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ぼくを取り巻く世界のできごと  作者: 銀月
3.ぼくとおとうさんの道程

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6.エーエバッハ川沿いの街道

 王都を出て、主街道を逸れてエーエバッハ川沿いの小さな街道から北の山へ向かうことにした。それから北の山の家で数日を過ごして、モント湖まで行ってみる予定だ。

 川沿いの街道にはあまり町がないので、野宿が中心になるだろう。ぼくと父さんは慣れてるし、ヴァリも問題ないというのでそのルートになった。


「この少し先に野営に向いた場所があるから、先にそこで待ってて」

「わかった」

 そろそろ日が傾いてきたなという頃、父さんはそう言い残し、街道を外れて馬を走らせていった。いつの間にか弓まで用意している。

「いつも思うけど、ターシスってほんとこういうことの手際がいいのね」

 呆れたようなヴァリにぼくは頷く。

「町中にいる時よりも何倍も生き生きしてるから、野生児って言われるんだ」

「ほんとそうね」

 父さんがなにを獲ってくるかを話しながらしばらく馬を進めると、確かに夜営に向いた場所……というよりも、これまで何度も野営に使われたと思われる平らで広い場所があった。馬を降りると、ヴァリは、薪を集めてくるからとすぐにその場を離れる。魔法の灯りはあるけど、なるべく日が沈む前にすべての準備を終えてしまいたい。

 石を集めて周囲の草を抜いて焚火の用意をして、川から水を汲んでおく。荷物の中からナイフと串を取り出して、父さんが獲ってくる獲物を調理するための準備をして……そこで、ぼくたちが来たほうと逆から、騎乗した騎士風の男の人がやってくるのに気がついた。

 兄さんのいる銀槍騎士団がよくつけている鎧とは違うようだけど、出で立ち自体は騎士と言っておかしくないものだ。

 騎士の中には剣の修行のために旅をしながら魔物を狩ったりする者がいると聞いたことがあるけど、それだろうか。


「こんにちは。こちらで一晩の宿を共にしても構わないだろうか」

「どうぞ」


 街道で野営に使われるような場所は決まっているから、こういうことはよくある。だいたい、先にいた者に後からきた者が同宿を請うというやりとりがあって、よほどのことがない限り断られることはないものだ。ぼくも、騎士の声の調子に特に気になることもなく、頷いて了承の意を示した。


 騎士は、どれ、と言いながら馬を降り、こちらへと近づいてくる。

「まだお若いようですが、ひとりですか?」

「いえ、同行者があとふたりいますけど、今、薪と今夜のおかずを調達に出ています」

「なるほど……それは好都合」

 いつものやりとりのはずなのに、聞き慣れない言葉が混じって「は?」と顔を上げると……その騎士がいきなり剣を抜いて斬りかかってきた。

 手に持っていたナイフで咄嗟に、本当に辛うじて向かってきた剣の軌跡を逸らす。

「何するんですか!?」

 そのまま後ろに転がって立ち上がり、腰につけたままだった剣を抜く。

「うまく化けたものだが、我らと我らの神の目は誤魔化せぬぞ……この薄汚い魔族め!」

 思わずぼくは目を見開いて、どうしてわかったんだろうと考える。まさか、精霊の眼? でも、あれは妖精特有のもので、目の前の騎士はどう見ても人間だ。


 そう考えている間にも、騎士は容赦なく斬りかかってきた。強い。重たく速い斬撃はアロイス父さんを思い出させる。アロイス父さんは、力負けするような相手の時はうまく衝撃を逃せと言ってたけれど、そんな余裕、とてもじゃないけどない。今この瞬間はどうにか凌いでも、強化魔法を使っている暇は皆無だし、ぼく程度の剣の腕で魔法も無しでは、どう考えても時間の問題に思われた。

 せめて父さんかヴァリが戻るまでもたせないと……防戦だけに集中するけど、それでも防ぎきれない騎士の剣先が身体を掠め、傷を負う。


「デルト!」


 どかどかと馬が疾走してくる音とぼくを呼ぶ声がして、目の前の騎士目掛けて魔法が放たれた……けれど、騎士はその魔法すら剣で振り払ってしまう。ぼくはその隙にどうにか距離を取れたけれど、こんなの聞いたことがない。

「もう1匹戻ってきたか。だが、構わん」

「……教会の騎士か?」

 父さんは馬を飛び降り、油断なく剣を構える。教会……ということは、太陽と正義の神の教会に所属している騎士ということだろうか?

「我が神の名において、穢れた魔族に鉄槌を下す!」

 騎士は祈りの言葉と一緒に魔法を唱えた。剣がうっすらと光を帯びる。

「……デルト、一筋縄じゃいかなさそうだ。お前は援護に徹してくれ」

「わかった」

 ぼくは剣を納めて魔法の準備をした。父さんは油断なく剣を構えて目の前の騎士に集中している。身体強化と防御を次々唱え、父さんを強化していく間にも、騎士は容赦なく剣を振るっていた。父さんの強化以外で手を出すと、なんだか足を引っ張ることになりそうだ。


 手を出しあぐねたまま、父さんと騎士の戦いを見ているうちに……そういえば、ヴァリはまだ戻らないのだろうかと考えたところで、騎士があらぬ方向へと剣を振るう。

「危ない危ない」

 そう言いつつ、幻術で姿を消していたらしいヴァリが少し離れた場所で姿を現した。

「でも、これ、西じゃあんまり知られてなかったみたいだね。よかった」

 ふふ、とヴァリが笑うと、騎士がぎくりとしたように、一瞬動きを止めた。すかさず斬りかかる父さんの斬撃を避けて後ろへと下がる。

「何か、焦げ臭い……?」

 ぼくがその臭いに気づくと、急に騎士が呻き声を上げた。

「女、お前も魔族に味方するのか!? 人間を取り込むとは……汚いぞ、魔族め!」

「戦いに汚いとか綺麗とかあるもんか。あんたは私たちを殺しにきたんだから、返り討ちされて文句言わないでよ」

 ヴァリは少し嘲るような声で言うと同時に背の剣を抜き、父さんとふたり、騎士を挟んで斬りかかった。よく見ると騎士の鎧の背が赤熱したように赤みを帯びて、ぶすぶすと何かを焼いているような煙を上げていた。


 けれど、その先も騎士の動きが衰える気配はまったくなかった。普通なら背中が焼ける痛みで動きが散漫になるはずなのに、頑丈すぎて何かがおかしい。

「いったいなんなのこいつ」

 ヴァリは少し疲れが滲んだような、呆れた声で呟く。ぼくは時折隙が見えた時だけ援護の魔法を入れつつ、父さんとヴァリのふたりが相手をしているが、この騎士は疲れたようすも背中の大火傷の影響も見せないのだ。そんなことが普通の人間に可能だとはとても思えない。


 どうにか騎士が倒れた時には、その身体はよくこれで動けたなと思うくらいにぼろぼろだったし、父さんもヴァリもすっかり息があがって傷だらけになっていた。ぼくがすぐに荷物から傷薬を取り出そうとすると、ヴァリが「え、なにこれ」と驚く声をあげる。目をやると、騎士の身体がぐずぐずと溶け崩れ、流れ出していた。

 ぼくと父さんは呆気に取られ、声もなくただそれを見つめるだけだった。


 ──溶け崩れた騎士の鎧を剣先でひっくり返し、そこに刻まれた紋様を確認すると、父さんは「やっぱり教会だ」と呟いた。ヴァリも残された騎士の馬や持ち物を確認し、間違いないねと言う。

「教会?」

「そう。太陽と正義の神の教会の中の過激派に、魔族狩りをする連中がいるんだ。姿変えや幻術みたいな魔族がよく使う魔法への対策をしていて、こっちを見つけると問答無用で襲いかかってくる。

 数はとても少ないし遭うことは稀だから気にしたことはなかったんだよ。実際、遭うのはこれが初めてだけど……まさか人間じゃないものだとは思わなかった」

「東ではほとんどいなくなったんだけどね。私も噂でしか聞いたことなかったよ。でも、こんな訳がわからないのが来るなんて初めて知った」

「とにかく、戻るのが間に合ってよかった。デルトも無事だったし。こいつについては、後でエディトさんに連絡して、聞いてみようか」


 そうはいっても、このまま転がしてこれを放置したままはまずいだろうと、父さんが騎士の鎧をずるずると下生えの多い茂みの方へ引きずっていくと、ヴァリはそれをきれいに隠してしまった。騎士の馬とそこにあった持ち物も、足がつかなそうなものだけを取り、ついでに埋めてしまう。馬には毛色を変える魔法をかけて、さらにそこにヴァリが魔力隠しの魔法を重ねて放してしまった。


「あのさ、ああいう連中の目をごまかすやりかた、教えるよ」

 すっかり後始末を終えたあと、改めて野営の準備をしながら、ヴァリが改まったようすで申し出る。

「ごまかすやり方?」

「そう。東じゃ魔法での情報収集が基本だから、ごまかしを見破るための魔法が編み出されて、さらにまたそれをごまかすための魔法も編み出されて……って調子で、魔力を隠したり幻術がばれないようごまかしたりする方法がたくさんあるの。

 で、さっき、どうもあいつには私が人間のまま見えてたみたいだから、私のやり方が有効なんだと思う。これでも私、東じゃ結構優秀な斥候としてやってたから、隠すのは得意なのよ」

 東じゃ斥候を探るにも、まず魔法を使うしねとヴァリは笑った。

 父さんはじっと考えて、教えてもらっておいたほうが良さそうだねと頷いた。あと3日もすれば山の家に着くから、そこで落ち着いて日にちを取って教わることにした。


 山の家までの3日間、ぼくたちはなるべく警戒しながら街道を進んだ。また、あの騎士もどきの仲間がいないとも限らなかったので、人里も避けることにした。騎士もどきがいなくなったことを教会に知られた後、ぼくたちと結びつけて考えられる可能性もあるからだ。

 万全とはいえないけど、やらないよりはマシだろうと。


「あんなのが出歩いてるなら、シャスに知らせておいたほうがいいかもしれないね」

 父さんの心配そうな言葉に、ぼくも頷いた。


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