大徳天抱
まだか、まだなのか。
尾藤龍仁は、退屈しながら待っていた。
中学までに優秀な成績を取った者。県で上から一割の人間だけが、城の中の高校に入ることができた。そこは、通った。
しかし、つまらない。教育の体系は、一世紀前の後藤忠久の活躍により、一新された。所謂詰め込み型の勉強から、智力・気力・体力を磨くことに重点を置かれた教育となった。
なったのだが。
智力を磨くには孔子を読み解き、気力を磨くには座禅を組み、体力を磨くには武を鍛えることを基本とされた。しかし、それは基本であって、より優れた気・智・体を得るために詰め込まなければならないものも、ご丁寧に文部省は指定してきた。
それがまた、理にかなったものであり、それも龍仁を苛立たせる原因となっていた。
「えぇえぇ。詰め込みますよ、詰め込みますとも」
今日も屋上の入口となっている、扉の上で、寝転びながら指定書籍を読んでいた。読み始めれば、面白いのだ。
気に入らないものは読み飛ばし、気に入ったものを読み耽る。それが尾藤龍仁の吸収術であった。そしてそれは、そこそこ結果を出していた。城内高校に入れる上位一割、そのさらに上位一割の成績で入学していた。
さすがに官僚というものは優秀だった。後藤忠久以前の「よくわからないけどわからないなりにより良い教育をしろ」という指令にはあまり結果を出せなかったが、「後藤忠久論に従って適切な教材を適切な順序、適切なタイミングで適切な与え方をせよ」という指令には、これ以上ない答えを出してきた。
――なぜその能力を、すべての民を幸福にするために使えないのか。
それが、尾藤龍仁の憤りだった。
今、城の外では自分のように高等学校に通えない学生たちが、獣のように生きている。その中には龍仁の友人たちも、いる。
国を変えるには、上に立たなければならない。道を二つ、考えていた。
一つに、正道。この高校でコネクションを作り、それにより高等官僚へとなる道。龍仁の吸収術では、限界があった。官僚の中でも上へと行くには、好みでないものも覚え尽くさなければならない。龍人も龍仁の方法も優秀であったが、それでは一定以上は修められない。そして、龍仁にはこの方法しかできないということを、龍仁自身理解していた。王道は自らの能力だけで上へ行くことなのだろうが、それは無理なのだ。
一つに、邪道。暴動を鎮圧し、その成果でもって推挙を受けることであった。しかし、これはリスクが大きい。最上評価の許容範囲の死者は、味方の二割未満。しかし暴動で相手をする規模は、百人以上でなければ認められない。先日も、三百人の暴動を五十人で抑えた者がいたが、味方に十人の死者を出してしまった。それでも、驚異的な成果なのは間違いないのだが。加点に対し、減点の比率が大きすぎるのが今も昔も変わらない、官僚社会だ。彼は不適格ではなかったが、二割ジャストでは出世の上限が下ろされてしまう可能性が高い。さらに、邪道で完璧な結果を出せなければ、正道で入っても、それがある程度のマイナス条件として見られてしまう。
龍人は二つともに、準備はしていた。
龍仁の顔は、広い。学生会長をしていた村田巧と親しかったことから、去年は副会長として働いた。成績は優秀であり、授業こそ出ないものの、教師に対しては謙虚。成績上位の学生は自由な勉強方法が認められているので、欠席は問題にならない。むしろそれで優秀であれば、より評価される。
友人というか舎弟のような存在である菅田陽樹に調べさせた、家柄の良い学生とは、積極的に友人となった。それに、そのコネクションのおこぼれに与ろうとして近づく準・良家の学生との親交も上手く築いた。
学生会長こそ、出世期待筆頭の友人に応援演説までして譲りはした。しかし学内で最も評価の高い学生は自分である、という自負はある。友人には、彼と龍仁の出世のために箔をつけてもらう必要があった。彼の妬みを買わないよう、上手く立ち回ってもいる。間違いなく、彼が上へ行けば、龍仁を引き上げてくれるだろう。
そして、ひとたび茨城県内で暴動が起きれば、鎮圧の期待は龍仁にかかる。
城外の友人たちとも、菅田陽樹をはじめとした舎弟たちに連絡を取らせている。禁止されているが、陽樹はこの方面に明るかった。
門番である警備員はすでに陽樹の友人であり、いつでも速やかに外へと指示を送ることができる。
城内からも、手柄を望む学生が協力してくれるだろう。
鼻の穴を掘りながら読んでいた書から、屋上の扉近くに座っている友人たち(・・・・)へ目を移す。
書を読んでおけと指示をしていたが、数人はキラキラした目で龍仁を見ていた。龍仁のこんな姿も、彼らの瞳には『泰然自若』と映るらしい。華美な服装をして、端正な顔立ちをした龍仁は、何をしていても似合うというのはある。それにしても、龍仁には興醒めであった。
少しだけうんざりしながら、書へと視線を戻そうとしたとき、真下の扉が開いた。
「おーい、龍兄―!」
いつもに増して明るい、陽樹の声だった。何か、良い知らせを持ってきたのだろうか。