5.冬を前にした危機
食料危機だ。
毎日やらなきゃいけないぼくの重要な仕事に、食糧貯蔵庫で保存の魔法をかけるというものがある。貯蔵庫にある食糧が腐らないよう保存の魔法を毎日かけなおしておけば、冬の間でも新鮮な食べ物が食べられる。魔法を学んでよかったと実感するのは、こういう時が多い。
さらに、魔法をかけなおす時に食糧の貯蔵量をチェックするのもぼくの重要な役目だ。
──ここのところ、確かに減りが早いなとは思っていた。屋敷の住人が1人……いや、1頭増えたのだから当然だけど、ここまで減りが早いとさすがにこの冬がまずい。シーロン師匠にいくら蓄えと収入があるといったって、この減りようは限度がある。まもなく雪が降るのだ。本格的な冬が目の前に迫っている時期だというのに予定の半分程度しか埋まってない食料貯蔵庫に、ぼくは危機感を覚えた。
「師匠、そういうわけで、食料の消費量が倍以上になってるんです。予定では今ある分で冬越しも問題ないはずだったんですけど、無理になりました。それに、このままだと食費だけでとんでもない支出になると思います。特に、果物の貯蔵がすごい勢いで減ってます」
「……マジか」
他人の顔をしてしょりしょりと果物を齧るレヒターを横目で見ながらシーロン師匠に報告をすると、師匠は「あー、どうすっかなあ」と渋面になった。
こんなに食料の減りが早くなった原因は、もちろんレヒターだ。体の割に大食漢で、しかもなんでも食べられるくせに果物が大好物だからとそればかり食べている。もともと妖精の師匠は肉より果物や野菜を好むからとひと冬に食べる分を確保するつもりで貯めておいたのに、これじゃひと冬保たせるどころじゃない。
「……師匠、だから、明日は狩りに行ってきます。今ならまだ鹿や猪が獲れるから、それを売って果物を仕入れてこようかと思います。ついでに、もう少し貯蔵庫にも足しとかないと冬越しが厳しくなりそうですし」
「その辺はお前に任せるよ。……そうか、食い物か、盲点だったな」
「おう、主、がんばってこいよ」
「レヒター、お前も行くんだよ。少しは働け。太るぞ」
「竜は太らねえよ」
「嘘つくな。最近丸くなったぞ、お前」
「……え、マジか」
慌ててお腹周りを気にしだすレヒターに、ぼくは溜息を吐いた。
「ねえ、デルト。狩りに行くんですって?」
その日の夕方、さっそくシェーラが寄ってきた。いつも思うけれど、師匠はシェーラになんでも話しすぎる。
「そうだよ。食糧が足りないからね」
「何を狩るの? 鹿? キツネ? ウサギ?」
「……言っとくけど、連れて行かないよ」
「ええ? 私、兄さまの狩りについてったこともあるのよ」
「お上品な貴族の狩りなんかと一緒にするなよ。だいたいシェーラが藪の中を歩けるわけないだろ。獲物だって逃げるし」
「ええ、そんなことないわ」
「獲物の跡を追ってひたすら山の中を歩き回るんだよ」
「……」
「藪の中には虫もたくさんいるし」
「……」
「蛇だって出てくるかもしれない」
「……行くの、やめとくわ」
「それがいいよ」
がっかりしたのか、少し元気がなくなったシェーラの肩を、レヒターが叩いた。
「まあがっかりすんなよ。俺がなんか土産をもってきてやるからさ」
「本当?」
「ああ。たぶんデルトがちょうどいいのを見つけてくれるぜ」
「……何言ってるんだよ。そんな暇があると思ってるのか」
「デルト、私ちゃんと待ってるからお土産お願いね!」
はあ、とぼくはまた溜息を吐く。
なぜかぼくが明日の狩りでシェーラに土産を持ってくることが決定して、シェーラはまた元気に「うさぎとかキツネの毛皮ってあたたかくて素敵なのよ」とか勝手なことを言い出して、レヒターは無責任にそれを煽るだけという、いつもの状況が始まってる。
ウサギならともかくキツネは食糧にならないのに狩るのはありえない。毛皮をなめすのだって手間と時間がかかるんだ。そもそも明日は鹿や猪といった大型の獣を狙うつもりだっていうのに、土産なんか獲ってる暇があると思ってるんだろうか。
「あのさ、ぼくは遊びで狩りに行くんじゃないんだよ。レヒターの言うことを真に受けるのはやめてくれないかな」
「ええ? だって留守番してるのに、どうして?」
「別に留守番してくれなんて頼んでないだろ。それに、ここはシーロン師匠の屋敷で、シェーラの屋敷じゃないし」
「ついていきたいのを我慢するのよ」
「当然だろ。シェーラなんかつれてったら、獲物なんて獲れないどころか見つけられないだろ」
「……デルトの意地悪!」
シェーラはぷうっと頬を膨らませて走り去ってしまう。
「あーあ、お前、知らないぞ」
シェーラの後姿を目で追いながら、レヒターが呆れ顔をした。
「──お前わかってないだろ。雌にはもっと優しくしないとだめなんだぞ」
「何言ってるんだよ」
明日は早朝のうちに出なければならないから、さっさと準備を終わらせて寝てしまいたい。そう考えてさっさと夕食の片付けを済ませようとしているところに、レヒターが訳知り顔でまた夕方のことを蒸し返しだした。
「いいか、生き物ってのは雌に決定権があるんだ。圧倒的に雌のほうが立場が上なんだぞ。雌のご機嫌取らなくてどうすんだよ。だから魔族は数が少ないんだ。そのうち滅ぶぞ」
「……竜の常識を魔族にまであてはめるのは、どうかと思うけど」
「ばっかやろう、種族とか関係ねえよ。生き物はすべからくそうなんだ。侮ってると後悔するぞ」
「後悔しないように土産になる獲物を獲ってこいって? そんなことより冬越しの食糧のほうが重要な問題だよ。お前、いい加減果物ばっかり食べるのやめろよな」
「それは今問題にしてることじゃねえよ」
「いや、そもそもはそれが原因だろ。お前が際限なく食べるから狩りに行かなきゃならなくなったんだ。ほら、さぼってないでこの皿しまえよ。食べた分くらい働け」
「竜使いが荒いな!」
翌朝、レヒターがちょろちょろと落ち着きなくぼくの周りをうろうろするのを見ながら、用意した荷物を担いだ。
「弓は使わねえのか」
「持ってってもどうせ引けないからね」
弓を支えるにしても、矢をつがえるにしても、ぼくの右手の力じゃ無理だ。だから、今回は魔法を使って獲物を仕留めるつもりだ。
「だから、お前も手伝えよ」
「俺を猟犬かなんかみたいに考えてねえか?」
「犬よりずっと頭がいいんだろ。そのくらいの仕事しろよ。ほら、行くぞ」
町を出て、山に一番近い場所にある森まで行って、まず探知魔法を唱える。狩りは散々父さんに仕込まれたし、場所は違っても要領は変わらないだろう。何とかなるはずだ。
「……見つけた」
狩るなら立派な角を持った牡鹿がいい。牝鹿のほうが肉が柔らかいけれど、鹿角は薬の原料にもなるからいい値段で売れるのだ。見つけた鹿に目印を付けたあと、自分とレヒターに身体強化の魔法をかける。レヒターは「足で追いかけるのか、すげえな」と感心してるのか呆れてるのかわからない口調で言った。
「罠とか使ってる時間がないからね。離されないうちに行くよ」
ぼくはレヒターに声をかけて、さっさと走り始めた。
獲物は、狙い通り、立派な角を持った牡鹿だった。眠りの魔法で眠らせて首の太い血管を切るという方法で、それほど手間をかけずに仕留めることができた。近づくことさえできれば、これからもこの方法が使えそうだ。
「……お前、結構狩りの腕はいいんだな。しかもずいぶん手馴れてるじゃねえか」
さっそく下処理をしている横で、レヒターがそんなことを言いながらふんふんと鹿の匂いを嗅いでいる。結局、レヒターは猟犬並の役にも立たなかった。ついて回るだけのいるだけだった。
「父さんにみっちり仕込まれたからね。秋と冬は、下手すると毎日狩りに連れていかれてたんだ。時には何日もかけて獲物を追いかけたりとかもしたよ」
「すげえな。お前の親父は狩人なのか? お前の親なんだから、生粋の魔族なんだよな」
「もちろん魔族だけど、たぶん、あれは趣味みたいなものだね。町暮らしより山に籠ってるほうが気楽で楽しいって言ってた」
「変わってんな。そんな魔族、見たことねえぞ」
「……お前の魔族の知り合いなんて、10人もいないんだろ?」
「そうだけどさ。魔族っていったらだいたい町にいるし、そんなめんどくせえことやらない種族だって思ってた」
「……まあ、父さんは魔族かどうかに関係なく、変わってるとは思う」
大雑把に血抜きをして内臓を取った鹿を、荷運びの魔法で持ち上げる。取り分けた内臓ももちろん持って帰るのだ。これはこれで使い道があるものだし。
「もう1頭くらい仕留めたいけど、さすがに持ち帰れそうにないか」
「まだ獲るつもりだったのか。欲張りだな」
「もう1人いたら持って帰れるんだけど、さすがにぼくだけじゃ手に余るからやめとくよ」
転移魔法が使えるようになれば、もっと楽に持ち帰れるんだけどと考える。なるべく早く習得したいけど、しばらくは魔力制御をやらなきゃいけないし、当分先だな。
「おい、土産を忘れてるぞ」
「は? まさか、ほんとに何か土産を獲って帰るつもりだったのか?」
「当たり前だろ。雌に優しくしないと、痛い目見るんだぞ」
「この大荷物抱えてじゃ無理だよ。そんなことしてたら獣が来るだろ。せっかくの獲物を傷めたらどうするんだ」
「……知らないぞ。何があっても責任取らないからな」
夕刻にはまだ早い時間に屋敷へ戻ると、既にシェーラがいた。いつもなら夕方まで来ないけど、今日はずいぶん早くから来てたんだな。
「デルト! レヒター!」
門の前で大声をあげて手を振るシェーラに応えて、レヒターがいつものように尻尾を振る。「お前も手くらい振ってやれよ」とレヒターに言われてしぶしぶと手を挙げると、シェーラがますます大きく手を振り回した。
「これが今日の獲物!? 大きい鹿ね」
目を瞠るシェーラに、なぜかレヒターが偉そうに「すげえだろ。こんだけの牡鹿はなかなか獲れねえぞ」と答える。そうね、と頷きながら、シェーラはちらりとぼくのほうを見て、「ねえ、それで、お土産は?」と聞いてきた。
「ないよ」
「え?」
たちまちシェーラの顔から笑顔が消えた。
「昨日、言ったじゃない!」
「ぼくも言っただろ。土産なんか捕まえてる余裕はないって」
シェーラの目にみるみる涙が盛り上がり、ぽろりと零れ落ちた。さすがに少し言い過ぎたかなと考えてしまうけど、泣けば通ると思われても困るからしかたない。無理なものは無理だ。
「嘘つき! 私ちゃんと待ってたじゃない!」
「ひとの話聞いてなかったのかよ。昨日散々無理だって言っただろ。嘘なんかついてないよ」
「嫌! 嘘つき! 待ってるからお土産って言ったのに! デルトの馬鹿!」
「何言ってるんだよ。いい加減、そうやって自分の我儘ばっかり通そうとするのはやめろよ。もう14なんだろ」
「馬鹿馬鹿! 嘘つき! デルトなんか知らない!」
もう一度「馬鹿ぁっ!」と叫ぶと、シェーラはばたばたと走り去ってしまった。「あーあ」とレヒターが呆れた声を上げる。
「お前、雌泣かせてどうすんだよ」
「知らないよ。我儘全部なし崩しに通ると思われても困るし」
「雌を蔑ろにすると報いを受けるって言ってるだろ。後悔するぞ」
「だから、竜族の常識をこっちにあてはめるなってば」
「種族とか関係ねえって言ってるだろ。知らねえぞ」
はあ、と息を吐いて、鹿の処理をしながら、どうしてぼくの周りにはこういうのしかいないんだろうと考えた。そのうえ、シーロン師匠にまで「土産なしとか、かわいそうにな」と言われてうんざりした結果、ぼくは鹿角の一部を加工し、それを土産としてシェーラに渡したのだった。
……こうやって、シェーラの我儘は誰にも止められなくなっていくんだな、と実感した。





