1.港町ファーレル/後
翌日になると、父さんはさっさと荷物と馬車を処分して、アラベラの分の旅支度を整えてしまった。こういうときの父さんはとても手際がいい。
アラベラは馬に乗れないからと荷物用にロバを一頭買い、荷物はそこに移してアラベラはぼくと父さんが交代で乗せていくことに……しようとしたら、ぼくたちに合わせて馬を調達してきたエヴィさんが、自分が乗せていくと言った。「年頃の女の子なのに、そうほいほい男の子と相乗りさせるなんて、ちょっとかわいそうでしょ」、とのことだった。
エヴィさんは東大陸で傭兵をやっていたのだけど、噂に聞く西の王国の王都に一度来てみたくて船で渡ってきたのだそうだ。だから、王都まで行くつもりなら同行するという。なれない国をひとりで歩くのは少し不安だし、行き掛かり上、アラベラのことも気になるからと。
旅支度を整えながら、ぼくたちは一緒に町を回った。港はとても大きくて、大きな帆が3本も立っているような大きな船が、いくつも停泊していた。「こんな大きな船があるんだ」と驚いていると、エヴィさんが「私が乗ってきたのはあれ」と、ひときわ大きな船を指差した。東の大陸の、海に面した国の中でも一番大きな国の大商人の船なのだそうだ。
「護衛として乗る代わりに、船賃を負けてもらったの。まー、そうは言っても、乗ってから慣れるまで3日くらいは船酔いでぐちゃぐちゃだったけどね」
あははと豪快に笑うエヴィさんの言葉に、父さんも「船は船酔いがあるからね」と、少し嫌そうな顔をしていた。
父さんが海の仕事をしないのは、船酔いがあるからなんじゃないだろうか。
それから、書店があったので、文字を覚えるための簡単な絵本を買った。ぼくが母さんから読み書きを教えてもらった時に使ったような絵本だ。昨夜、アラベラに魔術書を読んでみるかと聞いたら、文字がわからないと言っていたのを思い出したのだ。
アラベラの住んでいた村では、読み書きができるのは村長くらいで、他の人たちは文字を習うなんてことすら考えないのだそうだ。だから、本を読むかと聞かれるなんて、考えもしなかったとアラベラは驚いていた。
そんな話をしていたら、エヴィさんが、「文字を読めるようになると楽しいことが増えるよ」とアラベラににっこり微笑んだ。ぼくも同感だ。母さんに文字を教えてもらって、ちゃんと本が読めるようになったらいろいろなことを知ることができた。だから、文字が読めるのはとてもいいことだと思う。
港町ファーレルは、改めて歩き回ると、さすがいろいろなところから船が来るだけあって、露店の店先には見たこともないようなものがたくさんあった。
南の遠い島でないと採れない珊瑚とか、貝の中にできる宝石とか、遠い東の国から運ばれてきた色とりどりの変わった服とか、変わった色の見たこともない魚とか……おまけに、脚がたくさん生えていてぐねぐねと動くよくわからない生き物までが食材として売られていた。
「父さん……あれ、食べられるって本当に?」
そう訊ねるぼくの顔は相当だったらしい。父さんは「結構おいしいから、今夜はあれを食べよう。よし、夕飯は決定だ」と肩を震わせて笑った。信じられない。エヴィさんも、横でお腹を抱えて笑いを堪えていた。
「生でも、火を通しても、食べられるよ」
売られているそれを眺めながらアラベラまでがぽそりと呟くのが聞こえて、生でどうやったらこんな変な生き物が食べられるのかと考えた。想像できないし、食べたらすぐにお腹が痛くなりそうだ。
さらに港町の市場広場で、いろいろなお店を見て回った。
「動きやすいのばかりじゃなくて、せっかくここに来たんだし、少しはこういうのも買っておかないと」
エヴィさんはアラベラを連れ歩き、彼女の着替え用にせっせと服を見繕い、鮮やかに染められた布や少し華やかな感じの服を買っていた。
ぼくも、これから王都に行くのは決定なんだからと、エディト姉さんやディア姉さんたちへのお土産をいくつか選んで買っておいた。小さな珊瑚でできた髪飾りとか、王都ではあまり見なかった綺麗に染められた布地とか、貝をビーズのように編み込んだ装身具とか、そういうものを。
ぼくたちが買い物をする間、父さんは「まあ、僕の役回りはこのあたりだろうなとは思ったんだ」と言いながら、荷物持ちをやっていた。
朝からあちこち連れまわされているだけだったアラベラも、だんだんとぼくたちに慣れてきたのか、それともエヴィさんの勢いに押されてなのか、少しずつ少しずつ、自分から話をするようにもなっていた。
夕飯は、父さんの予告どおり、あの変な生き物を食べた。意外にも見た目の奇妙さに比べて味は淡泊で、少し変わった歯ごたえが結構おいしいかもしれない。結構いけるだろ、と、父さんはなぜか得意げな顔をしていた。
食事をしながら、ぼくたちは改めて各々自分の話もした。
ぼくが、村のアロイス父さんや母さんのことを話すと、エヴィさんはうんうんと頷きながら「家族が多いって、いいよね」と言って微笑んだ。それから「そうは見えないのに、ターシスさん結構放浪癖激しいんだね」とも呆れるのも忘れなかった。
「うちも、兄弟がたくさんいるけど……」
アラベラは、この港町からさほど遠くはない、それほど豊かでもない村に住んでいたのだそうだ。兄弟は兄が2人姉が1人、弟妹が合わせて3人。家では細々と麦を育てているが、出稼ぎに出られるようになった上の兄2人が送ってくる仕送りがあってどうにか家族全員が食べていけるくらいなんだという。
けれど、近年の雨不足が祟っていよいよ貯えも無くなってきたので、今度はアラベラが外に出されたらしい。うまく行けば魔法使いの弟子になれるんじゃないかと。
俯いて「私が呼べるのが、風じゃなくて雨だったら、家族の役に立てたのかな」とこぼすアラベラの頭を、「大丈夫。私たちに会ったんだから、アラベラはついてるよ」と、エヴィさんが優しく抱えこんだ。
「王都へ行って、立派な魔法使いになれば、魔法を売ることもできるよ。ディア姉さんは魔道具を作って生計を立ててるんだ。うまく魔法学校に入れれば、魔術師団の魔法使いにだってなれるんだよ。そうすれば仕送りも十分できるんじゃないかな。
……エディト姉さんが言ってたんだ。魔法の素養が十分あれば、平民でも魔術師団で出世ができるんだって。偉くなれば、家族も喜ぶし楽もできるようになるんじゃないかな」
「そうなのかな。私、本当に魔法使いになんてなれるのかな」
アラベラは不安そうな顔でぼくを見る。
「そういうことをいろいろ考えるためにも、文字を覚えて勉強をするんだよ。アラベラはまだ12だろう。今からでも間に合うさ。デルトだって、文字や魔法を勉強したのは11を過ぎてから。ちょうどアラベラくらいの歳からだ」
父さんはそう言ってから、「まあ、でも今日はしっかり食べて、休むんだ。王都までは長くなるからね」と皿を差し出した。
それからさらに3日間ファーレルでゆっくり羽を伸ばした後、ぼくたちは町を後にした。
「ここから、少し東よりの街道を通って王都へ行こう」
父さんはそう言って、町の東側の門からファーレルを出る。
「あと、途中でヴァルドウの町に寄ろう。フェリスの故郷だしね」
「フェリスの?」
「フェリスって?」
驚いて聞き返すぼくに、父さんは頷く。それから、首を傾げるアラベラとエヴィさんに王都のエディト姉さんが引き取った子供なんだと説明した。親が亡くなってしまったんだけど、魔法の素養のある子だったから、エディト姉さんが引き取ることにしたんだと。
「そのエディト姉さんって、男前だねえ」
エヴィさんが感心して頷いた。
「男前って?」
「だって、独身でそうそう赤ん坊なんて引き取るとかできないよ。普通、いろいろ考えてしまうもの。自分の将来のこととか、子供の将来のこととか、それはもういろいろなことね。
それ全部ひっくるめて考えて、ちゃんと面倒みるって決めたんでしょ。男前以外になんて形容すればいいの。旦那さんがデルトのお兄さんで王国の騎士様なんだっけ? そりゃ、騎士のひとりやふたり、くらっと来て釣られちゃうよねえ」
くらっと……くらっとなのかな……。アロイス父さんに意見を聞いたら、もっと他のことを言いそうだなと思ったけど、黙っていた。
「あ、そうだ、デルト。王都に着いたら、お兄さん紹介してね。この王国の騎士団って、東じゃ精鋭ぞろいだって有名なんだ。ぜひ手合せしてほしいな」
ぼくは父さんを顔を見合わせた。エヴィさんと会ってから、いったい何回父さんと顔を見合わせているんだろう。
「うん。フォル兄さんも結構ひとと手合せするの好きみたいだから、たぶんできると思う」
「あ、そうそう、ターシスさんも、後で時間があったら手合せお願いね。実は盗賊とやってるときからずっと、剣を合わせたいなと思ってたんだ」
エヴィさんも傭兵をやってるというだけあって、なかなかの人みたいだ。





