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ぼくを取り巻く世界のできごと  作者: 銀月
2.ぼくと魔族のおとうさんの関係

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10.おとうさんとぼくの旅

 春も終わりに近づいてきた。


 あれからエリーゼさんがぼくを呼び出すこともなく、おとうさんを訪ねて来ることもなく、またいつもと変わらない日が過ぎて……ひとつだけ変わったことといえば、おとうさんが、以前よりもよく何かを考えているようになったことだろうか。


「デルト、今日はちょっと町のほうまで行こうと思うんだ。一緒に来ないか?」

 朝起きると、おとうさんがおはようの挨拶もそこそこに、そう言いだした。

「うん。いいけど、今日は何かあったっけ?」

「お前もだいぶ背が伸びたしな、そろそろちゃんとした剣を買ってもいいんじゃないかと思ったんだ」

 今まではまだ背も低いからといっておとうさんの小剣を借りていたけれど、確かに、最近少し短いなと感じるようになっていた。

「……でも、まだ伸びるんじゃないかな」

「また新調すればいいさ。そろそろ、ちゃんと身体に合うものをあつらえないとね」


 朝食を済ませて準備ができると、すぐにぼくたちは町へ向かった。

 ぼくはほとんど行かないけれど、村から町までは歩きでも一時ほどで着くくらいの距離しか離れていない。おとうさんは警備隊の手伝いで月に何度かは行くので、ぼくよりも町のことには詳しくなっている。


「もう、1年経ったんだなあ」

「もう少し経つと、夏が来るね」

 おとうさんと話をしながら、町までの道程をのんびりと歩く。そうか、おとうさんと初めて会ってから1年経つんだ。

「おとうさん、さ」

「うん?」

「またそろそろ旅に出ようって考えてるでしょ?」

「うーん……」

 おとうさんは否定しない。けれど、躊躇はしているんだろう。

「ぼくのことなら、大丈夫だよ」

「え?」

「来年には一人前になれる歳だし、かあさんやとうさんもいるから、ぼくなら心配しなくてもやっていけるよ」

「……デルト」

 おとうさんは困惑したような声で、ぼくを呼ぶ。見上げると、眉間に皺を寄せて考え込むように、おとうさんは宙を睨んでいた。

 どうしたんだろう、と、ぼくは首を傾げる。足はいつの間にか止まっていた。

「まさかとは思うけど……僕がデルトを置いてひとりで行ってしまうと思ってる?」

「違うの?」

 おとうさんは大きく目を見開いて、それからぼくの頭にくしゃっと手を置くと、俯いて、はあっと大きな溜め息を吐いた。

「おとうさん?」

「……僕は、行くときはデルトもいっしょだと思ってるのに……つくづく信用がないんだなあ」

 おとうさんの言葉に、今度はぼくのほうが驚いて慌ててしまう。

「ええ? だって、ぼくが付いていくと、大変だし……まだ魔法だって剣だって、練習してるところだし……」

 あたふたと説明するぼくにおとうさんはふっと笑みを浮かべて、くしゃくしゃと頭を撫で回す。それから真面目な顔になって、ぼくをじっと見た。

「いいかい、デルト」

「……うん」

「君が望むなら、僕は君を連れてくつもりだよ」

 本当に、思ってもみなかったことを言われて困惑するぼくに、もう一度おとうさんはにっこりと微笑んだ。

「そうだな、その時は、デルトは僕の見習いってことになるね。見習いだから、もちろん、まだまだ練習の必要があるなんてことは気にしなくていいんだ。君が行きたいか行きたくないかだけが重要だよ。

 アロイスやシャスと離れてしまうけど、ふたりともここに来れば会えることはわかってる。ハンスさんから今借りてる家を譲ってもらって、毎年の冬越しをこの村でやることにするのもいいね」

 そこまで考えていたんだと驚いて、ぽかんと顔を見上げると、おとうさんは笑って「どうした?」と首を傾げ──

「……ぼく、ぼくがおとうさんについていっていいなんて、考えたこともなかった」

 ぼくの言葉に、再びおとうさんはがっくりと項垂れる。

「僕は、本当に、どれだけ信用がないんだろうね……」

 おとうさんはまた溜息を吐いた。

「だって、ぼくが自分も旅に出ることなんて、全然考えてなかったし……」

 おとうさんは項垂れたまま、またぼくの頭をわしゃわしゃとかき回し、それから顔を上げた。

「うん……去年の夏、王都まで一緒に旅をしただろう? あの時、デルトと一緒もいいなと思ったんだ。デルトと一緒に暮らすようになって、ひとりじゃないのも悪くないなって」

 ぼくは黙って頷く。

「だから、旅に出るときも、デルトが嫌じゃなきゃ一緒に行こう」

 おとうさんは、ぼくの背中をぽんと叩くとまた歩き始めた。ぼくも慌てて一緒に歩き出す。歩きながら、ほとんど呆然としつつ、おとうさんと旅に出ることを考えた。

 おとうさんが旅に出ることは考えてたけれど、それはおとうさんひとりだけだと思っていた。まさかぼくを連れて行こうと考えてるなんて、思いもしなかった。

「んー……旅に出ようと思うと、それなりの準備は必要だからねえ」

 歩きながら、おとうさんが独り言のように言う。

「今から準備を始めると秋になってしまうし、それじゃちょっと遅すぎるかな。やっぱり来年……ちょうどデルトも15になる年だし、来年の春にしようか」

 横を歩きながら、ぼくはやっぱりぽかんとしたままおとうさんを見上げて、ただ頷いた。


 町では、剣を買うからと最初に鍛冶屋に連れていかれた。今は成長期だし、若干長めでちょっと重いくらいのものがいいだろうと、ちょうどよさそうな剣を選んだ。鎧の扱いにも慣れたほうがいいからと、軽めの革の胸当てと腕当てに脛当ても買った。もっと上位の防御の魔法が使えるようになればあまり鎧に頼らなくてもよくはなるけれど、腕、肩、胴の鎧は、つけておいたほうがいいんだよと、おとうさんが言った。


 いくら防御の魔法がかかってても、腕当てを付けていない腕で攻撃を受けるわけにはいかない。どんな防御の魔法でも、剣の一撃を直接受けても問題ないほどの守りを腕に付与することはできない。

 だから、おとうさんも身軽そうに見えて、要所要所はちゃんと鎧を付けて守っている。たとえば、おとうさんが外ではめている革の長手袋は、腕の部分には金属を入れてあって、ちょっとした手甲の代わりにもなるのだそうだ。


「今日はアロイスも町に来ているはずだから、行ってみようか」

 おとうさんはそう言って、町の警備隊の詰所へとぼくを連れて赴いた。警備隊には春からカルルも見習いとして詰めているはずだ。詰所には訓練場もあって、とうさんがいるならそこで訓練もやっているだろう。カルルはどうしたかな。


 詰所に着くと、警備兵ともすっかり顔馴染みになったおとうさんは、軽く挨拶をしながら中へと入っていった。アロイスなら訓練場だと声を掛けられて奥へと向かうと、今年入った見習いらしい警備兵を相手に、とうさんが訓練を行っていた。

 見習いの3人を相手にとうさんが剣を合わせ、大声で指示を飛ばしている。カルルはどこかと探すと端にしゃがみ込んで水を飲んでいるところだった。カルルはすぐにぼくに気づき、小さく手を挙げた。


 しばらくすると、ひととおりの指導を終えたとうさんが、ぼくたちに気づいてやってきた。

「どうした、珍しいな」

「おとうさんと、剣を買いに来たんだ」

「そうか」

 とうさんはぼくの肩をぽんと叩き、ふと、何かを思いついたという顔でにんまりと笑った。

「ターシス、どうだ? 少し身体を動かしたくないか?」

 おとうさんは一瞬きょとんとした顔になってから、にっこりと笑った。

「いいね。それじゃ、今夜の一杯でも賭けようか」

 ぐるぐる肩を回した後、おとうさんはひらりと柵を越えて訓練場の中に入った。そして、訓練用の剣を選んだ後、珍しく手甲と肩当を着ける。

「なあデルト、どっちが勝つと思う?」

 おとうさんたちが用意をしている間に、いつの間にかカルルがぼくの横に来ていた。

「わからないよ。考えてみたら、ぼく、とうさんが戦うところ見るの初めてだし」


 ふたりとも準備が終わると、警備隊の隊長さんという人が来て、始めの合図をした。


 ──おとうさんととうさんは、対照的な戦いかたをする剣士だ。

 おとうさんは手数とスピードで相手からの反撃を封じるように攻撃を入れつつ戦い、とうさんはそれらを冷静に受けて往なして、手数こそ少ないけれど、隙を見つけると素早く容赦なくとても重たい一撃を入れる。

 見ていると、おとうさんがにいさんの時には付けなかった手甲や肩当を着けた理由がよくわかる。とうさんの剣戟は重たい上に速いから、さすがのおとうさんも完全に避けきるのは難しいのだ。剣だけで受けると手が痺れてしまうんだろう、おとうさんは剣と手甲、時には肩当を滑らせるようにして、とうさんの一撃を避けている。

 ぼくとカルルは軽口を叩くのも忘れて、ふたりの打ち合いに観入った。


 どちらもお互いへの有効な打撃を入れられないまま、長い間、打ち合いは続いていた。ぼくは瞬きをするのも忘れて、ひたすらおとうさんたちの打ち合いを目で追った。


 ……そして、どうやら体力はとうさんのほうがあるみたいだ。

 おとうさんは肩で息をし始めているけど、とうさんはまだまだ余裕があるように見える。さっきまでは剣を受けるときに添えているだけだったおとうさんの左手には、だんだんと力がこもるようになってきた。右手だけで剣の衝撃に耐えることが難しくなってきたんだろう。

 少しずつ、少しずつ、おとうさんの動きが大きく、荒くなってきて……とうさんがにやっと笑うのが見えた瞬間、とうとう一撃を受けきれず、おとうさんの剣が手から飛んで宙を舞った。

「アロイスさん、すげえ……」

 カルルがぼうっと観入ったまま、感嘆の呟きを漏らす。


「……やっぱり、アロイスの体力は梟熊以上だな」

「魔法を使ってもよかったんだぞ?」

「そんなことできると思うかい? かっこ悪いじゃないか」

 笑顔で手を差し出すとうさんに、おとうさんは大きく深呼吸をしながら肩を竦めて、その手を握った。

「ああ、アロイスの馬鹿力のせいで、右手に力が入らなくなってしまったよ」

「俺もまだまだ現役でいけるってことだな。じゃ、ターシス、約束を忘れるなよ。シャスと待ってるから、今夜はうちへ来い」

 とうさんはおとうさんの背中をばしばしと叩くと、はははと笑った。


 おとうさんはぼくのところへ戻ってくると、「デルトにかっこいいところを見せたかったのになあ」と少し残念そうに言った。「おとうさんも、とうさんも、すごい」とぼくが言うと、「そこを、“おとうさんはすごい”にしたいんだよなあ」とぼやく。「今日は僕が勝つ日だと思ったのに、アロイスは張り切りすぎだ」と、ちょっと憮然としているおとうさんに、ぼくはあははと笑う。


 夜、約束どおり、ぼくたちはとうさんの家で夕食を取った。おとうさんは町で買ったちょっといいお酒をとうさんに渡し、さっそくふたりで飲み始めている。かあさんは「アロイスもすっかりおじさんになったな」とちょっとだけ呆れた顔をした。


「ところでアロイス、来年の春に、ここを出ようと思うんだ」

「出……?」

 おとうさんが何気なく言うと、とうさんが少しむせて咳き込む。

 かあさんは驚いた顔をして、ぼくとおとうさんを見比べた。

「デルトも連れて行こうと思うんだ。家はあのままにして、冬越しの時期になったらまたここに来るよ」

「……そうか、デルトももうそんな歳か」

 とうさんがしみじみと呟く。

「静かになるな」

「何かあったらシャスが僕に魔法でメッセージを送ってくれればいいし、僕もこの村のことは覚えたから、いざとなればここへはすぐに飛んで来られるよ」

 おとうさんは穏やかに笑う。

「あと1年あるから、ゆっくり準備するつもりだ」


 かあさんは黙ってぼくの背中を撫でていた。ここに初めて来たとき、かあさんとほとんど変わらなかった身長は、今じゃ頭ひとつ分くらい大きくなった。

「そうか、1年か。その間にお前に教えられることを全部教えないとな」

 かあさんがぼくを見て優しく微笑む。

「ターシスはちょっと肝心なところが抜けてたりするから、お前がしっかりしないといけないぞ」

「うん、わかってるよ」

 それから、かあさんはお酒を飲みながら話し込んでいるふたりを見ると、「あれは長くなるな」と呟いた。

「もう遅いから、久しぶりにうちに泊まっていけ。ターシスとアロイスは放っておけばそのうちそこらに転がって勝手に寝るだろうが、もう暖かいから大丈夫だ」

 ぼくはかあさんに促されて、この家でぼくが使っていた部屋へ上がった。


 あと1年経ったら、ぼくはおとうさんと旅に出る。

 あの日、にいさんが来て広がったぼくの世界は、さらに広がっていく。

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