依頼
少年はその少女に見惚れていた。少女の年齢は、少年よりも少し下に見える。
だが、彼女が身に纏う雰囲気は独特で、何者も近付けさせないような、それでいて、何もかもを受け入れるような。なんとも一言では形容詞難い、とても年相応のものとは思えない風格に、少年はあてられていた。
「で、貴方の依頼はなんですの?はじめに言っておきますけれど、依頼達成後の請求額は、依頼によって変動しますわ。はじめより高くなることがあれば、逆に安くなる場合もある。まあ、九割は前者ですわ」
星を散りばめたように煌めく銀髪のロングヘアー。切れ長の目に紅い瞳。一目見ただけで誰もが美人だと確信するような風貌を携えた少女は、今この場にいる存在の中では、恐らく依頼主に当たるであろう少年に言った。
振袖と洋服を抱き合わせたような妙な服装をしたその少女。右手を突き出し、細く色白で少し爪の長い人差し指で少年を指し、偉そうに、上から目線で高飛車に、高貴な身分であるかのようにそう言い放った。
対して、少年の方は真剣で、やや困った表情を浮かべながらも、少女を見上げる首が痛いのを我慢しながら叫んだ。
「か、構いません!うちの店を繁盛させることが出来れば、あなた方の指定した金額を支払います!」
少年の首が痛みを訴えている原因、それもまた少女にある。
少女は異様に高い椅子に座っている。脚の長さは目測で凡そ2m。その天辺に少女が座っているのだ。
偉そうに。脚を組んで。肘掛けに左肘で頬杖をついて。
少年の返事に満足したのか、少女はゆっくりと余韻を愉しみながら二度頷いた。
たっぷりの余韻の後、少年を指していた手を真っ直ぐに上げて指を鳴らす。すると、この薄暗い部屋で、唯一の家具である少女が座している背の高い椅子の後ろから人影が現れた。ぬっと、音もなく現れたそれに、少年の肩が跳ねる。
いや、もしかしたらそれが原因ではないかもしれない。
椅子の後ろから現れた人影は、どう見ても普通の人間のものではなかった。
椅子の全体の高さと同じか、少し低い。2mを優に超える細長い人物が少年の前に現れたのだ。
もちろん少年が生きてきた中で、これ程長身な人間と出会ったことはなかったし、出会うことを想像すらしていなかった。
少年は長身から目を離せない。見たこともないものを見た恐怖から、身体が固まってしまったようだ。
だが、そんなことは御構い無しに長身は少年に近付く。だが、必要以上に近付くことはせず、全身を真っ黒なローブにつつまれ、口元しか見えない顔を少年に寄せた。ローブの中で膝を折り、腰を曲げ、少年の視線に合わせている。
「そうビビんなよ坊ちゃん。コレにサインして貰うだけだからよ」
ギュッと閉じていた目を、少年はそっと開いた。それに躊躇いは見られず、むしろ窺えたのは戸惑いだった。
少年は意外だった。長身は少しだけガラガラの声で少年に話しかけたが、その声に悪意や威圧の類が一切感じられなかったのだ。
少年はホッと息を吐いて、その場に膝をついてしまった。身体の緊張がとけ、力が抜けてしまったのだろう。
「ちょっとクズ!貴方は何度同じことをすれば気が済みますのこのゴミ!?依頼主を驚かせるのはやめなさいって言ってるでしょこのカス!」
酷い言われようだと、少年は思った。少女のよく通る美声から放たれる言葉は暴言の他なく、どう考えても年上であろう男に少女が放つ言葉とは到底思えなかった。
「ちょっとちょっと!いきなりそういう風な不名誉な呼び方はやめてくれねーかなー?坊ちゃんがオレの名前間違えて覚えちゃったらどーすんのよ!」
「喧しい。此方を見るんじゃありませんわよ汚らわしい」
「へいへーい」
身長差1mはあろうかと思われるこの二人。地位は小さい方が高いらしい。少年は一方的な言い争いに苦笑いを浮かべる他ない。
その様子を腰を伸ばして少女の方を見ていた長身が見て取り、アハハーとかなりわざとらしい笑い声を出しながらしゃがみ込んだ。首を落として、ようやく少年と視線が合う。
少年に顔を寄せて、口元を右手で覆いながら長身は小声で喋りはじめる。
「うちのチビが煩くて悪いな坊ちゃん」
この言葉を少女に聞かれたくなかったようだ。
ンンー!と、またもわざとらしい声と動作で喉を鳴らし、手を口元から外しす。
「此方が契約としてそちらに名前を書いてもらうわけだから、オレ達も一応名乗らせてもらうわ。オレは框。ここの依頼管理係兼依頼料請求係。んで…」
「私が依頼受付係兼ここで一番偉いチビ。婪と申しますわ。グズ。後で覚えてなさい」
「ゲー!聞こえてたのかよ…」
長身の男、框がガックリと肩を落とす。が、反応がやはりわざとらしかったので、聞こえているとわかったいたのかもしれない。よくわからない男だ。
少年は二人の顔を見比べ、この洋館に入ってきた時に比べるとかなり解れた表情で笑みを浮かべた。
「僕はマネキ!どうか、お店のこと…お願いします!」
深々と頭を下げ、少年…マネキの力いっぱいの誠意は洋館の広間に反響する。
返事があるまではと、頭を下げたままのマネキの耳にトンっという音が届き、ボサボサの髪にはふわりと風を受けて靡いた。
ひんやりとした小さな手がマネキの頬に触れ、そのまま顎を持ち上げて顔を上げさせる。
彼の目に映ったのはクスリと微笑む少女、婪の姿だった。
如何にして一瞬であの高さから床に移動したのか、マネキには見当がつかなかった。もしかしたらこれが彼女の……という考えも浮かんだが、彼の思考は目の前に目が眩むような美人がいるという衝撃で掻き消されてしまう。
「気に入りましたわ。貴方の依頼、この桜花婪が引き受ける。依頼料の用意、頼みますわよ?」
「は、はいい!よろしくお願いします!」
マネキは婪の深く紅い瞳を見つめているうちに、その魅力にすっかり虜になってしまったらしい。
両手で自分の顎に触れていた右手をギュッと握り返し、キラキラと瞳を輝かせている。
その様子を眺めていた框が、先程のマネキを彷彿させるような苦笑いを浮かべ、アハハーと笑った。かなりわざとらしく。