2.海辺の村
主要街道ではないそこそこの街道を、海に沿ってゆっくり馬を進めていく。
来た時は盗賊騒ぎであまりよく見られなかったけれど、こうして改めて見ると海は大きい。
「海って、どこまで続いてるんだろう」
「どこまでっていうか、どーんと広がる海の中に、この西大陸と東大陸が浮かんでるのよ」
「浮かんでる?」
「あー、ちなみにね、あの海の向こうから現れる船って、マストの先から見えてくるでしょう? それって、この世界が丸いかららしいのよ」
「……は?」
ぼくは思わずエヴィさんを見る。父さんも、さすがに驚いた顔で振り返った。
「実際確かめた人がいるわけじゃないから、本当に丸いかはわからないんだけど、理論的にはそうなるんだってさ。
でね、その丸い球体の上を海が覆ってて、そこに大陸が浮かんでるんだって言うのよ」
もう一度目を凝らして海の向こうをじっと見つめる。丸い? 世界が、丸い? 丸い、球の世界?
「それってさ……つまり、ここから、例えばひたすら西に西にって真っ直ぐ進み続けたら、ぐるっと一周してまたこの場所に戻って来るっていうこと?」
「……そうじゃないかな?」
「へえ……」
そんなこと想像もしなかった。世界は真っ平らで、ずっと進むといつか果てがあるんだと言ってたのは誰だっけ。
「すごいな。本当に丸いのかな」
「さあ。理屈は聞いたけど、実際確かめた人はまだいないからね」
「東では、そんなことを考える人がいるのか……」
「まあ、誰もまともに聞いちゃいないみたいだったけど、面白いなと思ったんだ」
父さんの質問に、エヴィさんは首を傾げながら答える。
「よく、まともに聞いてみようと思ったね」
「なんか理屈を聞いてみたら納得しちゃってね。神様がそうだって言うからそうなんじゃ! って言われるよりも、ずっとすんなり頭に入ってきたのよ」
「なるほどなあ」
だんだんと日が傾いてきたころ、父さんは、今日の宿を探さないとと言った。ぼくたちだけなら野営で済ませるけど、アラベラがいるからなるべく屋根のあるところで夜を過ごすことに決めていた。
「この辺は宿があるほど大きな町はないから、どこかで納屋を借りよう。
……デルト、ここから一時もかからないところに村があるから、そこで屋根のある場所を借りられないか聞いてくれ。僕は少し遅れて行くから」
「わかった」
僕が頷くと、父さんはさっそく馬を走らせて離れていった。
「ターシスさんは何をしに行ったの?」
走り去る父さんを見ながら、アラベラが首を傾げる。
「一泊のお礼になるような獲物を獲りに行ったんだよ。たぶん、ウサギか鳥か、そんなところだと思うけど」
「へえ。こんな短時間で獲れるものなの?」
今度はエヴィさんが訊ねる。
「父さんは野生児だから、たぶん既に獲物は見つけてるんだと思います」
「……野生児?」
ぶふっと吹き出しながら、エヴィさんが聞き返す。
「前に言われたことがあるんです。父さんは野生児で、ぼくたちは動物の親子みたいだって」
「……あんな、優男で、町暮らしばっかしてそうなのに、野生児って」
「冬で吹雪いてるのに山の中入ろうとか言うんですよ」
「……はっ?! 普通死なない?」
「魔法があるから大丈夫だって言うんですよ」
「え? いや……普通に無理だよね、それ。ありえない」
「……本当に大丈夫でした」
「デルトも入ったの?!」
真顔で頷くぼくに、エヴィさんは言葉を失う。冬山行軍でどんだけ死ぬと思ってるんだ、と呟いてから、アラベラに、魔法使いになっても絶対真似しちゃいけないよと言い含めていた。
ぼくも、吹雪いた冬の山には二度と入りたくない。
村がすぐそこに見えてきたところで、父さんが追いついた。
「今日は何が獲れたの?」
「鳥が3羽とウサギが1羽」
見ると、鞍の横に、簡単に血抜きを済ませた獲物がぶら下がっていた。こういう時の父さんは本当に手際がいい。
村に入って、たぶんここの長だろうと思われる一番立派な家を訪ねて一晩の宿を頼むと、快く納屋の一角を貸してくれた。礼にと獲ったばかりの獲物を父さんが差し出すと、このあたりは魚ばかりで肉はあまり獲らないのだという話をされて、喜ばれた。
「アラベラ、こっちで一緒に身体を動かそう」
ぼくはアラベラを呼んで、一緒に身体を伸ばす体操をした。
「馬に乗り慣れるまでは、よく身体を伸ばしておかないとあちこちすごく痛くなるんだ」
「……あちこちっていうか、脚とお尻がもう痛くなってる」
「ああ、やっぱり。ぼくも初めて乗ったときはそうだったよ。
──ちょっと待ってて」
顔を顰めるアラベラに少し考えて、その場を離れた。
「大たらいを借りてきた」
「これで、どうするの?」
「お湯で身体を温めてよく擦っておいて、これを塗ると明日が楽になるんだ」
筋肉の痛みに効く軟膏をアラベラに渡しながら説明する。
「お湯の準備だけやるけど、あとはエヴィさんに頼んでおくから、エヴィさんにいろいろ聞くといいと思う」
それから少し離れたところでやっぱり身体を動かしていたエヴィさんを呼んだ。
「──エヴィさん!」
「はーい、何?」
「あとお願いします」
「え? ああ、はいはい、任せて」
井戸からたらいに水を運び、魔法でいっきにお湯にしたあと、エヴィさんに任せてぼくはその場を離れた。
村長から招かれた夕食の席では、エヴィさんの独壇場だったというか……エヴィさんは東の大陸でのことを面白おかしく話して、その場にいた皆を楽しませていた。あとは楽器があれば、吟遊詩人もできるんじゃないだろうか。
夕食が終わる頃にはすっかり村長の子供達に気に入られていて、ぼくたちが明日にはまた出て行ってしまうのをとても残念がっていた。
疲れで船を漕ぎ始めているアラベラを抱えて納屋に戻り、ぼくたちは横に並んで眠った。
翌日も良い天気だった。空は晴れわたり、海はとても凪いでいる。ぼくは、空と海の境界のあたりを眺めながら、同じ青という名前でも、空の青と海の青は違う色なんだなと考えていた。海面が鏡のように朝日を反射して、きらきらと輝いている。
……世界が丸いという話は、未だに信じられない。うんと高く空に上がれば、丸いとわかるんだろうか。空を飛ぶ魔法はあったかな。鳥は世界が丸いことを知ってるのだろうか。
世界はぼくが知らないことだらけだ。実際にこうして目にすると、次から次へと疑問が湧いてくる。世界は丸くて果てはないと言うけれど、空はどうなんだろう。どこまで高く昇れるんだろう。……世界が丸いなら、土をどんどん掘り進めれば、世界の反対側に行けるんだろうか。
「デルト、そろそろ行くよ」
父さんに声をかけられて我に返る。慌てて馬に跨って「行けるよ」と返した。
見送りに出てきて手を振る村長の一家に手を振り返し、ぼくたちはまた馬を進めた。





