物から大型の獣まで。魔物はさすがに巨狼とか梟熊とかくらいですけど」
「ひとりでか?」
「はい。父さんに、ひとりで狩れるようになっとけって言われて……」
おいおい、と師匠はますます呆れたという顔になる。
「お前、狩人に転職してもやっていけそうだな」
「はあ……そうかもしれないですけど……」
「まあ、気を付けて行ってこい」
「はい。じゃあ、明日からしばらく留守にします」
「もしかして、野宿するつもりか?」
「たぶん、夜ここまで戻ってたら期限に間に合わないですし、そのつもりですけど」
「……そういや吹雪いてる冬山でも何日かなら平気だって言ってたな」
「はい」
「それも父親仕込みか」
「そうです」
「お前の父親って何者だ?」
「ただの野外活動と魔物狩りが趣味の魔法剣士です」
「……そうか」
師匠はなんだか微妙な顔で「前から思ってたが、お前の父親は相当変わってるな」と言った。さすがに最近は、ぼくも、父さんがどうやら変わり者だったらしいとわかってきていたので、小さく頷いた。
……妖精竜にもシーロン師匠にも言われるって、確かに相当かもしれない。
今日の分の家事の合間に、翌日の準備もした。いつもなら日帰りで捕まえられるものを探して狩ってくるので、それほど荷物は多くない。けれど、今回は野宿が前提だからどうしても荷物は多くなる。
「お前はどうする?」
ぼくの部屋のストーブの前で寝そべるレヒターに聞くと、彼は当然だという態度で「ついてくに決まってるだろ」と言った。
「かなり寒いぞ。大丈夫なのか?」
「竜をなめるんじゃねえぞ。俺は寒さに強いんだ」
「……後から文句言ったって何にもできないからな」
「わかってるさ。俺を馬鹿にするなよ」
いつものように、胸を反らせて偉そうなレヒターに苦笑が漏れる。
「はいはい。
一応、ギリギリ間に合う4日目の朝までは獲物を探すけど、それを過ぎたら町へ戻るつもりだよ。レヒターには3日目までに全然獲物が獲れないときは、バーンズさんにそれを伝えに行って欲しいんだ」
「おう、任せろ」
「頼りにしてるよ」
早朝、まだ空の暗い中、寒さ避けと身体強化の魔法をかけ、大きな荷物を抱えて屋敷を出た。東の空には太陽の気配すらなく、これからが一日で一番冷え込む時間だ。レヒターとぼそぼそと話をしながら、ぼくたちは山を目指した。
「荷物全部抱えて歩き回るのは消耗するから、野営地を固めてから獲物を追うつもりなんだ」
「へえ。どっかいい場所あるかな」
「前に狩りに来たとき、何か所か良さそうな場所があったから、そこをあたってみようと思う」
「なんだ、もう目をつけてたのか」
「万一の時のために、野営できる場所のひとつかふたつは目星をつけておいたほうがいいんだよ」
「それも親父の教えか?」
「まあ、そうだね」
「お前の親父は本当に相当だな」
「ぼくもそう思うよ。こういうこと教えてくれるのはありがたいけど、全部実践だったし」
「──お前、苦労したんだな」
「苦労……なのかな?」
まだ昼には早いくらいの時間に山に入り、目をつけていた場所に荷物を下ろす。ちなみに、“山”と呼んではいるけど、少し丘陵地帯に入った起伏の多い土地にある森というだけだから、本格的な冬山というわけでもない。
この場所は大きな倒木と岩の陰になっていて、多少吹雪いたとしても風や雪を十分に避けられるだろう。硬い地面に雪を払った木の枝を敷いてその上に葉のついたままの枝を重ね、防水の魔法と獣避けの魔法をかけておいて……とある程度の準備をした後、さっそく獲物を探しに出た。
最初に言っていたとおり、レヒターはそれほど寒さを苦にしていないようだった。何度も探知魔法を掛け直しながら、ゆっくり移動するぼくの後ろを、文句も言わずについてくる。
さすがに午前中探し始めてすぐには獲物も見つからず、軽い昼食と休憩を取りながら、少し気になっていたことを聞いてみた。
「レヒター、お前使い魔になる前はオスロスの近くとか町中にいたっていうけど、竜の姿のまま住んでたのか?」
「そんなわけあるかよ。竜だと目立つじゃねえか」
「じゃ、何かに姿を変えてたのか?」
「おう。山の中にいるときはこのままでよかったけどな、町中では人型の種族とか動物に化けてたぞ」
「人型? 人間とか?」
「そうだ。ほら」
そう言うと、レヒターはいきなりシェーラと変わらないくらいの年齢の人間の女の子になった。
「……レヒター、お前、雄竜じゃなかったっけ? なんで女の子?」
「いいか、若い雌に化けると人間の雄が親切なんだよ。飯食わせてくれたりな」
「まあ……そうかもしれないけどさ」
「だから、飯時にこの恰好でうろついて、引っかかった雄に飯食わせてもらったりしたんだ」
ものすごく得意げにそう言い放つレヒターの姿に、聞かないほうがよかったかもしれないと思った。
「それってさ、厄介ごとを呼びそうなんだけど」
「食ったあとはちょっと席を外してネズミにでもなっちまえば大丈夫だ。問題ない」
「……毎回同じ姿になってたのか?」
「いや、髪の色とか年恰好は変えてたぞ。一応な」
「そんなところは知恵が回るんだ……ま、いいよ。そろそろ行こう」
これ以上は聞かないほうがいいなと考えて、話を切り上げて立ち上がる。
少し話題にすることの内容を間違えたかもしれないな、とも思ってしまった。
午後に入って、猪はすぐに見つかった。難なく仕留めて血抜きと内臓の処理をしたあと、荷運びの魔法でいったん町に運び、バーンズさんに引き渡した。この調子で熊も見つけられたらいいんだけど、という話をすると、ふとバーンズさんが知り合いの狩人から聞いたんだがと、少し深刻な顔で「山のほうで狼の群れが出たって話も聞いたから、気を付けてくれよ」と言った。
「狼の群れですか。山の実りは悪いように見えなかったんですけどね……」
「その狩人もたまたまかもしれないとは言ってたんだけど、気を付けるに越したことはないと思ってね。この時期に狼の話が出ることもあまりないし」
「確かにそうですね、ぼくも注意します」
狼の群れ自体より、群れが移動するような何かの可能性もあるなと考えながら、ぼくはまた山へと戻った。





