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ぼくを取り巻く世界のできごと  作者: 銀月
3.ぼくとおとうさんの道程

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9.猟師小屋での攻防

 ヴァリが戻ったのは、日が沈む少し前だった。

「この辺りから東のほうに騎士がうろうろしているのは間違いないわ。ターシスの言ってた村にも、帯剣した騎馬の人間がうろうろしてた。そいつらがアレの仲間かどうかはわからないんだけど、東に向かうのも、ここにとどまるのもやめたほうがいいと思う」

 ここにいれば、目をつけられてるとかに関わらず、すぐに見つかるだろうとヴァリは言う。教会の騎士達とは、極力接触を避けたほうがいいだろうというのは、ぼくたち全員の意見が一致するところだ。

「……そうだね、昼間のことで、この辺りの人間にぼくらがいることは知られてしまったから、ここは早く出て……南へ向かうか」

「南?」

「南へ迂回しながら王都に戻って、教会のようすを探ってみるのもいいかもしれない。それにしても、急に教会の勢いが増してるみたいだ。東に何があるんだろう」

 ぼくたちから東に行く選択肢はすっかり無くなって、あとはここをいつ出るかという話になった。夜のうちに出るか、朝を待つか……。転移魔法でいっきに移動するのはかなり目立つうえ、馬を置き去りにしてしまうことになるので、最後の手段だ。

「──今の内に出て、場所を変えて休息を取るというのもあるけど……この近辺でいい場所はある?」

「難しいと思う。小さな森はそこそこあるけれど、だいたい人里のそばばかりなんだ。このあたりは人が少ないから、余所者というだけで目立つし、夜移動するような者も少ない」

「やるとしたら灯り無しで静かにってことか……確かに厳しいわね」

 ヴァリと父さんがじっと考え込む。

「深夜に出たほうが目立たないかもしれない。多少強行軍にはなるけど、今夜半過ぎにここを出て、一気に南へ移動するのはどうだろう。ここからなら、明日の夕方までには北の山を迂回して、エーエバッハ川あたりまで戻れると思う。この前野営した場所よりはずっと上流だけどね」

「……次の場所できっちり休めるかはわからないけど、ここにとどまるよりはよさそうだわ」

 ぼくたちは、月が中天に差し掛かる頃にここを出ることに決めて、少しだけ休息についた。


 ──ピン、と、頭の中で何かが切れる感覚がして、いきなり目が覚めた。一瞬、何があったのかと混乱しそうになる。

「人数は4人。うちひとりはおそらく魔法使いだ」

 目を覚ましたぼくとヴァリに、番をしていた父さんが小さく言う。

「ずいぶん本格的ね。さっさと出た方がよかったのかも。読み誤ったわ」

「しかたない」

「準備できてるわ」

「ぼくもだよ」

「……可能なら馬を連れてくけど、たぶん無理だろうね。いったん森の中へ入るよ」

「わかった」

 持てる最低限の荷物だけを身につけて、ぼくたちは裏からそっと外へ出ようと扉を開けた。森は、小屋のすぐ裏手から広がっている。

 ──だけど。

「っ!」

 ヴァリが舌打ちをして扉を閉めると同時に、外に轟音が鳴る。この音と、すぐに続くびりびりという振動は、精霊魔法の火球だろう。

「かんっぜんに後手に回ってるわ」

 ヴァリが腹立たしげに吐き捨てる。裏もすでに見張られていたようだ。

「……対人の経験はあまりないんだけどなあ」

 父さんはぼやくように呟くと「堂々と行くか」とぼくたちを見回した。

「ヴァリ、転移は?」

「短距離ならできるけど、この辺りに知ってる場所なんてないわよ」

「僕はもうひとり連れてくのが限界だし、デルトはまだそこまで行ってない。……小屋ごと燃やされてもつまらないから、裏の森の際へ行こう」

 父さんは、それから、向こうへ行ったらすぐに小屋に向かって火の壁を作るんだとぼくに指示すると、一瞬で小屋のすぐ裏の森のそばに移った。ぼくは、即、魔法を唱えて火の壁を作る。一拍遅れてヴァリも移動してきた。

「これで魔法使いの視線を遮れていればいいけど」

「ターシス、右」

 ヴァリは剣を抜き、魔法を唱えた。燃え上がる壁に照らされて、がしゃがしゃと鎧を鳴らして走り来る騎士の姿が見えた。

「ヴァリ、魔法使いを頼む。騎士は僕が引き受ける。デルトは魔法の援護と、他の騎士の警戒を」

「わかった」

 父さんも剣を抜き、魔法を唱え出す。ぼくは探知と防御の魔法を唱えた。

「小屋に向かって左から2人来る。魔法使いは壁を迂回しようとしてるみたいだ」

「魔法使いに行くわ。デルトは騎士の足留めもお願いね」

「任せて」

 ぼくは次の魔法を唱える。左から走り来る騎士達の足元の草がうねり出し、絡みつこうとする。たぶん、力任せに引きちぎられて長時間は持たないけど、それで十分だ。騎士達の足が止まったところで、もうひとつ、今度は結界の魔法を唱えて騎士達を閉じ込めるように結界を張り巡らせた。守るだけじゃなくて遮断するのが結界なんだと、ユールさんが実践で教えてくれたんだから、使わなきゃ損だ。

「少しだけ、時間稼ぎはできると思う」

 その間にも騎士と剣を交える父さんを振り向く。騎士は、全身をすっぽり覆う甲冑を着ているとは思えないような俊敏さで、剣を繰り出していた。やっぱり、こいつらはこの前のアレと同類なのか。教会は、いつから人間じゃない騎士を使うようになったんだろう。

 父さんの援護をすべく、ぼくは魔法を唱える。麻痺の魔法……一瞬でいいから動きが鈍ればもうけものだ。

「よし」

 麻痺の魔法はうまく効果を現した。どうやら麻痺はこの騎士にも効くようだ……どこまで人間そっくりにできてるのかはわからないけれど。

 足止めをした騎士に注意を向けつつ、ぼくも剣を抜いた。結界はもう少しだけもちそうだ。火の壁の向こうでは魔法の気配と剣を打ち付ける音がし始めた。ヴァリが魔法使いを見つけたのだろう。

 父さんが相手をしている騎士の後ろに回り込み、足を狙う。鎧の薄い場所……膝の裏等の鎧の継ぎ目をうまく狙えればいいのだけど、なかなかそううまくは狙わせてもらえない。けれど、ぼくが後にいるだけで騎士の意識が散漫になって、父さんに有利になるのだから、いるだけマシってことか。


 さっき張った結界が揺らぎ始めた。ユールさんならもっと強固で長時間もつ結界を張れるんだろうけど、ぼくにはまだこのくらいが限界だ。

 挟み撃ちされるのは困るので、火の壁をもうひとつ作り、父さんの後ろに回り込まれないようにした。ヴァリはまだ魔法使い相手に苦戦しているようだ。なかなか懐に入り込めないんだろうか。

 それから、壁を迂回しようとする騎士をもう一度足止めしようと魔法を唱える……と、そこに矢が飛んできた。

「父さん、新手だ」

 探知魔法の利く範囲から外れたところから射こまれたらしい。ぼくは慌てて風の壁を作る。ヴァリは大丈夫だろうか……と、考えたところで、ヴァリが転移魔法で騎士の背後に現れた。「魔法使いに逃げられた。ごめん」そう言いながら騎士に斬り掛かると、父さんが「減らせただけいいさ」と返す。

「だけど新手が来ちゃったね」

「どれだけ集まって来るんだ」

 ふたりがぶつくさと言いながらどうにか早くこの騎士を倒そうと頑張る間、ぼくは他の騎士の足止めと、矢弾の防御をしていた……が。

「魔法使い!」

 不意にまた現れた影に気づいて声を上げると同時に、魔法を撃たれたことに気づいた。まるで雷のような光に、ぼくはとっさにふたりを庇うように立って防御の障壁を正面に張った。

「デルト!」

 腕が折れるんじゃないかという衝撃と痛みを通り越した熱さに一瞬気が遠くなる。やっぱりぼくの障壁じゃ、防ぎきれなかったみたいだ。父さんが何かを言ってたようだけど、轟音で耳が馬鹿になってしまって、よく聞こえなかった。

「痛ぅ……」

 さすがに身体に力が入らない。衝撃の強さからすると、あの魔法使いは意外に高位だったようだ。ヴァリが何かを言いながらぼくのところへ寄ってきた。でも、そろそろ騎士の足止めが終わるころだから、そっちを何とかしないと……。

 ヴァリがぼくの腕に何かを嵌めて、魔力を込める……この感覚は? 穴に落ちるような不思議な感覚で、ぼくの意識が遠くなった。


* * *


 魔法使いの放った、たぶん雷撃の魔法をまともに受けて倒れたデルトの姿に焦る。生きてはいるようだけど、この状況では、どこまで無事なのかさっぱりわからないし確認することもできない。

 ヴァリが駆け寄るのを見て、今は彼女に任せてとにかくこいつを何とかしなければ……というところで、デルトの姿が消えたことに気づいた。


「デルトは!?」

「大丈夫なとこに送った!」

「送った?」

「そう。でも、それで私もちょっと限界。特に魔力が。隙を作るから、転移お願い」

「……わかった」


 騎士の相手を交代してもらい、転移魔法の詠唱を始める。他の騎士たちが足止めから回復して迫って来る気配もある。魔法使いも戻ってきた。弓を射かけているやつらも、どう出るかわからない。こんな状況では、転移先を吟味している余裕もない。

 こいつらが近づかないだろう場所……とだけ考えて、魔法の詠唱を完成させ、ヴァリを連れて転移した。


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