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ぼくを取り巻く世界のできごと  作者: 銀月
3.ぼくとおとうさんの道程

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7.北の山の家

 山の家に着いた。

 けれど、これは……。


「アレに遭ったからもしかしたらとは思ったけど、やっぱり見つかってたのか」

「……以前ここに魔族がいたって報告は、兄さんから騎士団に上がってるしね」


 保存の魔法も保護の魔法も破られて、扉は壊され、中は荒らされ、山の家は無残な姿になっていた。ここに残していたものもほとんどが壊されるか荒らされるかしてしまっている。

「裏を見てくる」

 そう言い残して裏に回ると、母さんの場所は無事だった。蔦や草に覆われるままになっていたのがよかったのだろう。ぼくはほっと安堵の溜息を吐いて、置いてある母さんの石を撫でた。


「ターシス、デルト、残念だけど、ここは離れたほうがいい。どうしても持ち出したいものだけ確保したら、すぐに行こう」

 表に戻ると、ヴァリが地面を調べながら真剣な面持ちで言いだした。父さんが訝しげに彼女を見る。

「何か見つけたのかい?」

「どうやらここへ来たのは複数人ぽいのよ。アレとは別行動のやつがいるのかも。数日は前の跡だけど、ここに戻ってこないとは言えないし、もしかしたら見張られてる可能性もあるわ」

「見張り?」

「特に魔法の痕跡は見当たらないけど……この場所への出入りをチェックしているかもしれない。長居すればかち合う可能性も考えられるわね」

「……しかたないな。デルト、ここで何かあるかい?」

「持ち出しはもう前にやってるから、大丈夫だよ」

「なら、ヴァリの言う通り、今すぐにここを出よう」

「私はここを少しカムフラージュするから先に行って。しんがりも務めるわ」

「カムフラージュ?」

「そう。このままここを立ち去っただけだと、私たちがどこから来てどこへ向かったか丸分かりだから、痕跡を消さないとね。……あ、少し待って」

 ヴァリはぼくと父さんに魔法を掛けた。

「これで魔力痕もほとんど残らないと思うわ」

「魔力痕?」

「魔法とか魔力の痕跡のことよ。精霊の眼とか、探知や感知に長けた魔族でもなきゃ気づかないと思うけど、念のためね。そのうち消えるものではあるけど、残さないに越したことはないから」

「……わかった。じゃあ、ヴァリ、あとを頼むよ」

「任せて。私の本領発揮だからね。あ、私の馬は一緒に連れてってもらえるかな」

「わかった」

 ヴァリは笑顔で「じゃ、あとでね」とぼくらを追いやると、すぐに作業に取り掛かった。


 日も傾き始めて薄暗くなったあまり足場のよくない山道を、馬を引いてゆっくりと進む。もう一時もしないうちに、日は完全に沈んでしまうだろう。

「しばらく、ここには近づけないね」

 ぽつりと呟くと、父さんも「そうだね」と頷いた。

「──4年経つんだ。リーゼはもう大地と風に溶け込んでる。ここに来なきゃ会えないわけじゃないよ」

「うん、わかってるけど……」はあ、と溜息が出てしまう。「ただ、ここに来れなくなる日が来るって、思ってなかったから」

 ここは、たとえ木や草に埋もれても、ずっと変わらないまま残り続けるんだと考えていた。魔族を狩る人間が現れて、そのせいでここへ来られなくなる日が来るなんて想像もしなかった。

 父さんは、「仕方ないけど、よくある話だ」と小さく言った。


「……追手はいるかな」

「どうだろう。気配は感じないけれど、荒らされてからの日数的には微妙なところじゃないかと思う」

「これからどうするの?」

「ヴァリとも相談はするけど……予定は変えずにモント湖へ向かおうと考えてるよ。知り合いの多いところへは行きたくない」

「どうして?」

「追手がいるなら、ぼくらの生活圏に近づけたくないっていうのが一番の理由かな。さすがに教会の過激派と遭うのは初めてだし、どの程度しつこいのか、ようすを見ておきたいというのもある。本格的に目をつけられたのかどうかも知りたいしね」

「ふうん」

「モント湖は辺境にあるから、あまり人のいないところを通って、その間に追手がいるかどうかを見極めよう」

 いつになく父さんは真剣にそう言った。

「……父さんは、これまでにもこういうことがあったの?」

「何度かは。そのたびに撒いたり戦ったりでやり過ごして、ほとぼりが冷めるまで何年か辺境で過ごしてた。でも、あんなのと遭遇したのは初めてだよ。教会の過激派も初めてだ」

「村にも、しばらく帰らないほうがいいかな」

「追手次第だね」

「……そっか」


 ──追手は本当にいるのか、いるとしたらどんなやつなのか、少なくともそれがわかるまでは……だとすると、やっぱり数年は皆と連絡が取れなくなってしまうのだろうか。

 せめて母さんには警告を送っておいたほうがいいのだろうけど……エディト姉さんに連絡すれば、うまくやってくれるだろうか。王都にはユールさんだっているんだし、万一のことがあってもユールさんなら教会のあの変なやつにも引けを取らないんじゃないだろうか。


「お待たせ。そうそう跡を追ってこれないようにはできたと思うよ」

 がさがさと藪の中からヴァリが出てきた。

「念のため、家の近辺も確認はしたけど、気配はなかったと思う。もう一度あそこに何かが来たらわかるように魔法もこっそりセットしてきたけど、あまり期待はしないで。

 あと、追いつく前にこのあたりをぐるっと回ったけど、目立つ痕跡とかはなかった。何かあるとしたら、山を下りきったあたりが可能性高いね」

「じゃあ、今夜は山の中で明かして、明日の夜明けを狙って山を下りよう。何もなければよし、あれば、まあ……臨機応変で。そのあとは当初の予定通りモント湖を目指してようすを見ようと思う」

「それでいいんじゃないかな」


 その夜は火も焚かず、探知魔法での見張りも使わず、交代で夜番を行った。火はもちろんのこと、下手に魔法を使って藪蛇になっては困るし、何より近くに余計な魔法があると相手が魔法を使った時に気付くのが遅れてしまうのだ。


 あまり気にしたことがなかった……というよりも気付いていなかったのだけど、魔族は押し並べて魔力や魔法の気配に敏感らしい。人間には、たとえ感知魔法の素養があったとしても、魔族のように魔力の気配まで感じ分けることはできないのだそうだ。たしかに、以前、エディト姉さんが魔王の守りの指輪を見ながら、「どうしてこんな指輪の魔力で誰の作ったものかわかるのか、わからない」と言っていた。その時は何を言ってるんだろうと聞き流していたけど、そういうことだったのか。


「だから、夜番に立つ時は、生き物の気配だけじゃなくて魔法の気配にも気を付けて。何か感じたら、すぐに起こしてね」

「わかった」


 いろいろと手慣れているのは、やはり東での経験のおかげなのかと話を聞くと、ヴァリは「そうねえ」とぽつぽつと話しだした。


 ヴァリの話では、東では、その魔力の感知能力を買われて魔族が斥候に出ることが多いのだという。ヴァリもそういう斥候兵として雇われていたらしい。

 魔族はただの魔法使いとしても優秀だけど、魔法剣士なら優秀な斥候にもなれる。そして、そういう優秀な戦力となるという理由で、魔族を見つければどうにかして囲い込もうとするし、他に行って後の憂いとなるくらいならいっそ殺してしまえと考えるものも出る。

「だから、西とは違う意味で、東は面倒なの。どうしてこう極端から極端なのかしらね」

「放っておいてくれるのが一番なのにね」

「……そうね、たぶん、いちばん暮らしやすいのは、東のヴァルツフート王国じゃないかしらね。なんせ、王が魔族だし」

「……魔族の王なら、何百年も同じ王が治めてるの?」

「ええと、どうかしら。ある程度は交代してたはずだけど」

「じゃ、王様でいるのに飽きたりはないんだ」

「さすがにそれはないんじゃない?」

「西にも魔王って呼ばれてる魔族はいるけど、呼ばれてるだけだしね。魔族の本物の王様って、どんなんだろう」

「──デルトは、その魔王にあったことはある?」

「ないよ。エディト姉さんは一度だけあるって言ってた。魔の森の魔王の館に行けば、普通に出てきてくれるんじゃないかってさ」

「へえ……じゃあ、どんな魔族かは知らないのね」

「うん、さすがにね」

「そう。じゃ、そろそろ休みましょ。明日は夜明け前にここを発たなきゃ」


 翌朝、まだ空が暗いうちに起き出して、ゆっくりと山を下りた。さすがに真っ暗で、馬が怪我をするとまずいからと小さな灯りを地面すれすれに置いて、足元だけが辛うじて見えるようにして。

 ゆっくりと気を配りながら歩いて、ようやく山を抜けた時には、もう東の空が白み始めていた。まだ起きて一時を過ぎたくらいだというのに、かなりの疲労感だった。

「疲れたけど、ここに止まるわけにはいかないから、早く離れましょう」

 夜明けの燃えるような朱から青に染まる空を透かしてあたりを伺ったけれど、幸い、あたりに見張りの気配はなかった。だから見張られていないと断定するのは危険だけど、さっさとここを離れるに越したことはない。

 ぼくたちは馬にまたがり、走らせ始めた。


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