1.10年ぶりのおとうさん
ついこの前のこと。
晩御飯を食べながら、とうさんとかあさんに、おねえさんのところへ魔族のとうさんから連絡があったことを話した。
なんとなく緊張しながら話すぼくに、とうさんもかあさんも「よかったな」と言った。かあさんに「それで、いつ会うんだ?」と聞かれてぼくがわからないと頭を振ると、「会えるときに会ったほうがいい。早く会いに行って来い」と言われてしまった。とうさんも頷いていた。
3日くらい考えてから、ぼくは魔族のとうさんと会うことに決めた。
かあさんに頼んで、おねえさんに伝達呪文で伝言を送ってもらうとすぐに返事がきた。おねえさんが休暇を取れ次第、こっちに魔族のとうさんを連れてきてくれるとのことだった。
そして今日、とうとうその日が来た。
お昼の少し前、おねえさんが男の人と転移してきた。背が高くてちょっとひょろっとしていて、なんだか優しげな男の人だ。なんていうか、女の人みたいにきれいな男の人だなと思った。とうさんみたいな動きやすそうな服で堅そうなブーツを履いていて、腰に剣を下げてる。
魔法使いには見えない格好だ。
その人は、きょろきょろと周りを見てぼくに目を止めると「あっ」という顔をして、それからとうさんとかあさんに気づいてぺこりとお辞儀をした。
「初めまして、ターシスです」
「初めまして。私はアロイス・マンスフェルダー。こちらは妻のシャス。そして、この子がデルトです」
とうさんが前に進み出て握手をしながらぼくたちを紹介すると、ぼくはちょっと上目づかいに男の人を見上げてからお辞儀をした。
男の人は、首を傾げ、しばらくぼくをじっと見た後に腰を落として目線を合わせ……「ヴェンデルベルト?」と、まるで確認しようとしているように、ぼくの耳元に口を寄せ、ぼくの真名を囁いた。
ぼくはこくりと頷いた。
心の中に、昔確かにこの声でぼくの名前を呼ばれたことがあるという確信が湧いてきた。
──この人は、ぼくのおとうさんなんだ。
「なら、君はたしかに僕の息子だ」
おとうさんは笑って、両手でぼくの顔を挟んだ。
「顔をよく見せてくれないか? ──うん、デルトはリーゼに似たんだね」
リーゼっていうのは、魔族のかあさんのことだ。今まで考えたことなかったけど、ぼくはかあさん似だったんだ。
「……おとうさん?」
「うーん、“おとうさん”か。なんだか実感が湧かないなあ」と、おとうさんはまた笑って、ぼくの頭をくしゃっと撫でた。
「さっきまでは、“おとうさん”が馴染まなかったら“ターシス”でもいいかなと思ってたんだ。でも、“おとうさん”も悪くないね」
かあさんが、そんなおとうさんに少し呆れ顔になる。
「10年も放ったらかしてたら実感が湧かなくても当然だ。なんだってそんなに嫁と子供を放ったらかしておいたんだ? 無責任にもほどがあると思わないのか」
おとうさんは立ち上がって苦笑した。
「ええと、すみません。あまりよくわかってなくて……10年なんてほんの少しの間だと思ってたし、まさか子供がたった10年でこんなに大きくなるなんて知らなかったんです」
「……あなたは世間知らずにもほどがあるぞ? そもそも、子供は20年もすれば育ち切って一人前の大人になるんだ。それくらい想像しろ」
「たしかに考えてみたらそうなんですが」
かあさんに詰め寄られて、おとうさんはあははと笑った。
「笑い事じゃないぞ」
「まあ、とりあえずお義母さん落ち着いてください」
おねえさんが間に入ってかあさんをなだめると、とうさんも頷いた。
「中に入ってもらおう。2人で話したいこともあるだろうし、ターシスさんは、デルト、お前の部屋に通しなさい」
「はい」
部屋へ入ると、おとうさんはなんだか物珍しげにあちこち眺めていた。置いてあった本を見て、魔法剣士か、と呟いた。
ぼくはおとうさんに椅子を勧めてから、ぽつぽつとここに来ることになった経緯を話した。おとうさんはうんうんと頷きながら聞いていた。
「──魔族のかあさんが死んじゃって、お腹は空くし、討伐の人間も来るし、このまま死んじゃうんだと思ったけど、この家に来れてよかったなって思ってます」
「ええと、なんか、ごめんな。すごく苦労させてしまったみたいだ」おとうさんはすごく申し訳なさそうな顔になって、ぼくを抱きしめた。「10年て結構長かったんだな」
そりゃ、ぼくが赤ん坊からこれだけ大きくなるくらいなんだから、長い年月だと思う。ひとしきりぎゅーっとしてからぼくを離すと、おとうさんもぽつぽつと話を始めた。
「最初、あの家に戻ったら魔法の印があって、魔術師団の魔法使いがなんで伝言なんか残してるのかと思ったんだ。デルトとリーゼが師団に連れて行かれたのかと、少し焦ったよ。
そしたらリーゼは亡くなってるし、師団の魔法使いが魔族と一緒にいて討伐小隊の小隊長の実家でデルトを預かってるって言うから、また驚いた。僕はもう200年くらい生きてるけど、たぶん、今までで一番驚いたんじゃないかな。
まさか、あの小隊長が魔族の血を引いてるなんてことも、知らなかったよ」
「おとうさんは、にいさんのこと知ってるんですか?」
「うん。騎士カーライルと一緒に“王都の魔”を追い払ったって話もあったし、騎士フォルはやり手の騎士として、そこそこ有名だと思う」
にいさんはすごいなあと思いながら、ぼくはふと思ってたことを言ってみた。
「……ぼく、ここを離れたくないけど、でも、おとうさんと離れるのも何か違うって思うんです」
すると、おとうさんは真面目な顔になって、ぼくの顔を覗き込んだ。
「アロイスさんは人間で、ここも人間の村だろう? 大丈夫なのかい?」
「とうさんは、かあさんと初めて会った時からかあさんが半分魔族だって知ってたそうです。ぼくのことも普通に面倒見てくれます。
村の人たちには種族のこと内緒だけど、友達もできたし、全然何ともないです」
「へえ……デルトは、いい人たちに見つけてもらえたんだね」
おとうさんは、そう言ってまた笑い、それからちょっと困ったなという顔になった。
「本当のところを言うとね、僕もよくわからないんだよ。僕はね、家族がどういうものなのか、あんまり知らないんだ」
ぼくが首を傾げると、おとうさんはどう話せばいいのかなと呟いて少し考えた。
「……僕もほとんどずっとひとりでいたし、僕自身、自分の親のことはほとんど知らない。たまたまリーゼと縁があって君という息子ができたけど、何をどうしたらいいというところがよくわからなかった。だから、僕は混乱して、君とリーゼを置いて家を出てしまったんだろうな……それが君を放っておいた理由にならないのは、今ならわかるんだけど。
でも、正直なところ、今でもやっぱり、親っていうものはどう振るまえばいいのかわからなくて、僕は困ったままなんだ。
リーゼもね、あの子もまだすごく若かったし、あまりものを知らなかったんだ。たぶん、君にあまりものを教えなかったのもわかってなかったからなんだと思う」
おとうさんはちょっと遠いところを見るような目になって、それからまた僕に視線を戻した。
「ちょっと話がずれちゃったかな。……だから、つまり、僕はまだおとうさんの見習いで、アロイスさんみたいにちゃんとしたおとうさんとしては振るまえないと思うんだ。だから少し大目に見てほしい」
ぼくは頷いた。
「じゃあ、ぼくはおとうさんの息子見習いってことですか?」
「ああ、そういうことになるね。お互い見習いだ。よろしくな」
ぼくとおとうさんは手を差し出してぎゅっと握った。おとうさんの手は、とうさんほど硬くはなかったけど、大きい手だなと思った。
それからもう少しだけ話をして、ぼくとおとうさんが居間に出てくると、かあさんが真剣な顔でずいっと乗り出してきた。
「ターシスさん」
「はい」
「うちの近くに空き家があるんだ。ターシスさんさえ良ければ、そこを借りてしばらくこの村に住まないか?」
「え?」
「アロイス、あの家は確かハンス爺さんのものだったはずだ、話をつけてきてくれ」
「わかった」
「父親の実感が湧かないなら、しばらく一緒にいてみればいい。だが、デルトが遠くへ行ってしまうとなるとアロイスが寂しくてがっかりするから鬱陶しいんだ。だから、できればこの近くにいてほしい」
ぼくがとうさんを見ると「いや、そんなことはないぞ」とそっぽを向いた。かあさんは「やせ我慢するな」ととうさんの背をぱしっと叩いた。おねえさんは「ここに住めば、少しは時間の感覚も人間に近くなるかもしれませんね。おとうさんのいい見本もいることですし」と言った。
おとうさんは少し考えてなるほどと呟いてから、とうさんとかあさんにまたぺこりと頭を下げた。
「よろしくお願いします」
こうして、ぼくとおとうさんは10年ぶりに一緒に暮らすことになって、一緒におとうさんと息子の修行を始めたのだった。
あらためて、デルトなりの呼び分け方と各人の種族は以下のとおりです。
分かりづらくてすみません。
マンスフェルダー家
とうさん:アロイス(人間)
かあさん:シャス(ハーフ/魔族)
ねえさん:ディア(クウォーター/魔族)
にいさん:フォル(クウォーター/魔族)
おねえさん:エディト(人間)→フォルの嫁
おにいさん:ルツ(クウォーター/妖精)→ディアの婿
デルトの実家
おとうさん:ターシス(魔族)
魔族のかあさん:リーゼ(魔族/故人)