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ぼくを取り巻く世界のできごと  作者: 銀月
3.ぼくとおとうさんの道程

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8.東の街道の猟師小屋

 街道をわずかに外れて東へ進みながら、ぼくたちはどこかいったん落ち着ける場所を探していた。父さんの記憶に間違いなければ、あと半日もかからない、小さな森の際に小屋があったはずだという。

「たぶん、猟師小屋か樵小屋か、そういうものだと思う。昔来た時にはあまり使われてないようだったから、今もそうだといいんだけど」

「行ってみましょう。だめなら他をあたればいいんだし」

「そうだね」

 教会のおかげでとんでもないことになってしまったなと考えながら、ぼくも頷いた。本当は、もっといろいろな町に寄ったり、あちこち見ながらのんびりこの国を周るはずだったのに。

「それにしても、父さんはよくそんなにいろんな場所のこと覚えてるね」

「……いざという時のために、逃げ込めそうな場所は覚えておくようにしてるんだ」

「いざという時って……どれだけそんなことがあったのさ」

「まあ、それはいろいろと、ね」

 父さんの言う“いろいろ”が、今回みたいなトラブルとは全然違うものも含んでそうで、なんとなくじっと見ていたら顔を逸らされてしまった。


 数時後、父さんの記憶どおりの場所に小屋はあった。多少荒れてはいるけど、使うには問題ない程度に手入れもされているようだ。

「ここしばらくの立ち入りはなさそうだけど、たまに使ってはいるみたいね」

 さっそく小屋を確認したヴァリがそう述べる。小屋の近辺で見える範囲に人家もなく、誰かがわざわざここまで来ない限り、この小屋に滞在者がいるとは気付かれないんじゃないかと思えた。

「ターシス、このあたりの地形を教えて。少し周りを確認して、ついでに探知魔法も仕込んでおきたいの。あと、罠も。アレが来そうなルートを絞っておきたい」

「罠?」

「探知魔法と魔法によらない罠の両方置いとくと、どっちかには引っかかってくれるものなのよ」

「へえ」


 王都を出てから結局休まず移動し通しだったので、どれくらいかはわからないけれど、ここで少し休息が取れることは純粋に嬉しい。

「よかった、井戸もあるよ」

「念のため、水も確認しておこうか」

 父さんは井戸から水を汲み上げ、匂いと味を確認した。万一のことを考えたら、水はいちいち浄化したほうがいいかもしれない。

 何しろ相手は普通の感覚じゃない。狂信者は、神の名前を免罪符に何をするかわからないものだから。

「ああいう、自分が絶対に間違ってないと考えてる連中はやっかいなのよ。何をしても神様が後押ししてくれると考えてるから、諦めないしね」

 戻ってきたヴァリは、「だから、アレはほんとの偶然で、もう他の連中も引き上げちゃった後ならいいんだけど」と肩を竦めて溜息をついた。

「でも、それは置いといて、ここのとこ水浴びもろくにできなかったし、まずは少し身綺麗にしよう」

 これにはぼくも父さんも同意して、交代で水浴びをすることにした。


「デルトはもう少し筋肉をつけたほうがいいな」

「うん、この前は完全に力で負けてたよ」

「アレはたぶん特別だとは思うけどね」

 頭から水をかぶりながら、父さんに言われて自分の腕を見る。アロイス父さんはもちろん、父さんにすら及ばない。どれくらい鍛えたらあんなに筋肉がついて太くなるんだろう。

「とはいっても、魔族は人間みたいに筋肉がつかないし、体力もはっきり言えば負けてるからね。強化でどうにかするか、戦い方を変えるしかないんだよ。体力の代わりに魔法もあるんだし」

 アロイスに体力で勝てる気なんて全然しないね、と父さんは笑った。ぼくも、アロイス父さんやフォル兄さんに力で敵う日が来るとは思えない。

「戦い方か……」

 今までなんとなく考えていたけど、もう少しちゃんとどうするかを意識しないといけないのかもしれない。今回だって、父さんやヴァリがいなきゃ、ぼくは終わってただろうし。

「デルトはまだこれからなんだから、焦らずに行くんだ。それに、まずいと思ったらとっとと逃げ出すのも立派な戦い方だよ。肝心なのは、生き残って次の機会を得ることだ」

「うん……」

 そうはいっても、この前は逃げ出す隙も見つけられなかったのだ。もう少し目と速さを鍛えたほうがいいだろうか。アロイス父さんのように力でどうこうというのは、ぼく向きではない。父さんのように速さと目で、魔法も交えて戦うことに慣れる必要がある。

 けど、今の自分の力量じゃ、戦いながら魔法を唱えるだけの速さも余裕もないから、そこからどうにかしないといけないな。


 その夜も、交代で夜番に立っての休息となった。幸いというか、日暮れ前にヴァリが仕掛けた魔法や罠には何もかからず、これなら追手はいなかったんじゃないかとも思ったけれど……。

「このまま、3日くらいはようすを見ましょう」

 ヴァリが、まだ油断はしないほうがいいと続ける。たった一晩じゃ何も判断できないと。

「私はこの近辺を少し確認してくるわ。何かあったら伝達魔法を送るから、私のことは気にせずすぐにここを離れてね。絶対必要な貴重品は、常に身につけておくこと。寝てる時もよ」

「……わかった」

「念のためだよ、デルト。ここで数日ようすを見て何もなければ、結局追手は何もなかったってことになるんだ」

 思っているよりも事態は深刻なんだろうかと、つい考え込んでしまったぼくに、父さんは軽い調子で笑う。

「ああそうだ」

「何? ターシス」

「たしか、徒歩なら二時も離れていないくらいの場所に村があったと思うんだ。可能なら、そこのようすも確認しておいて欲しい。ここから、森を回り込んで南東側だ」

「それじゃ、1日仕事になっちゃうわね……けど、わかった、見てくるわ」

「父さん、どうして村を確認する必要が?」

「教会の人間がこの辺りにいるなら、村に立ち寄ってるんじゃないかと思うんだ」

「そっか……」

 確かに、教会の人間なら、村に堂々と姿を現してもおかしくはない。

「……いろいろ考えないといけないんだなあ」

「慣れよ、慣れ。経験の差ね」

「そういうものなんだ」

「訓練も必要だけどね。……そうね、旅の間、私のやり方を教えてあげるわ。デルトみたいに周りを気にするタイプは、いい斥候になれると思うの。私の偏見だけど」

「……そんなに、周りを気にしてるつもりはないんだけど」

「そう? じゃ、行ってくるわ。あとよろしくね」


 ヴァリが出ている間、ぼくと父さんは鎧の細かい手入れや持ち物のチェックをした。しばらく人里に寄れないとすると、今持ってるものでやりくりしなきゃいけないのだ。

 ──と、急に頭の中にピンと何かが切れるような感覚があった。

「父さん、だれか来たみたいだ」

「ああ。……念のため、デルトは裏から出て、すぐ馬を出せるように用意してくれ」

「わかった」


 そっと音を立てないように裏口から出て、表を伺いながら馬のところへ行く。声をあまり隠そうとせず、足音も抑えずに話ながら歩いてくるのは、2、3人の男の人のようだ。鎧が鳴るような音もない。

 このようすなら、教会の人間ではないのかもしれない。


「あれ、誰かいるな」

「本当だ」


 聞こえてくる声が拍子抜けするくらいのんびりとしていて、ほっと安堵の息を吐いた。


「こんにちは、少々お邪魔しています」

「あれ、ここいらじゃ見かけない顔だね」

「旅をしているんですが、少し体調を崩してしまいまして、こちらで休息を取らせてもらいました」

 扉を開ける音に続いて、父さんが愛想よく挨拶をしている声が聞こえてきた。

「あんたひとりなのかい?」

「いえ、連れがいますから……デルト、おいで」

 ぼくを呼ぶということは、大丈夫なのだろう。「何、父さん」と応えながら、裏口から中へ戻ると、弓を持った猟師風の男の人が3人いた。

「こんにちは」

「おどろいた、親子で旅をしてるのかい」

「ええ、東のほうへ行こうと思いまして」

 父さんはあたりさわりのない話をしながら、最近このあたりでどんなことがあったかを聞き出している。猟師たちも、他から来たぼくたちの話を珍しそうに聞いていた。

 彼らはこれから村へと戻るところで、その前にここで一休みしていこうとしたらしい。小屋を荒らすようなことさえしなければ、しばらくここにいても大丈夫だとも言ってくれた。


 村へと戻る彼らを見送った後、父さんはふうと溜息を吐いた。

「やっぱり、このあたりで教会の騎士がうろうろしているみたいだね」

「うん」

 猟師の話では、ここ最近……といっても、数か月ほどだけど、このあたりをよく教会の騎士が行き来しているのを見かけるらしい。何かを追っているようすはないので、こんな辺境のどこかに、教会を建てる準備でもしてるんじゃないかと、噂もされてるようだ。

「こっちへ来るのは、まずかったのかもしれないね」

「どうする、方向を変えたほうがいいかな」

「ヴァリが戻るのを待って、それから決めよう」

 ぼくが頷くと、「普通の教会ならともかく、過激派の本拠になるような教会なら面倒なことになるね」と、父さんは溜息混じりに呟いた。


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