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人よ、龍たれ  作者: 茂上 桔梗
プロローグ
3/10

大徳天抱



 まだか、まだなのか。

 尾藤龍仁びとうたつひとは、退屈しながら待っていた。

 中学までに優秀な成績を取った者。県で上から一割の人間だけが、城の中の高校に入ることができた。そこは、通った。

 しかし、つまらない。教育の体系は、一世紀前の後藤忠久の活躍により、一新された。所謂詰め込み型の勉強から、智力・気力・体力を磨くことに重点を置かれた教育となった。

 なったのだが。

 智力を磨くには孔子を読み解き、気力を磨くには座禅を組み、体力を磨くには武を鍛えることを基本とされた。しかし、それは基本であって、より優れた気・智・体を得るために詰め込まなければならないものも、ご丁寧に文部省は指定してきた。

 それがまた、理にかなったものであり、それも龍仁を苛立たせる原因となっていた。

「えぇえぇ。詰め込みますよ、詰め込みますとも」

 今日も屋上の入口となっている、扉の上で、寝転びながら指定書籍を読んでいた。読み始めれば、面白いのだ。

 気に入らないものは読み飛ばし、気に入ったものを読み耽る。それが尾藤龍仁の吸収術であった。そしてそれは、そこそこ結果を出していた。城内高校に入れる上位一割、そのさらに上位一割の成績で入学していた。

 さすがに官僚というものは優秀だった。後藤忠久以前の「よくわからないけどわからないなりにより良い教育をしろ」という指令にはあまり結果を出せなかったが、「後藤忠久論に従って適切な教材を適切な順序、適切なタイミングで適切な与え方をせよ」という指令には、これ以上ない答えを出してきた。

 ――なぜその能力を、すべての民を幸福にするために使えないのか。

 それが、尾藤龍仁の憤りだった。

 今、城の外では自分のように高等学校に通えない学生たちが、獣のように生きている。その中には龍仁の友人たちも、いる。

 国を変えるには、上に立たなければならない。道を二つ、考えていた。

 一つに、正道。この高校でコネクションを作り、それにより高等官僚へとなる道。龍仁の吸収術では、限界があった。官僚の中でも上へと行くには、好みでないものも覚え尽くさなければならない。龍人も龍仁の方法も優秀であったが、それでは一定以上は修められない。そして、龍仁にはこの方法しかできないということを、龍仁自身理解していた。王道は自らの能力だけで上へ行くことなのだろうが、それは無理なのだ。

 一つに、邪道。暴動を鎮圧し、その成果でもって推挙を受けることであった。しかし、これはリスクが大きい。最上評価の許容範囲の死者は、味方の二割未満。しかし暴動で相手をする規模は、百人以上でなければ認められない。先日も、三百人の暴動を五十人で抑えた者がいたが、味方に十人の死者を出してしまった。それでも、驚異的な成果なのは間違いないのだが。加点に対し、減点の比率が大きすぎるのが今も昔も変わらない、官僚社会だ。彼は不適格ではなかったが、二割ジャストでは出世の上限が下ろされてしまう可能性が高い。さらに、邪道で完璧な結果を出せなければ、正道で入っても、それがある程度のマイナス条件として見られてしまう。

 龍人は二つともに、準備はしていた。

 龍仁の顔は、広い。学生会長をしていた村田巧むらたこうと親しかったことから、去年は副会長として働いた。成績は優秀であり、授業こそ出ないものの、教師に対しては謙虚。成績上位の学生は自由な勉強方法が認められているので、欠席は問題にならない。むしろそれで優秀であれば、より評価される。

 友人というか舎弟のような存在である菅田陽樹かんだようきに調べさせた、家柄の良い学生とは、積極的に友人となった。それに、そのコネクションのおこぼれに与ろうとして近づく準・良家の学生との親交も上手く築いた。

 学生会長こそ、出世期待筆頭の友人に応援演説までして譲りはした。しかし学内で最も評価の高い学生は自分である、という自負はある。友人には、彼と龍仁の出世のために箔をつけてもらう必要があった。彼の妬みを買わないよう、上手く立ち回ってもいる。間違いなく、彼が上へ行けば、龍仁を引き上げてくれるだろう。

 そして、ひとたび茨城県内で暴動が起きれば、鎮圧の期待は龍仁にかかる。

 城外の友人たちとも、菅田陽樹をはじめとした舎弟たちに連絡を取らせている。禁止されているが、陽樹はこの方面に明るかった。

 門番である警備員はすでに陽樹の友人であり、いつでも速やかに外へと指示を送ることができる。

 城内からも、手柄を望む学生が協力してくれるだろう。

 鼻の穴を掘りながら読んでいた書から、屋上の扉近くに座っている友人たち(・・・・)へ目を移す。

 書を読んでおけと指示をしていたが、数人はキラキラした目で龍仁を見ていた。龍仁のこんな姿も、彼らの瞳には『泰然自若』と映るらしい。華美な服装をして、端正な顔立ちをした龍仁は、何をしていても似合うというのはある。それにしても、龍仁には興醒めであった。

 少しだけうんざりしながら、書へと視線を戻そうとしたとき、真下の扉が開いた。

「おーい、龍兄たつにい―!」

 いつもに増して明るい、陽樹の声だった。何か、良い知らせを持ってきたのだろうか。




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