4.ヴァルドウの町/前
鷲獅子に追われてから3日、沼地の西側を抜けてようやくヴァルドウの町に着いた。町の城壁は数年前のドレイクの襲撃で壊されてから修理が進んでいないようで、応急処置の板壁のままだった。
崩れた城壁を横目に見ながら、城門で簡単な確認だけを済ませて、ぼくたちは町に入った。
ひさしぶりの大きな町だ
沼地の横を抜けてきたせいで、ここしばらく、ぼくたちはまともに屋根のあるところで寝ることができなかった。おかげでアラベラがだいぶ調子を崩してしまっていたため、5日くらいはゆっくりして疲れを取ろうと決めていた。
「鷲獅子の羽根もあるし、少し贅沢をしようか」
父さんがそう言うとエヴィさんは一も二もなく賛成し、町の中心の広場に面した、いつもよりもちょっといい宿屋に部屋を決めた。
「ねえねえ、さっき張り紙を見たんだけどさ」
宿屋に落ち着いて荷物を置くなり、エヴィさんがキラキラした顔でぼくたちを呼んだ。
「領主の呪いを解いたら報奨金が出るみたいなの」
領主の呪いか……というところまで考えて、ぼくは思わず父さんを見ると、父さんも微妙な顔になっていた。領主の呪いっていったら、たぶん、あれのことだったはず……。
「報奨金が出るようになったんだね」
父さんは無難に、それだけを口にする。
「前からなの? でも報奨金まで出すって、相当強い呪いを掛けられたってことよね」
「そうだね。確か、領主はまだ結婚もしてなかったから、そのせいで後継をどうするかも揉めてるみたいだよ。今は領主の従兄弟が代理をしているんじゃなかったかな」
「……結構額も良かったし、行ってみようかしら」
「エヴィさんは、呪い解きが得意なんですか?」
「呪いっていうか、解呪全般、かなりいけるわよ」
「へえ」
でも、領主に魔法をかけたのって、ユールさんだったはずだし、ユールさんの魔法はかなり解きづらいとエディト姉さんが言ってたけどな。
……父さんはまだ微妙な顔のまま、曖昧に笑っている。
「よし、ちょっと気になるし、行ってくる。アラベラも一緒に来る?」
「呪いって解けるものなの?」
アラベラが不思議そうに見上げると、エヴィさんは「解けるかもしれないし解けないかもしれないし、やってみないことにはわからない」と、笑ってぱっと立ち上がり、アラベラの手を引いて宿を出てしまった。
「……解けるかな。ユールさんの呪いだよね、あれって」
「どうだろうね。ユールさんがどれだけ本気かによるんじゃないかと思うけど」
「それよりさ、ユールさんは怒ったりしないかな。勝手に解かれちゃったりしたら」
「さあ、よくわからないからね、あの人は」
エヴィさんが帰ってきたのは、それからずっと後、日がすっかり沈んで夕食にも少し遅すぎるくらいの時間になってからだった。
「なんかねえ、すっごくやらしい呪いっていうか、魔法だった」
疲れた顔で宿に戻ってくるなり、ぼくたちの座っていたテーブルについて、そう零す。
「それで、解けたんですか?」
「まあ……一応はね。めっちゃくちゃめんどくさかったけど、解いたよ。でも、あれ、解けたところで当分……というかこの先使い物になるくらい回復するといいけどね、って思う」
エヴィさんは、あの魔法をかけたのは相当性格が悪い魔法使いだと力説した。ぼくと父さんは、あははと笑うだけだった。
「まあ、大きいのは3つかな。幻覚が。呪いとは違ったわね」
「へえ」
「なんていうかねえ……まあ、視覚と聴覚に訴える幻覚。これはまあ、わりとよくあるのよ。そいつに見せたいものだけ見せて、聞かせたいものだけ聞かせる。でも、普通はそれって、魔法をかけた魔法使い自身が、対象に見せたいとか聞かせたいとか考えて作っておく幻なのね」
「うん」
「やらしいのが3つめの幻覚。
たぶん、厳密には精神系の魔法も入ってると思うんだけど、魔法を掛けられた当人が考えたことを、幻覚として見せるような魔法なの。それも、当人が、魔法使いにそう考えるように方向付けられた状態で、想像したり考えたりしたことを」
いまいちどんなことなのかイメージできずに首を傾げていると、エヴィさんは眉間に皺を寄せて「どう例えればいいのかな」と考えこんだ。
「例えば……アラベラとデルトが喧嘩をして、デルトに反省させるためにこの魔法をかけたとするね。
で、デルトに、喧嘩のせいでアラベラがこんなに苦しんでるという幻覚を見せ続けて、お前は、だから酷いやつなんだと思わせようとしたい場合、魔法使い自身が考えた、アラベラが悲しんでたりデルトを責めたりするような幻を見せるのが、ふつうの幻覚魔法なの。
でも、それだと、デルトがこれは本当にアラベラなのかって疑問を持ったりして、魔法が解けちゃう可能性があるのよ。だって、デルトが見せられるのは、魔法使いが想像したアラベラで、デルトが実際に知ってるアラベラじゃないから」
ぼくとアラベラは、頷きながらエヴィさんの話を聞いた。
「今回の魔法はね、この例でいくと、デルト自身が、“アラベラを傷つけてしまった。だから、アラベラはこんな風に悲しんでいるんじゃないだろうか。こんな風にぼくを責めてるんじゃないだろうか”って考えて想像したことを、そのまま幻として見せられるっていうものなの。
だから、自分が“こうに違いない”と想像した悪夢が、起きてる時も寝てる時も延々と続く状態なわけ」
……それは、少し想像するだけでも、恐ろしい。ユールさんはそんな魔法を掛けていたのか。
「もうひとつ、今回の場合、デルトが、アラベラはもう自分を許してくれるだろうって思えたら、そういう幻覚が見えて魔法は終わる……っていう仕掛けがあったんだけど、普通はなかなかそうはならないからね。
おまけに、あの領主、何をやったんだか知らないけどそうとう酷いことをしたみたいだったからねえ……」
ちらりと父さんを見ると、酒の入ったグラスを傾けながら、なんとも言えない表情で天井を見つめていた。
「あんなの、相当の腕がなきゃあそこまで緻密にかけられないし、かなり幻覚に長けた魔法使いなんだと思うけど、あんなえげつないのを呪いでなく魔法でやっちゃうなんて、ある意味センスあるなと思ったわ。
間違っても喧嘩したい相手じゃないわね」
「……さすがだなあ」
前に、フェリスの話を聞いた時にどんな呪いを掛けたのかと聞いてみたけど、笑ってはぐらかされたことを思い出して、ぼくはつい、そうこぼしてしまう。
「どんな魔法使いか知ってるの?」
「え、いや、その、ドレイク襲撃の時、ここに討伐に来たのがフォル兄さんの小隊で、その時に現れた魔法使いが領主に呪いを掛けていなくなったって聞いたから」
「へえ、そうだったんだ。どんな魔法使いだったのかは聞いた?」
「うーんと、まだ若く見える男の人だったって言ってました」
「そうなんだ……あー、でも魔法使いの外見の歳はアテにならないからなあ。すっごく若く見せといて、実はとんでもない爺さんかもしれないしね」
名前くらいわかったらよかったのになあ、と、エヴィさんは独りごちる。
「それにしても、なんでそんなにえげつないのを掛けたんだろうね。悪夢みたいな幻覚を何年も見せられ続けたもんだから、魔法は解けたけど、またまともになれるかどうかわかんないくらい錯乱してたわよ」
エヴィさんは領主の様子を思い出したのか、呆れたように肩をすくめて、お酒の入ったグラスをぐいっと空けた。
それから、にやっと笑って、「それはそれとして、とりあえず報酬はしっかり貰えたから、ここの宿代は私の奢りね」と気前のいいことを言いだした。
「そりゃありがたい。じゃ、もうちょっと飲もうか」
父さんはにっこり笑ってウェイトレスを呼ぶと、次の注文を始めた。





