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「……まだ用意してあんのか?」
流石に呆れた顔でコウは言った。
厨房女中たちが鍋掴みを両手に、バケツのような何かを慎重に運んできたからだ。
「気をつけてください。あれは熱いです。触るのもだめです。火傷します」
真剣な口調でイサムが全員に注意を促した。
「これは……七輪か? ああ、じゃあ次は俺だな」
七輪に驚きつつも、クローは理解したようだった。
「嬉しいのだが……まだ、他のみなはしょうが焼きを食べ終わってすらいないのだぞ? それにそろそろお腹が一杯に……」
リーンは複雑な表情で言った。
「大丈夫です。絶対にみんなは食べます。……クロー、お願いします」
自信ありげにイサムは言った。
「おう。まあ、まずはコウとイサム、リーンの分な」
クローはそう言いながら、何か丸いものを七輪にかけられた網の上にのせた。
「……え?」
心底驚いた素の表情でコウは言った。
「なん……で?」
リーンも驚いていた。
七輪にのせられたのは握りこぶし大の……お握りだったのだ!
「……あまり期待されすぎても困るので最初に言っておきますね。米じゃないです。麦飯と……色々と混ぜたものです」
残念そうにイサムは言った。
「お、おう……そ、そうだよな……でも……握り飯か! それに焼いてんだから……焼きお握りか!」
徐々にコウは平静を取り戻したようだった。
「麦飯でもお握りができるのだな! すごいのだ……お握りなのだ……」
感慨深げにリーンは言った。
リーン以外の三人も一、二年ぶりではあるが、リーンにとっては十数年ぶりだ。例え麦飯であっても感動の一品といえた。
「全麦飯だとパラパラしすぎて握れないのですが……炊飯するときにでんぷんなどを添加して粘り気をあげてあります。小麦粉からでんぷんの分離が簡単だったので……まあ、改良版麦飯といったところです」
焼きお握りを見つめながらイサムは言った。
そしてクローがハケで焼きお握りにタレを塗りはじめた。
「これは……この匂いは味噌か?」
驚いてコウは言った。
「そう言えば……味噌の料理がまだだったのだ」
思い出したようにリーンも言った。
「味噌は少し熟成が足りなかったので……まあ、重要な料理だけにということに。このタレは味噌を醤油とみりん――まあ、白ワインで代用したものですが――で溶いたものです」
そうイサムは説明しつつ、厨房のほうへ行ってしまった。
コウとリーンはイサムが厨房で何をしているのか興味はあったのだろうが……黙って焼きお握りを見つめることにしたようだった。
彼らはみな黙っていたが、一様に何かを考えている表情だった。
彼らの恋人たちも何かを察したのか、礼儀正しく静かにしていた。
お握りの焼ける小さな音が聞こえるほど静かだった。
しかし、その静寂は優しい雰囲気を感じさせた。
「……もう良いかな? おーい、イサムー。そろそろだぞ」
焼きお握りの面倒をみていたクローはイサムに声をかけた。
その合図をうけて、イサムはお盆を持って戻ってきた。お盆の上には湯気が立ち上るお椀が三つ載せられている。
「……味噌汁か!」
満足げにコウは言った。
「……さすがイサムなのだ」
唸るようにリーンも言った。
「本日の締めの料理は……焼きお握りとお味噌汁です」
厳かにイサムは告げた。




