10.猫柳の月
川岸の猫柳にもこもこした花芽が芽吹き始めた。春がやってきた。
冬の間、ねえさんはせっせと魔道具作りの道具を揃えて、工房を作るための準備をしていた。
かあさんはすごい勢いで縫物をして、ねえさんの嫁入衣装を作っていた。とうさんはなかなか気持ちの整理がつかないみたいで、あんなに小さかった娘がなあと溜息を付いている。
ねえさんは、転移魔法も使えるし、にいさんみたいに面倒くさがらないでちょこちょこ帰ってくるつもりよと笑っていた。妖精のおにいさんは、休暇になるとねえさんと一緒にうちを訪ねて来るようになった。
ある日、カルルたちと釣りに行こうと池へ向かうところに、突然おねえさんがやってきた。おねえさんが少しぼくと2人で話したいことがあるというので、カルルたちには先に行っててもらうことにした。
カルルたちが行った後、ぼくが、じゃあ家でと言うと、とうさんやかあさんよりも先に、まずぼくに話さなきゃいけないことだと思うから、おねえさんの家に来てほしいのだと言う。
なんとなくの予感を感じて、ぼくは頷いた。
魔法で王都のすぐそばまで転移すると、手を引かれておねえさんの家に向かった。
家について入れてもらったお茶を飲んで落ち着いたところで、おねえさんが話を始める。あの山の家に置いた魔法を見て、ぼくの魔族のとうさんから連絡が入ったのだと。
おねえさんは「魔族だから、少し人間と時間の感覚が違うみたいなんだ。ほんの少しのつもりで結局10年家を空けてしまったんだと言っていた」と少し言い難そうに教えてくれた。
ぼくが望むなら魔族のとうさんと会う場所を設けてくれるし、そのことをとうさんやかあさんに話すかどうかも、ぼくに任せると言った。ぼくのことだから、ぼくが決めたほうがいいんだそうだ。
ただ、おねえさんとしては、とうさんやかあさんに黙っているのはあまり勧められないとも言った。たぶん、とうさんもかあさんも寂しいと思ってしまうからと。
今すぐ答えを出す必要はなくて、魔族のとうさんはたぶん1ヶ月や2ヶ月待ったところで気にならないだろうから、ぼくが気が済むまでしっかり考えて、それからどうするかを決めればいいと言ってくれた。
話が終わると、おねえさんは皆でおやつに食べるといいとお菓子の包みを持たせてくれ、ぼくを池まで送り届けてくれた。カルルやティーロが「もう魚は全部釣っちゃって残ってないぞ!」と遅れてきたぼくを笑いながら迎えた。
ぼくはすぐに準備をして、「カルルたちに全部釣っちゃえるわけないだろ!」と言いながら、皆と並んで釣り糸を垂らし始めた。
池に垂らした釣り糸の先を見つめながら、ぼくはおねえさんから聞いた話のことを考えていた。あんまり釣りに集中できなくて、何度も魚に餌を取られてしまった。ティーロに「調子悪いみたいだけど大丈夫か?」と聞かれて、ぼくは自分がかなり上の空だったことに気がついた。
確かに、今日は少しぼうっとしただけですぐ、魔族のとうさんのことが頭に浮かんできてしまう。
釣りの間中そんな調子で、ぼくの釣果はさっぱりだった。見かねたカルルが自分の釣った魚を少し分けてくれた。
そして、釣りの間考えて、ぼくは決めた。
これからどうするかはもう少し考える必要があるけど、今日聞いた魔族のとうさんのことは、ちゃんととうさんとかあさんに話そうと思う。