4.魔力の制御訓練
中級魔法の訓練を始めて1カ月、レヒターが来てからも1週間が過ぎた。シーロン師匠の訓練はじわじわと厳しくなっている。普段はだらだらしてばかりで、とても高位の魔法使いとは思えないほどだらしないくせに、魔法に関しては驚くほど厳しい師匠になるから侮れない。
「何回言えばわかるんだよ。お前はまだまだ制御が甘い。魔族の悪い癖だ、感覚任せでやってるんだろうが頭を使えって言ってんだ。感覚だけでなんとかなるのは低級までだと何度言えば理解するんだよ、ああ?」
そんな師匠に、ぼくは朝から不機嫌に罵られていた。今日の訓練の内容は、魔力の制御だ。
「そんなこと言われたって……」
「いいからやれ。俺が直々に教えてやってるんだ、できないとは言わせないからな」
「……」
感覚任せとか頭を使えとか、いまいちピンとこない。どうすればいいって言うんだ。
「だいたい、魔力の制御も満足にできないやつが魔法使いになれると思ってるのかよ。ついでに言えば、これはお前が実感して納得しなきゃどうにもならねえんだぞ。とにかく考えろ。感じるんじゃなくて、考えるんだ。いいな?」
「……何をどう考えたらいいのかが、見当もつきません」
さっきから何度も言われていることがさっばり飲み込めなくて項垂れるぼくに、師匠はすっかり呆れたという顔になる。
「馬鹿か。お前、今まで何を聞いてたんだ。魔法に込める魔力をどうやって測るのかもわからないってのか? 感覚で適当に、このくらいあれば足りるだろうとか考えなしに使ってっからだろうが。そこを適当じゃなくやれって言ってんだよ。
だいたいだな、お前の使う魔法は適当過ぎだ。余剰魔力をどれだけダダ漏れにしたら気がすむんだ? 魔力は無限じゃねえんだぞ。持ってる量は決まってるんだ。そんなにダダ漏れにしてたらいくら魔力があったって追いつかねえよ。おまけに相手にすぐ見つかって狙われるんだぞ。わかってんのか? 魔法使いが脳筋どものお荷物になってどうすんだ。身体張るのは魔法使いの仕事じゃねえだろ。余計な面倒増やす真似はやめて、必要な量をきっちり必要なだけ使えって話をしてるんだ、いい加減わかれ」
これだから魔力が余ってる魔族はどうしようもない、と師匠はぶつぶつこぼし、「いいか、今日はこの後も余剰魔力を出さない練習をしろ。ひたすらそれだけやれ。わかったな」と言い捨てて自室へ行ってしまった。
はあ、と溜息を吐いて、魔力を測れと言われてもどうやったらいいのかと考える。今まで全然意識しなかったのに、いきなり考えろと言われても、雲をつかむようなことでどうしたらいいかさっぱりだ。
「よお、相棒。俺が助けてやるぜ」
今まで黙って見ているだけだったレヒターが、急に声をかけてきた。何をどう助けようというんだ。
「……どうやって?」
「竜をなめるなよ。特に俺は妖精竜だからな、魔力感知はちょっとしたもんなんだ。とにかく俺の言う通りやってみろ。悪いようにはしねえから」
何をどうすれば師匠の言う通り“ダダ漏れ”じゃなくなるのかわからず、藁にもすがる思いでレヒターの言葉に乗ることにした。
「どうすればいいのさ」
「まず灯の魔法を使ってみろ」
言われた通り、灯の魔法を唱えると、ふわりと光の玉が浮かび上がった。
「あいつの言う通りだな。お前、この魔法にどのくらいの魔力が必要か、考えたことはあるか?」
「え?」
「今込めた魔力の3割くらいでもう一度灯の魔法を唱えてみろ」
「3割……」
「おう、3割だぞ」
3割3割……と考えながら唱えると、魔法は不発に終わってしまった。
「ばーか、減らしすぎだ。もう一度やってみろ。最初の3割だからな」
尻尾でぺちぺちと地面を叩くレヒターに促され、もう一度唱える。今度は魔法が成功した。
「今のは最初の4割ってとこだ。まだ余剰があったぞ。きっちり3割でやれるまで繰り返せ。今のから2割5分減らすとどんぴしゃだ」
それから延々と灯の魔法を繰り返した。魔力の過不足があると、レヒターが容赦なく尻尾でぼくの手を打つ。これじゃどっちが主なのかわからないくらいだ。けれど、何十回と繰り返して、ようやくぼくは“必要なだけの魔力”で灯の魔法を唱えられるようになった。
「そろそろいいな。それじゃ、今度は魔力の見方を教えてやる。魔力感知の魔法を使ってみろ。魔力の流れが目で見られるようなやつだぞ」
頷いて、魔力感知の魔法を自分にかけると、あたりに漂う魔力がほんのりと色づいて見えるようになった。
「その状態で、灯の魔法を魔力を3倍にして唱えてみるんだ」
レヒターに言われるがまま、魔法を唱えると……あたりにぼくの込めた魔力が渦巻いた。
「見えるか? そのへんでとぐろ巻いてるのが余剰ってやつだぞ」
「こんな風になるんだ……」
思ってもみなかった状態に呆然とする。こんなにはっきり魔力が残ってるものなのか。
「次はぴったりの魔力で灯の魔法を唱えてみろ」
魔力の渦が消えたころにレヒターに指示されて、また灯の魔法を唱える。今度は魔力の渦は見えなかった。
「きっちり魔法になれば、魔力がそこらでとぐろ巻くことはなくなるんだよ。あいつが言ってたのはこういうことだな」
「……あの、余剰になった魔力があると、もしかして魔力痕が残りやすかったりするのかな」
「あたりまえだ。見るやつが見たら、誰がどのくらい前までいたとか丸分かりだぜ」
「なるほどなあ」
「俺が知ってる限りじゃ、魔法使いとして上に行けるかどうかは魔力の多寡じゃなくて効率よく使えるかどうかが肝だったな。いくら魔力が有り余ってても、効率良く使えなきゃすぐ打ち止めなんだ。それじゃ意味ないだろ。
それに、制御がうまいってことは、ちゃんと魔法を理解してるってことでもあるんだぞ」
「ふうん」
ぼくが知らなかったことばかりだ。少なくとも……いや、思い返してみたら、ユールさんやエディト姉さんは、確かに魔力の制御がうまかったと思う。ユールさんも姉さんも、そこまで大きな魔力を持ってるわけじゃなかったけど、ユールさんが20近い巨狼へかけた幻惑や、いくつも作ってた結界とか、魔力がたくさんあったとしても早々できることじゃない。あの時はなんとなくそういうものかと思っていたけど、今ならわかる。
エディト姉さんだって、人間の魔法使いの平均くらいの魔力だと言う割に、苦手だと言ってた長距離の転移も幻術も、かなり使えるようになっていた。
「……ぼくが知らなかっただけで、ちゃんと魔法を使える魔法使いは、制御がしっかりできてるひとばっかりだったんだな」
「だろ? まあ、当面は灯の魔法を1として、いくつぶんの魔力を使えばいいか考えながらやることだな。無意識に必要な量がわかるようになれば、高位になれるぜ」
「レヒターはどこでそんなこと覚えたんだ?」
「俺は妖精竜だから、並の竜よりすごいんだ」
「……ふうん」
そのあとは、ただひたすら、ぼくが今使える魔法に必要な魔力を測ることをやった。低級と中級の一部といっても結構な数があるから、なかなかたいへんだったけれど、魔力を制御するということがどういうことか、少しわかった気がする。
夕方になって、ひたすら魔力の制御を練習しているところに、また顰めっ面のシーロン師匠がやってきた。
「ようやくマシになったようだな」
「はあ……」
「今まで自分がどんだけ適当だったかわかったか?」
ぼくが頷くと、師匠はにやっと笑った。
「今月はひたすらそれをやれ。ひと月も続けりゃなんとか身につくだろ」
「ひと月……」
「なんだ、不満か?」
「いえ」
「使い魔が妖精竜でよかったな」
せいぜい大切にしろよ、という師匠の横に並んで、レヒターがにいっと笑った。
「まあ、あいつはああ言うけどな、お前結構見所あると思うぜ。さすが俺が目をつけただけあるな」
今日の魔法の訓練が終わって剣を振り始めたら、レヒターがそんなことを言い出した。
「あの言いっぷりじゃ、あいつの弟子で長続きしたやつっていないんじゃねえか?」
「……ぼくは、単に、他に行くところがないだけだよ」
「謙遜するなよ。お前はかなり根性座ってると思うんだ。俺が知ってる魔族の中でもトップに食い込むんじゃねえか?」
今日も遊びに来たシェーラが呼ぶ声に、尻尾で応えながらレヒターがそんなことを言う。
「……お前が知ってる魔族って、何人くらいだよ」
「ええと……10に届くくらいだな」
「それだけかよ」
「いいじゃねえか。だから、お前がトップ10に入るのは間違いねえぞ」
「……全然うれしくないね」
目を眇めて睨みつけるぼくに、レヒターは「もっと素直になれよ」と笑った。





