5.ぼくの後悔
旅から戻ってすぐ、ぼくは季節外れの熱病にかかってしまった。
夜半に高熱が出てから下がらず、朝になるのを待っておとうさんはうろたえながらかあさんを呼んできた。
かあさんは、ぼくに無茶をさせすぎたんだとおとうさんを叱ったあと、病気の説明をして、薬の与え方や看病のしかた、氷の作り方なんかを教えた。一通り教えてもらってようやくとうさんは落ち着いたようだった。
かあさんが呆れた口調で「ターシスはもの知らず過ぎて手間がかかる。4人目の息子ができたみたいだ」と言う。おとうさんは「僕が4人目?」とちょっと不満げだが、「1人目はアロイス、2人目がフォルで、3人目はデルト。で、4人目はターシスだ。全員手間がかかって仕方ないがターシスはデルトより年下の子供のようだから4人目だ」と断言していた。おとうさんは参ったなあと言いながら、氷嚢の準備をした。
かあさんはあとで食事を持ってくると言って、いったん帰って行った。
熱を出すと、ぼくはやっぱり魔族のかあさんのことを思い出す。
うとうとと半分寝ているような状態で、小さいころにかあさんに看病してもらったことを思い出すのだ。
「おとうさん……」
「なんだい?」
「かあさんも、ぼくが熱を出すと、今みたいに看病してくれた」
「うん」
おとうさんはぼくの額にそっと手を当てる。
おとうさんの手のひらがひんやりとして気持ちいい。
……そして、同時に、病気になったかあさんにぼくが何もできなかったことも思い出す。
「……おとうさん……ごめんなさい」
「ん? 何がだい?」
熱でぼうっとするぼくを覗き込んで、おとうさんが首を傾げる。
「おかあさんが死んじゃったの、ぼくのせいだ」
「……デルト?」
「ぼく、何もできなかった」
「デルト?」
「おかあさんが病気になったとき、ぼく、何もできなかったんだ」
「──デルト、それは違う」
おとうさんは顔を顰めて否定するけど、たぶん、違わないんだ。
かあさんがかかった病気は、たぶん、今、ぼくがかかってるみたいな熱病だったんだ。
だから、ちゃんと薬があれば、ちゃんと栄養のあるご飯を食べることができれば、ぼくがちゃんと看病のしかたを知っていれば、きっとかあさんは治ったはずなんだ。
「ちゃんとしたご飯も作れなかったし、ちゃんと看病もできなかったんだ」
「デルト、泣くんじゃない」
「薬も何もつくれなかった……何もできなかった」
なぜだか言葉が止まらない。
ぼくのぼやけた視界の中で、おとうさんが必死な、けれどどうしていいかわからないという顔をしていた。
「ぼくがもっといろんなことを知ってたら、ちゃんとできたら、きっとかあさんの病気は治ったんだ。だから、かあさんはぼくのせいで死んじゃったんだ」
「違う。それはデルトのせいじゃないんだ、違うんだ」
「それに、おとうさんは、ぼくがいるから旅に出られないんだ」
「デルト、違うんだよ。泣かないで、デルト」
「──ごめ、ごめん、なさい。おとうさん、悪い子で、ごめんなさい」
「馬鹿なこと言うな。デルトはいい子だ。悪いのは僕なんだ。だから泣くんじゃない」
それからぼくはごめんなさいと泣きながら、いつの間にか眠ってしまったようだった。
目を開けると傍らにいるのはおとうさんではなく、かあさんになっていた。
おとうさんはどこに行ったんだろう。やっぱり、村はつらいのかな。また、旅に出たのかな……ぼくは、置いて行かれたのかな。悪い子だし。何もできないし。かあさんを死なせてしまったし。
「デルト」
呼ばれて顔を向けると、かあさんが座って優しくぼくを見ていた。
「ほら、身体を拭いて着替えるんだ。だいぶ汗をかいたから、すこし熱も下がるだろう」
かあさんはぼくをベッドの上に座らせ、汗で湿った寝間着を脱がせると、布を濡らして身体を拭いてくれた。
「……おとうさんは?」
乾いた寝間着を着せてもらいながら尋ねると、かあさんは少し腫れてるぞと言ってぼくの目を手で覆い、それから濡らした布をあててくれた。冷たくて気持ちいい。
「お前、何かよくないことを考えてるだろう。病気のときは気持ちも弱るからな。
いいか、ターシスは、今、アロイスのところへ行ってるだけだ。すぐに戻ってくるぞ。だから心配するな」
ぼくは黙ってこくりと頷いた。
でも、おとうさんは、ほんとうはまた旅に出て、魔物を退治したりして暮らしたいはずなんだ。魔物と戦うおとうさんはかっこよかったし、王都までの旅の間、おとうさんはとても楽しそうだった。
「まだ変なことを考えているな?
いいか、デルト。お前とターシスはもっとちゃんと話をしろ。お前は遠慮しすぎだし、ターシスは考えが足りなさすぎる。変なことを考えるのは、ちゃんと2人で話ができてないからだ」
「話?」
「そうだ。お前はちゃんとターシスにしてほしいことや嫌なことが言えてるか? ケンカすらできないだろう? フォルがお前くらいのときは、アロイスとケンカばかりしていたぞ。
それに、デルトはもっと子供らしくなれ。甘えるのは子供だけの特権なんだ。お前はもう13になるから、特権を使えるのはせいぜいあと3年、長くても5年てところだぞ。それを過ぎたら嫌でも一人前に扱われるようになるんだ、今くらい存分に甘えておけ。
ターシスだって、あれでもう200年以上生きてるんだ。お前がやつを振り回せる5年間なんて、やつにとってほんの一時なんだから気にするな。
逆に言えば、今を逃すとターシスはお前を甘やかすことができなくなってしまうんだ。ターシスが残念がるじゃないか」
「……どうしてかあさんにはわかっちゃうの?」
「それは、20年以上母親をやってるのは伊達じゃないからだ。
お前はわたしの3番目の息子で、手がかかるやつをお前の前に2人も育ててるんだ。わからないわけがないだろう?」
かあさんは笑うと、まだぼうっとしてるぼくを抱き寄せて背中をさすった。それから湿った敷布を魔法できれいに乾かしてしまう。
「ターシスは親を始めたばかりだからな、まだまだ自分がしてやりたいことだけで精いっぱいなんだろう。お前をちゃんと気遣う余裕がまだないだけだ。
けれど、やつはあれでもお前を甘やかしたくてしかたないし、我儘も言われたくてしかたないんだ。今のうちだけなんだ、遠慮なんてする必要ない。お前がターシスに父親をやらせてやってるんだと思うくらいで丁度いいはずだ。
……うん、まだ少し熱いな。さ、水を飲んでもう少し寝ておけ。夕食はまたあとで持ってくる」
最後に額に手を当てて熱を診ると、かあさんはぼくをもう一度寝かせた。
もう一度眠って目が覚めると、おとうさんが帰ってきていた。
「目が覚めたかい? 熱はどうなったかな」
おとうさんはそう言って、ぼくの額に自分の額をこつんと合わせた。
おとうさんの顔が間近に迫って、魔法で色を変えてるはずの目が、なんだか少しだけ赤くなってるように見えた。
「……デルト、ごめん。君があんな風に考えていたなんて、夢にも思わなかった。君は何も悪くない。一番悪いのは、君たちを放っておいた僕なんだよ。
僕は、本当に、どれだけ貴重な10年を無駄にしてしまったんだろうね」
額を合わせたまま、おとうさんが目を瞑る。
「……おとうさん」
「なんだい?」
「ぼく、おとうさんにここにいてほしい」
「いるよ。当たり前じゃないか」
「でも、おとうさんに無理させたくないんだ」
「無理なんてしていないよ。僕はそんなに信用がないのかな」
「だって、おとうさんは、ここで暮らしてるといろんなことに気を遣うから落ち着かないでしょう? 旅にも出られないよ」
「それはそれ。確かに慣れないことをしているとは思うけど、でも、僕は自分でここにいようと思ったからここにいるんだ。旅だって、君が大人になってからいくらでもできるしね。そのくらいは信用してほしいな」
「ほんとに?」
「本当だよ。僕はデルトと暮らしたいからここにいるんだ」
おとうさんは額を離してぼくの頭をわしゃわしゃとかき回した。
ぼくはなんとなく俯いて……
「──おとうさん」
「ん?」
おとうさんの手が止まる。
「ぼく、おとうさんが戦ってるところ見るの、好きなんだ」
「うん」
「おとうさんはかっこいい魔法剣士だと思う」
「それは、うれしいな」
「だから、ぼく、おとうさんみたいな魔法剣士になりたい。おとうさんみたいに、魔法と剣で戦えるようになりたい」
「……そうか……そうかあ」
おとうさんは満面の笑顔で「そうか」と言い続けながら、両手でひたすらわしゃわしゃとぼくの頭をかき回した。
「じゃあ、デルトがもう少し大きくなったら、僕がデルトに剣と魔法での戦い方を教えるよ。約束しよう」
「うん」
「次は、僕のお願いだ。デルトがリーゼと暮らしてたときの話を聞きたいな」
「かあさんの?」
「そう。ゆっくりでいいから、話してくれないかな」
「ええと……」
ぼくは、ぽつぽつと、思い出したことから少しずつ、かあさんのことを話し始めた。
今日、初めておとうさんと一緒にスタートラインに立てた気がした。
シャスがデルトを見ている間、おとうさんはアロイスに相談に言ってました。
「どうしようアロイス。僕がほっといた10年は取り返しが付かない10年だったんだ」
「何をいまさら。……まさかわかってなかったのか?」
「僕はどうしたらいいんだろう。まさかデルトが自分を責めてるなんて思ってなかったんだ。本当に、どうしたらいいんだろう」(めそめそ)
てなあたりを、後で書こうかなと考えておりますが、予定は未定で。