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ぼくを取り巻く世界のできごと  作者: 銀月
2.ぼくと魔族のおとうさんの関係
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6.冬支度と狼

 熱病で寝込んでから既に結構な日数が過ぎて、季節はもうすっかり秋だ。

 あれから、ほんの少しだけおとうさんとぼくの間にぎくしゃくした空気が流れるようになった。お互いがお互いを窺っているような、そんな空気が。

 やっぱり、お互い何も気にしないというわけにはいかないようだった。


 そういえば、おとうさんは一念発起して、お姉さんたちのお裾分けをなんとか断ることにしたらしい。とうさんに「断るならあいまいにせずはっきり言わないと、お互いのためによくない」と言われたことも一因のようだ。

 そのおかげか、うちに来るお姉さんたちはだんだんと減り、とうとう1人だけになった。おとうさんは少しほっとしているように見えた。


 ──けれど、最後のひとりのエリーゼさん、つまりカルルのお姉さんは未だに諦めず、何かとうちに来ては「お裾分け」を置いていくことを続けていた。

「姉ちゃん、もう18だろ。なんか勝負賭けてるみたいなんだ」

 カルルに聞いたら、そういう答えが返ってきた。勝負だったんだ、とちょっと驚いた。


 そんなある日、朝、ぼくが起き出すとまたエリーゼさんが来ていた。たぶん朝食の差し入れに来たんだろう。ここ数日、毎日のように朝と夜、うちへ差し入れを持ってくるようになっていたから。


 ……けれど、今日はなんだか様子が違っているようだった。おはよう、と声をかけようとして、おとうさんの横顔からは笑顔が消えていることに気づき、ぴたりと足を止める。めずらしく眉間に皺も寄ってるようで、ぼくは息を呑んだ。

「あなたが僕に好意を持ってくれていることはありがたいと思います。けれど、僕はそれに応えるつもりは全くありません。申し訳ないが、今後、もう、こういうことをするのはやめていただきたい」

 おとうさんが、いつもより硬い声で、強い調子の言葉で、エリーゼさんにそう告げるのが聞こえた。ぼくはその場を動けなくなって、ひたすら息を潜めていた。エリーゼさんが、必死な顔でおとうさんに何か言うのはわかったけれど、先すぼまりの小さな声で、ぼくのいる場所からは何を言ったのかまではわからなかった。

 断固としてかぶりを振るおとうさんに、なおもエリーゼさんは縋るようにして何か言う。でも、おとうさんはにべもなく振り払い、「それでは」とエリーゼさんを外に出して扉を閉めてしまった。それから、ふう、と溜息を吐いて、ぼくを振り返った。

「おはようデルト。変なとこ見せてしまって、悪かったね」

 おとうさんは、すこし決まり悪そうに笑った。

「おはよう。……ええと、おとうさん、あれでよかったの?」

 ぼくが聞くと、おとうさんは困ったような顔で頷き、「あまりなあなあにしてしまってもよくないしね」と肩を竦めた。


「他の種族ならともかく、アロイスやエディトさんみたいな人間はすごく稀なんだよ」

 いつだか、おとうさんはぽつりと言っていた。

 人間の、魔族に対する偏見はとても深刻で、とうさんやおねえさんみたいにぼくたちを受け入れてくれる人間は、普通はいない。受け入れるどころか、下手をしたら命を奪われる。この国に住む魔族は何もしなくてもすべて討伐の対象になってしまうのだと、おねえさんも言っていた。

 たしかに、この村で暮らすようになって忘れていたけれど、山の家では人間に見つからないように必死で隠れていたんだっけ。

 それに、寿命の違いによる考え方の違いも大きくて、おとうさんからすると、村の人たちにあれこれと言われることが、ものすごく急かされて追い立てられているように感じるのだとも言っていた。


 ともかく、エリーゼさんがどんなにおとうさんに執着したところで種族の溝は埋まらないのだし、おとうさん自身もエリーゼさんに対してどうこうしたい程の何かも無いのだし、期待を持たせるようではよくないと考えたのだそうだ。

 それに、ぼくたちの種族のことは、そうそう簡単に明かすわけにはいかない。明かしてしまえば、ぼくたちはここにいられないし、とうさんやかあさんたちにも迷惑をかけてしまう。


 ……ぼくの考えでは、おとうさんは、とうさんを別にして、あまり人間に関わりたがらないように見える。そういえば、ぼくに会う前も、この村のように人が少なくて濃い付き合いをする人里には、あまり立ち寄らないようにしていたようだ。

 やっぱり、おとうさんは基本的にあまり人間を信用していないんだなと感じる。


 そんな諸々があったけれど、季節はもう秋だ。そろそろ冬支度を始める必要がある。

 このあたりは雪も降るし、冬の間食べるものもある程度は貯蔵しなくちゃいけない。とりあえず、ぼくとおとうさんでできることをやろうと、2人で狩りをすることにした。

 ……ぼくの訓練も兼ねて。


「今日は、猪を狙うよ」

 山に踏み入りながら、おとうさんはぼくに言う。小さな獲物から始まってだんだんと狙いを大きくしていきながら、狩りのセオリーを覚えるのだ。

 鳥や兎から始まって、昨日までの数日間は鹿だった。臆病で敏感な鹿に気づかれないように近寄る方法や、鹿の追い方を教えられながら、ずっと山を走り回っていた。ついでに、簡単な身体強化の魔法も教えてもらった。おかげでずいぶん長い間速く走れるようになっていたけれど、本当は、きちんと身体ができていないうちは身体強化は使わないほうがいいらしい。


 今日も、おとうさんが猪狩りについてレクチャーしてくれながら、山の中を進んでいった。猪の居場所については、おとうさんが探知魔法を使って既に調べてある。

「猪はよくまっすぐに突進してくるけど、意外に素早く方向を変えてくるから気を付けなきゃいけない」

 ぼくは頷く。けど、気を付けていればなんとかなるものなのかな。

「武器は本当は槍がいいんだ。だけど、僕も正直なところ槍は苦手だし、投げることも考えると何本も持って歩かなきゃいけないのは大変だから、罠を使って追い込む方法にしよう」

「罠?」

「そう。通り道に仕掛けておいて、そこへ追い込むんだ」

「……もっと、魔法とか使って倒すんだと思ってた」

「魔法は加減が難しいし、剣だと何度も斬りつけないと倒せないからね。肉も皮も無駄に傷めてただ倒すだけにしかならないよ」

 ああそうか。おとうさんはお肉が食べたいから狩りに行くと前に言ってたっけ、と思い出し、ぼくはこくりと頷いた。


 山に踏み込んでしばらく歩き回っていると、おとうさんの表情がだんだん険しくなってきた。何か、よくないものを見つけたんだろうか。

「……まずそうだ」

 とうとうおとうさんは立ち止まって、そう呟いた。

「なにが?」

「この足跡を見てごらん」

 しゃがみこんだおとうさんが指差したところには、大きな獣の足跡が残っていた。ぼくの手のひらよりもずっと大きな足跡が、たくさんあった。

「これは、巨狼だね」

「巨狼?」

 そういえば、去年くらいにも巨狼が出たと言って、魔術師団の魔法使いととうさんが山に入ったことがあったなと思い出す。

「こんな人里の近くまで群れが降りてきてるなんて、知らせたほうがよさそうだ」

 巨狼は必ず人を襲うわけではないけれど、家畜や人間を餌と見做すから、放っておけば被害が出るだろうとおとうさんが言う。うまく、もっと山の奥に追いやれればいいんだけどね、と。

「今日はいったん戻って、このことを知らせようか」

 おとうさんは立ち上がり、村の方へと引き返した。ぼくは、少しだけ足跡のあったほうを振り返りながら、おとうさんの後に続いた。


 村に戻ると既に騒ぎが起きていた。

 山の牧草地の家畜が獣に襲われたというのだ。襲われた家畜の様子を聞いたおとうさんが、「巨狼の仕業だろうね」と言った。

 山の中で見た群れの足跡の話をすると、ああ、またかと溜息を吐く人もいた。昔から、この村では何年かおきくらいに巨狼が降りてきて家畜を襲うのだそうだ。

 王都へ討伐を依頼するにしても、騎士達が来るまでどれくらいの家畜がやられるだろうか。牧畜が中心のこの村では、家畜がやられると死活問題にまでなってしまう。

「……どう対応するかにしても、群れの規模がわからないんじゃ、どうしようもないね」

 おとうさんがそう言うと、とうさんは頷いた。

「じゃあ、僕が斥候として調べてこよう。その間に、なるべく家畜を山から降ろして、王都に討伐の要請を出すのがいいんじゃないかな」

 心配そうな顔をするとうさんとかあさんに、僕はこういうのに慣れているからとおとうさんが笑った。

「何かあれば、僕ならすぐに魔法で知らせられるし、飛んで逃げることもできるから」


 翌朝早く、おとうさんは見送るぼくの肩を叩いて「そんなに心配しなくていいから、じゃ、行ってくるよ」と言うと、山へ向かっていった。


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