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ぼくを取り巻く世界のできごと  作者: 銀月
2.ぼくと魔族のおとうさんの関係

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9.春は何の季節

 長いはずの冬はあっという間に過ぎ、山と村を覆っていた雪の間で木々も芽吹き始めて、厚かった池の氷もだいぶ緩んできた。

 もう春が来る。


 僕の身長もだいぶ伸びた。初めておとうさんに会った頃はやっとおとうさんの胸より下だったけれど、今はおとうさんの肩にようやく届くくらいだ。

 秋の終わりの魔物退治でおねえさんが心配していたはぐれの巨狼は、山を巡回するようになったおとうさんが見つけ次第狩ってしまった。おかげで、村ではあれ以上家畜が襲われることもなかった。

 そして、あれからおとうさんは山を巡回するときに、ぼくを一緒に連れて行くようになった。

 冬の間も変わらずに。


「僕たちは魔法が使えるから、冬山でも安全に過ごすことはできるんだよ」

 そう言って、おとうさんは冬の野営のやり方や、必要な魔法を教えてくれるのだ……実践で。


 前にユールさんが言ったように、ぼくたちは動物の親子みたいだと思う。

 おとうさんは実践のほうが覚えやすいというけど、黙っているとすごく無茶なことまでさせようとするので、ぼくも段々意見を言うようになった。意見というよりも、駄目出しかもしれない。

 けれど、いくらなんでも吹雪の中を山に入るとかは勘弁してほしいんだ。いくら魔法があっても、ぼくは冬の、しかも吹雪の最中の山になんて入ったこともないのに、無茶すぎる。


 いつだか、とうさんに「最近デルトが反抗期になったかもしれない」と、おとうさんがこぼしていたらしい。でも、ぼくは真っ当な意見を言ったつもりだから反抗とかそういうのとは違うと思う。かあさんは「いい傾向だ、もっと言ってやれ」と、ぼくをけしかけておもしろがるようになった。


 ──そうは言っても、おとうさんの「実践」のおかげで、ぼくはいろんなことを覚えたと思う。

 山歩きのしかたや、気をつけなきゃいけない獣や魔物の痕跡の見分け方や、それらとの戦い方だ。

 ほとんどが外と魔物のことというのがおとうさんらしいけど。


 とうさんとの剣の訓練がきちんと型や手順に則ったものなのに対して、おとうさんの教え方は、まず「やってみよう」だ。しかも、おとうさんの見せてくれる手本はだいたいにおいて熟練しないと真似できないようなもので、これでほんとうに大丈夫かなと思う。

 とうさんとの訓練の時にその話をしたら、とうさんは「自分より上の技量を見て真似するのは悪いことじゃないとは思うが……」と苦笑していた。


 魔法は、かあさんから、魔術書を元に基本的なところを教えてもらっている。初級の魔法を一通り教えてもらって低級もだいぶ使えるようになってきた結果、ぼくはどうも精霊魔法と探知魔法に向いてるようだということがわかった。「ターシスは探知魔法が得意なようだから、そこに似たんだろうな」とかあさんは頷いていた。

 おとうさんはなんだか喜んでて、早速探知魔法で魔物を探すときのコツを教えてくれようとしたけれど、「まだやっと低級魔法を覚え始めたところだから、もう少し後にしてもらわないと実践もできないよ」と言ったら、少し残念そうにしていた。


 春の訪れが近くなり、おとうさんはぼくへの野外生活講座にますます力を入れるようになった。食べられる木の芽の探し方とか、安全な野営地の探し方とか……ぼくも野生児にするつもりなんだろうか。おとうさんが教えてくれることを全部覚えたら、何ヶ月でも野外で生きられそうな勢いだ。

 ユールさんはおとうさんを野生児だと言ったけど、ぼくもつくづくそう思う。

 もしぼくがいなかったら、おとうさんはどうしてただろうかと考えてみたけれど、獲物を売りに行くという目的がなかったら何ヶ月でも山に篭ってるんじゃないだろうか。


 この近辺の山の中にいる魔物は、おとうさんが巡回した限りでは、巨狼と梟熊、稀に人食い巨人だそうだ。魔狼も、北のほうの荒地から移動してくることがありそうだと言っていた。

 巨狼は結構多く、何年かに一度群れが山から下りてくるというのも納得できるくらいだそうだ。もしかしたら、普通の狼に影響を与えるような、大きな魔力を帯びた場所が山中のどこかにあるのかもしれないと、おとうさんは見ている。

 一度、山の中をくまなく回ってみようかとおとうさんは言ってたけど、どれくらいの日数がかかるんだろう。


 冬の間、僕が訓練やらでおとうさんについて歩くようになったのと同じころに、カルルも春から町の警備隊見習いになることに決まった。そのおかげか、冬の間はずっと準備のために忙しそうにしていた。以前のように一緒に遊ぶことはほとんどなくなったけど、とうさんのところで一緒に剣の訓練をする機会は増えていた。


「ごめん、デルト、今日、このあと俺に付き合ってくれ」

「いいけど、何かあったの?」

 その日は拝むように頼まれ、カルルに池の方へと引っ張られて連れていかれた。いったい何がと聞いても、カルルは微妙に濁してはっきり言わない。

 ……と、池のほとりに誰かいることに気づいて、目を凝らしてよく見たらエリーゼさんだった。

「……カルル、どういうことだよ」

「姉ちゃんにどうしてもって頼まれてさ……ごめん、あとよろしく!」

 カルルはぼくをエリーゼさんのほうへ押しやると、そのまま走って行ってしまった。


「デルト、あのね」

 エリーゼさんがすがるような目でするするとぼくのほうへ寄ってくる。それだけで、ぼくはエリーゼさんが何のためにカルルにぼくを連れてこさせたのか、想像がついてしまった。

「ターシスさんのことなんだけど、デルトからも……」

 予想が当たって、ぼくはやっぱりなと溜息を吐く。

「……エリーゼさんは、どうしておとうさんが好きなんですか?」

 秋の終わりのあの日、あんなに手酷くおとうさんに言われたのにどうしてエリーゼさんは諦めないんだろう。どう考えても無理だと思うんだけど。

 エリーゼさんは真っ赤になって、あの、とか、その、とか、もじもじと言葉にならない言葉を呟きながら目を泳がせ、「だって、強いし、素敵だし……」とぎりぎり聞こえるくらいの小さな声で言った。ぼくはもうひとつ溜息を吐く。

「エリーゼさん……ぼくとおとうさんは、生粋の人間じゃないって知ってますか?」

「え? あ、シャスさんの遠縁だから……?」

 ぼくはエリーゼさんに頷く。

 この村に住む限り、どうしたってぼくたちの歳の取り方が違うことは、村の人たちにわかってしまう。実際、かあさんは、今じゃとうさんと親子でも通ってしまうくらい歳が離れて見える。

 だから、かあさんの血筋には妖精がいるということにして、前々から村の人たちにはそう話していた。

「……だから、おとうさんは、ああ見えてアロイスとうさんよりもずっと年上ですし、そのせいで、あまりひとつの場所に長く住んでたこともありません」

「でも、でも……」

「ぼくも、最近よく考えるんですけど、たぶん種族の差って思ってるよりもずっと大きいんです」

 何かを……たぶん、自分はそんなこと気にしない、なんてことを言おうとしていたエリーゼさんは、口を噤む。

 ──とうさんが、前に一度だけ、かあさんは姿なんて変えてないほうがきれいなのにと呟いてたことがあった。とうさんも、本当は、かあさんやねえさんが姿なんて変えずに暮らせればいいのにと思ってるんだろうな。でも、そう考えてくれるほどぼくたちを受け入れてくれる人間を、とうさんとおねえさん以外にぼくは知らない。

「変な言い方だけど……おとうさんは、もし結婚したとしても、ひとつの場所に定住はできないんじゃないかと思います──実際、前の家でぼくが物心ついたときには、もう、おとうさんは家にいませんでした。この村に来るまで、一度も会ったことはなかったし」

 エリーゼさんがはっとした顔で息を呑むのを見て、ぼくは首を傾げる。ぼくとぼくのかあさんの話を、エリーゼさんは知らなかったんだろうか。

「今はぼくがいるからってこの村に住んでますけど……たぶん、あと1年か2年したらぼくも大人になるし、また旅暮らしに戻るんじゃないかと思います。

 だから、おとうさん自身がどうしてもエリーゼさんをっていうなら別に反対しないけど、ぼくからおとうさんにエリーゼさんのことをどうこう言うことはできません」

 エリーゼさんは俯いて、手を握りしめた。

「デルトは、平気なの?」

「え?」

「旅に出たら、もう二度と会えないかもしれないじゃない。どこにいるかもわからなくなるのよ?」

「それは……」

 ぼくたちに魔法がなかったらたしかにそうかもしれない。けど、魔法が使えるからといって、エリーゼさんの言うように、二度と会えなくなる可能性は0じゃない。巨狼の時だって、おねえさんがいなかったらどうなるかわからなかった。おとうさんは強いけど、必ず魔物に勝てるとも限らないんだ。ぼくだって、ずっと今と変わらずにいられるとは限らない。魔族のかあさんだって、おとうさんがいない間に流行病で死んでしまったんだから。


 けれど。


「……この前の夏、おとうさんと王都まで旅をしたんです。

 おとうさんは旅の間すごく楽しそうで……おとうさんは本当はまた旅に出たいのを我慢してぼくのところにいるんだと、つくづく実感しました。

 ぼくは、おとうさんに無理をしてほしくない。だから、ぼくが十分大きくなったら、おとうさんがやりたいようにしてほしいと思ってます」

 エリーゼさんが何度も何かを言いかけてはやめるのを繰り返し、ようやく「あ、あのね」と言いかけたところで、遠くからぼくを呼ぶ声に気が付いた。

 振り向くと、おとうさんがこちらに向かって歩いてきていた。ぼくと一緒にいるのがエリーゼさんだと気づいて、おとうさんの表情が硬くなる。

「……デルトを巻き込まないでいただきたい」

 おとうさんは、エリーゼさんにそれだけ言うと、エリーゼさんが何かを言おうとするのに構わず、ぼくの肩を押してそこから立ち去った。


 しばらくずっと無言で歩き続けて、家が見えてきたところでおとうさんが大きく息を吐いた。

「何か言われたか?」

 ちょっと俯いたまま、おとうさんはぼくに聞いた。

「別に何も。エリーゼさんからは何も言われてないし、何も頼まれてないよ」

「そうか……めんどくさいことになって、ごめんな」

「大丈夫だよ。おとうさんがモテるのは、おとうさんのせいじゃないし」

 ぼくが見上げると、おとうさんは「うっ」と言葉に詰まって、「デルト……大きくなったんだな」とだけ言った。


 おとうさんは、たぶん、そろそろここを発つ潮時だと考えている。



 おとうさんの身長は190cm弱、デルトは現在165を超えたくらいです。14を過ぎたら成長期入るんで、そろそろにょきにょき伸び出すころかなと考えています。

 ちなみにフォルが185、エディトが165、アロイスは180くらい、シャスは155前後(たぶん母が小さかった)、ユールが175強とメモに書いてあります。

この国の人間男性の平均身長はヨーロッパ北方あたりの180くらいで想定しています。妖精と魔族はもう少し高く185くらいが平均で、獣人は獣側のベース種族によるのでまちまち、と。

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