3.おとうさんと初めての旅/前篇
長くなりそうなので切りましたです
梟熊の一件からまたひと月すぎて、木々の緑も濃くなってきた。
あれから、村のお姉さんたちの差し入れやお裾分けがますます激しくなった。どうやら、おとうさんがひとりで梟熊を倒したことが広まったせいらしい。普段ふにゃっとして見えるのにやる時はやるって素敵よねとカルルのお姉さんが言っていたから、たぶんそういうことなんだろう。
そして、村の人たちと当たり障りなくやっているけど、おとうさんが実はずいぶん気を張っていて大変らしいということが、ぼくにもだんだんとわかってきた。
この村に住むまであちこち転々としてきたためか、ここまでなんやかやと構われまくることに慣れていないみたいだ。あとはやっぱり、村の人たちは人間でおとうさんやぼくは魔族なので、あまり気を抜けないらしい。
だから、かあさんのことを「なんであんなに自然体でやっていけるんだろう」と、とても不思議がっていた。ぼくが「やっぱりとうさんがいるからじゃないかな」と言ったら、アロイスはすごいなと感心していた。
最近のおとうさんの課題は、いかにお姉さんたちを不快にさせず、現状のお裾分け攻撃を断るかということらしい。
とうさんにも相談してたけど、出てくる案が「嫁を貰う」とかでは、人間でないおとうさんにはハードルが高すぎて詰んでるんだと唸っていた。かあさんには「10年ほっといて平気なやつが、また嫁を貰えるなんて思うのか」と怒られてたけど、ちょっと遠い目で「旅に出たい」と呟くおとうさんを見てると、ぼくも少しかわいそうになってくる。
だからカルルに話をしてみたけど、「姉ちゃんが俺の言うこと聞くと思ってんのか?」と睨まれてしまった。やっぱりだめか。
そんなある日、おとうさんはとうとう「北の山の家に行こうか」と言い出した。「考えてみたら、僕、ちゃんとリーゼのお墓参りしてないんだよ」と。
おとうさんがあの山の家に帰った時、最初に気付いたのはおねえさんの残した魔法の印だったのだそうだ。ちょっと考えてそのまますぐにおねえさんに連絡を取ったから、ぼくが作った魔族のかあさんの場所に気づかずに、この村まで来てしまったということらしい。
そうは言っても、魔族のかあさんには悪いけど、たぶんお墓参りは言い訳で、毎日のお姉さんたちのお裾分け攻撃に耐えられなくなったのが真相だと思う。
お墓参りに行くと決めたおとうさんは急にうきうきと元気になって、「デルトはここ以外の町を見たことがないだろう? 楽しみだね」と荷物を準備し始めた。最近気づいたけど、おとうさんはかなり衝動的に、しかも勢いで行動するほうだ。思い立ったらすぐやりたくなるのがおとうさんなんだ。
だけど、いくらなんでも急すぎる。まさか今日すぐにでも出発するつもりなのかと、ぼくは慌てておとうさんを止めた。
「いいけど、おとうさんの仕事は? 明日は町の警備隊に行くんじゃなかったっけ?」
「ああ、そうか。そうだった。ちょっとアロイスのところに行ってくる」
家を出るおとうさんの背中に、ぼくはなんだか溜息を吐いてしまった。
翌日、おとうさんはなんとか仕事を調整してもらったということで、5日後に出発することに決めた。今回は馬で行くのだそうだ。ぼくが馬に乗れないと知ると、おとうさんは「じゃあ、行きながら練習しようか」とにっこり笑った。途中で馬市のある町に寄るから、そこでぼく用に買ってもいいねと言い出してる。買うのはいいけど、世話できるのかな。
出発まで、これから20日近く空けることになるからとじっくり家の中を片付けつつ、おとうさんに旅の荷物の作り方を教わりながら、ぼくも自分の荷物をまとめたのだった。
予定通り5日後、とうさんとかあさんに留守の間のことをお願いして、ぼくたちは村を出発した。
この村を出て最初は西のアルシュ川沿いの街道を南へ下り、途中から東へ向かう街道に入って魔の森の近くを抜けていくルートで、だいたい7日か8日くらいで山に付くんだそうだ。おとうさんの頭の中には、この国全体の地図がだいたい入ってるんだと言った。
街道を通らずに行けばもっと早く着くけれど、途中で獣が出たり野宿が続いたりして大変だから今回はやめておくのだと言っていた。次に行く時はそっちを通ることになりそうだなと思った。
ぼくは馬の背に乗せられて、おとうさんはその馬の手綱を引きながら街道を歩いていく。
風が涼しくて、暑すぎず寒すぎず、馬でぽくぽく歩くにはとてもいい季節だけど、1日ずっと馬に乗り続けるのは、お尻が痛くなりそうだ。
おとうさんは時々ぼくの乗馬の姿勢を直しながら、これから立ち寄る町の話をしてくれた。街道沿いの町はだいたい1日置きくらいにあるから、ぼくたちはこれから毎日、町の宿屋に泊るんだそうだ。
村を出て初めて来た町は、かなり賑わっていて人がたくさんいた。村では全然見なかった妖精や獣人もちらほらと見かけた。この街道は王都までずっと続いてるから、この近辺から旅人がたくさん集まるんだとおとうさんが教えてくれた。
早めに宿屋を決めたあと、おとうさんはぼくを連れて町の中を案内してくれた。村では見たことないような珍しいものもあってあちこち目移りしながら歩いていると、目が回りそうになった。
「疲れたろ。夕食を食べたら早めに休もうか」
おとうさんが背負ってやろうかとも言ったけど、さすがにそれは遠慮した。ぼくだってもうすぐ13なんだ。
おとうさんが言うほど疲れてないと思ってたけど、ベッドに入ったらすぐにとてつもなく眠くなって、そのまま朝までぐっすり寝てしまった。
川沿いに下り始めて4日目、街道の交差する町に付いた。ぼくたちはここから東に向かうんだ。
「ここから西に2日くらい行くと黒森があるんだ。で、そのあたりからさらに南よりに向かえばマンスフェルダーの町がある」
街道の交差点に立って、おとうさんがぼくに説明する。
「黒森とマンスフェルダー?」
「シャスが昔住んでたっていう森と、アロイスの出身の町だよ」
「とうさんと同じ名前の町なんだ」
「そう。アロイスはもともとあそこの領主の跡取だったそうだからね」
「そうなの?」
おとうさんは頷いた。とうさんがそんないい家の出だなんて、知らなかった。
「だから、アロイスの剣は正統な騎士の剣術だろう? さすがに流派まではわからないけど、きちんと型を学んだ剣だってのは少し手合せすればわかるよ」
へえ、とぼくは感心した。
「おとうさんも、そういうのはわかるんだ」
「僕だって、伊達に長く剣を使ってるわけじゃないからね」
「とうさんたちは結構離れたところからあの村に来たんだね。どうしてだろう」
「……たぶんいろんなことがあったんだよ。今度、自分で聞いてごらん」
「うん」
それから、おとうさんはこれからぼくたちが向かうほうを示して言った。
「ここからは、少し小さい町が多くなるんだ」
「そうなの?」
「主要な街道からは外れるからね。通る人が少ないと、それだけ道も小さくなるんだ」
「へえ」
「100年くらい前は、こっちの道は街道っていっても小さな馬車が1台やっと通れる程度だったんだ。それに比べたらずいぶん大きくなったもんだよ」
「おとうさんは、昔からいろんなところを歩いてたの?」
「そうだね。僕の師匠にあたる人がそうだったから、もう子供のころからずっとか。山の家にいたのが正味10年てところだから、それ以外はずっと旅暮らしだね」
「大変じゃなかった?」
「うーん、大変だと思ったことはないかな。おかげで、ずっと同じところにいるほうが落ち着かなくなるくらいだ」
「……村で暮らすの、つらい?」
「そんなことはないよ。デルトと暮らすのは楽しいし……ただ、もうちょっと放っといてほしいと思うのは確かだけどね」
おとうさんは苦笑した。やっぱり、お姉さんたちの攻撃はなんとかしなきゃいけないんだな。