8.動物の親子なぼくたち
小屋から出るおとうさんに続いて、ぼくも外へ出た。おとうさんの予備の小剣を持ち、強化と防御の魔法もかけてもらった。巨狼たちはみんなユールさんの魔法で幻惑されているから、そんなに危険じゃないとおとうさんは言う。
「ちょっと待った。幻惑は絶対じゃないし、多すぎてかかりが浅いから、臭いなんかの刺激でも覚醒するから勘弁してよ」
屋根の上でユールさんが立ち上がり、おとうさんに注意を促す。おとうさんは「うーん、そうか、残念」と考えてから、ユールさんに「じゃあ、何匹かずつ結界に閉じ込めて、少しずつ解放することはできますか?」と聞いた。ユールさんは「できないことはないけどめんどくさ……」と言いかけて、「ま、いいか」とまた屋根の上に腰掛けた。どうしたのかとしばらく見ていたら、目を閉じて集中し、いくつか魔法を唱えたあとまた立ち上がった。
「だいたい半分ずつに分けて囲ったよ。さすがに結界3つじゃ幻惑まで無理だね。解放は2匹か3匹かずつ、その時々で適当になるからね。1匹ずつとか余裕ないし」
「十分です」とおとうさんは笑った。
ユールさんが最初の巨狼を3匹解放すると、おとうさんは魔法でそいつらの気を引いて自分のほうへと誘いながら、剣を構えた。さらに魔法を使って、そのうちの2匹にだけ足止めをする。
「いいかい、デルト。巨狼は魔物だけど、基本的な習性は獣の狼とほとんど変わらない。急所も、普通の動物と一緒だ。
だけど、通常の狼よりも毛皮は硬く、普通に斬りかかってもあまり剣が通らない。だから……」
おとうさんは言いながら、正面に剣先を向けるようにして剣を引いて走り出し、襲ってきた巨狼の牙を身体を低くしてかわすと勢いを乗せて突き上げた。剣の切先が、きれいに、巨狼の首元に吸い込まれるように刺さる。巨狼は唸り声も悲鳴も出せずに、苦しそうにごぽごぽと喉を鳴らすだけだ。
そのまま、おとうさんが流れるように剣を引き戻しながら横に動いて、巨狼の身体と返り血を避けると、巨狼は数歩歩いた先で倒れてしまった。
ユールさんが、へえ、やるじゃんと感心したように言うのが聞こえた。
「こうして、勢いを乗せて喉を狙って突くのが一番手っ取り早いんだ。巨狼の喉は、僕らくらいの身長なら高さもちょうどいいし、狙いやすいからね」
それから、振り向いて残りの2匹の片方にまた魔法を唱え、動きを鈍らせてから、もう1匹のほうへと向いた。
「あとは、口の中を狙う方法もある」
ようやく足止めの魔法を逃れ、ぐおう、と吠えて突進し、噛み付きかかろうとする巨狼の口目掛けておとうさんは剣を突き出した。そして素早く、口が閉じる前に腕を引き戻す。
「でも、タイミングを間違えると自分の腕も齧られて持っていかれるから、難しいけどね。
口のいいところは毛皮ほど硬くないことと、延髄まで真っ直ぐ狙えるところかな」
……説明と実演を見て思ったんだけど、どれも初心者には難しいと思う。
おとうさんがやるととても簡単そうに見えるけれど、ぼくがやれと言われてもうまくできる気はしない。
特に、口の中なんて、もっと大きくなって腕が長くならないと届かないんじゃないだろうか。
ぼくが考えている間に、おとうさんは、残りの1匹の後ろに回って片方の脚の腱のあたりを切り裂いた。
「デルト、君も喉を狙って、やってごらん」
「えっ」
これも練習だからと言われて促されるままに、少しだけ腰が引けながら巨狼の喉を突こうとしたけど、やっぱり難しい。
魔法と足の傷で動きが鈍くなっていても、巨狼も必死だからうまく狙えない。ぼくが噛まれそうになるとおとうさんが牽制に入って、その間にぼくが斬りかかって……を繰り返し、結構な時間をかけてどうにかとどめを刺すまでいった。
初めて斬った巨狼の身体はほんとうに硬くて、ぼくの力ではなかなか歯が立たなかった。剣を突き立てるにしても、角度や刃の立て方がまずいと剣のほうがぽっきり折れてしまうこともあるらしい。たしかに、手応えはすごく硬くて、うまく刺さらずに剣のほうが弾かれてしまうこともあった。
おとうさんが言うほど巨狼は簡単な敵じゃないし、喉とか口とか全然手っ取り早くないと思う。
ユールさんはおとうさんの手際に感心しながら、「なんか、よく動物の親が弱らせた獲物で子供に狩りの練習させるけど、そんな感じだよね」とおもしろがっていた。おとうさんも、「それに近いかもしれないな」と笑ってた。
ぼくたちは動物の親子なのか。
そのあとさらに2回、ユールさんが解放した巨狼を相手に走り回ってどうにか倒して、気づいたらにいさんたちが到着していた。
ぼくは気づいてなかったけど、小屋の中にいたハーゲンさんたちも、とっくの昔にねえさんが迎えに来て、村に戻っていた。
おねえさんは、周りを調べたり巨狼の牽制をやったりしながら、おとうさんに呆れていたようだった。
ぼくにはあっと言う間に思えたけれど、実は結構時間が経っていたみたいだ。ぼくもいい加減かなり息が上がって、ふらふらだった。
「おとうさん、にいさんたちも来たし、少し休もう」
「そうだね、剣もちょっと斬れ味が落ちてきたし、あとはフォルさんたちに任せて大丈夫だろう」
小屋に戻ると、ユールさんが入り口の段に腰掛けていた。
「おかえり。君らってなんか見かけによらず野生児だよね」
ユールさんが、にいさんの指示で巨狼の結界を解除したり幻惑の魔法をかけ直したりしながら、呆れた顔でそう言うので、ぼくとおとうさんは顔を見合わせた。
おとうさんが「そうかな?」と首を傾げると、ユールさんは大真面目に頷いた。
「絶対そうだよ。僕なら狩りなんて絶対行きたくないね。だいたいこんな山奥で暴れまわるなんて疲れるしめんどうだし、埃だらけになるじゃん。それに、血って臭いよ? なかなか臭い取れないしさあ。
ああ、早く終わらせて帰りたいなあ。家の中でだらだらのんびりしたい」
「結構楽しいんだけどな。血なんて付かないように避ければいいだけだ」
「いや、普通そんなに避けられないから。君の感覚なんかおかしいよ?」
じっとりとおとうさんを眺めながらユールさんが言うのを聞いて、たしかに、おとうさんは返り血を避けるのがうまいなと思った。ぼくはかなりどろどろに汚れてしまったけど、おとうさんは汗と埃以外ではあまり汚れてない。
「……血がつくと、洗うのが大変だから、なるべく避けられるように頑張ってるんだ」
まじまじと見ているぼくに、おとうさんは言い訳っぽく呟いた。
ユールさんやおねえさんの魔法の援護もあって、それから二時くらいでここにいた巨狼は全部退治できた。
村に帰ってから、おねえさんは、はぐれがいる可能性があるからしばらくは警戒したほうがいいと話していた。
おにいさんは、警備隊の夜番があるから急がなくちゃと、ねえさんと慌てて帰っていった。
夜、折角だからご飯を食べて泊まっていけというかあさんの誘いに乗って、にいさんたちは泊まって行くことになった。
今日のことをいろいろ話しながら、おねえさんは、ぼくの伝達魔法を聞いて、もしかして、おとうさんが村の人たちに魔族だとバレたんじゃないかと、ものすごく焦ったんだそうだ。
「ここに来るまでの間、どうやって誤魔化そうかとか逃がそうかとか、もう必死で考えちゃった。巨狼でよかった」と、おねえさんは笑って言った。
おとうさんも、「お世話をかけました」と苦笑した。
そのあと、にいさんは、巨狼相手なら何匹くらいひとりでいけるのかとか、今まで倒した魔物は何がいるのかとか、おとうさんからいろいろと聞き出していた。
とうさんがそんなにいさんを見て、模擬戦で負けてから相当悔しいみたいだぞと、ぼくにこっそり耳打ちした。
ユールさんは、かあさんにそれだけ魔法が使えるのになぜ仕事に就かないのかと、しつこくお説教みたいに言われていた。「そんなんじゃ嫁の来手がないぞ」というところに行くのは、とてもかあさんらしいと思う。
とうさんが、30年近くこの村に住んだせいか、シャスもすっかりここのご婦人方のような考え方に染まってしまってな……と、少しだけ遠い目になっていた。
おとうさんの伝達魔法が届いたときはどうしようかと思ったけれど、こうやっていつもみたいに平和に1日の終わりを迎えられて、ほんとうによかった。





