5.王都/ぼくと父さんとエヴィその後兄さん
翌日、アラベラは朝からエディト姉さんに連れられて魔術師団の魔法使いヤレットさんのところへと向かった。実際に会って話をして、どうしても合わなければ弟子入りは断ってもいいのだそうだ。
もしそうなったら、しばらくエディト姉さんの家に滞在しながら師匠探しをするといいと言っていた。なんなら、直接魔法学校を受験する方法もあるそうだ。
推薦と違ってお金はかかるけど、エディト姉さん曰く「出世払いで貸してあげるのもやぶさかじゃないわ」とのことだった。
エディト姉さんは、魔族の味方になる人間の魔法使いを増やすのが野望で、アラベラはうちの事情を知ったからちょうどいいのだと言う。
昨晩、フォル兄さんは、これからはくれぐれも無茶なことはしないようにと言い含めていたけれど、エディト姉さんは任せてよとそれを笑い飛ばしていた。フォル兄さんは苦労しそうだ。
エヴィは、王都に来たらいろいろと回りたいところがあったのよと、朝から出掛けてしまった。ちなみに、フォル兄さんと、おまけにルツ兄さんにまで手合わせの約束を取り付けることは忘れていなかった。それはふたりの仕事の都合に合わせておいおいやるらしい。
父さんは、前に集めた鷲獅子の羽根を売りに行くというので、ぼくもついていくことにした。
「王都は600年だっけ? 王国はたしか800年くらい続いてるんだから、その前の200年は別な場所にあったんだよね」
「もっと北のほうにあったはずだよ。たしか、前王国の王都があった場所に近いところじゃなかったかな」
「そんな遠くから、なんでここに移したんだろう」
「呪いのせいだと言われてる」
「呪い?」
「はっきりしないんだけど、前王国の最後の国王の呪いとか、前王国を滅ぼした者の呪いが続いているとか、どうも良くないことが続いたらしくて、占いに頼った結果、今の場所に王都を移すことにしたんじゃなかったかな。
……誰も前王国のことは“前王国”としか呼ばないだろう? 前王国の名前はタブーなんだ。呪いで滅んだって言われてるせいで」
「ええ?」
「実際はどうだかよくわからないよ。なんせ1000年は前の話だし、滅んでから200年くらいは混乱が続いたせいで、ほとんど何も残ってない状態だ」
「覚えてる魔族とかいないのかな」
「さあ。前王国でも魔族の差別は激しくて、かなりの数が東に行ってしまったともいうし、西でそこまで長生きしている魔族がいるとは聞いたことがないな。
……西が伝統的に魔族を嫌うのは、前王国がそうだったからなのかもね」
「東は普通なんだ」
「まあ、こっちと違って小国ばかりで、しょっちゅうどこかで戦争しているからね。魔族は妖精以上に優秀な魔法使いになるし、戦争で魔法はとてつもない戦力になるから、かなり優遇されていると聞いたことがある。僕も東に行かないかと誘われたことがあるよ」
「じゃあ、姿を隠したりはしないの?」
「いや、逆に、見つかると召し抱えようと煩いから、やっぱり隠している魔族は多いらしい。召し抱えられないとわかると、殺しにくるからね。他に行かれるくらいならと」
「……東って、そんなに物騒なんだ」
「……そうそう、東には、魔族が王になってる国もあるらしいよ」
「本物の魔王だ」
「そうなるね」
東大陸は、物騒だけれどおもしろそうなところだな、と思う。
夕方に宿へ戻ると、エディト姉さんからアラベラの弟子入りが決まったと連絡があった。準備の話とかがあるから、今夜はエディト姉さんのところに泊まるとも。
そして、夜になって宿に戻ってきたエヴィはひどく落ち込んでいて、いつもの元気はすっかり消えてしまっていた。父さんも何があったのか気になるようで、どう声を掛けたらと考えあぐねているように見えた。
「……ターシス、飲もう」
はあ、と大きく息を吐いて、どんよりとしたままのエヴィは唐突にそう言うと、父さんの腕を掴んだ。
「もうね、飲まなきゃやってらんないの」
父さんは肩を竦めて、仕方ないなと引っ張られていった。ぼくは飲まないけれど、夕食くらいは一緒に食べようとついていった。
エヴィは次から次へとマグを空け、どんどん酒を飲み下していく。
「エヴィ、そんな勢いで飲んで大丈夫?」
「大丈夫」
なんとなく心配で声を掛けるけれど、返事は判で押したように「大丈夫」だけだ。父さんもちびちびとマグに口を付けながらエヴィにいろいろと話かけていたけれど、やっぱり生返事だった。
「……ねえ、やっぱりターシスも小さくてふわふわの女の子らしい女の子が好きなの? デルトはどう?」
そのエヴィが突然口を開いて出てきた質問にぼくも父さんも驚いて、うまく反応できなかった。
「突然何かと思ったら……そんなの、個人の好みによるんじゃないかな?」
「ぼくもそう思う」
「個人がどうこうなんてどうでもいいのよ。ターシスとデルトがどうなのか聞きたいの」
ぼくは父さんと思わず顔を見合わせた。いったい何があったんだろう。
「……僕は別にこだわりはないけれど」
「ぼくはよくわからないな」
「まさか、デルトくんは初恋もまだですか」
エヴィがふふんと笑うのを見て、思わずぼくの顔に血が上る。
「……そんなの、どうだっていいじゃないか」
「だって君もう15でしょ。バリバリ青少年でしょ。初恋まだとか言ってる場合じゃないでしょ。くっそ、いいな青少年。私ももう一度やり直したい」
「いや、エヴィ、デルトは勘弁して……」
「ターシスはどうだったの」
「え? あ、いや……」
「どうせふわふわの小さくてかわいい女子が相手だったんでしょ。いいのよ、正直に言って。私今更動揺しないから。ほら言えよ。いいから言えよ」
「だからどうしてそれにこだわるんだ」
やたらと絡んでくるエヴィに、父さんは本気で困ったという顔で相手をしている。たぶん、エヴィはもう酔っ払っているんだろう。
……エヴィは確かに女の人にしては長身だし、どちらかといえば細身だけど、十分女らしい女の人だと思うんだけどな……と考えていたら、次のエヴィの言葉に、思わずむせそうになった。
「──ターシス、今夜はとことん付き合ってもらうから。今夜は離さないよ」
エヴィが察しろという空気を漂わせてぼくをちらりと見た。さすがのぼくでも、これは空気を読まないわけにはいかないと思う。父さんはそんなエヴィに完全に腰が引けているようだ。
「……は? エヴィ?」
「私、ちょっと語りたい気分なのよ、ね?」
「エヴィ、デルトもいるんだから」
「大丈夫」
ね? とぼくを見て微笑むエヴィがちょっと怖かった。猛獣だと思った。しかも、父さんを全力で狩りに来ている猛獣だ。
さすがにぼくもこれはだめかなと溜息を吐いて、父さんに言った。
「──父さん、ぼく、今夜はフォル兄さんのとこに泊めてもらうから」
「デルト?」
「エヴィも、ぼくのことは気にしなくていいよ」
「ありがとう」
「いや、しかし、あのな」
エヴィはもぞもぞと魔法を唱えると、椅子から腰を浮かせた父さんをがっちりと捕まえる。
「ちょ、強化魔法は反則だ!」
「いいの」
エヴィに抗議する父さんとがっちり抑えこんだままマグを煽るエヴィに、「じゃ、そういうことで、ゆっくりしてね」と声をかけると、「デルト、頼む、待て」と慌てる父さんを置いて、ぼくは外へ出た。
「……で、うちに来たのか」
出迎えたフォル兄さんは、ぼくの話を聞いて少し微妙な呆れ顔になっていた。フェリスはもちろん、アラベラとエディト姉さんもさすがに疲れたからと、もう寝てしまっている。
「泊まるのは構わないけど……いいのか?」
「何が?」
「何と言えばいいのか……その、エヴィさんでいいのか、というかだな」
「……たぶん、兄さんが考えてるのとは違うよ」
「違う?」
「なんだろうな。見てて思ったんだけど、エヴィは、本命がだめで落ち込んでたとこにたまたま父さんがいたから、間に合わせで捕まえたんじゃないかな。あとは父さんとエヴィ次第だよ。ぼくが何か言うところじゃないと思う」
「……お前、大人になったな」
フォル兄さんがしみじみと言うので、思わず赤面してしまう。
「どういう意味だよ」
「言葉通りだよ。せっかくだ、お前が大人になったのを記念して、酒でも飲むか」
怪訝な顔をするぼくの肩を叩き、椅子に座らせると、フォル兄さんはグラスを2つと酒瓶を出してきた。
「俺は弟と飲むのが夢だったんだ」
「アロイス父さんみたいなことを言うんだね。ルツ兄さんもいるじゃないか」
「ルツはなあ……弟ってわりに歳は俺より上だから、なんか違うんだよな」
初めて飲んだ酒は、フォル兄さんの秘蔵らしい、舐めるだけで舌が焼けるように感じる蒸留酒だった。
「初心者にはきついが、ま、最初にこういうのも良いもんだぞ」
正直、味なんて全然わからなかったけれど、マグに汲んだ水と交互に少しずつ舐めるように飲んでいった。
とりとめもない他愛のない話ばかりをだらだら続けながら、ふと、思い出したようにぼくはフォル兄さんに訊ねる。
「兄さんはどうしてエディト姉さんと結婚したの?」
とたんにフォル兄さんはげほげほとむせってしまった。
「お前、このタイミングでそれを訊くのか」
どんどんと胸を叩きながら、フォル兄さんは視線を泳がせた。
「……よくわからないんだ。アロイス父さんたちや、フォル兄さんたちと、父さんたちは何が違うのかよくわからない。
父さんは合わないと言ったんだけど、ならなんで結婚したんだろうって思う」
「まあ、俺は俺のことしかわからないからな。
……俺がどうしてって言うのは、なんて言えばいいのか、それが必要だったからだ」
「必要?」
「ああ……たぶんな、エディトがいなかったら、俺は今頃騎士団からいなくなってただろうな」
「え?」
「騎士団を辞めて……うん、ターシスさんみたいに、傭兵でもやってたかもしれないぞ」
ぼくは驚いて何も言えず、フォル兄さんの顔をじっと見詰めた。兄さんは、ふっと笑って手を伸ばし、ぼくの頭をくしゃっとかき混ぜる。
「エディトが、俺にいろいろなことを教えてくれたんだ」
「エディト姉さんが?」
「ああ。エヴィさんの言葉を借りて言うなら、エディトは男前だからな。相当ガツンと教えられた。しかも、当たり前のことを」
そうは言っても少々発想が残念なところが玉に瑕なんだけど、とフォル兄さんはぼそぼそ付け足すと、一息にグラスの酒を飲み干した。
「……そうだな、考えて考えて、どうしてもわからないなら本人に聞くしかないが、その調子じゃ聞けなかったんだな」
「聞けなかったというか……」
「ターシスさんとリーゼさんの間には、もしかしたら一時的なものだったのかもしれないが、それでも何かがあって、だから結婚したんだろう。でなきゃお前は今ここにいない」
フォル兄さんはまたぼくの頭をかき混ぜながら笑う。
「俺は結構ターシスさんに感謝してるよ。小さい頃は弟が欲しくて、よく母さんにねだってたんだ。ま、俺も自分で連れてきたくせに放置が過ぎると、ディアとエディトに怒られたけどな」
「……最初は、兄さんのことが怖かったんだ」
「ああ……まあ、今思うと確かにあれはないな。あの時は俺もいっぱいいっぱいだったんだと勘弁してくれ」
「どうなるんだろうって不安だったけど、あの時兄さんが山の家に来てくれて良かったって、今は思ってる」
「そうか、それはよかった」
「たぶん、兄さんが来なかったら、結局ぼくは何も知らなくて何もできないまま死んでたと思うし、そうしたら父さんにも会えなかった」
両手でグラスを抱えて、琥珀色の水面に視線を落とす。
「あの時、兄さんが、ぼくに世界はあの山の家だけじゃないって教えてくれたんだよ」
「不思議だな」
フォル兄さんはくつくつ笑いながら、またグラスに酒を注いだ。
「俺がエディトに初めて会ったのも、あの任務の時だったんだ。
あの時、騎士団の決定で初めて任務に魔法使いを連れていかなきゃならないことになって、めんどくさいなとばっかり考えてたんだよ。だが、そのおかげでエディトに会えた。
……俺たちのスタート地点はあそこだったってことか」
「そうだね」
ぼくと兄さんは、またグラスを合わせてふたりで笑った。
翌朝、起きてきたエディト姉さんは、テーブルに突っ伏して寝ていたぼくたちと空瓶を見て「なんてものを飲ませてるんだ!」と悲鳴をあげた。
ぼくは兄さんとふたり並べられて、お説教されることになった。





