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ぼくを取り巻く世界のできごと  作者: 銀月
3.ぼくとおとうさんの道程

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5.王都/門出

 翌朝、エディト姉さんのお説教の後、フォル兄さんとふたりでものすごく苦い二日酔いの薬を飲まされた。

 兄さんは休みにしとけばよかったと零しつつ仕事へと出かけていった。もちろん、姉さんに「飲みすぎとか二日酔いとかで休むなんてありえない。ちゃんと行け。それでも騎士か」と怒られた結果だった。


 水をちびちび飲みながら、やっと薬が効いて食欲が戻ったところで朝ごはん……もう昼が近かったから、お昼も兼用だったけど、ご飯をもらってもそもそと食べた。起きてきたアラベラに、師匠になる魔法使いはどんな妖精だったかという話を聞きながら。

 アラベラは、ぼくがなんで急にこっちに来たのかと気にしていたが、少し兄さんと話がしたかったんだと説明しておいた。


 師団では、ある程度の魔法使いなら弟子連れで出仕できるのだけど、その手続きに3日ほどかかるので、その間にアラベラも準備を済ませておくのだそうだ。準備ってどんな準備かと思ったら、魔法使いになるためというよりは、引越しのための準備らしいけれど。

 師匠のヤレットさんは穏やかな妖精の魔法使いで、まだ文字もうまく読めないアラベラに「焦らずにしっかり勉強していこう」と言ってくれたんだそうだ。むしろ、旅の間の簡単な練習だけで魔力のコントロールの初歩ができるようになってたので、魔法使いになるための素質は十分あると言われたのだと、アラベラは喜んでいた。

 彼は師団寮住まいではなく、屋敷を持っているからアラベラもそこに住み込みになるらしい。弟子になってしまえば自由になる時間が少なくなるから、今のうちに必要なものをある程度は揃えておいたほうがいいのだそうだ。

 買い物に必要なお金は鷲獅子の羽根を売った中からの取り分があるから、それで賄えるようでよかったと思う。

「エヴィが言ってたみたいに、私、エヴィやターシスたちに会えてすごくついてたと思う。感謝してもしきれない。後ろで見ていただけなのに私にまで鷲獅子のお金を分けてくれるなんて思わなかったし、本当に魔法使いの弟子になれたのもびっくりした。しかも魔術師団の妖精のお師匠様だなんて、本当に、夢にも思わなかった。

 家を出されたときは、きっとどこかに売られることになるんだと思ってたのに、すごいね。本当に嬉しい」

 はしゃぐアラベラは、キラキラした笑顔で、しきりに嬉しい嬉しいと連呼していた。

「よかったね。あとはがんばって立派な魔法使いになるだけだよ」

「ありがとう、私がんばる。いっぱいがんばるよ。一人前になったら、お祝いしてね」

「うん、ぜひそうしよう」


 荷物をまとめたり必要なものを確認したりがあるからと、いったん、ぼくと一緒に宿に戻ると、父さんが昼を食べていた。エヴィはとっくに出かけていないらしい。

 アラベラにさらっと今朝の兄さんとぼくの様子をバラされてしまって、父さんから「最初にそれで二日酔いって……」と少し呆れられた。


 ……夜、帰ってきたエヴィの髪の毛が短くなっていた。腰より下まで伸びてた髪が、肩より上でばっさりと切られて無くなっていたのだ。さすがに驚いて、ぼくとアラベラは「その頭、いったいどうしたの?」と訊くのがやっとだった。

 当のエヴィは、「やー、頭軽くなっちゃった。首とか背中とかすーすー寒くて風邪引きそうよ」と、首筋を摩りながら笑っている。あんなに長くしていたのを切っちゃって、そんな感想なのかとさらに驚いた。

「いやあこれは私の乙女心の発露っていうかね、こういう時に髪の毛切るのは定番でしょ?」

「そんなの初めて聞いたよ。ふつう、女の人は髪の毛を長くしておくものじゃないの?」

「私もそう思う。あんなにきれいだったのに、もったいない」

「誰が決めたのよそんなこと。いいの、決意表明だから。

 ……とりあえずね、拳骨で思いっきり、私の積年の思いの丈をぶつけてきたからスッキリしたよ。うん、頭も軽くなってすごくスッキリした。私、今から新たなエヴィとして再出発する。どうせだから呼び名も変えちゃおう」

「……拳骨、なんだ」

 相手の人がちょっとかわいそうだなと考える。エヴィのことだから、きっと身体強化も込みの全力で殴ったんだろう……相手の人の顎の骨とか、無事ならいいけど。

「うん、今日からヴァリって名乗ろう。どうせなら徹底的にだ。今日から私のことはヴァリでよろしくね」

 アラベラは「ええ? 名前まで変えちゃうの?」と驚いていた。魔族は真名を持ってて、呼び名も名乗りもあくまで仮のものという意識があるせいか、何か転機があったりすると抵抗なく変えてしまう。人間はそうもいかないみたいだけど。

「ぼくらの種族ではよくあることだよ」

「そうなの? よく混乱しないね」

「うーん、名前は変わっても本人を間違えることはないし、匂いは変わらないっていうか……」

 いまいち、この感覚をうまく説明できない。名前がなんでも本人は本人というか、会えば必ず本人だってわかるし、あんまり気にならないというか……もしかして、わからないものなのかな。

「匂いなの? 別に、変わった匂いはしないけど」

「例えかな。なんだろう。どう説明したらいいかわからないや」

「ふうん?」

 ぼくのまったく要領を得ない説明に、狐につままれたような顔のまま、アラベラは「ま、いいか」と頷いた。


「ああそうだ。アラベラ、これ、私から弟子入りおめでとうのプレゼント」

 エヴィ改めヴァリがごそごそと取り出した指輪を、アラベラの手に載せる。魔族の護りの指輪だ。

「これって?」

「いつか渡したい人ができたら渡そうと思って作っておいたの。今、すごくアラベラに渡したい。アラベラは、西で一番最初に仲良くなった子だしね。ちょっとした護りのおまじないが込めてあって、魔物避けにもなるのよ。

 それに、これを持っててくれたら、私がアラベラを探すときの目印にもなるから」

 じっと指輪を見詰めたまま、アラベラはこくりと頷く。

「私、大切にするね。ありがとう」


 それから、ぼくたちはアラベラが新しい師匠のところへ行くのを見届けてから、王都を出発することに決めた。エヴィ改めヴァリも、当分一緒に行動することになった。「人生の目的の半分以上が吹っ飛んで、無目的になったからしばらく付いていきたい」のだそうだ。西大陸の土地勘もないし、少し一緒に周って、それから1人で行動するつもりらしい。


 翌日、王都では騎士団本部で何か事件があったようで、当分本部の中には入れないということだった。そのせいでフォル兄さんは忙しくなってしまったらしく、ヴァリとの手合せも延期になってしまった。ルツ兄さんも、貴族街に賊が出て警備強化ということで忙しくなってしまったため、これまた手合せは次に王都へ来たときにということになってしまった。

 騎士団本部の事件については町中まではっきりした話が流れてこなかったところを見ると、緘口令が敷かれているようだ。フォル兄さんに聞いてみたけれど、やはり口止めされているからと教えてはもらえなかった。


 出発までの間、ぼくはアラベラがヤレットさんのお屋敷に荷物を運び込むのを手伝った。ここまでくるときにはそれほど多くなかったけれど、この王都に住むためにといろいろと買い足して、気づいたらかなりの量になっていたのだ。

「こんなに、何を買ったの?」

「ええとね、エヴィ……じゃなくって、ヴァリと一緒に服とか必要なものを選んでたら、いつの間にか増えちゃってたの」

「ふうん」

 女の子の買い物はたいへんだと聞いていたけど、もともとあった量の5倍にはなってる荷物の量に、たしかにこれじゃたいへんなんだろうなと思う。

 それにしても、いったいこんなに何を買ったんだろう。


 荷物運びで2回ほど顔を合わせたヤレットさんは、ぼくを見て「さすがエディトだね」と言っていた。「何がさすがかよくわからないんですけど、エディト姉さんは男前ですし」となんとなく返してみたら、ヤレットさんは「なるほど、男前か」とぽんと手を叩いて納得していた。姉さんの評価は人によってブレるということがあまりないようだ。

「アラベラはぼくが村から出て初めて友達になった子なんです。よろしくお願いします」

 荷物を運び終えて改めてそう言うと、ヤレットさんはにっこりと笑った。

「彼女は見込みがあるよ。私が必ず立派な魔法使いに育てよう。そういえば、君は魔法使いにはならないのかい?」

「ぼくは父さんの弟子として修行して、魔法剣士になるんです」

「そうか……そうだね、では一人前になったらここへおいで。師団は魔法剣士を雇うこともあるから、私が口利きをしよう。私はあと100年は師団にいるつもりだからね」

「その時はお願いします」


 そしてアラベラの正式な弟子入りの前の晩、ぼくたちは改めてアラベラの門出を祝った。彼女のこれからが開けたことはうれしくて、けれど、過ごした日は長くないのに少し寂しくて、なんとなく複雑な気分だった。

「デルトの最初の友達が君みたいな子でよかったよ」

「ターシスさん、あんまり無茶すると、またデルトに怒られるから気を付けてね」

「王都には兄さんたちもいるし、ちょくちょく来ると思う。だから、その時は連絡する。アラベラも何かあれば連絡してよ。エディト姉さんに言ってくれたら、すぐにぼくか父さんに伝わるから」

「わかった。でも、早く自分で伝達魔法を使えるようにがんばる」

「なんだかアラベラが私の妹みたいだなって思ってたの。私ひとりっ子だから、ずっと妹がほしかったから、アラベラと一緒で楽しかった。ちょっと寂しいな。私もまた絶対来るからね」

「私も、ヴァリがなんだか本当のお姉ちゃんみたいって思った。……あの時ヴァリが来てくれてほんとによかった。うれしかった。ありがとうね、ヴァリ」


 その夜は夜更けまで起きて、いろいろなことを話した。

 今までぼくは父さんと2人での行動が多かったけれど、そうでないのもいいなと思っていた。


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