1.港町ファーレル/前
「ファーレルはたくさんの船が集まる、王国一の港町なんだ」
南への街道を行きながら、父さんがゆっくりと話してくれる。
「ま、そういう僕も数回しか来たことがないんだけどね」
「よく知ってるみたいだから、もう何度も行ってるんだと思った」
「うーん、さすがに船での仕事はあまり受けないし、海の魔物を狩ったりもしないからねえ」
この森を抜けて丘を越えたら海が見えてくるはずだよと父さんは言って、少し馬の足を早める。ぼくもそれに続いて速度を上げる……と、いうところで、前方から何か争うような物音……それも、金属を打ち合わせる音がかすかに聞こえた。
ぼくは父さんと顔を見合わせる。
「盗賊かもしれない。急ぐよ」
街道沿いの、町から離れた森の中では、そこそこの規模で護衛の少ない隊商を狙って盗賊がでる。大きな街道なら街道警備隊もいるけれど、それでも街道全部を常に監視するほどの人数がいるわけでもないから、被害はそこそこ多い。だから、父さんのような傭兵に護衛の仕事があるのだけど。
馬を走らせて最初に見えてきたのは、転がった3台の箱馬車と 倒れた何人かの人間だった。その中で、馬車を背に戦っているひとりと、それを囲む10人近い男が、次に目に入った。戦ってるひとりは、背に子供を庇っているようだった。
「なかなか強い。けど、あれじゃ時間の問題だね……デルト、弓を持ってるやつは任せるよ。射られないようにしてくれ。あと牽制も」
「わかった」
父さんはそれだけを言うと、簡単な強化魔法だけ掛けて、馬から飛び降りて走って行った。ぼくも馬を止めて、弓を持った男を分断するように、風の壁を作る。
これで、早々弓を射られることはないはずだ。壁は暴風でできているから、通り抜けることも困難なはずだし。
ぼくも自分に強化と防御の魔法を掛けると、馬から降りて走った。
父さんが戦いに加わって、形勢はすぐに逆転したようだった。たぶん、盗賊たちはこの残っていた剣士がここまで長く抵抗できるなんて考えてなかったんだろう。だから、ぼくたちのような助けが現れるのは計算外だったに違いない。
半分も倒れると、盗賊たちは泡を食って逃げ出してしまった。
「やー、さすがにジリ貧だしヤバいなと思ったよ。ありがとう、助かった!」
最後まで戦っていたひとりは、とても髪の長い女の剣士だった。エヴィと名乗ったその人は、真っ直ぐな黒髪を腰よりも長く伸ばしていた。戦うときに邪魔じゃないのかなと思うくらいの長さだ。
もうひとりの子供は、アラベラという名前の、たぶん、ぼくよりいくつか歳下の女の子だった。この辺りでよく見かける茶に近い金髪の巻き毛の、小柄な女の子だ。
「他の人たちは全員ダメだった」
斬られて呻く盗賊を全員縛り上げ、倒れている人たちを確認し終わって、父さんが首を振りながらそう言うと、エヴィさんは肩を竦めた。
「不用心なことに、護衛を雇ってなかったみたいだからね。私がもう少し早く通りがかれればもう少しマシな結果だったかもしれないけど、こればっかりはね」
「エヴィさんは護衛じゃなかったんですか?」
「よく、その子だけ助かりましたね」
「風が、助けてくれたから」
ぼくたちが驚くと、アラベラは小さく呟いた。
「風?」
父さんが聞き返すと、アラベラは頷く。
「小さい時から、危ないことかあると、風が吹いて助けてくれるの。だから、魔法使いのところへ行きなさいって父さんに言われて、この人たちと一緒に来たの」
「……つまり、あなたはこの隊商の子じゃないってこと?」
エヴィさんにそう尋ねられて、またアラベラは頷く。
「港町の魔法使いか……」
そう言って、父さんは首を捻った。
「港町に、弟子を取るような魔法使いはいたかな……なんていう名前の魔法使いのところへ行くんだい?」
今度はアラベラが首を振り、わからないと言う。
「とにかく、町に行けば魔法使いがいるから、そこへ行きなさいって」
「えっ? それって体よく……」
エヴィさんは絶句して、そんなんでこんな女の子放り出すとかないわ、と呟いた。ぼくもなんとも言えない気持ちで父さんと顔を見合わせた。
ともかくにも、ここで悩んでいても仕方ないと、できる限りの隊商の荷物と縛り上げた盗賊を壊れていない馬車に乗せ、死んでしまった隊商の人たちは簡単に弔い、ファーレルへと向かった。エヴィさんも、乗り掛かった船だしと言いながらぼくたちと一緒に来ることになった。
「んー……隊商の生き残りはアラベラだけだから、この荷物の権利はアラベラのものだね。盗賊の報奨金は山分けでいいかな」
父さんの言葉に、エヴィさんは構わないと同意する。アラベラは少し不安そうにぼくたちを眺めていた。
町の入り口で警備兵に盗賊を引き渡しながら、ついでに、この町にいる魔法使いの話を聞いてみると、警備兵は「魔法使いなんて、いたかな?」と首を傾げた。
よくよく話を聞けば、何年か前までは確かに年老いた魔法使いがいたけれど、彼が寿命で亡くなってからは町に魔法使いはいないんじゃないかということだった。
「これは、ちょっと困ったね」
さすがの父さんもお手上げらしい。エヴィさんは、東から渡ってきたばかりとのことで、この国にはもちろん知り合いなんかいない。
「アラベラは、魔法使いになりたいの?」
そう聞くと、アラベラはよくわからないと言った。
「風が吹くのは魔法使いの素養があるからじゃないかって言われて、だから魔法使いのところへ行きなさいって言われたの」
「確かにね、精霊魔法の素養がある子が魔力暴走起こしちゃうと大変なことになるから、早いうちにちゃんと訓練したほうがいいのよね」
エヴィさんはそう頷きながら、父さんに聞く。
「ターシスさんは、魔法使いの知り合いはどうなの?」
ぼくと父さんはまた顔を見合わせる。たぶん、一番の伝手はエディト姉さんだ。
「王都まで行けば、いないことはない。本格的に弟子入りはともかくとしても、魔法の訓練くらいは受けられる……んじゃないかな」
「王都?」
アラベラは驚いた顔になる。エヴィさんも、どうしてだか驚いてるみたいだ。
「エディトさんなら魔法使いの知り合いは多いだろうし、ひとりくらいは弟子を取ろうと考えてる魔法使いがいるかもしれない……うん、聞いてみようか」
「──私、ほんとに魔法使いになれるの?」
「素養があるのは間違いないだろうね。
……そうだね、王都までは寄り道しながらゆっくり行くつもりだから、その間にどうしたいか考えるといいんじゃないかな。ただ、少なくとも、君は魔力を制御する訓練だけはしておいたほうがいい。思わぬところで暴風を起こして、人に怪我をさせたりしたくないだろう?」
父さんがゆっくりといい含めると、アラベラは頷いた。
「だからデルト」
「えっ?」
「王都へ着くまでは、お前がアラベラに魔力の制御のしかたを教えてあげるといい」
「ぼくが?」
「シャスからきちんと教わってるだろう? シャスに教えてもらったように、教えればいいんだ。僕はちゃんと習ったってわけじゃないから、教えるのに向いてないしね」
父さんは「じゃ、この話はここまでだ。せっかく港町まで来たんだからね」と、ぼくの肩をバシッと叩いた。
父さんの無茶振りは今に始まったことじゃないけど……。
「ええと、しばらく、よろしく」
横に立つアラベラを見下ろすと、彼女はぺこりとお辞儀をして、「よろしくお願いします」と言った。





