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ぼくを取り巻く世界のできごと  作者: 銀月
2.ぼくと魔族のおとうさんの関係
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3.おとうさんと初めての旅/後篇

「ここが魔の森に一番近い町トイヘルンだ。それでも、ここから森まで2日か3日かかるんだけどね」


 王国の建国後、初めて魔の森に踏み入って魔王を倒したと言われる騎士、トイヘルンの名前を冠したこの町は、魔の森に近いから魔王のお膝元とも呼ばれてるんだという。「魔王なんているんだ」とぼくが驚くと、「でも、7年くらい前に何代目かが倒されちゃったらしいよ。それに、魔王っていったって、力の強い魔族なのは確かだけど魔族の王ってわけでもないんだよね」とおとうさんは肩を竦めた。


 ぼくたち魔族に王様はいない。ぼくが知らないだけじゃなくて、実際、魔族は皆それぞれがばらばらに適当にやってる種族なんだとおとうさんも言っている。

 妖精や獣人たちにはちゃんと王様や長がいて皆をまとめているのだそうだ。だけど、おとうさんは「魔族は寿命が長すぎるくらいに長いし、王様って大変そうだし、生きてる間中ずっと王様をやれと言われたら、僕なら絶対逃げるね」と笑って言う。ぼくも、何百年も王様を続けなきゃいけないのは確かにたいへんだなと思う。

 それに、まとめなきゃいけないほど魔族は数が多くない。おとうさんのようにずっとあちこち旅をしてても、偶然知らない魔族に会うことはほとんどないのだ。

 あの村にあれだけ魔族の血縁が集まって堂々と暮らしてるのは相当稀で、しかも数十年見つからずに済んでることに、未だにおとうさんは驚いてるんだと言っていた。

 おかげで、おとうさんの魔族の知り合いは、いっきに倍に増えたらしい。


 その、魔王が棲む魔の森に一番近い町に到着したら、ひとつ問題が起こっていた。この先の街道に魔の森からやってきたと思われる魔物が出て、街道が通れなくなっているんだそうだ。おとうさんは「困ったなあ」と呟いて、様子を聞きに町の警備隊の詰め所に向かった。ぼくも一緒に付いて行った。


 詰め所にはたくさんの人がいて、皆口々にいつになったら通れるようになるのかと警備兵に詰め寄っていた。とくに商人のおじさんたちが、これじゃ遅れてしまって間に合わないと焦っているようだった。

 おとうさんも予定どおりに帰れなくなったら困るなと言っていた。

 警備兵の話では、昨日、この先で旅の商人がバジリスクらしい魔物に襲われたから、王都に討伐の要請を送ったところなんだという。討伐が終わるまで、早くても2、3日は待たないといけないだろうと言われて、皆頭を抱えていた。


「バジリスクか……」

「おとうさん、知ってるの?」

 詰め所から宿へ戻りながら、おとうさんはずっと考え込んでいた。

「うん。8本足の牛より大きいトカゲみたいな見た目で、睨まれると身体が石になったみたいに動けなくなるんだ。血に毒もあるから、かなりやっかいな魔物だね」

「ふうん」

 おとうさんは急にぶつぶつ言いながら魔法を唱えた。ぼくが何をしてるのかと見ていると「1匹だけみたいだ」と呟いた。

 ぼくはなんとなく、またおとうさんがやらかすんじゃないかと予感がした。

「おとうさん?」

「バジリスク1匹なら、なんとかなるな」

「……おとうさん?」

「最低3日としても、それだけここに足止めされちゃったら間に合わないもんね」

 おとうさんは、ぼくに向かってにっこりと笑った。

「それに、バジリスクは結構珍しい魔物で、目玉が高く売れるんだ」


 翌朝、夜も明けきらないうちにぼくたちは町を出ていた。夜のうちにおとうさんは何度か魔法をかけて、バジリスクのことを調べていたみたいだった。おとうさんは意外に探知魔法が得意らしい。獲物の場所がわからないと狩りに行けないしねと、当然のように言っていた。

 ぼくは町を出る前に、「バジリスクを倒したらそのまま次の町へ向かうから連れていくけど、絶対に近寄ったらだめだ」と言い含められていた。

 さすがに睨まれたり血を触ったりしたら、大変なことになるのはわかる。けれどやっぱりおとうさんが戦うところは見たいので、離れているけどおとうさんが見えるところでという条件は呑んでもらった。


 街道は封鎖されているから、警備兵に見つからないように街道を外れたところを通り、ぼくたちはバジリスクを追いかけた。バジリスクは足が遅いし、ぼくたちは相乗りだったけど馬なので、追いつくのにそれほど時間はかからなかった。

 バジリスクは森からも街道からも離れた平原をのそのそと歩いていた。遠くからでもはっきり姿がわかるくらい、たぶん、牛よりもふた周りは大きいくらいの魔物だった。

「これだけ離れてれば睨まれても大丈夫なはずだけど、防御魔法はかけておくからね」

 絶対じゃないけれど、バジリスクの視線を防げる魔法があるのだそうだ。おとうさんは念のためにとぼくにその魔法をかけてくれ、それから、おとうさん自身にも防御や強化の魔法をいろいろかけてから、「行ってくるよ」とバジリスクに向かって走りだした。ちょっとそこまで仕事に行ってきますと言ってるような、気軽な感じだった。


 おとうさんの戦い方は、やっぱりきれいだと思う。

 梟熊のときのように、まるで軽やかに踊るように剣を振るい、魔法を使う。

 バジリスクが睨もうと顔を向けると、おとうさんはそいつの目を幻術魔法の暗闇で覆って視線を遮り、斬り付けた時の返り血は、防御結界を盾のように使って避けている。まるで、魔法使い役と剣士役をひとりで同時にやってるみたいだ。

 魔法剣士になれば、おとうさんみたいな戦い方ができるようになるんだろうか。剣で戦いながら魔法を使うのはすごく大変だと思うんだけど、どうやったらおとうさんみたいになれるんだろう。


 そのうち、バジリスクは敵わないと思ったのか、急に背を向けて逃げ出した。おとうさんは走り出したバジリスクの眼の前に精霊魔法で爆発を起こし、目を回してふらふらになったところへとどめを刺した。


 バジリスクが完全に事切れているのを確認すると、「後始末をするから、そこでもう少し待ってて」とおとうさんはにこにこしながら魔法をいくつか唱えた。地面にこぼれたものも含めて血を無毒化して、それからきれいにくりぬいた目玉の下処理を魔法で手早く済ませたところで、「じゃ、出発しよう」と戻ってきた。


 馬に相乗りして次の町へ向かいながら、おとうさんは何かを考えているようだった。

 次の町が見えてくるころ、おとうさんが「やっぱり王都まで行ってみようか」と言い出した。ぼくが「え?」とおとうさんを見上げると、「王都なら目玉も買いたたかれないし、折角こっちまで来たからいい機会だよ。帰りは転移魔法3回くらいで村まで行けるだろうし」と笑ってた。

 呆れて、「だったら、バジリスクもそんなに急ぐことなかったんじゃない?」と僕が言うと、「だって折角珍しい魔物がいるのに、騎士団に持っていかれたら悔しいじゃないか」と、やっぱりにこにこしながら言っている。

「もしかして、おとうさんは今までもそういうことしてたの?」

「魔物は見つけたら早い者勝ちだよ。自分で狩れる獲物なら狩らないとね。その代わり失敗は自己責任だから、そこはちゃんと見極めているよ。

 それはともかく、やっぱり折角だから、王都に寄って行こうね」


 ……おとうさんは、この調子で帰るのを延ばし延ばしにした結果、ぼくとかあさんを10年放っとくことになったんじゃないだろうか。


 それから2日かけて、ぼくたちはようやく山の家に到着した。

 庭は少しずつ木や草に埋もれつつあったけど、魔族のかあさんの場所の石と花は大丈夫だった。花はまだだったけど、葉は元気に茂っていた。

 ぼくが「ここだよ」と案内すると、おとうさんは「がんばったんだな」とぼくの頭をぽんぽんと撫でた。ぼくも、あれからもう2年経つんだなと、なんだかすごく長くこの家を留守にしてたんだなと思った。


 おとうさんは長いことかあさんの場所で石の前に座り込み、じっと目を閉じて頭を垂れていた。心の中でずっとかあさんと何かを話しているみたいに見えた。ぼくは、そんなおとうさんを少し離れた場所から眺めていた。

 しばらくすると話し終わったのか、おとうさんは立ちあがってかあさんの石を撫でると、こっちへ戻りながらぼくを呼んだ。

「デルト、デルト」

「なに、おとうさん」

 ぼくが歩いていくと、おとうさんは急に、ぼくをぎゅうっと苦しいくらいに強く抱きしめた。

「おとうさん、苦しい」

「なんか今、僕にデルトがいてくれて本当によかったなって、すごくしみじみ思った」

 おとうさんは、そう言ってじたばたするぼくを抱きしめながらバシバシと背中を叩いた。ちょっと痛かった。


 その後は、おとうさんと2人で中を掃除して、夜はひさしぶりにこの家でゆっくりと過ごした。



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