1.実りの月の終わりごろ、ぼくの世界が変わった日
その日、ぼくを取り巻く世界は全部変わってしまった。
かあさんが病気で死んでしまって、そろそろ実りの月も終わってしまう。
それほど魔法も使えるようになってないのに、山の実りが枯れてしまうこれから、食べるものをどうやって手に入れたらいいんだろうと、ここ数日ずっと悩んでいた。
人間の住むところへ行っても、たぶん追い払われるか、最悪殺されてしまうだろう。
毎日、これからどうやって生きていけばいいのかと考えていた。
前の日からずっと誰かの魔法の気配を感じて眠れなくて、寝台の上で震えていた。かあさんが死んでからこんなことは初めてだった。
夜が明けて太陽がかなり高くなったころ、かあさんが張り巡らせた結界の中に人間が来たんだってわかった。あの魔法は人間がここを探ってるものだったんだ。
──すぐに部屋の扉がバタンと開く音がしたけれど、どこに逃げたらいいかわからなくてやっぱり震えているだけだった。
気が付いたら剣を持った人間がぼくの前に立っていて、けれど、やっぱりぼくはそこから動けなかった。ぼくはこの人間に斬られて死んじゃうんだと思った。痛いのは嫌だなと思った。そして、あの剣が振り下ろされるんだと思ったら怖くて、目をぎゅっとつぶった。
それなのに、剣を持った人間は焦った様子でなぜかぼくの手を取り、自分がはめてた指輪をぼくの指にはめると、早口で「フォルが送ったって言え」と言ったのだ。
その人間が指輪に魔力を込めたとたんにぼくの眼の前は急に暗くなって、何も見えなくなった。
そうして気づいたら、見たこともない家の中にいた。いくら見回しても、見たことのないものばかりだった。目の前には知らない女の人が2人、びっくりした顔でぼくを見詰めていた。ぼくはもうわけがわからなくて「ここどこ?」って訊いたら、どこから来たの? と問い返された。
かあさんと住んでた場所のことを、ぼくはただ山と呼んでいた。どこ、と言われてもよくわからない。
だから、ぼくは手にはめられた指輪を差し出して、あの人間に言われた言葉を伝えた。
「フォルが送ったって言えって言われた」
──それから、大騒ぎだった。
小柄なほうの女の人は、もうひとり、人間の男の人を呼んで何かを話し始めた。ぼくはもうひとりの女の人に連れられて、いろいろ世話を焼かれながら、何があったのかを聞かれた。
かあさんが病気で死んでしまってからひとりで暮らしてて、そこに突然人間がきて、ぼくも死んじゃうんだと思ったらなぜかここにいて……。
女の人はうんうんと話を聞いて、ごはんを食べさせてくれて、お風呂に入れてくれて、それから、少し休もうねと言ってぼくをベッドに連れていってくれた。
布団はとても暖かくて、ぼくはなんだか安心して眠ってしまった。
次に起きたら、ぼくはここのうちの子になることが決まってた。
小柄な女の人はかあさんで、もうひとりの女の人がねえさんで、人間の男の人はとうさんだと言われた。
ぼくに指輪をはめた、剣を持ってた人間はぼくのにいさんになるらしい。
ここは人間が多いから、角と色を隠して人間のふりをしなきゃいけないと言われて、ぼくは頷いた。
かあさんもねえさんも角があるけど隠してるんだとも聞いた。
あの山の、小さな家だけで閉じていたぼくを取り巻く世界は、とても広くて果ての見えないものになった。
※デルト討伐未遂は「私と小隊長殿と魔族討伐」第1話と関連してますが、読まなくてもあまり問題ありません。