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人よ、龍たれ  作者: 茂上 桔梗
第一章 黄巾党【宗田颯志】
8/10

PART4 宗田仁-1




 あれは一体、何だったのか。

 ひとしにとっての「あれ」とは、他の仲間以上に一部分であり、深刻であった。

 それが、仁の肉体の問題であったからだ。

「……空が、青いな」

 郊外の森にいた。街中では、気分が悪くなる。まだ慣れていない。

 息を軽く吸い、最後の1㏄まで、ゆっくりと吐き出す。吐き切った後ゆるゆると、可能な限り時間をかけて空気を吸う。

 一分もすれば、肺の中が気で満たされる。そこで一瞬息を止め、丹田の下まで落とす。1㏄だけ吐き、またゆるゆると吸う。

 肺が空気で限界を超えて拡がり、頭を快感がつつく。視界に、白い光が溢れる。

 唾を飲む。

「覇ッ」

 気合とともに、少し息を吐く。

 先ほどまで体は、息を吐きたくて仕方がなかった。しかし、もう体は吐くことを求めていない。ゆるゆるとした呼吸を保つことができた。気は丹田から足元に落ち、大地を経由して踵から僕の背面を登っていく。僕の頭頂でびりびりとしたものが、また体の前面を通って丹田に入る。それが繰り返され体中に気が満ちる。

 これが宗田仁の呼吸法だった。中学の授業で習ったものを、颯志との組手の中で改良し、自分に合ったものを見つけた。

 落ちていた石を無造作に拾い、握った。

 石は、崩れて小さな欠片にまでなった。

 やっぱり、おかしい。

 あの鎮圧まで石を必死で握りしめても、二つに割るのが、精一杯だった。それも、石によってはできなかった。

 街中を歩けば、人の動きが気になって仕方がなかった。次に何をしようとしているのかが、手に取るようにわかる。転ぶと思った人間は転んだし、体のどこかを痛めている人間は、その部位と怪我の程度までわかった。それが、ひどく疲れるのだが。

 颯君と組手をしても、今は相手にならない。動きすべてが読めて、フェイントは意味をなさない。そして仁の一撃は、勝負を決めた。

 頭も勘も、ひどく回る。それが、心地よくはなかった。颯志の隣にいても、以前ほどの安心感がない。それが不安になる。

 俺は、つくづく人の下にいる人間なのだと、わかる。

 しかし颯志への信頼は揺るぎない。すぐに理解し取り入れて、今の俺をも超えるだろう。颯志は、そんな人間だから。

 自分のこれも、あれらも、すべて颯志が何とかする。




 落ちていた。

 怖い気持ちと、快感があった。バンジージャンプは娯楽なのだ。足の紐が伸びきって、敵の頭が近づくと、首を斬った。跳ね上がれば、その瞬間は首領を探す。それを三・四度繰り返し、見つけた。味方の兵たちの、ジンさん! と呼ぶ声が聞こえている。

 中学の学ランで一色になった敵兵。その中で、一人だけ胸元に金のバッジを付けていた。

 仁を、恐れていない。興味深げな視線を向けていた。よく見れば一人だけ齢を食っている。四十代だろうか。

 足首の紐をサバイバルナイフで切り、その男の傍で着地した。

 殺せると、感じた。

 ――しかし、視線を向けると男は微笑んで。

「ほう、お前が曹仁か」

 と呟いて、仁へ右手をかざした。

 猛烈な吐き気と、目眩がした。立ち上がろうとしたが、膝は下がり、地に着いた。

 立たなければ殺される。気力を振り絞って立った。

 周りを見渡すと、世界が違っていた。

 もう、刃物でいくらかの傷を負っていてもいいはずだった。それぐらいの時間は、自分は苦しんでいたはずだ。

 しかし、敵はまだ刃物を振りかぶっていた。

 ふざけているのか? そう、思った。

 何秒振りかぶっている? 相手をビビらせようと、わざとゆっくり殴りつける小学生のおふざけを思い出させる動き。

 その隙に、一番近くの敵の首筋を切った。

 そして、ようやく違うことがわかった。血が噴き出して落ちる景色すら、遅いのだ。

 僕が、違う時間を生きている。集中力が満ちて、相手が遅く見えることは、今までにもあった。しかし、これほどの世界には入ったことがない。

 少し楽しくなってきた。敵はまだ、数十人いた。全員が、僕の命を狙っている。

「ハハハハハっ、ハハハハハハハハ!!」

 ギリギリで避けて、首筋を切る。皮一枚だけ切らせて、手首の腱を切り、心臓を突く。相手の刃物を切れない強さで握って、合気をかける。

 乱捕りの楽しさ、ここに極まれり。僕こそが、三国無双よ!! 叫びたくなり、実際に叫んでいた。

「ハハハハハハハハっ! ハハハハハっ、ハハハハハハハハ」

 ずっとこの時間が続けばいい。最後まで、そう思っていた。




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