4.初めての王都
2晩ほど山の家で過ごしてから、ぼくたちは王都へと出発した。
ここから王都までは街道沿いに行くと5日くらいかかるらしい。「ちょっと時間がかかり過ぎるから、少しだけ近道しよう」とおとうさんが言って、街道から外れた場所を進んだ。2泊ほど野宿になったけれど、もう夜もそれほど冷えない季節になっていたので、問題もなかった。
おとうさんの言う「近道」のおかげか、王都までは4日くらいで到着できた。
王都は……まだうんと遠くにあるのに王城も城壁もはっきりと見えるくらい大きな町だった。町へ入る門には衛兵が立ち、入るひとたちをひとりひとり確認していて、行列に並んで順番を待たないといけなかった。「ちょっと混む時間に当たっちゃったみたいだね」とおとうさんが言った。
それでもゆるゆると列が進み、ぼくたちの番が来た。門番には名前や目的とかを簡単に聞かれた。おとうさんは傭兵の登録もしていたみたいで、その登録証みたいなメダルを見せて説明していた。
やっと王都に入ると、中は見たことないくらいたくさんのひとと高い建物ばかりだった。
上ばかり見てしまうぼくに「あまりきょろきょろしてると迷子になるよ」と言いながら、おとうさんは空いた手でぼくの手をしっかりと握った。
「まずは厩舎のある宿に行こう。王都の中は、それから案内するよ」
そう言っておとうさんが連れて行ってくれた宿は、門からそれほど離れていないところにあった。結構大きな宿で、主が妖精だから人間以外の種族がたくさん利用するところなんだという。
宿の下働きに馬を預けて中へ入ると、そこは大きな酒場で、まだ昼間なのに、もうお酒を飲んでいるひともちらほらといた。
おとうさんが「ひさしぶりに来たよ」と声をかけると、「あら、ターシスじゃない!」とカウンターの中にいた妖精のお姉さんが笑顔で返事をした。
お姉さんはすぐにぼくにも気づいたようで、「その子は?」と尋ねてきた。おとうさんが「ぼくの息子なんだ」とにこにこしながら答えると、お姉さんは「ターシスにこんな大きな子供がいたの!?」とすごく驚いた。
「こんにちは、デルトです」
「“妖精の薄羽”亭へようこそ! ゆっくりしていってね」
ぼくがぺこりとお辞儀をしながら挨拶をすると、お姉さんはにっこりと笑い、「これは初めてのお客さんに私からのサービスね」と果汁を絞った飲み物を出してくれた。
ぼくが飲み物を飲んでいる間も、おとうさんと挨拶を交わすひとが何人かいて、おとうさんは、皆、以前一緒に仕事をしたことのあるひとばかりなんだと説明してくれた。
部屋に大きな荷物だけを置いて、まずはバジリスクの目玉を売りに行った。その店もおとうさんがよく使っている店なんだという。魔道具の素材以外にもいろいろなものを扱ってて、たいていのものを適正な値段で取引してくれるんだそうだ。
「あとは……そうだね、騎士団本部のホールで、魔王の角を見ようか」
そう言って連れて行ってくれた騎士団の本部は王城の次に大きな建物で、白い石の壁面はいろいろな彫刻で飾られていた。
その騎士団本部のホールは、入口で所定の手続きさえ済ませれば騎士団員以外でも中に入れる仕組みになっていて、ぼくたちみたいに角を見に来た人もちらほらと見かけられた。
ホールへ入って正面の壁に掲げられた角を見て、ぼくは思わず傍らのおとうさんに向かって「おとうさん、すごい」と呟いた。おとうさんは「だろ? やっぱり王都に来たらこれを見ておかないとね」とにこにこしながら頷いた。
ホールへ入る前に、魔力感知の魔法をかけておくとおもしろいものが見られるよと言われてかけたのだけど……たしかに、これはすごいと思う。この“魔王の角”を取り巻く魔力の渦はちょっと他では見られないくらいに大きなもので、この角のもとの持ち主の魔力はいったいどれくらいあるんだろうと、考え込まずにいられないくらいだった。
「前に見たときよりも、大きくなってる気がするよ」
ぽかんと角を見上げるぼくに、さらにおとうさんが言った。
「大きくなるものなの?」
「たぶん、もともとあった大きさに戻りつつあるんじゃないかな」
「ていうことは、ほんとはもっと大きいんだ」
ぼくはもう一度角を見上げて、しみじみと見入ってしまった。“魔王”ってどんな魔族なんだろう。
「あれ? デルト? ターシスさんも?」
不意に名前を呼ばれて振り返ると、魔術師団の制服を着たおねえさんだった。
「エディトさんこんにちは」
「王都に来ていたの? 連絡をくれればいいのに」
「予定を変えて急に来ることにしたので、さっきついたばかりなんです」
「そうなの? ……ああそうだ。これからフォルのところに報告書を持っていくところなのよ。一緒に行きましょう」
「報告書?」
「少し前にね、魔の森の近くでバジリスクが出たからって討伐に行ったら、既に誰かに倒された後だったの。その報告書を出しに来たのよ」
バジリスクという名前に、あっと思っておとうさんを見る。おとうさんは明後日のほうに顔をそむけていた。
「どうしたの?」
「あの……おとうさんです」
「え?」
「せっかくバジリスクがいるからって……王都に寄ったのも、目玉を売るためなんです」
「……え?」
おねえさんは目をぱちくりした。
「──まさか行きがけの駄賃みたいにバジリスクを倒す人がいるなんて、それもこんな身近になんて思わなかった。それならそれで知らせてくれればよかったのに」
おねえさんは呆れたような溜息を吐きながら、にいさんの部屋まで連れて来てくれた。
「魔法使いエディト・ヘクスターです。報告書をお持ちしました。あと、オマケも」
「入れ」
おねえさんががちゃりと扉を開けると、奥の机でにいさんが書類を眺めているところだった。おねえさんが机の横にいた騎士に一礼して部屋に入る。ぼくとおとうさんも一礼してからおねえさんに続いた。
にいさんが「オマケって何の……」と言いながら顔を上げると、顰めていた顔が驚いた顔に変わった。
「デルト? ターシスさんも?」
「さっきホールで拾ったので連れてきました。
デルト、ターシスさん、こちらは小隊長殿の補佐をしている騎士ギーゼルベルトです。騎士ギーゼルベルト殿、こちらは小隊長殿の義弟デルトと、その実父にあたるターシス氏です」
「初めまして。お仕事中、急にお邪魔してしまいすみません」
ぺこりと挨拶をするぼくとおとうさんに、騎士ギーゼルベルトは軽く一礼を返してくれた。
「小隊長殿、ちなみに、あのバジリスクを倒したのは彼だそうですよ」
「……なに?」
「ええと……あまり日程に余裕がなかったので……ちょっと調べたら1匹だけでしたし、1匹ならまあなんとかなるかなと」
おとうさんがへらりと笑って言うと、にいさんもおねえさんも、そして騎士ギーゼルベルトもさすがに呆れたり驚いたりしていた。
「というか、バジリスクひとりで倒すとか本当ですか? それで無傷?」
おねえさんがやっぱり信じられないと口に出す。
「バジリスクは結構動きがとろいから、コツさえ覚えれば意外に楽だし、コストパフォーマンスのいい獲物なんです。梟熊のほうが疲れるから大変です」
「返り血だってあるでしょう。猛毒なのに、触ったらどうするんです?」
「それは防御結界の応用でかわせば大丈夫ですし」
「……は?」
おねえさんがぽかんとすると、にいさんが立ちあがった。
「ターシスさん」
「はい」
「ちょっと、手合わせ願えますか」
「え?」
「騎士ギーゼルベルト、訓練場は空いてるかな」
「おそらく、この時間なら」
「よし。……ターシスさん、こちらへ」
「あ、いや、ええと……はあ……」
おとうさんはにいさんに引っ張られて、手合わせをすることになった。
にいさんは、騎士が普段の訓練に使う場所へとぼくたちを案内した。バジリスクをひとりで倒したというのを聞いて、おとうさんと手合わせがしたくなったんだそうだ。おとうさんに、普段使う魔法を使っての手合わせでと注文していた。おとうさんはしかたないなあと言って、「じゃあ、魔法の直接攻撃は無しで」と自分に魔法をいくつか掛けた。
おとうさんは騎士と手合わせするのは初めてだし、にいさんも魔法剣士と手合わせは初めてだそうだ。にいさんは防具を付けて、おとうさんは「動きづらいといつもの調子が出ないから」と防具はなしで、訓練用の剣を選んでいる。
おねえさんに「どうなるかな」と聞いたら、「フォルはともかく、ターシスさんの戦うところは見たことないからなんとも言えないね」と肩を竦めた。
模擬戦は、騎士ギーゼルベルトの合図で始まった。
おとうさんはいつものスタイルで、スピードと幻術を使ったフェイントを組み合わせて踊るように剣を操ってにいさんを押す。にいさんが振るう剣はすべて避けたり小さな防御結界ではじいたりで、おとうさんには全然かすらない。
にいさんは、盾や剣、時には防具をうまく使って攻撃を的確に受け流しながら、おとうさんの避けた先を狙って剣を繰り出している。こっちにも、おとうさんの攻撃はなかなか当たらない。
おとうさんもにいさんも、かなりの速さで剣をガンガンと打ち合わせていて、だんだんとぼくには追い切れなくなっていた。おねえさんはぼくの横で見学しながら、「なんであの速さで結界が……」とぶつぶつ言っている。どうやら、おとうさんの繰り出す魔法が気になるらしい。
いつの間にか、訓練場の周りにはたくさんの騎士が集まっていた。
模擬戦は結構な時間続いていて、集まった騎士の中には、どちらが勝つかと賭けているひともいるみたいだった。さすがのおとうさんもにいさんも、少し動きが鈍くなってきたように思える。おねえさんは、途中から魔法まで使って2人の戦いを観察していた。
そうやって何合も何合も剣を合わせている最中、不意におとうさんが眩い光を放った。たぶん目くらましの光だろう。模擬戦を見ていた全員が、一瞬、その光に目を奪われてしまう。
──そして、視界が戻ると勝負は決まってた。にいさんが剣を大きく横薙ぎにした姿勢のまま、低い姿勢のおとうさんに鳩尾のあたりへ剣を突き付けられていた。にいさんが悔しそうな顔で剣を落して両手を上げる。
そこで騎士ギーゼルベルトの「勝負あり!」という声がかかり、模擬戦が終了した。
防具を外して戻ってきたにいさんが、「ああ、読み切ったと思ったんだがなあ」と悔しそうに言う横で、おとうさんも「騎士の体力は梟熊よりすごい」としみじみ呟いていた。
騎士ギーゼルベルトが後ろを歩きながら「あまり見ない太刀筋でしたね」と感心すると、「僕の剣の師匠は妖精だから、それでかもしれませんね」とおとうさんが言った。
部屋に戻ると、にいさんは「今日はもう終わりにする」と言い出し、騎士ギーゼルベルトがやっぱりなという顔で「では、今日はこれで失礼します」と退出してしまった。にいさんはそのまま、「すぐ出られるから、一緒に行こう。少しまっててくれ」と、机の上の書類を手早くまとめ始めた。
おねえさんが思い出したように「ああそうだ」と、手を叩いた。
「今夜は皆で夕食を食べましょう。ディア様にも伝言送っておきますね。支度が間に合わないからうちでというわけには行かないんですけど、この前友人にいいお店を教えてもらったんですよ。身支度ができたら待っててもらえば……今日はどこに宿を取ってるんですか?」
「“妖精の薄羽”亭です」
「じゃあ、そこで待っていてもらえれば、迎えに行きます」
その夜の夕食は、久しぶりに賑やかな食卓になった。
おとうさんは「まさか王都の中であんなに魔族が集まるなんて思わなかった」と驚いていた。
翌日、王都の中で買い物を済ませた後、もう一度にいさんやおねえさんに挨拶して、ぼくたちは村へと帰った。