PART5 夏川惇-1
惇は、いつもと変わらずに生活を送っていた。
惇はこれ以降も颯志を信頼し続け、颯志に従い続ける。
「俺にはわからん。颯志にもわからんかもしれん。ただ、颯志は俺より正解に近い場所に必ずいる。だったら、颯志に従えば正解に近い行動をすることができる」
俺の王は颯志で、颯志は俺たちの王だ。
そう確信する彼には、ただ待つことができた。誰よりも、迷いなく。
惇も王の資格を持つ人間であった。しかし、自分より優れた王を見続けた人間は決して王にはなれない。
惇にとって、それは不幸ではなかった。
惇は颯志の指示通り、素早く敵の戦意を消失させて俊生たちの援護に向かっていた。
「打ち殺せ!」
惇の怒声は味方の士気を高揚させ、敵の士気を挫いた。腰の引けた敵を前のめりの味方で打ち殺すのは容易く、それでも胸を張って向かってくる数人は惇自身で殺した。
惜しい、という思いはあった。度胸のある人間、美しさを知っている人間、強さが美しさであると理解している人間。その類の人間は、強い。ここまで生きながら、強くあろうと、美しくあろうと自分を磨いてきたのだ。そして、これからも強くなっていっただろう。
敵が視界に入った瞬間、そう思う。しかし、次の瞬間にはその考えは切り捨て迷いなく敵を斬り捨てる。
その姿を見た味方はさらに勢いづき、敵は逃げさった。その混乱の中で現れた伏兵Aによって、完全に恐慌状態となり、散らされた。
俊生側へ到着し、まだ士気の衰えないまま兵も惇もそれ(・・)を見た。が、気焔は消火され、それぞれの意識の中は混乱した。
仁が鬼のような顔で笑いながら、敵を千切り飛ばしていた。
仁さん! と惇の部下が声をかけようとしたが、その声は喉から出なかった。
殴られた敵は、物理の常識を越えて飛んでいき、蹴られた敵は骨の一部がなくなったように折れ曲がった。
「ハハハハッハハハハッハハハ! ハハハハハハッハハハ!」
惇は、自分の感情が把握できなかった。
そうか、俺は混乱しているのか。そう思い当たるまで、いくらか時間がかかった。仁は本当に楽しそうだ。味方は委縮している。仁が敬われるのは、誰にでもわかる強さがあるからだ。仁が慕われているのは、誰にでもわかる欠点があるからだ。暴虐は強さとも弱さとも分類しえない。別の数直線で表すべき何かだ。
敵はもう残り少ない。それを確認した後、いくらか冷静になれた。勝つこと。第一目的は見失わない。仁は妙なことになっているが、味方を殺してはいない。こちらの兵は死んでいないだろう。勝てる可能性は高かった。
では、今俺が勝利のためにすべきことは何か。
ゆるりと戦場を観る。
味方は仁をただ見ている。敵は悲鳴を上げながら仁へ襲い掛かっている。一人、それをニヤつきながら見ている男がいた。
状況も、何が起きているかもわからなかった。仁もおかしいが、敵の様子もおかしい。大半が逃げ出して然るべきだった。それが、仁へ向かうのをやめようとしない。そして何より、学ランに金バッジをつけた男。
惇は、自分のやるべきことを理解した。